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e411y(回顧録)

e411yの旅でのことを書き残しておきたいと思います。

サントリーローヤルの栓

2011年11月07日 | 
あの日,サントリー山崎蒸溜所の見学を終えて工場の裏に出た。
工場の裏には“山崎の水”とCMに登場したという竹林。
そこから構内歩いて試飲の部屋に戻る途中,“椎尾神社”という神社を見かけた。

入構するときの注意で蒸溜所の構内を一般の道路が通っているという。
つまりそれが,この“椎尾神社”への道?
この神社の鳥居の形が「ローヤル12年」の栓の形になったという。

@サントリーローヤル12年
サントリーローヤルは1960年に誕生
。寿屋の創業者であり、初代マスターブレンダーでもある鳥井信治郎が長年にわたるウイスキーづくりの過程で、自身が培った香り・味・色の「黄金比」を体現化した一品である。
漢字の「酒」の部首につくりの部分にあたる「酉」のカタチをボトルに模り、栓を神社の鳥居に見立て、サントリー渾身の自信作として、世に送り出された。
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ウイスキー

2011年11月02日 | 
ウイスキー(英: Whisky, Whiskey)は、蒸留酒の一つで、大麦、ライ麦、トウモロコシなどの穀物を麦芽の酵素で糖化し、これを発酵させ蒸留したものである。

「ウイスキー」の名称は、ゲール語の uisce beatha(ウィシュケ・ベァハ、「命の水」の意)に由来する。
日本語ではウィスキーまたはウヰスキー、ウ井スキーとも表記され、漢字では火酒と書かれる。
なおスコッチ・ウイスキーは Whisky、アイリッシュ・ウイスキーは Whiskey と表記される。
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サントリー

2011年11月01日 | 
1899年2月に、創業者の鳥井信治郎が、葡萄酒の製造販売を目的とした鳥井商店を創業。
これを母体として、1921年12月1日に株式会社壽屋(寿屋)を設立。
サントリーの名が初めて現れたのは、商品名からである。1929年4月、初めて発売したウイスキーに創業者鳥井信治郎が「サントリー」と名付けた。

これは当時発売していた赤玉ポートワインの「赤玉」を太陽に見立ててサン(SUN)とし、これに鳥井の姓をつけて「SUN」「鳥井」、「サントリー」とした、ということになっている。

「鳥井さん」を逆さにしてサントリーとしたという説も広まっているが、これは誤りである。

1963年3月に、ビール発売を期して新天地に向かう思いを込めて、商品名であったサントリーを社名にも用いて、サントリー株式会社に商号変更した。
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ヒゲのウヰスキー誕生す

2011年10月31日 | 
読書の秋。
先日読んでいたのは川又一英『ヒゲのウヰスキー誕生す』。
サントリーの基礎をきずき、独り立ってニッカを興した、国産ウイスキーの父・竹鶴政孝の、苦闘と栄光の半世紀を表したもの。

先日のサントリー山崎蒸溜所見学では、いろいろ参考になりました。
山崎には、竹鶴政孝が使った蒸溜器が残ってた。

@ヒゲのウヰスキー誕生す
いつの日か、この日本で、スコッチに匹敵するウイスキーを造る――。大正7年、ひとりの日本人青年が単身英国に渡った。知人もなく、言葉も通じない異国で、ひたすらスコッチ造りの技術と精神を学ぶ暗中模索の3年。やがてめぐりあった生涯の伴侶リタとの愛と結婚……。サントリーの基礎をきずき、独り立ってニッカを興した、国産ウイスキーの父・竹鶴政孝の、苦闘と栄光の半世紀。
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8・10本日消印有効

2011年08月10日 | 
スーパードライのシールを集めました。
暑い夏,すぐに集まりました。
本日消印有効です!
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梅酒の並ぶ棚

2011年05月07日 | 
写真は,醤油発祥の地・和歌山県湯浅で入った土産物店。
さすが和歌山と云えば“梅”!
その“梅”から作られるのが“梅酒”。
いろんな種類があるもんやなぁ~
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熊野古道麥酒

2011年04月12日 | 
今年のはじめ,伊勢で見かけた“熊野古道麥酒”。
先日,熊野古道を歩いた私。
買って飲めばよかったなぁ~
@熊野古道麥酒
伊勢から三重県の東紀州地域をとおり、和歌山県から大阪へ、そして、奈良県へとつながる熊野古道は、古くから熊野三山を擁し、今なお多くの心ある方々の信仰を集め、またその自然の素晴らしさは日本の宝として誰もが認めるところです。
近年世界遺産登録されたことから国内外からの注目を集めていますが、私たちはこの熊野古道にふさわしいビールを、と思いこの度『熊野古道麥酒』を発売させていただきました。
熊野古道の思い出を語るビールとして、末永くご愛顧いただけるものと思っております。
コメント (2)
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玉置神社で御神酒

2010年12月03日 | 
玉置神社の社務所で見た御神酒。
1升瓶のラベルには「神代杉」とあった。
境内で「神代杉」を見ただけに・・・
飲みたかったなぁ~「神代杉」
せやけど・・・車の運転が・・・
どんな味なんやろかなぁ~
次回は運転手を連れて,お参りしようっと!
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龍馬と帯刀

2010年09月11日 | 
日曜の夜,欠かさず観ているのは『龍馬伝』。
先週は京都伏見の寺田屋事件やった。
TVの横には,知人から戴いた「小松帯刀」。
薩摩の芋焼酎。
篤姫で有名になった方。
今回の『龍馬伝』にも登場してはった。
龍馬を観ながら薩摩焼酎「小松帯刀」。
エエ話やなぁ~
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千代むすび酒造・鬼太郎のつぼ

2010年08月30日 | 
TVでは「ゲゲゲの女房」が放映されている。

今回は,すこし気になる。

我が家の玄関横の軒下には,土産等の変わった形をしたお酒の容器等が並んでいる。

その中のひとつが,写真の「鬼太郎のつぼ」。

元々その容器の中には,鳥取県境港市にある「千代むすび酒造」の清酒が入っていた。

鳥取県境港市は,ゲゲゲの鬼太郎の生みの親である水木しげるのふるさと。

10年ほど前,茨城県筑波のとある研修施設で出会った鳥取県境港市から来た人が,「鬼太郎のつぼ」を持っていた。

「鬼太郎」の他に,「ねずみ男」や「目玉おやじ」,「砂かけ婆」も持っていたっけ・・・

私,「ねずみ男」のファンで,「ねずみ男」が欲しかったんやけど,

その人,どう頼んでも「ねずみ男」をくれへんかってん!

頼めば頼むほど・・・

(原因は,お互い酔ってたから???)

結局,「鬼太郎」を貰って奈良へ帰ってきたんやった。

家で飾ろうとしたら,家人が嫌がって,結局軒下に・・・

それからはや10年・・・

「鬼太郎」に積もっていた土埃を水で洗ったら,ホッペの塗料がはげてしまった。

■ゲゲゲの鬼太郎
幽霊族の唯一の生き残りの少年。母親の土葬後の死体から生まれた。
左目が潰れてしまっているが、生まれつき左目が潰れていたという話と生まれたときに墓石に目をぶつけて潰してしまったという話の2とおりの話がある。なお、目玉おやじは鬼太郎の左目ではなく、鬼太郎の父親の目玉が執念で生きているものである。
先祖代々の霊毛で編んだチャンチャンコ、ゲタ、毛針などを使用して悪の妖怪や人間と戦う。

「写真;鬼太郎のつぼ」
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木の国野半ビール

2010年08月30日 | 
九度山周辺のハイキング3時間コースを途中でショートカット。


家人の横顔を見ると,真田庵の近くに停めた愛車をここ(勝利寺)まで乗って来て欲しそう。


次の予定の話をして,やっと家人は車(昼食)に向かって歩き出した。


次に目指すは,昼食予定の「野半の里」。


「野半の里」は1789年(寛政元年)、野上屋の屋号で前田半十郎が暖簾をあげて以来の酒造史を刻む老舗酒造メーカー。

紀ノ川上流、高野山麓にあるこの地は、かつらぎ・高野山系の伏流水に恵まれ、明治初期にはかつらぎ町内だけで16場もの蔵元が林立した銘酒の郷であった。


江戸時代の和歌山城下町では、別名「川上酒」(紀ノ川上流の上質な酒に由来)と呼ばれて上質酒の代名詞にもなり、和歌山藩の御用命をはじめとし、城下の人々に広く愛飲されてきたという。

「野半の里」では、酒造りの伝統と技術を生かし、平成8年に和歌山で初めての地ビール、「木の国野半ビール」を誕生させた。


平成15年には「天然温泉 蔵乃湯」を開業したという。


調べたところ,


「地ビールを飲み干す・伝統の銘酒に酔う・旬を味わう・天然温泉で癒す」花いっぱい、楽しさいっぱいの野半の里は大自然に囲まれた心のふる里です・・・


とあった。


昼食時には,軍艦ビールと木の国野半ビール,季節のビール?の3種類のビールを飲んで,それから温泉に浸かり・・・


そう思って「野半の里」へと出発した。


「写真;①野半の里の昼食と木の国野半ビール」
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千代酒造「篠峯」

2010年08月30日 | 
除夜の鐘を聞きながら氏神様への坂道を登った。


初詣から帰ると,寝ずに待っていた親父と年始め。


親父が酒蔵?から木箱に入った「篠峯」という酒を出してきた。



見慣れない名前。



どこの酒かと思ってラベルを見ると,



奈良県御所(ごせ)市櫛羅(くじら)の千代酒造とある。


奈良県の南西部に位置する「御所市」は,昨夏訪ねた地。


そして亡き母の産まれた里。


この地は,飛鳥の時代より更に古い時代に豪族が開いた土地と言われ、天孫降臨伝説がある高天に代表される神話の里。

そして,役行者が修業したといわれる霊峰葛城山・金剛山が聳えるところ。

私,葛城山麓にある「櫛羅」という地名に,なぜか昔から惹かれてたんや・・・

そこで造られた限定流通商品のお酒。

大吟醸で,しかも6年連続金賞受賞の酒・・・

ホンマニ旨かった!

※篠峯
蔵のすぐ西に聳える葛城山の別称。その昔「篠峯」という名で呼ばれていた時期があります。当蔵の仕込水はこの葛城山の伏流水を自社井戸から汲み出し、そのまま使用しています。

「写真;千代酒造「篠峯」



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日本清酒発祥の地

2010年08月30日 | 
今日、11月19日(木)はボジョレー・ヌーボ解禁の日だとか。



ワインもいいけど、寒くなったら「熱燗」がええよなぁ~



先月訪ねた奈良市南部、山の辺の道に近い「菩提山・正暦寺」。



山門の手前にあった「泣き笑い地蔵」から中に進むと、「日本清酒発祥の地」という石碑が建っていた。

正暦寺では、室町時代に仕込みを3回に分けて行う「三段仕込み」や麹と掛米の両方に白米を使用する「諸白(もろはく)造り 」、酒母の原型である「菩提もと(ぼだいもと)造り」、さらには腐敗を防ぐための火入れ作業行うなど、近代醸造法の基礎となる酒造技術が確立されていた。



これらの酒造技術は室町時代を代表する革新的酒造法として、室町時代 の古文書『御酒之日記』や江戸時代初期の『童蒙酒造 記』にも記されているとのこと。

ここ正暦寺での酒造技術は非常に高く、天下第一と評される「南都諸白(なんともろはく)」に受け継がれてきたそうだ。



そしてこの「諸白」こそが、現代において行われている清酒製法の祖とされている。



現在は当時のような大規模な酒造りは行っていないが、毎年1月に酒母の仕込みを行っている。



そして、「奈良県菩提もとによる清酒製造研究会」に所属する奈良県の蔵元11社がその酒母を持ち帰り、各々の蔵元がその酒母を用いて個性豊かな清酒を醸造している。



この正暦寺は、紅葉の名所として有名。



今頃はモミジが紅葉して綺麗なんやろなぁ~



今夜はお鍋で「熱燗」がエエなぁ~



「写真;菩提山・正暦寺」



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オニヤンマとスーパードライ

2010年08月29日 | 
脳天さんから帰って、昨日の午後は“趣味の園芸”ヤマトイモの草引き。

汗をかいた後のビールは、特に美味い!

なにかと理由をつけて、お酒を飲もうとしているのです。

今朝、勝手口を開け、昨日空けたスーパードライの空き缶を、いつもの箱に投げ入れようとして驚いた。

その箱の縁で、オニヤンマが羽化をしていたのだ。

まさか、いつもリサイクルに出すまで空き缶を入れておく、勝手口の木箱の中で羽化するなんて。

このオニヤンマもスーパードライが好きなんやろか?

トンボの眼には、そこへ缶を投げ入れようとした私は、一体どのように映ってんやろう?

でも、よう投げへんでよかったわ!

こんなん、オニヤンマに空き缶当ててしもうたら、罪の意識で暫くスーパードライ飲まれへんとこやった・・・

(最近家人から、ビールを安価な他のモノに変えたら?と言われたところでした。)


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昨今、居酒屋事情

2010年08月29日 | 
先日入った“居酒屋”で、驚くべき出来事に遭遇した。

だから今日は、“居酒屋”について。

“居酒屋”とは、酒類とそれに合う料理を提供する飲食店である。

起源は江戸時代に遡る。

酒の量り売りをしていた酒屋(酒販店)で、その場で酒を飲ませるようになり、次第に簡単な肴も提供するようになったものが始まりという。

酒屋で飲む行為を「居続けて飲む」ことから「居酒」と称し、そのサービスを行う酒屋は売るだけの酒屋と差別化する為に「居酒致し候」の貼紙を店頭に出していたという。

先日、私が何に驚いたかって?

親父を気分転換の目的で誘って行った居酒屋には、日本酒のメニューが無かったのです。

ビール、焼酎、カクテル、ワイン・・・はあったのですがねぇ~

親父は、大の酒好きなのですが、焼酎やカクテルは苦手なもんお店の方に聞くと、メニューには無いが、「菊正宗」ならあるというので、

それの熱燗を2合戴くことにしました。

私が暫く、飲みに行かない間に、時代が変わってしまったのでしょうか?

「写真;地元の日本酒:みむろ杉」

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