えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に4話・さよならを

2019-09-27 21:42:41 | 書き物
「で、ウイングスは、このメンバーで続けるの?ライブハウスの常連さんで気にしてる人も多いし、スケジュール組んでもいいのか…」
マネージャーが、まず口を開いた。
「私は…」
言いかけて気づいた。
マネージャーはともかく、まだメンバーだけでこんな話をしてないことに。
「私はまだ、みんなの気持ちを聞いてないんです。みんな、どうしたいのか…」
そう言って、1番気になってた宮野くんを見た。
辞めたいのかな、きっと迷ってるんだろうな…
そんな私の気持ちとは逆に見える、笑顔の宮野くん。
「実はさ、洋子ちゃんが来るまで3人で話してたんだ」
「3人で…?」
「うん。そしたら、達也が抜けたらきっと洋子ちゃんも辞めたいって言うだろうって、みんな思ってた。だって、二人は特別だったし」
「…そう」
だからみんな辞めたいのかな、それとも…
「でも、同じくらいみんな考えてたことがあった」
今度は高梨さんが、私の目を見て言う。
「何、ですか」
「みんな、洋子ちゃんの声を聴きたいって思ってる」
「え?私の声ですか。みんなまでそんなこと…」
「みんなまでって?」
不思議そうな目を向けられて、さっきの楽器店の女の子たちの話をした。
「その子たちは、バンドをやってるって言ってたから…だからそう言ってくれたんだと思ったんです。私、コーラスとたまのソロくらいなのに…」
「まあ、1番の理由はさ、洋子ちゃんの曲には洋子ちゃんの声が合うってことだよ」
いつもは口数の少ない原さんまで。
「その子たちも低い声だからいいって言ってたんだろ?洋子ちゃんの曲には、ほんとはそんな声が合うと思うんだ…洋子ちゃんの曲、ジャズとかソウルっぽいもんな」
私の声、私の声って…
結局3人ともバンドをどうしたいの。
「…でも、私は達也みたいには歌えないもの…」
みんな、私がそんな簡単に歌えると思ってるの
そんな訳ないじゃない…
自信が無くて、言葉尻が小さくなって行く。
一瞬、全員が黙った後に、高梨さんが話しだした。
「まあまあ、洋子ちゃん、ちょっと聞いて」
「…はい」
「俺たち全員、今までのウイングスは解散でいいと思ってる」
「やっぱり、そうですよね…」
「いや、この先も聞いて。今までのウイングスは解散するけど、女性シンガーが1人生まれるんだ」
「…え?」
「俺たちは洋子ちゃんをボーカルにして、新しいウイングスにしようって決めたよ」
全部言い終わった高梨さんの顔を呆然として見た。
「何、言ってるんですか。冗談でしょ…シンガーって」
「冗談じゃないよ。とにかく、俺たちは洋子ちゃんの書く曲が好きだから、そこは辞めて欲しくないの。じゃあ、その曲をどうやって世に出すかって言ったら、誰かが歌うしかない。それは、洋子ちゃんだと思うんだ」
「でも…私の声、低いですよね。コーラスならいいかもしれないけど、単独でボーカルって…」
どうも、みんな私の声を買い被ってる気がする。
私の曲には、普通に高音パートもあるのに。
「大丈夫。スタジオで色んな女性ボーカルを聴いたけど、その上で言ってるんだよ。洋子ちゃんの声は低いけど力強くて伸びるし、高音は鍛えれば出るようになる」
「そう…ですか」
私は自信は無いけれど、高梨さんの言葉は説得力があった。
こうまで言われたら、やってみるしかないのかと、気持ちが傾いた。
「じゃあ、1ヶ月先に形を作って聴かせてよ。それから、ライブスケジュールに入れるか考えるから」
マネージャーの一言で、私をボーカルにした新しいウイングスは動き出した。
1ヶ月…
間に合うんだろうか。



とにかく、まずは曲を完成させるところから。
達也がいる時に出すはずだったアルバムの候補曲を、4人で検討した。
私の声は低いけど、それでも達也用のキーからは上げなくちゃ歌えない。
編曲は、高梨さんと原さんの意見で、私が作ったままソウル色の濃いアレンジにしよう、とまとまった。
達也が歌ってた時は、意識してPOP色を強めてたから。
新しいウイングスの曲の方向性、アレンジは大体固まった。
あとは、私の声。
「達也みたいに歌おうと思わなくていい。洋子ちゃんの声を聴きたいんだよ」
高梨さんに言われた。
私の声をどう響かせるか…
それは、私次第なんだ。



1ヶ月後。
ライブの予定がない日。
客席にはライブハウスのマネージャーと、数人のスタッフ。
それと、CDを出してるレーベルの担当者と…
見たことのない人たちも。
思っていたより多くの人が、客席にいた。
バンドを続けるって決めたけど…
今日の出来次第では、ライブハウスでやることも、またCDを出せるかも分からないんだ。
そんなことを思い知らされて、袖からステージに歩くのに、急に足が重くなった。
いつものライブと違って、客席は明るいまま。
明るい客席に顔を向ければ、みんなの表情が見える。
その途端、鼓動が早まって胸をそっと抑えた。
いつも通り、練習した通りにやるんだ。
そう自分に言い聞かせる。
後ろを振り返ると、みんなが頷いてくれた。
目を閉じてふーっと息を吐き、パッと目を開けたら深山くんのドラムがカウントした。
握りしめてたマイクを上げ、スローなギターの音を聴く。
ファルセットがすんなり出たら、そのまま波に乗るように溢れる音楽に『私の声』を乗せた。


声を出すまでは緊張してたはずなのに、波に乗り始めたらすっかり解けてた。
ギターもベースもドラムも、ボーカルを押し上げるように響く。
上を見上げて両手を上げたら、以前キーボードから見た達也を思い出した。
あの時達也がいた場所に、今私はいる。
達也が見た景色を見てる。
達也…いま、どうしているの。
私、達也のいた場所に立って、達也を想ってる。
達也はいない。
こんなに達也を感じるのに、いないんだ。
あの朝、何も言えないまま見送ったけど…
私の声をみんなの音に乗せて、今ここで達也に別れを告げようと思えた。
さよなら、達也。
あなたのいた場所を、私の場所にしてみんなとやっていくよ。
最後の音を伸ばしてマイクをまた胸の前に戻したら、頬に滴が流れて落ちた。





















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