ぽつりと呟いた土方の言葉には、僅かな羨望が込められていた。この齢、この立場となれば衝動的に何かをすることは許されない。故に、それが出来る沖田が眩しかった。 その一方、馬関では高杉が白石邸へ帰ってきたのは数日後だった。珍しく疲労の色を隠そうとせずに、布団へ倒れ込む。
「薩摩め……。薩摩の芋どもめ……」
部屋には柔らかな陽射しが差し込むが、意外懷孕 その下でも顔の青白さが目立っていた。
本来であれば、馬関にて長州藩代表の木戸らと薩摩藩代表のが最終会談を行い、そこで同盟を締結する予定だった。しかし、西郷の都合により場所を京へ変更したいとの連絡が直前になってきたという。そこで、我慢していた反薩摩の志士達が反発の声を上げたため、木戸から連絡が来たのだ。
「高杉。ちゅうなァ。何があったがよ?」
坂本は視線を桜司郎へ向ける。するとそれを受けた桜司郎は頷き、部屋をそっと出た。
先日、坂本との会話にて新撰組の元へ帰ると決意を固めたのだ。故に多くを知れば引き返せなくなってしまうため、これ以上長州の内情に触れないようにしたかった。
高杉はゆるりと身体を起こすと、胡座をかき、その腿の上に肘を付いた。
「何とか収めたけぇ、もうええんじゃが……。薩摩が自己都合で馬関に来られんけぇ、京へ来いと言いよった。……奴らは物の道理を知らんのか?」
京では長州は"朝敵"となっており、ましてや木戸なんかは顔が知られすぎている。見付かれば命は無いというのに、わざわざそこへ呼び付ける薩摩の気が知れなかった。
「ほんまは、僕が行ければそれが良かったんじゃが。この件には表立って関わらんと決めたけぇの」
「ほう、何故やが?」
「病のことを知られとうないってこともあるが。……先が無い僕が同盟締結の中心になってどねえする。もし僕がすぐ死ねば、白紙にされよる可能性じゃってあるじゃろう」
微熱があるのだろう、気だるそうに高杉は瞳を伏せる。空咳を何度かすると、すまんと言い横に倒れ込んだ。
坂本は眉を下げながら、布団をその上へ被せる。
「高杉は無理をしすぎがよ……。命あっての志やき、ちっくと養生したらどうちや」
その言葉に、高杉は鼻で笑う。熱で潤む瞳を坂本へ向けた。病に身は冒されども、視線だけは炯々としている。その相違が余計に痛ましかった。
「養生なんかしちょったら、期を逃すじゃろう。……それに、長州をなるように仕向けたんは僕じゃけえ。その責があるじゃろうて。病はただの言い訳にしかならん……」
高杉は同胞である吉田や久坂らを次々と失った後、倒幕への決意を固める。しかし、その当時の長州藩は幕府へ恭順するという保守派が実権を握っていた。考えが異なる高杉は危険分子として排斥されたが、一昨年の冬に功山寺にて挙兵し、保守派から実権を奪うことに成功したのである。
それ以来、長州は倒幕へと傾倒していった。つまり、高杉無くして今の長州はなり得ないのである。
それを己の身を削ってでも先導せねばならぬ責としていた。
「木戸さんは流石じゃった。危険を顧みずに京へ行くと言うちょった。犠牲なくして倒幕はならんと分かっちょる。……あん人なら、僕が居らんでも長州を導いてくれよるわ」
「高杉……」
坂本は胸が熱く震えるのを感じ、高杉の細い手を握る。人は人に勝てても、病には勝てない。それでも必死に国のために生きている姿には感銘しかなかった。
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