えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

ルーズロープ終

2018-05-03 22:15:16 | 書き物
髪を乾かしてTシャツに着替えた駿に、淹れたてのコーヒーを渡した。
「Tシャツだけで、寒くない?」
「寒くないよ、さっぱりした。ありがとう」
まあまあ片付いているリビングで、ソファに並んで座った。


「誰かと、付き合ったでしょ、5年もたつんだもの」
話すことが思い浮かばなくて、なんとなく聞いてしまった。
駿が誰かと付き合ったか。
知りたいけど、知りたくないこと。
でも、聞きたいことだった。
「うん、まあね…職場の後輩と…でも、長続きしなかった。」
「そう…なんだか意外」
「口うるさいって言われたよ、注文が多いって」
「注文が多いの?あなたって、そんなだったっけ?」
「そんなつもり、無かったんだけどな。でも、まゆみさんと付き合ってた時は、何も言わなくても俺の好きなようにしてくれてたから…」
「そうだったね…」
あなたが、私に教え込んだじゃない。
俺はこれが、好きって。
どんなことだって。
「まゆみさんだって、彼氏の1人や2人いたでしょう」
「まあ、いたけど…一応、2年くらい付き合った人は」
「2年…」
「あっさりした人でね、このくらいがちょうどいいかなって思ったんだけど」
「あっさりって、どんな?」
「う~ん…1週間に1回くらい連絡してきて、結局会わなかったりとか…仕事が忙しかったから、しようがなかったんだけど」
「その彼とはどうして…?」
「転勤で海外に行っちゃった」
「海外!?付いて行かなかったの」
「海外なんて行きたくないわよ、付いてきてとも言われなかったし。それで、そのまま」
「ねっあっさりしてるでしょ」
横を見ると、駿が少し呆れた表情を見せていた。


「ねえ、まゆみさんも俺も、なんでこんな話してるの。お互いの終わった恋愛話なんて、そんな興味ある?」
「あなただって聞いて来たじゃない」
「そうだけど…ねえ、もう戻れないのかな」
「戻るって…」
「また、前みたいにってことだよ。」
横に座る私に体全部を向けて、じっと目を見て訴えてくる。
私は駿の、この目に弱いのだ。
「だって…もう別れて5年もたつのに。いまさら戻るって」
「別れた理由を、さっき教えてくれたよね?嫌いになったわけじゃないって」
「ああ…そうね、その話したものね」
「だったら…」
「でも…」
「そんな、迷うなんて何か問題でもあるの?俺ももう28だし、そんな子供でもないつもりなのに」
不満そうな駿に、どう言ったらいいのか。
「たぶん私、またあなたの周りにいる女の子に、嫉妬する。職場の人だって分かっても」
「嫉妬してくれるのは…嫌いじゃない」
「今どこにいるのとか、なにしてたのとか、今から会いたいとか、詮索したりするかも」
「そういうこと聞かれるの、全然イヤじゃない。それに、都合が悪いときは、ちゃんとごめんって言うから。嫉妬されて詮索されて、それで嫌いになったりしないよ」
「一緒にいたらベタベタしたがるから鬱陶しいし…私、きっとあなたを縛りたがる」
だから…と続けようとしたら、駿がにぎっていた手に力を込めた。
「まゆみさんにベタベタされるなら、大好物だし大丈夫。それに」
「それに?」
「二人とも一緒にいたいなら、色んなことちゃんと話して、ちゃんと納得して行けば大丈夫だよ。イヤだと思うこととか、気になることがあったら、ちゃんと言い合えばいいんだし。俺はまゆみさんに縛られるなら嫌じゃないよ」
手を取ったまま、私の言葉を塞ぐように次々に駿が言葉を放つ。
もう、続くものがなくて黙ってしまった私を、駿がそっと包んだ。
耳元に唇を寄せて、
「もう、何も言わないで。一緒にいたいってこと、分かって。何の問題もないよ。また離れて後悔したくないんだよ」
あぁ、ダメだ。
もう逃げていられない。
どんな理由も不安も、駿に塞がれた。
きっと、こうなることは決まっていたんだ。
「…私も駿の側にいたい」
小さな声でだけど、ようやく口に出せた。
そしたら、抱き締めてる駿の手が、ぎゅっと強くなった。
「やっと、つかまえた…」
「つかまえた…?」
「まゆみさんが俺の前からいなくなった時は、すごく後悔したんだ。手放さなければ良かったって」
「まゆみさんは俺の大事な彼女なのに…だから、戻ってきてくれるのを待ってた」
「また、俺の腕の中に戻ってくれて、嬉しい…もう、俺から逃げないでね」


思い出した…
駿の優しさや愛情は、私をがんじがらめにして動けなくすることを。
私は、5年前にそれからも逃げたんだった。
今また、駿の手が背中にまわされ、甘い言葉を聞かされ…
気づけば見えない細いロープで、駿が私を緩く縛る。
「まゆみさん」と、甘い声をかけながら。
一瞬恐くなったけれど。
今は駿の腕の中が居心地がいいから、しばらくは甘く甘く縛られるのも、悪くない。
そのうちまた、逃げ出したくなるかもしれないけど…
それとももう、逃げ出せないのかな。
ぎゅうっと抱き締められてドクン、と鼓動が速まった。
















ルーズロープ7

2018-05-03 22:14:07 | 書き物
仕事先の駅から、30分ほど電車に揺られると、マンションのある駅に着く。
降り立つと、もう22時半をまわっていた。
途中で降りだした雨が、本降りになってる。
カフェでラテを飲んだだけだから、空腹なはずだった。
なのに、胃の辺りが重くて食欲がない。
マンションに戻っても、作るのは面倒だし、何か買って行こうか…
駅からの帰り道にある、小洒落たスーパーに寄ることにした。
そこは前に、駿が好きなものを買う為によく訪れた店。
カゴを持ってぶらぶら歩いても、目は商品棚を見ていても、頭の中にはまだ駿がいた。
レジ近くまで来て、カゴを見て呆然とした。
駿の好きなビール、駿の好きなパストラミハム、駿の好きなドレッシング…
今さら、どうしたの?
自分を取り戻せたんじゃなかったの。
あんな数時間話しただけで、五年離れてたことが台無しになるなんて。
駿が手を伸ばしてきた時、かろうじて手を引いた。
あのまま握られていたら、どうなっていたのか。


会計を済ませ外に出ると、雨はますます激しく降っていた。
折り畳み傘を開いて歩き出し、5分も歩けばマンションに着く。
疲れていたから、近いのは有り難かった。
入り口を入り、次のゲートに近づいた時。
小さなロビーのソファーから、人影が出て来るのが見えて、一瞬怯んだ。
「誰!?」
明かりを抑えたロビーに私の声が響く。
目の前に立ったのは、
駿が、頭や肩を濡らしたまま、立っていた。
「駿…どうして…」
「どうしてって…」
言葉を詰まらせて俯く。
「このまま、また離れたくなかったから…」
一言、言った後に私の前まで来て、右手で私の髪を耳にかけた。
「彼、いないんでしょ…」
あ、と後ずさったけれど、肩を掴まれてしまう。
「まゆみさんのクセ、覚えてるよ。嘘ついたり誤魔化したときに、するクセ」
覚えてたんだ…
でも、駿だって彼女と待ち合わせしてたじゃない。
思い出して口を開いた途端、
「待ち合わせしてたのは妹」
「え…妹…?」
「今度結婚するから、お祝いを一緒に買うはずだった」
「そうだったの」
なんだか力が抜けてしまった。
見ると、駿の髪から雨の雫がポタポタ落ちてる。
「…そんなに濡れて。風邪引くわよ」
「傘、持って無かったんだ」
「…来て」
こんな濡れたまま帰すのは気が引ける。
片付いてない部屋に上げるのは、イヤだったけど。
「部屋に、入れてくれるの」
「しようがないじゃない。でも、片付いてないからね」
無言で二人並んでエレベーターに乗る。
駿が低い声でボソッと言った。
「また、駿て呼んでくれて嬉しかった…」
待っていた時の濡れた子犬みたいな様子。
私の好きな、低い声。
名前を呼ばれて嬉しかった、とか…
全部反則。
隣にいて腕が触れないように、少し身をひいた。
半分くらいの観念と、まだ残ってるかもしれない強い意思…
秤にかけたらどっちが勝つんだろうと思いながら、ドアを開けた。







ルーズロープ6

2018-05-03 22:13:04 | 書き物
「私、あなたが好きで好きで堪らなかったの」
熱を放出したあとみたいに、渇いた声が出た。
「自分が自分で無くなるみたいに。いつもいつも、あなたのこと考えてた。あなたがいないと、ダメだと思ってた」
駿は、黙って私の目を見つめてる。
「だから、怖くてしようがなかった。あなたより年下の、あなたに寄ってくる子たちが」
「…気にしないでって、言ったのに」
「気にしたく無かったの。でも、あなたを好きになればなるほど、手を離すのが怖くなって」
そのとき、駿の手が伸びてきて私の手を取ろうとした。
とっさに、握ってしまいそうになったけど…
手を引いてしまった。
「あなたを好きなことに変わりはなかったけど…なんだか怖がる自分がイヤになったの。それに、あなたのこと以外、何も考えられなくなって。自分をどんどん見失って行くみたいだった」

駿が、背もたれにトン、と寄りかかる。
「そういうこと、なんで一人でずっと考えてたの?俺にも話して欲しかったよ」
「そう言われても、仕方ないね…」
カップを持ったけれど、私のだってもう1滴も残ってなかった。
しょうがなくて、水を一気に飲んで続けた。
「転勤の話が来て、思ったの。遠距離なんて無理だって。きっと、あなたは…駿は取られてしまうって」
「だから?だから別れようって言ったの?」
「…遠距離になって誰かに取られるくらいなら、いっそ、別れてしまおうって思った。誰かのものになったあなたを、見たくなかったの…」


呼び出して、別れたいと伝えた時。
駿は、一瞬目を見開いて黙った。
目を伏せてしばらくしてから出て来た言葉は、
「まゆみさんがそうしたいなら。」と、一言だけ言ってくれた。
私の気持ちを、感じていたのか驚いたのかも分からなくて。
でも、そんなことは聞けなかった。
駿が背中を見せて行ってしまうのを見て、目尻に溜まっていた滴が、流れ落ちた。
駿が行ってしまうまで、どうにか我慢はしたけれど、もう無理だった。
こんなになるくらいなら、別れを告げなければ良かった。
今の私から駿を取ってしまったら、何も残らないのに。





私が口を閉じると、ふーっと駿が息を吐いた。
「遠距離になるからって、俺に近寄る女の子がいるからって、俺の気持ちが変わるって、どうして決めるんだよ…俺の気持ちを聞いてもくれないで」
怒り口調じゃなくて、淡々と言葉を口にする。
悲しそうな顔を見ると、もう遅いのに胸が痛くなる。
言ってることは、全部もっともなこと。
駿は1つも間違ったことは言ってない。
私は駿の愛情や優しさという沼に、すっかり嵌まってしまった。
だからこそ、それが壊されるのが怖くてたまらなかったのだ。
でも、自分がしっかりしてれば、そんなことにはならなかった筈。
怖くて怖くて、そうなる前に駿の前から逃げ出そうした…
年上だから、7歳お姉さんだから…
きっと私は選んで貰えない。
そんなふうにしか、思えなかったの。
「…そうね、あなたの言う通りだった。自分で思い込んで決めつけて、それでいいと思ってた…ごめんなさい」


「そんな、謝ってくれなくていいから。5年前のことなんだし。責めるみたいな言い方して、ごめん」
椅子に座り直して、携帯を見てる。
「まゆみさん、待ち合わせ相手が来たみたいなんだ、そろそろ行くよ」
「そうなの。分かった…私はもうちょっとここにいようかな」
「そう…」
行くよと言ったのに一向に立ち上がらないで、私を見てるから、聞いた。
「どうしたの?」
「そういえばまゆみさん、いまどの辺りに住んでるの?」
「ああ…実は前いたマンションが空いてたから、またあそこに住んでるの。住み慣れてたし便利だから」
「そうなんだ…そこに彼が待ってるとか?」
「今、そんなこと聞くの?今さら知っても、しようがないじゃない」
「しようがないけど…なんとなく気になるから」
「そう…まあ、彼ならいるわよ。週末だし待ってるかもね。あなただって、これから会うの彼女なんでしょ」
私の答えに、駿がどんな顔をしたかは、分からなかった。
だって、それを見るのが怖かったから…
目を逸らせ、俯いて髪を耳にかけた。
「そうか、分かった。ごめん、よけいなこと聞いて。コーヒー付き合ってくれてありがとう」
顔を上げて後ろ姿を見送って、ため息をついた。
駿は、私から別れた理由を聞きたかったのかな。
何も理由を言わなかったことで、私は駿の時計を止めてしまったのかも…
今頃になって、あの頃の気持ちを思い出すのは、正直きつかった。
でも、駿にとってはスッキリする機会だったとしたら、良かったのか。

そろそろ帰ろう。
外に出て時計を見ると、もう22時を過ぎてる。
ずいぶん長い時間、あの店にいたんだな。
明日は休み。
自分の部屋で、好きなものに囲まれてゆっくり過ごそう。
なぜ前と同じマンションにしたのかは、自分でもはっきりとは分からない。
そりゃ、便利だけど駿とのことが、たくさん思い出されるから…
まだ、駿を感じたいのかもう大丈夫と思ったのか…
あんなこと言ったけど、彼なんていない。
前よりも、一人が好きになってしまった。
駿と別れたあとしばらくは、駿の夢を見た。
夢を見なくなってから、ようやく私は自分を取り戻せたと思った。
自分がいらなくなる心配を、しなくてもいい。
駿に心配しないでとか大丈夫だからと言われ、抱きしめられて身体が重く感じることもない。
少し時間はかかったけど、彼だって出来た。
駿の時ほどのめり込めなくて、結局別れてしまったけれど。
なのに。
久しぶりに会ったら、やっぱり、駿の一言一言に反応してしまう。
駿がいないとやっぱりダメなんだ、と思ってしまう私がいた。
駿の側にいる毎日、いない毎日。
いったい、どっちが幸せなのか。
分からない。
分からないまま、駅に向けて、歩き出した。










ルーズロープ5

2018-05-03 22:12:21 | 書き物
あらかた無くなってしまったコーヒー。
駿がスティックシュガーを弄びながら、ぽつん、と呟いた。
「…なんで、別れたかったの?」
「なんでって…」
改めて聞かれて、言葉に詰まった。
あの時は何も聞かないでくれたじゃない。
「俺は、理由が思い当たらないから、別れたくなかった、ほんとは」
「え…」
「でも、物わかりのいい大人に思われたくて、何も聞かなかったんだ」
5年もたってから、駿の口からこんな言葉が出るとは、思わなかった。
「そんな、カッコつけなきゃ良かった…別れたのに、会いたくてたまらなくなって」
黙ってしまった私に、駿が続ける。
「まゆみさんのマンションに、思いきって行ったら引っ越してて」
ああ、転勤して引っ越した後に、駿が来たの…
「合コンの時の幹事の人に、連絡もした」
駿の顔が、だんだん悲しげな顔になっていく。
「まゆみさんが転勤したって、教えてくれた。知らなかったの?って言われて」
そこまで言われて、どう答えていいか分からなくて、俯いてしまった。
そんな私に、駿が言葉を投げた。
「もしかして、転勤が理由?だったら、言ってくれれぱ良かったんだ。その後、どうしても会いたくて転勤先まで、行こうかと思った…結局、行かなかったけど」
どう言ったらいいんだろう。
駿が好きだから、逃げ出したなんて。
全部私の我が儘なだけだもの。




駿は優しかった。
いつもいつも私を一番に考えてくれた。
イヤなことや苦手なことは、全部駿が代わってくれた。
「まゆみさんはそんなこと、しなくていいから」
そんな風に、よく言ってくれた。
そんな扱いに慣れていなかったから、最初は戸惑ってしまった…
たぶん、ずっとこんなふうに優しくされたかったから。
それから、駿の優しさは私のなかにどんどん浸透していって、私を絡め取ったのだ。
「煩わしいことは考えないで。俺のことだけ好きでいて」
そんな言葉は甘いお酒みたいに、私の頭を麻痺させる。
何をしていても、駿のことを考えてしまうようになった。
ふとした時に、駿の腕が腰にまわされた感触を、思い出す。
駿の顎が、私の肩に乗った時の速まる鼓動を、思い出す。
その度に会いたくてたまらなくなる。
でも、しょっちゅう呼び出したりして、しつこいと思われるのはイヤだった。
だから、我慢して我慢して…それでも3回に1回は呼び出してた。
会えた時には、嬉しすぎてはしゃぎそうで、それが恥ずかしくて、ことさら年上ぶって。
そんな私を、責めないで笑顔で受け入れてくれた。


「まゆみさんの部屋が、いちばん落ち着くね」
好きな銘柄のビールを飲みながら、用意しておいた生ハムを眺めて、美味しそう…と口に入れる。
駿が好きだ、と言ったからソファじゃなくて、さわり心地のいいラグを敷いて。
その上で、脚を伸ばしてリラックスしてる。
リラックスしてる駿を見てると、私も幸せな気分になった。
私の中で重要なことは、駿の喜ぶ顔を見ること、になっていったのだ。
「何、考えてるの?」
隣に座る私の肩を抱えて、後ろからハグして肩に顎を乗せた。
「俺の好きなのばっかり、用意してくれてありがとう」
肩から耳に響く駿の声。
それが、私の身体も心も動けなくさせて行く…



そのうち、仕事中に集中が切れたり、ボーッとしたり。
上司の前で単純なことを間違えたり。
そんなことを、ポロポロとするようになった。
なぜそんな迂闊なことをしたのかって…
気づくと考えてるのは駿のことだったから。
あんまり自覚してなかったけど、同僚に言われてハッとした。
「まゆみ、最近どうしたの?心ここにあらずじゃない。何かあった?」
「別に何も、ないけど…」
「年下の彼氏と、うまく行ってるんでしょ」
「まあ、ね」
「歯切れが悪いなあ。素敵じゃない、すごく優しいなんて」
「うん…そうね、すごく優しいの。優しすぎるぐらい」
「やだ、惚気?」
「そんなんじゃ、ないけど…」
「そうなの?まあ、彼氏とうまく行ってるのはいいけど、仕事は気を付けた方がいいよ。課長に何か言われたらイヤでしょ」
「うん、分かった。ありがとう。気を付ける」
目ざとくて口うるさい課長を、思い浮かべた。
課長に目を付けられて、不本意な異動をした人を、何人も知ってる。
私が行きたい部署は、いまいる支社にはなかったから、前から異動したいと思ってた。
それなのに、課長に目を付けられたら困る…
確かに、ここ1ヶ月くらいは駿に夢中で、正直、仕事に集中出来てなかった。
同僚が言ってくれたことを、気をつけなきゃと思ったはずだった。
なのに、次に私が考えたことは、駿の手の感触…
頬に触れる手、背中に触れる手、私の手をぎゅっと握る手。
そうして、次にしたことは駿にメールすることだった。


その夜、勇気が出なくてなかなか言えなかったことを、ようやく言えた。
「ねえ、もうその子のアドレス、無くてもいいんじゃない?」
駿が眺めてるメールを、覗きこんで思わず言ってしまった。
合コンで、1番駿に積極的だった子。
私とつきあってると駿が言っても、メールをしてくる。
「…消したって、あっちのが残ってたらメール出せちゃうから、しょうがないよ。もう一度彼女いるからって言っておくから」
テレビの方を向いて、そっぽを向いた私の背中に、駿の重み。
耳の後ろから聞こえる、声。
「もう、気にしないで。まゆみさんのことは、言ってあるから。だって、まゆみさんは彼女でしょ」
気にしたくない。
でも、彼女が私と駿の間に浸食してくる気がして。
そうなったら、私はきっと弾き飛ばされてしまう。
駿が何回も気にするなと言っても、私はそんなことに囚われていた。
駿が若い彼女のもとへ、行ってしまうのが怖くて。
でも、私の元に繋ぎ止めることは、駿を縛っているのかもしれなくて。
駿に包まれて温もりを感じても、そんなことを考えてしまう。
どうしたらいいの…
俯いていると、駿の手が伸びて私を引き寄せる。
「こんな余計なこと、まゆみさんは考えなくて大丈夫。心配しないで」
どうしたらと考えていたはずなのに、駿に包まれると考えることをやめてしまう。
何だろう…私どんどん何も考えなくなって行くみたい。