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えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に2話・もがれた翼

2019-09-24 18:19:14 | 書き物
それから何回かスーツの二人連れを、ライブの客席で見た。
でも、ただそれだけで何か私たちに言ってきた訳じゃない。
変わった動きが無いから、高梨さんもあれから何も言って来なかった。
私も高梨さんも、姿を見せなくなったスーツの二人連れを、だんだんと忘れていったのだ。



そうして半年くらいたったある日。
ライブの前に、次のレコーディングに向けての打ち合わせがあった。
私たちはもう、インディーズからアルバムを1枚出している。
それから1年ほどたって、そろそろどうか、ってことになったのだ。
普段はお客さんが立つ場所に、パイプ椅子を置いて、メンバー全員が集まった。
私はクリアファイルに入った譜面を出して、皆に配った。
私たちのバンドの曲…
作曲は私、作詞はほぼ達也、そして編曲はみんなで。
バンドとしてオリジナル曲をやるようになってから、ずっとこの形でやって来た。
公式なクレジットは、作・編曲がウイングスになってる。
みんなで編曲もしてるし、作曲のクレジットもみんなにしてって、頼み込んだのは私。
達也には最初、反対されたけど。


打ち合わせは、私が出した曲にみんなが各々の楽器で色づけしていく。
そして、達也が歌詞をつけて行くというもの。
いつものように、ドラムとベースのリズムを決めて、ギターの流れのアイデアを出し合って。
何曲か形が出来たところで、その日は時間が来てしまった。
確かに形は出来た。
でも、いつもより達也がのめり込んでいない気がして…
達也の心だけ、どこかへ飛んでしまってるみたいだった。
「達也」
この後のライブのため、楽屋に向かう達也を呼び止めた。
どうしたのか、何かあったのか聞きたくて…
「ねえ、何かあった?何を考えてるの?」
私を見下ろす達也は、少し迷った顔をした。
でも、口から出た言葉は…
「何にもないよ。洋子は相変わらず心配性だな。じゃ、後で」
頭をポンポンと叩いて、楽屋に入ってしまった。
「なんで言ってくれないかな…」
気になるけれど、これからライブ。
切り替えないと。


ライブが始まるとどこかへ遠くに飛んでいった達也が、戻って来た。
バンドのグルーヴがお客を煽って、達也の声が地面を蹴って飛び立つように響き渡った。
達也の後ろでキーボードを弾く。
その時、達也の声に持ち上げられて私もふわっと飛んでるみたいだった。
達也は声という翼があるけど、今だけ私にも翼が出来て空へ飛び立たせてくれる。
客側からの歓声に包まれて、浮遊感が気持ちいい。
初めてではないけれど、滅多にないこんな瞬間。
そうそうない感覚に包まれて、私は心に決めた。
達也の翼があるからこそ、私の翼でも飛びたてるんだ。
達也が抜けることになったら、私はバンドを…音楽をやめよう。
達也からも離れよう。
達也が目指す世界には、きっと私のいる場所はない。
側にいたくてもいられなくなる。
これから別の世界に飛び立つ達也に、しがみつきたくない。
でも、そんな簡単に達也から離れる…別れることが出来るの?




その晩、達也は行く所があると行って、アパートには帰らなかった。
朝、起きても戻って来てない。
やっぱり、何かあったんだ。
打ち合わせの時の達也を思い出した。
その日はライブのない日。
私はのろのろと支度をして、出掛けた。
1人でじっとしていてもしようがない。
アパートの最寄りの駅から、繁華街のある大きな駅に向かった。
そこには、私たちのCDを置いてくれているショップが何軒かある。
それと、大きなCDショップもあって、休みの時たまに達也とショップを廻ったりする。
駅から1番遠いショップまで、ぶらぶらと歩いた。
駅からしばらく行くと、大きな公園があってそこの遊歩道に入る。
公園で遊んでる人を眺めながら歩くと、ショップまでの近道なのだ。
もうすぐ遊歩道が終わるタイミングで、前を向いた。
公園の出口の脇、大きな木の下に見覚えのある姿。
「…達也」
まさか、ここにいるなんて。
ゆっくりと近づくと、達也も私を見て目を見開いた。
「洋子…なんで」
「それは、私のセリフ」
達也の脇に行くと、私をチラッと見てから左腕が伸びてくる。
ぎゅっと手を繋がれたら、しばらく何も言えないでいた。
「…何も、聞かないの?」
「何を聞いたらいいのか、分からないもの」
達也に手を引かれて、遊歩道をさらに歩いてから木陰のベンチに座った。
日差しがきついからか、陰になったベンチも熱くなってる。
遊具で遊ぶ子供の声、はしゃぐ女の子たちの矯声をしばらく聞いていた。
それがふっと途切れた頃に、達也が口を開いた。
「半年くらい前に、声をかけてもらったんだ。ソロ活動をしてみないかって」
「半年前…」
あのスーツの人たち。
やっぱり、達也に声を掛けた事務所の人たちだったの…
「洋子、気づいてたよな。たぶん、みんなも」
「うん。なんだか客席に浮いた人たちがいるなあって思ってた。高梨さんは、あれは芸能事務所の人じゃないかって」
「高梨さんが…」
「それこそ、半年くらい前のことだよ…達也、もう決めてるんでしょ」
「うん…相談しなくてごめん」
「私に相談したって、やりたかったらやるんでしょ。前からの夢だもの」
「洋子…でも、そうしたら洋子といられるかどうか…」
「分かってるよ。大手の事務所でソロミュージシャンとして売り出されるってどういうことなのか。きっと、私といない方がいいよね」
「…それは…」
「無理だよ。たぶん私は邪魔になる」
「邪魔なんて言うなよ…」
「…達也だって分かってるくせに」
「…ごめん。洋子にそんなこと言わせて。でも、俺ソロでやってみたいんだ」
もう、決めてる、意思の強い瞳。…
私と離れることになっても、夢を追いかけたいんだよね。
「達也が夢を叶えようとするのを、ただ一緒にいたいからって止めるなんて出来ないよ…でも…達也が抜けたら、私バンドは止める」
俯いていた達也が顔を上げて私を見た。
その目が何か訴えているようで、目を逸らせなくて。
口にした言葉は意外なことだった。
「洋子、バンドは続けて欲しいんだ」
「続けるって…そもそも私だけじゃなくてみんなも考えると思うよ、ボーカルがいなくなるんだから。それとも、誰かボーカルを入れてって言うこと?」
「そうじゃなくて…洋子が」
「え?私?」
「言ったことなかったけど、洋子の曲は洋子の声が1番合うと思うんだ」
「私の声って…私がメインボーカルなんて無理だよ」
「無理なんかじゃない。いますぐじゃなくていいから、考えて」
ライブで歌ってはいるけど、コーラスが多いのに…メインボーカルなんて荷が重過ぎる。
それきり黙ってしまった達也を横目で見た。

最後に言われたことを、まさかバンドメンバーからも言われるなんて、この時は考えてもいなかった。



































あなたのいた場所に1話・予感

2019-09-23 19:28:54 | 書き物
プロローグ


深い深い穴の中に落ちていく夢を見ていた。
すごい勢いで落下しながら、必死になって背中を探る。
おかしいな、私の翼はどこに行ったの。
私は翔べるはず。
私は翔べるはずなのに。
急激に近づく地の底。
ぶつかる!っと叫んだ瞬間に目が覚めた。
夢か。
いや、なぜか夢だってことはわかってた。
わかってたのに、落下していくスピードがものすごくリアルだった…


くるまっていた布団を少しずらすと、冷たい空気に半袖の腕が粟立った。
急いで枕元で丸まっているパーカーを羽織る。
スマホからケーブルを抜いて時計を見ると、もうすぐお昼だった。
ずいぶん寝たなあ…
寝たのが明け方だったから、しようがないか。
半身を起こして、部屋を見渡した。
まとめられた荷物、家具もほとんどない殺風景な部屋。
布団もフローリングに直に敷いてある。
今は年末、あと数日で年を越す。
年を越したら、この部屋を出るのだ。
昨日の夜は私たちのバンド、ウイングスの年末ラストライブだった。
昨日で達也はバンドから去り、一緒に暮らしてた部屋からも出て行った。
こうなることは、なんとなく判ってた気がする。
高校の時から、達也は有名なミュージシャンになりたいって言ってた。
その夢を叶えるために、人一倍頑張ってたんだ。
バンドとしてインディーズからアルバムを出して、そのうちメジャーにってよく言ってた。
でも、実現したのはバンドとしてじゃなくて、ソロミュージシャンとして。
それが叶うきっかけは、1年前に撮られた一枚の写真だった。


1話







いつものように、ライブハウスでのライブを終えて、楽屋に戻ろうとした時だった。
「洋子ちゃん」
急に後ろから声が聞こえて、振り向くとすぐ後ろにベースの高梨さんがいた。
「やだ、脅かさないで下さいよー。急に後ろにいるんだから」
「ごめん、ごめん。洋子ちゃん、ちょっといい?」
「…?なんですか」
楽屋の手前に、自販機が置かれた休憩スペースがある。
そこのベンチに促され、高梨さんと並んで座った。
人が出て来てざわざわしてる場所。
なのに、高梨さんはいつもよりさらに声を落とした。
「今日、後ろの方に見慣れない人たちがいたの、気づいた?」
「見慣れない人たち、ですか?…もしかして、スーツの二人連れ?」
「そう、それ。気づいてたんだ」
「んー、まあ…」
ステージに出て、パッと目に入って、あ、珍しいなって思っただけで。
…まあ、確かにただ立ってじっと見てるだけで、不思議ではあったけど。
「あの人たち、何なんですか?確かに、ライブのお客さんには見えなかったけど」
「たぶんだけど…芸能事務所の人じゃないかな」
「…それって…」
「俺たちを見に来たってことかも」
芸能事務所の人が見に来たって。
よく言うスカウトってこと?
一応インディーズからCD出してるけど、まだまだ知名度が低いのは私たちだって分かってる。
それがどうして?
「それか、達也だけを見に来た。って、そっちの方がありそうな話だな」
「達也、だけを…」
私も、達也目当てなのかもってすぐ考えた。
半年くらい前に、達也が雑誌のストリートスナップに載った。
繁華街を歩いていて、たまたま声を掛けられて。
バンドマンだと紹介されてから、ライブハウスのお客さんが増えた。
純粋に、どんなバンドか興味があって来てくれたお客さんもいた。
でも、ほとんどが達也目当て。
雑誌に載った達也は、シンプルなTシャツとジーパン姿。
でも、睫毛が濃くて意思の強そうな瞳、少し薄くて赤みの強い唇。
達也はいつだって女性を惹き付けた。
それでも、学生の時からプロ志向だった達也は、すごく喜んでたと思う。
だって、「いくら曲を作って歌っても、聴いて貰えなきゃ意味がない」
って言ってたから…



もし、芸能事務所の人なら達也の希望じゃないか。
もしかして、バンドを抜けたがっている?
でもそんなこと…達也は何かしら言ってくれるはず。
「一応俺たち、バンドだよな」
高梨さんがボソッと言う。
私が責められてる訳でもないのに、申し訳なくなった。
「まあ、そのうちどういうことなのか、ハッキリするだろ」
高梨さんが話を終わらせたから、私もモヤモヤを残したまま、立ち上がった。
「でも、他のメンバーには言わないことにしよう。気づいてるかもしれないけど…ね」
「…はい」
「じゃ、お疲れ。また来週な」
「お疲れさまでした」


楽屋でTシャツだけ着替えて、時間を見計らって外に出た。
関係者出口から出る時間は、メンバーで決まっているからだ。
…ていうよりも、達也と他のメンバーか。
達也は先に出て、出待ちしてる女の子たちと喋ったり、何か貰ったり。
一通り済んで達也が去って女の子たちがいなくなってから、私たちが出る。
特に私は、絶対に達也と同時に出るなと言われてた。
マネージャーは、少しでもトラブルを防ぎたいって言う。
だから、メンバーはみんな従って来た。
外に出たら、達也にキャーキャー言う女の子たちはいなくて、人もまばら。
残っててくれた以前からのバンドのファンの人と言葉を交わしてから、ライブハウスから離れた。
100メーターくらい歩くと、通りから1本入った道にコンビニがある。
そこの雑誌売り場に、達也がいた。
「おっ来たか」
「お待たせ」
コンビニで夕御飯を買って、歩いて20分のアパートに帰る。
その間、ずっと手を繋いでくっついて歩く。
付き合い始めてからもうだいぶたつけど、達也のまわりにはずっとファンの子たちがいた。
そんな達也に人目を気にしないでくっつけるこの時間が、私は好きだった。



ライブがあった日は、だいたい寝るのは2時や3時になってしまう。
今夜も、だらだらとご飯を食べてお風呂に入ったら、そんな時間。
高梨さんから聞いた話を達也に聞きたくて、帰ってからずっと様子を窺ってた。
けれど、今夜の達也は疲れてるのか口数が少ない。
お風呂を出たら聞こうと思ったのに、すぐに横になってしまった。
どうしようか迷う私を手をヒラヒラさせて呼ぶ。
近寄ると、腕を引っ張られて胸の中に抱え込まれた。
「…今日は疲れた…お休み」
「お休み」
しばらくじっとしてたら、もう寝息が聞こえた。
見上げると、きれいな顎のライン。
閉じた瞼から長い睫毛がのびていて、うっすらと頬に影を作った。
なんて整った顔なんだろう…
そっと指を伸ばして、薄い唇をなぞった。
この瞳が、この唇が、あの高くて艶のある声が、女の子たちを蕩けさせるんだ。
達也に夢中になってるお客さんをステージから見て、時々考えてしまう。
…達也はなんで、私を好きになってくれたんだろう。
もしかしてこれは夢なんじゃないかって思う。
朝起きて、達也の顔を見ると本当なんだって、ホッとする。
もし、達也がバンドを抜けることになったら。
私はどうするんだろう。
どうしたらいいんだろう…









































新作のお知らせ

2019-09-23 19:23:38 | 書き物
春先から書いていたお話が、ようやく出来上がりました。
バンドをやっている女の子の成長のお話です。
今日から1話ずつUPします。
もう三連休も終わってしまいますが、時間のある時やちょっと何か読みたくなった時に読んでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

私たちのバレンタイン6話

2019-05-06 11:12:06 | 書き物
居酒屋の前で、金子と奥山と別れた。
商店街で買い物したいと先に出た中野が、数軒先の雑貨屋の前で手をひらひらさせてる。
「待たせてごめん」
「ううん、買い物出来て助かったよ」
商店街を、しばらく駅の反対方向へ歩く。
10分ほど歩いた商店街の切れ目に、その店はあった。
「珈琲屋…?初めて見た。こんなお店ここにあったっけ?」
看板を見つめながら、中野が不思議そうに言った。
「あったみたいだけど…俺も最近気づいたんだ」
アンティークな木の扉を開けると、濃いコーヒーの香りにつつまれる。
店内を見回してから、奥のソファの席に落ち着いた。
落ち着いたけど…
頭の中は落ち着くどころじゃなくて、フル回転していた。
どうする。
どのタイミングで言う?
今か?
コーヒーが来たら?
それとも…
「三島くん」
考え込んでいて、気づかなかった中野の表情。
名前を呼ばれて顔を見て、ハッとした。
俺をじっと見てる中野の目。
頬が少し赤く染まって、見開いた瞳は潤んでいて。
店の照明の加減なのか、潤んだ瞳にきらっと光が差す。
あれ…?
中野のこんな顔、どこかで見た気がする…
思い出したくて明後日の方向を見たら、マスターがコーヒーを淹れていた。
「あ…」
思い出した。
ハマったバンドマンを、
カフェの店長を、
そして萩原さんを、こんな風に見つめてた。
目がハートだ…
てことは、もしかしたら?
「ねえ、三島くんてば」
「あ、ごめん…どうした?」
「うん…ちょっと…話があるんだ」
え?ほんとにこれは、もしかして?
「話?改まって何?」
「…あの、三島くんに伝えたいことがあって。私、」
「ちょっと待って!」
「え?」
ダメだ。
もしかしてでもそうじゃなくても。
タイミングなんか待ってる場合じゃない。
せっかく告白する気になったんだ。
俺から言わせてくれ。
「中野、俺も話があるんだけど」
「…そうなの。でも、」
「ごめん、俺に先に言わせて」
「えっ」
「俺の好きな人は、、中野なんだ!」
テーブルに両手を置いて、身を乗り出して、言い切った。
言った途端、目を瞑ってしまったけど。
「うそ…」
中野の呟きで目を開けた。
目の前で、最大級のビックリ顔をして、中野が固まっていた。
「いや、うそじゃない」
「…だって、そんな素振り全然見せてくれなかった」
「…それは…」


10分後。

「…だから、自覚したと思ったら本命チョコの画像見せられたし」
「言うタイミングが無かったんだよ」
コーヒーが運ばれてから、全力で中野を宥めていた。
中野が、『狡い!私が先に言いたかったのに!』と、しばらくプリプリしていたからだ。
「私、三島くんのことが好きって分かったのに、好きな人がいるから諦めなきゃって思ったんだよ」
「…そっか」
「電話ででも、言ってくれたって…あの時なら、もう萩原さんとも別れてたし」
「…ごめん。言うなら直接顔を見て言いたかったから…」
「あ…そうなんだ…それはまあ…」
「それはまあ…なに?」
「…嬉しかった、けど…」
プリプリがおさまったら、少し顔を赤くしながら素直になる。
中野のこんな顔が可愛いくて、俺は好きになったんだ。
そんな中野に見とれてボーッとしてると、急に傍らのバッグを引き寄せて、何か小さな包みを手にしてる。
「あのね」
まだ頬を赤くしたまま、それを俺に差し出した。
「これ、受け取ってくれる?」
薄いピンクの包装紙に、赤いリボン。
よく見ると、包装紙には可愛らしいコーヒーカップが散らしてある。
「…ありがとう。これ、貰っていいの?」
急に何だろう…
受け取ったけれど、何のプレゼント?
クリスマスでもないし俺の誕生日でもない。
「三島くんにあげるために買ったんだから…どうぞ。今年になってから、商店街にチョコレートショップが出来たの」
「…それじゃあ、さっきの買い物って」
「うん。まだ開いてる時間ギリギリだった」
良かったーと言いながら、嬉しそうに笑ってる。
「中野からプレゼントなんて、嬉しいけど…どうした?今日何かの日だっけ?」
そう聞くと、少し照れた顔になった。
「今日、告白しようって思ったから、私にとってはバレンタインだなって思ったんだ…いいよね、ちょっと季節外れだけど」
「うん…ありがとう…」
中野が、目尻を下げてる俺をニッコニコで見つめる。
なんだこれ。
中学生か。
「なんか私たち、中学生みたい。もう、いい大人なのにね」
「いい大人が、私が先に言いたかったってふくれるか?」
「三島くんだって、俺に先に言わせてなんて、言ったくせに」
似たようなことを中野が口にするから、嬉しくなってまた目尻が下がる。
憎まれ口をきいていても、中野が可愛い。
俺の彼女なんだって思うと、つい緩んだ顔になってしまう。
俺は店の中を見渡すフリをして、カウンターの方を見た。
緩んだ口元を隠しながら。




三島くんが顔を見られないように、誤魔化してる。
でも、緩んだ口元がチラッと見えちゃってるの、気づいてない。
三島くんが彼なんだって思うと、嬉しくて嬉しくて。
きっと、私だって緩んだ顔になってる。
気が合う同期だと思ってた二人が、同じ気持ちだってようやく知った。
だから今日が私たちのバレンタインなんだ。
手を伸ばしてあったかい指に触れたら、伏せてた瞼を上げた彼にぎゅっと包まれた。


























































私たちのバレンタイン5話

2019-05-05 18:33:51 | 書き物
中野と初めて会ったのは、入社式が終わった後の研修でだった。
「よろしく」と挨拶しあった時は、おとなしそうな子だなって印象。
でも、研修が進むにつれ分かって来た。
考えるより先に口が出てやたら明るくて、落ち着きがなくて。
口で言う前に考え過ぎる俺には、羨ましいヤツだった。
好きな芸能人を彼氏にしたいと言った時には、なんてミーハーなんだと呆れた。
顔に出ていたのか、ひどいって責められたけど。
なのにまた、ファンになったバンドの話を、俺にしてくる。
研修も終わり、同じ営業課に配属になった後も同じだった。
今度は、行きつけのカフェの店長に一目惚れして、顔を覚えて欲しいと言って、毎日付き合わされた。
お願い、と拝まれて毎回文句を言いながら付き合ってた。
なんで俺が付き合わなきゃいけないんだよ、とボヤキながら。


でも…
なんでこんなに腹がたつのか、ある日気づいたんだ。
誰かを追いかけてる時の中野は、こう言っちゃなんだけど…すごく可愛い。
うっとりした目で、芸能人を、バンドマンを、カフェの店長やらを見つめる。
ベタだけど、目がハートってこんな目のことかって思った。
そして俺は、そんな可愛い目をして中野が見つめるやつらに、嫉妬したんだ。
なんで俺じゃないのかって。
俺じゃダメなのかって。
…俺は、中野が好きなんだ。
そんな気持ちを自覚した後、中野は失恋した。
ていうか、中野のリサーチ不足か。
既婚者かどうかくらい、きっちり調べろよ。
…まあ、詰めが甘いのも中野らしいけど。
バレンタインの前日のあの日。
中野にからかわれけど、そこまで落ち込んでなかった。
手作りチョコの画像を、見せられるまでは…


後輩のあの子にチョコを渡された時には、正直、揺れた…
中野が俺を好きになるなんて無いってことを、突きつけられたばかりだったから。
…だからって、本気度がめちゃくちゃ高そうなチョコを、受け取っていいものか。
受け取っておいて、やっぱりその気になれませんでしたなんて、言えないよ。
チョコを返した時の、あの子の目…
俺も中野に告白して拒否されたら、あんな目をするんだろうか。
…だったら、告白なんてしないでいい。
本命がいるって言ってるんだから、今までみたいに気安くするのはやめよう。
中野とくだらないことを喋ったり、ウマイものを食べたりするのは、楽しかったけれど…
長期の出張も決まったし、いい機会だ。
歓送迎会の日。
何も言わないのもよくない気がして、萩原さんとのことを伝えた。
きっかけがバレンタインとは言え、付き合うことになったんだから、中野にしては上出来だ。
ついでに、出張のことも。
離れるのは半年の予定だけど、中野への気持ちをしまいこむいい機会だ。
なのに…
どうも、あの日後輩の子からチョコを渡されてたのを、中野が見ていたらしい。
出来ることはするって、なんだよ…
人の気も知らないで、いやに食いついてくる中野に、イラッとした。
だからつい、
「中野には言わない」なんて、バッサリ言ってしまったんだ。
ちょっと唇を曲げて、まだ何か言いたそうにしてるのを、急いで個室に入らせた。
中野に言えるわけないんだから。



出張先での仕事はなかなか大変だったけれど、没頭することで他のことを忘れていられた。
バレンタイン以来引きずってたことを、考えなくなって気分的には楽だったんだ。
だけど、時折、歓送迎会で何か言いたげだった中野の姿が頭に浮かぶ。
考えないようにしたって、あっちから俺の頭の中に入り込んで来るんだ。
こんなんで、出張から帰って顔を合わせて、俺は平気でいられるのかな。
そんな気持ちをもて余して、モヤモヤしてた頃。
5月が終わっても、出張先ではまだひんやりした夜が続いてた時だった。
珍しく、同期の金子からメッセージが来た。
開くと、なんともシンプルなメッセージ。
『中野、別れたって』
金子は、俺が誰を好きか知ってる。
だから教えてくれたんだろう。
別れた…
じゃあ、3ヶ月も持たなかったのか?
…あいつ、落ち込んでるかな。
ケロッとしてるようでいて、失恋したときはかなり落ち込むからな…
電話でもしてみようか、と思った時に今度は中野本人からのメッセージ。
ちょうどいいタイミングだった。
俺は仕事が終わった時間に、久しぶりに中野に電話を掛けた。


急な電話でびっくりしたのか、やっぱり心が弱っていたのか。
電話口でグスグスしだしたのには、焦った。
なのに、『そんな堪えてない』だの『そんなに落ち込んでない』だの。
落ち込んでるくせに、やせ我慢か…
いつもケロッとしてる中野に、そんなことをさせてる萩原さんに、腹がたった。
でも…そう思うのは中野にとっては、余計なお世話かもしれないな。
中野にとって俺は、ただの同期。
電話したのも、余計だったかな…
スマホを耳に当てたまま、そんなネガティブな気持ちになってしまった。
そうしたら、中野がそっちはどうなのって言って、また俺の好きな人のことを聞いて来る。
一瞬、今言ってしまおうかと思った。
だって、今の中野はフリーなんだから。
でも…今言ったら、弱ってる時につけこむみたいで嫌だな。
俺の気持ちを言うにしても、今は止した方がいい。
まあ、声も聞けたし今日はこのくらいにしておこうか。
「そんなこと言ってくれるの、ありがたいけどさ…中野に出来ることはないの」
「ない、の?ほんとに?」
「ああ。まあ、元気そうで良かった。また、電話するよ。」
「うん、ありがとう…」
「お休み」
「あっあのっ」
スマホを耳から離そうとしたら聞こえた、慌てた声。
もう1回しっかりと耳に当てる。
「あの、私も…電話していい?」
「今更どうしたんだよ、話したくなったらいつでも電話して来いよ」
「うん…」
「じゃ、な」
「お休み」
なんだ、この声…
俺、甘えられてる?
こんな言い方されたら、もしかしたらって思うじゃないか。
テーブルにスマホをベタッと置いて、天井を仰いだ。
萩原さんと別れたからって、そこで俺が電話したからって…
すぐに俺とどうこうなるなんて、ないに決まってる。
中野にとって俺は、良くても気にかけてくれる同期程度だってことも。
それでも、中野の態度にちょっぴりの希望を探してしまうんだ。
また声を聞けるのが嬉しいって思ってしまうんだ…




今、半年ぶりに中野が隣に座ってる。
ちょっと体を寄せれば、肩が触れるところに。
メニューを取ってと頼みながら横顔をじっと見て、飲み物を渡すときに指が触れて。
その度に、心臓が煩い。
こんなこと、以前からあったのに…
出張から帰るまでの間、ずっと電話で話してたからなんだろうか。
最初こそ間が持たなくなったりしたのに、だんだんただ声を聞けるだけでも嬉しくなって。
「今週、どうだった?」って聞くと、
「んー」って考えてから話し出す声が、どう聞いても甘えた声に聞こえて。
自分でも、遠距離恋愛中のカップルみたいだと思ってしまった。
出張お疲れさま会は、金子が企画してくれた。
そろそろ、中野に気持ちを伝えたら、と言ってくれて。
企画してくれたのは有難いけど、気持ちを伝えるのは迷ってた。
でも、今中野を見ていて、やっぱり俺の気持ちを知って貰いたいと思った。
出張するまえに見つけたお気に入りの珈琲店。
そこで、伝えるんだ。
きみを好きだってことを。