どんがばちょ

日常の出来事を鋭い視点、オモロい切り口で綴っていく、オヤジのブログ

人生は甘い~似非科学からの考察

2009年06月02日 | エッセイ
似非(エセ)科学っていう言葉をご存知ですか?

ニセ科学という場合もある。

先日、youtubeでとある先生がTVで似非科学をバカにしている評論を聞いた。

似非科学とは、例えば「マイナスイオン」のように、誰もがそれが一体何なのか、言われる効果の根拠は何なのか、を科学で証明出来ないのにまことしやかに人を納得させてしまっている、というような場合に用いる。

確かにマイナスイオンは家電製品などを中心に一時期一世を風靡した感があるが、その単語を使った人に、

「マイナスイオンってところでなに?」

といたずらな質問をしてみた(笑)ところ、誰も答えられなというオモローなオチがあった。




しかし、しかしである。

その先生は、頭ガチガチ、科学で証明されたもの自分が見たものしか信じない系の典型的理系的脳みそらしく、他のことまで偉そうに言及していた。

「まだ見ぬものを信じる力」

とか、

「思いが結果を変える」

というような立場には立てないんだろうね。

ぼくなどは、根拠の無い夢にロマンを感じ続け、そんなことばっかりいい続けてきたら手に入れてしまったというようなことばかりこの十数年やってきたので、「科学」という事実関係にしか物差しを持っていないというのも、人間性として少し可哀相である。

人間ってそんなつまらないもんじゃないと思うよ。



例えば「血液型占い」についても言ってたよ。

これは僕も思うに、当たっているとも言えるし、根拠ないとも言える。

「B型にはみえないね」「A型のわりに几帳面じゃないよね」などのような会話は日常茶飯事に行われていて、言われているような特徴ははずれまくっている感があるし、実際たった4分類でカテゴライズするのはどうかと思う。

日本人はとりわけ「カテゴライズ」が好きだから、音楽にしても文化にしてもすぐに○○系というような名目をつけて類型化してしまう。

そしてそこに自分が傾倒していることが美徳であるかのように、ジャンル分けに酔っている。

そのせいか、血液型の本はバカ売れである。

しかし血液型自体もABO式以外に何通りもあるし、正直なところ根拠はないに等しい。

しかし当たっているような部分も確かにある(爆)

ま、「今日はお天気ですね」程度の会話の潤滑材として飲む時の話題にはええかもしれない。




次に面白かったのは、「水の結晶」の話だ。

これはそのガチガチ先生を全否定しておこう(笑)


「ありがとう」と声を掛けた水の結晶

「ばかやろう」と声を掛けた水の結晶


前者はきれいな結晶、後者は結晶にならない。

という、10年ほど前に流行った本の引用である。

「水(H2O)は言葉を理解する器官を持っていないから、ヒトの言葉を聞いただけでそれが・・・」的な論理で似非科学であることを強調していた。

確かに「科学」という切り口でみたら根拠は見出せないだろうよ!!

しかし実際に僕の知人がその本にある別の実験を試していた。

炊きあがった米を二つの密閉容器に入れ、「ありがとう」もう片方に「ばかやろう」と数十日いい続けた結果・・・・

見事に「ばかやろう米」はカビだらけ。

「ありがとう米」はキレイな色だった!!

これは実物の写真も見せてもらったし、なんだか嬉しい気分だった。

あ、そのガチガチ先生はこういうんだろうね。

「そもそも本当に密閉容器?片方にたまたま菌が多かったとも考えられる?実際臨床結果が学会に出たわけ?・・・」

確かにそういう意味では素人実験である。

ま、こういう人は友達にも持ちたくないし、一緒に仕事なんかしたくないよねー

まともな人間はこういうことは言わないだろう。

というかその先生はそういうテーマの番組だから言ってるのであって、実際そういう人間だと決め付けてるわけじゃないですよ(笑)







この日記で言いたかった事は、自分と根本的な考え方が違うと・・・いや違うというよりも発展性の無い否定中心の思考パターンを耳にしてしまうと、



イライラするって本当だったんだね!!(爆)







僕の周りには、どちらかというと夢ばかり語っているロマンチストが多いし、「人生は甘い」と根本的に思っていて、そしてそれを否定する人の意見には耳すら貸さず、本当にステキな人生を手に入れている人ばかりだ。









「人間誰と付き合うかで人生が決まる」











言い得て妙!

感謝!


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