学問に「比較文化人類学」という分野があり、それに気付かせて
くれたのが山本七平氏(父は、内村鑑三の一番弟子)だった。
私は「私の中の日本軍」はじめ、彼の著作本をほとんど読んだが、
そのなかから一つ抜粋・引用したい。
■「日本資本主義の精神」山本七平著
《まえがき》から抜粋、以下
本書が成立した経緯を記しておきたい。
・・・、日本的特質を、日本人自身が自覚していない、という彼ら
(外国の友人)の指摘であった。
彼らはもはや「日本人はモノマネがうまいだけ・・・」などとは
考えていない。
だが日本人自身がそう考えているためか、明治における発展で
あれ、戦後の経済的成長であれ、「なぜそうなったか」を把握して
おらず、外部に説明しえない状態である。いわば、「何だかわから
ないが、こうなってしまった」のである。
もちろん、その「ノウ・ハウ」を外部に説明する必要はない。
ただこの状態は、自己がそれによって行動している基準を、自ら
自覚していないことであり、言葉をかえれば、伝統に無自覚に呪縛
されている状態である。
私はこれが最も大きな問題であると考えている。
というのは、長所とは裏返せば短所であり、美点は同時に欠点で
ある。
このことは、日本に発展をもたらした要因はそのまま、日本を破
綻させる要因であり、無自覚にこれに呪縛されていることは、
「何だかわからないが、こうなってしまった」という発展をもたら
すが、同時に「何だかわからないが、こうなってしまった」という
破綻をも、もたらしうる。
明治のこの無自覚状態は、太平洋戦争に帰結している。
一度の失敗は許されても、二度の失敗は許されない。
したがって、いま必要なことは、この「呪縛」の対象を分析して、
再把握して、自らそれを統御することである。
それを外部に説明する必要はないが、要請されればそれができる
ように、各人が明確な自己を把握して、自らを統御することは必要
である。
それは国家に要請されるだけではなく、企業にも、個人にも要請
される。
本書は、それを行なうための一提案であり、いわば視点の提供で
ある。
※「山本学」と呼ばれ、一つの分野として分類されるまでになっ
た彼の著作群は、一級の「日本人論」として貫かれていると、私自
身も考えている。
くれたのが山本七平氏(父は、内村鑑三の一番弟子)だった。
私は「私の中の日本軍」はじめ、彼の著作本をほとんど読んだが、
そのなかから一つ抜粋・引用したい。
■「日本資本主義の精神」山本七平著
《まえがき》から抜粋、以下
本書が成立した経緯を記しておきたい。
・・・、日本的特質を、日本人自身が自覚していない、という彼ら
(外国の友人)の指摘であった。
彼らはもはや「日本人はモノマネがうまいだけ・・・」などとは
考えていない。
だが日本人自身がそう考えているためか、明治における発展で
あれ、戦後の経済的成長であれ、「なぜそうなったか」を把握して
おらず、外部に説明しえない状態である。いわば、「何だかわから
ないが、こうなってしまった」のである。
もちろん、その「ノウ・ハウ」を外部に説明する必要はない。
ただこの状態は、自己がそれによって行動している基準を、自ら
自覚していないことであり、言葉をかえれば、伝統に無自覚に呪縛
されている状態である。
私はこれが最も大きな問題であると考えている。
というのは、長所とは裏返せば短所であり、美点は同時に欠点で
ある。
このことは、日本に発展をもたらした要因はそのまま、日本を破
綻させる要因であり、無自覚にこれに呪縛されていることは、
「何だかわからないが、こうなってしまった」という発展をもたら
すが、同時に「何だかわからないが、こうなってしまった」という
破綻をも、もたらしうる。
明治のこの無自覚状態は、太平洋戦争に帰結している。
一度の失敗は許されても、二度の失敗は許されない。
したがって、いま必要なことは、この「呪縛」の対象を分析して、
再把握して、自らそれを統御することである。
それを外部に説明する必要はないが、要請されればそれができる
ように、各人が明確な自己を把握して、自らを統御することは必要
である。
それは国家に要請されるだけではなく、企業にも、個人にも要請
される。
本書は、それを行なうための一提案であり、いわば視点の提供で
ある。
※「山本学」と呼ばれ、一つの分野として分類されるまでになっ
た彼の著作群は、一級の「日本人論」として貫かれていると、私自
身も考えている。