えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に5話・遠い輝き

2019-09-28 23:14:15 | 書き物
あれから1ヶ月。
今日は、新生ウイングスとしての最初のライブだった。
あの『テスト』の後、すぐに決まったライブ。
マネージャーから、ライブスケジュールに入れていいかと言われ、リハーサルを繰り返して今日を迎えた。
曲数は少ないけれど、今日に向けて仕上げたのだ。
そんなに広くはないけれど、達也が使ってた一人用の楽屋で着替えた。
久しぶりのライブなだけでも緊張するのに、ずっと歌うというのはまだ慣れなくて。
ライブ終わりは、いつも気が抜けてしまって動くのが億劫になる。
ふう、と声になりそうなため息をついて、立ち上がった。
もう、22時を過ぎた。
とにかく帰らなくちや。
今度のアパートは遠いんだ。


楽屋の明かりを消して、ドアノブに手を掛けたらノックの音。
「はい」
「あ、洋子ちゃん、疲れてるとこごめん」
マネージャーの声に、何だろうとドアを開けた。
「もう帰るとこだった?ちょっとだけ、俺の部屋に来てくれる?悪いね」
「あ、いいえ。すぐ行きます」
マネージャーについて、ライブハウスの入り口近くにある事務室に入った。
そう広くない事務室の、応接スペースにもうみんなが座ってる。
そして、ウイングスのレーベル担当の人、それから…
『テストライブ』で見た、知らない人まで。
何だろう?
レーベルの人はまだ分かるけど、この人は誰なの?
深山くんの隣に座ると、レーベルの担当の人が初対面の人を紹介してくれた。
「こちら、音楽雑誌のライターの方だよ。新しいボーカルになったウイングスの記事を書きたいって依頼があってね」
思わずそのライターさんを見た。
ラフな格好でリュックを手にしていて。
丁寧に名刺を差し出してくれた。
私も知ってる音楽雑誌だ。
「レーベルの村田さんに、この間のライブに呼んで貰いまして。新しいウイングスのことを、記事にしたいと思いました。よろしくお願いします」
「あの…記事って言うと、具体的にどんな?」
「そうですね…インタビューと皆さんさんでのグラビアをと、考えてます」
高梨さんが皆が聞きたいことを聞いてくれた。
そういえば、達也がいた頃に取材があったなあ。
CD出してすぐだっけ。
「後、話だけしてたアルバム、準備して欲しいんだ。今のウイングスのアルバムを出したいと思ってる」
「村田さん、俺たちまだ1回ライブしただけだけど…どうして取材とかアルバムとかの話が出たんですか?」
また高梨さんが聞いてくれたけど、確かにそうだ。
ウイングスのボーカルが変わったこと、そんな知れ渡ってるのかな?
「ライブハウスで告知もしてるし、レーベルでも宣伝してる。それに…君たち、SNS見てる?」
「SNSですか?あんまり…」
「ウイングスのキーボードがボーカルになったこと、けっこう話題にしてくれてるんだよ。そういうのは、ウチでもチェックしてるからね」
村田さんの話を聞いて、楽器店で会った女の子たちを思い出した。
ああいう若い子たちが、話題にしてくれてるのかな…
その後、インタビューとグラビア撮影の打ち合わせをして、ライブハウスを出た。
帰り際、マネージャーに言われた言葉。
「そろそろ、事務所にマネジメントして貰ったほうがいいんじゃないの」
みんなで顔を見合せてしまった。
考えてなかった訳じゃない。
達也のことがあったりして、先送りになってた。
今、ライブのこととかレーベルの村田さんとの打合せは、主に高梨さんがやってくれてる。
全員いる時は、同席するけど。
細かい事務的なことや、スケジュールやギャラのこと。
高梨さんだって、他に仕事があるはずなのに。
「高梨さん、考えてみましょうよ、ライブが増えたりレコーディングする時、管理してくれる人がいたら助かりますよ」
「…そうだな、次のライブの前にその話しようか」
みんな頷いて、その日は解散になった。
久しぶりのライブ。
それが終わって、身体も心もピンと張っていたものが弛んでしまった。
事務所のことまで考えられないくらいくたくただった。
事務所…
誘われた事務所で、達也は元気にやってるのかな。
私は信頼できる所なら、規模はどうでもいい。
達也の入った大手じゃなくても。
…そんな所、入りたくても入れないか。





新しいアパートは商店街を越えて、駅の向こうだった。
商店街の途中のコンビニで、軽いものを買ってプラプラ歩く。
ふと思い立って、駅近くの深夜までやってる本屋に寄った。
ライブハウスが近くにあるからか、音楽雑誌もいっぱい置いてある。
今日、取材依頼のあった雑誌も…あった。
パラパラとめくっていくと、来月の予告をみつけた。
「あ…達也…」
表と裏のある表紙。
来月の裏表紙は達也だった。
予告に踊る、大型新人の文字。
…やっぱり大きな事務所って違うんだ。
達也が歩み始めた陽の当たる道。
ウイングスに残った私たちが手探りで歩みはじめた道。
同じ音楽の世界だけれど、今の私には達也が纏う輝きは遥か遠くに感じてしまう。
じっくり読みたくなって雑誌を買って、店を出た。
次のライブまでの間、アルバム用の曲を練ろう。
そして、出来たら新曲も作ろう。
この間のテストライブの時…達也に別れを告げた言葉たち。
あれから、私の頭の中でその言葉たちが音になって鳴っていた。
それをちゃんと曲にしたい。
バンドの音に乗せて歌いたい。
頭の中の音を聴きながら、街灯に照らされた高架をくぐった。
向こう側に抜けたら、アパートはもうすぐだ。


それからすぐ、ライブが無くて皆が空いてる時間に、レコーディングに向けての作業が始まった。
元々出す予定だったアルバム。
曲はほぼ決まっていたから、その編曲を仕上げていく。
高梨さんと原さんはスタジオミュージシャンとしての仕事もある。
私と深山くんは、バイトもしてる。
4人の時間を合わせて、どうにか作業を進めていった。
そんな作業を進めていた、小規模な貸しスタジオ。
途中、休憩の為に外に出た時に、意外な人に呼び止められた。
「あの、あなたウイングスの洋子さんよね」
振り返ったらそこにいたのは…
「YOKOさん?」
ソロシンガーのYOKOさん。
本名は陽子さんというそうだけど、ずっと『YOKO』の名前で活動してる人。
中3の時に初めて歌声を聴いて、なんて力強い声なんだろうって、大好きになった憧れの人。
実は、ボイストレーニングをするとき、YOKOさんの声を参考にしようと思った。
真似ってことじゃないけれど、ちょっと私の声と似てる気がしたから。
なんで?
なんでYOKOさんが私のこと知ってるの?
しかも声掛けてくれるの?
いきなり憧れの人を目の前にして、ドキドキしてきた。
「あの、なんで私のことご存じなんですか」
「知ってるわよ、だいぶ前から村田さんと知り合いだったから…実は私も以前、村田さんのレーベルにいたの」
「村田さんと…そうだったんですね」
目の前のYOKOさんは、シンプルなTシャツとジーパンにスニーカー。
肩までの髪はウェーブがかかっていて、大人の女性なんだと見とれる。ずっと私の憧れの人だ。
「村田さんに聞いたけど、ボーカルが最近あなたに替わったんでしょ」
「…そうなんです。」
「どう?ずっと歌いっぱなしって。まあ疲れるよね」
素敵な笑顔で言ってくれたけど、始めたばかりの私がそうなんですとも言えないくて、曖昧に笑うしか無かった。
「で、今日は?」
「あの、アルバムの仕上げ作業で…」
「ああ、そうなんだ」
そこまで言ってから、何か思い出したように休憩スペースに私を手招きした。
「まだ、事務所決まってないって聞いたけどほんと?」
「…はい。どこが私たちに合ってるのか…迷っているんです」
「そう…じゃあ、もし良かったら、今度ライブに行くわ。ウチの社長連れて」
「え?」
「社長がその気になったらね。…まあ、ウイングスはウチの社長が好きそうなバンドだから、ついて来ると思うけど」
「それって、あの…」
「ウチの事務所も考えてみてってことよ。…じゃあ、ライブ行くからね」
手をひらひらっと振りながら、YOKOさんは外へ行ってしまった。
私は慌てて、みんなのいるスタジオに戻った。
今の話を伝えなきゃ。

























最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。