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(時計の長針が半周する)
「人間のお客様、お待たせしました。間もなくの相席となりますのでご用意させていただきます。そのままお席からお立ちにならずにお待ちください」
(やがて、黄緑色に透き通る身体の一糸まとわぬ生物が連れてこられる)
「こんばんは、かわいいお坊ちゃん。ねえ、最近の人間の流行りはそんな髪型なの?
……あらやだ、べつに獲って喰おうなんて思っちゃいないわよ。ちょっとそのはねた髪を直してあげようとしただけじゃない、失礼しちゃうわ。
……ふふっ、謝るなんて真面目ねえ。からかっただけよ。気にしないでちょうだい。私はアヴァターラ。昔ある人にヴィーナスと名付けられたわ。
……そうよ。永遠不変の美の象徴、そのヴィーナスよ。君はこの輪郭から私を女性体だと思って目を逸らしてるのよね? けど残念、私たちアヴァターラに性別の概念はないわ。半液体状のこの身体は、望めばどんな姿にでも形を変えられるもの。ほら。
……なら最初から男性体でいてくれって? あははっ、いやーよ。君みたいな子をからかうのが楽しいんだから。
……そうやって黙っちゃうところがかわいいのよねー。……そういえば彼も最初そうだった。ところで、君は普段何してる人? 勉強? 芸術? 労働?
……あらまあ、旅をしてるの。天使ナイトウォーカーを探して? ふーん。
……直接会ったことはないけど、名前なら聞いたことあるような?
……いきなりがっついてきたわねえ。驚くじゃない。
……私が聞いた噂では、高度な知恵と感情と魔法を持つ一族の外れ者らしいってことぐらいよ。そしてそれゆえに、彼女をよく知る者からは危険視されてるとか。根拠はないけれど、本能が告げている。こいつは、それこそ世界の破滅をも呼び込みそうだ……ってね。
……悪いけど私、彼以外特に興味もなかったから噂の真偽なんて確かめちゃいないわ。だからこれ以上のことは知らない。
……けどそうね。そんなに知りたいなら、フィレモンに会いに行ってはどう?
……ええ、そうよ。『赤の書のフィレモン』と呼ばれる全智を知る老人がこの世界にはいるの。彼が何者か知る者はいないけど、昔から私たちの間では、何かあればフィレモンに聞けって言われてたから。
……夢から醒めたら忘れてそう? なら忘れないように私が魔法をかけてあげる。あなた、ちょっと彼に似てるのよ。だから特別、出血大サービス。
……ふふっ。それじゃあね。あなたが生きて世界と見(まみ)える日が来るのを祈ってるわ。
(無貌の店員が無機質な声で尋ねてくる)
「本日のご相席はいかがでしたでしょうか。
……お楽しみ頂けたのであれば、幸いでございます」
(無明の黒の中に続く白い螺旋階段を下りる)
「またのご来店をお待ちしております」
―――――「おはようございます。どうかよい夢を」
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