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ブログ版「泥鰌の研究室」

 信州飯田周辺の方言(飯田弁)を発信しながら、日本語について考えていきます。

…ヤレ

2004-11-12 | 飯田弁語彙の解説と考察
「ヤレ」という語は、基本的には動詞の命令形のあとに続く語である。
 例 「見よヤレ」「行けヤレ」「言えヤレ」
  「貸せよヤレ」「見せよヤレ」
 「買ってくれ(りょ)ヤレ」

 「見せてくれヤレ」とはあまり言わないが、「見してくれ(りょ)ヤレ」という使い方が一般的であるが、「見して」は、文法的には正しくない。(同様に「貸してくれ(りょ)ヤレ」の「貸して」は、文法的には「貸せて」が正しい。)しかしながら、下伊那方言で「…クレ(リョ)ヤレ」は、「…シテ」に続くパターンが多い。
 「貸せよヤレ」「見せよヤレ」は「…(クレ)ヤレ」が「…シテ」に続くパターンを加味すると「貸しよヤレ」「見しよヤレ」となり、これらが転じて「貸ショ」「見ショ」となっていく。
 実際の会話の中で「貸ショ」「見ショ」という使い方をするし、「貸せよヤレ」「見せよヤレ」とは言わずに、「貸ショヤレ」「見ショヤレ」となる場合が多い。
 もともと、この「…ヤレ」が続く動詞の命令形は「命令表現」を強調する「…ヨ」がついたものであったと考えられる。「起きろヤレ」と言わずに「起きよヤレ」(正確には「起きろよヤレ」―これの転訛が「起きよヤレ」)と言うし、前述の「見せよ」「貸せよ」はその一例である。この「…ヨ」が失われた形が現在使われる「行けヤレ」「言えヤレ」などであり、「貸せよ」「見せよ」は、「貸ショ」「見ショ」という形で本来の形である「…ヨ」を残している。(「…クレ(リョ)ヤレ」はその典型的なタイプ)
 したがって、この「…ヤレ」は、単に動詞の命令形に続くわけではなく、その命令表現を強調したものに続くわけで、「見せる」「行く」といった行為を強要するときに使われるということになる。

ヤマカジ

2004-11-12 | 飯田弁語彙の解説と考察
古くは、蛇のことを「ノジ」と呼んだ。
虹を「ニジ」と呼ぶのも、その存在を「七色の大蛇」と見た古代人の精神生活を物語るものだといわれている。
「アオダイショー」を下伊那では「アオロジ」「アオナ」「ナブサ」などと呼称するが、「アオロジ」は、「アオノジ」の訛と見られ、「アオ」(青)「ノジ」(蛇)ということになる。(一説には「アオロジ」は古来は、「アオオロチ」と呼称したという説もある。「オロチ」とは神話に出てくる「ヤマタノオロチ」の「オロチ」であり、これもまた「蛇」を指している。この説でも「アオオロチ」は「アオ」(青)「オロチ」(蛇)ということになる。)
また、下伊那では、鮮赤色の小さな毒蛇を「ヒヤッカジ」と呼ぶ。
共通する部分は「~ジ」であり、いずれも「ノジ」の訛と思われる。
ただし、「アオロジ」同様にその蛇の様をあらわすとすれば、「ヤマカジ」「ヒヤッカジ」ともに説明がつかない。
「ヤマカガシ」が「ヤマカシ」あるいは、「ヤマガシ」と転じ、訛って「ヤマカジ」となったとも思われるが、「~ジ」が「ノジ」の転と考えるほうが、ことばの成り立ちからは適当かもしれない。

メンメロ

2004-11-12 | 飯田弁語彙の解説と考察
昭和28年に下伊那教育会が発行した「下伊那方言集-中間報告-」には、次のような記載があります。

 メンメロ はしばみ、うのはしばみ、やしゃぶしの総称 売木村

売木村に存在することばと「下伊那 方言集」には、書かれいます。残念ながら、「信州下伊那郡方言集」には、「メンメロ」の記述はありません。 ところが、平成9年11月に「在京飯田高校同窓会」が刊行した「飯田・下伊那の方言」を調べましたら、「メンメロ」は「ねこやなぎ」と解説しています。したがって、「メンメロ」は「ねこやなぎ」と理解してよいと思います。「はしばみ」とか「うのはしばみ」「やしゃぶし」とはどんなものか、私にはわかりませんが、売木村で使っているということを考えると、隣接する阿南町和合に「メンメロ」が存在していても不思議ではありません。しかも近隣の町村等の「方言集」などを調べると、昭和7年刊行の「伍和村方言集」、昭和61年刊行の「松川町の方言」などに「メンメロ」の記述はありません。売木、和合を中心としたこの地域独特のことばではないかと推察しています。 
「ねこやなぎ」は全国的にどのような異称で呼ばれているか、これについては、東京堂出版で刊行している「全国方言辞典」「分類方言辞典」で調べました。

いっこ 福島
いぬころ 和歌山県東牟婁郡
いんころ 石川県鹿島郡
えっこ 福島県若松 「いっこ」の「い」が「え」に転じたもの
かわらのこちこち 山形県荘内
こちこち 秋田県鹿角郡
こぶやなぎ 大阪府泉北郡
さるこやなぎ 千葉県夷隅郡 埼玉県幸手
ちんこやなぎ 群馬県邑楽郡
とーとー 鳥取県東伯郡 岡山県津山 備後では「えのころぐさ」をこう呼ぶとか
やなぎころころ 群馬県佐波郡
いぬこやなぎ 仙台
ちんころ 長野県伊那地方 確かに私の母は「ちんころ」と呼びます
たんころ 滋賀県野洲郡 ただし「まつぼっくり」と注がある

所変われば品変わると言いますが、実にさまざまな異称があります。植物や、動物などの呼び方は、地域によって実にさまざまです。それも父祖の時代の生活の中から呼称されてきているものは、その動植物の風貌、容貌などから付けられたものが多いので、こうした調査も試みてみると、意外とおもしろいと思います。

信州下伊那方言文献の消長

2004-11-12 | 方言(飯田弁)一般
信州下伊那地方の方言の収集は、M36年に下伊那郡役所の指示に基づき、当時の信濃教育会下伊那支会が調査した「信州下伊那郡方言調査書」がその最初である。
それ以降にまとめられた方言集は、S11年「信州下伊那郡方言集」、S28年「下伊那方言集」で、この三書が、長くこの地方の方言調査を行うときの中心的存在で、この三書に収録された語彙の大半が、小学館や東京堂が刊行している「全国方言集」に登載されている。

S28年の「下伊那方言集」にはサブタイトルに「中間報告」と記載されているが、以後の報告は皆無である。
最近、この中間報告以後のまとめを試行したと思われる印刷物を入手した。タイトルは「下伊那方言語彙集」となっており、H5年にまとめられている。体裁、書式等、きわめて「中間報告」に酷似しており、中間報告に登載されている語彙は、全く同じ形で登載されている。この語彙集に載っていて中間報告に載っていないものは、信州下伊那郡方言集等過去の方言集にほとんどがカバーされており、過去の三書をひとつにまとめ、さらにその時点で収集した語彙を登載しようとした編集者の意図を垣間見ることができた。発行者は民俗の会方言部会とされているが、この会については、いまのところ細かいことはわかっていない。まとめられた人物は故宮下先生で、宮下先生のお宅にあった先生の遺された膨大な民俗調査資料の中から語彙集が発見された。
私は、S62年頃から方言資料の収集をはじめてきたが、今回の資料の発見は、この地域の方言研究にとって、大変意義があるものとみている。
これから、このブログの中では、時間をみつけては、この語彙集に登載されているひとつひとつの語彙について、その成り立ち等を含めた検証をしていきたい。
識者の皆さまのご教示も随時コメントを通じていただけると幸いに思う。