活版印刷紀行

いまはほとんど姿を消した「活版印刷」ゆかりの地をゆっくり探訪したり、印刷がらみの話題を提供します。

想説/活版印刷人あれこれ3

2009-08-09 18:52:26 | 活版印刷のふるさと紀行
 翌日からヴァリニャーノの日本の印刷事情調べが始まりました。
 イエズス会入会以前、バトヴァ大学で法学や神学を学んでいたころの彼は人も知る学究の徒で、図書館で膨大な書籍を読み漁り、調べごとの虫と綽名されるくらいでした。しかし、この九州の僻地で、日本語も日本文字も解さない彼にとって日本の印刷事情調査はどこからとりついたらよいのか、きわめて難題でした。

 まずは、この書物の持ち主に当たるしか方法はない。ヴァリニャーノは日本語が達者で在日期間の長い修道士と少しはイタリア語やポルトガル語を解するコンスタンチノ・ドラードをともなって、禅寺に老僧を訪ねることにしました。
 意外なことに、キリシタンによって寺を荒廃に追い込まれ、仏像や仏具から経本の類まで持ち去られて窮状にある年老いた禅僧がヴァリニャーノの質問にていねいに答えるばかりか自分の全知識を披露してくれるではありませんか。
 ひょっとして、寺から強奪するように持ち去った典籍の貴重さをこの司祭は理解してくれていると見てとったからかも知れません。

「これは整版とも呼んでいますが、「木版」で印行されたものです。木の板に文字を刻して紙に刷る、この技法はその昔、中国から日本に持ち込まれました。本の中身も向こうから伝わって来たものです。
 ミヤコやコウヤサンやナラやカマクラなどの寺でわれわれと同じ僧侶の手によって本にされたものです。寺では宝のように大事に、大事にして来ましたから新しいように思われるかもしれませんが、このなかには200年も前の本もあります」
 老僧は和本を押しいただくようにして、頭をさげました。それは、教会で聖書や教理書に接する神父と寸分も変わらぬ敬虔さでした。

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