20160915
「広報かけがわ」の8月号の表紙は、パラリンピックの走り幅跳び日本代表、山本篤選手の壮行会写真でした。広報の記事だけでは気付かなかったのですが、ネット上の記事で「昭和57年生・掛川西高卒」というところから大きな関心をもって彼についての情報を探し始めました。
私事で恐縮ながら、長男が57年生・掛川西高卒で名前からくる出席番号もすぐ隣ということが判明してからです。もっともパラリンピック自体もこれまでほとんど関心もなかったのですが、視覚障がい者への音訳ボランティアをするようになってから今までと違う感覚で注目し始めています。
山本 篤 選手
昭和57年生、掛川市和田岡(吉岡)の出身。掛川西高の2年生の時にバイク事故で片足を切断することになったという。高校時代はバレーボールをしていたようです。卒業後は義肢装具士になろうと愛知県の専門学校に行ったそうですが、そこで義足スポーツ研究をしている人と出会い、陸上競技を勧められたといいます。
その後、競技用義足で飛躍的に記録を伸ばし、2002年関東身体障がい者陸上競技選手権大会で優勝。2004年陸上を続けるために大阪体育大に入学。2008年スズキ株式会社入社。この年北京パラリンピック銀メダル、100m5位入賞。2012年ロンドンパラリンピック、走り幅跳び5位、100m6位、200m8位。この後世界選手権やアジアパラ競技大会等で金メダルを獲得。2016年5月日本パラ陸上競技選手権大会で世界新記録を樹立。今回のリオパラりんピックでは金メダルが有望視されている。
競技予定
9/13(火) 06:36~ 4×100mリレー T42-47決勝
9/14(水) 22:33~ 100m T42予選
9/17(土) 22:45~ 走幅跳 T42決勝
9月13日の400m(100m×4)リレーでは 銅メダルを獲得。
以降は毎日新聞の転載
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04年の山本の入学の可否を巡って(大阪体育大)教授会で議論があったという。障害者の体育大の入学は異例で、実技試験の採点をどうするのか、障害者用トイレやエレベーターを設置するのか……などと課題が噴出した。当時、障害者スポーツは注目を集め始めており、「認めるべきだ」との結論に至った。
伊藤名誉教授は身障者スポーツ研究にも取り組み、教員のパラリンピック派遣にも携わった。カール・ルイスら一流ランナーのフォームを分析して入学した山本に助言。背骨と大腿(だいたい)骨をつなぐ腸腰筋が鍵になると見て、この筋肉を鍛えるトレーニングに取り組んだ。「山本は理論的な選手。データを見せれば素直に助言を聞き、確信を持って頑張る」と話す。山本も「伊藤先生とたくさん議論して速く走る方法が分かってきた」と話している。
山本は入学後、04年10月に5メートル45を跳ぶなど、日本記録を次々と更新した。理論の正しさを自身の記録で証明してみせ、他の選手からアドバイスを求められるようになった。障害者が体育大に合格する例も増えてきた。伊藤名誉教授は「山本の活躍は、健常者だけを考えていた体育学を変えた。メダルの数ばかりが話題になりがちだが、選手たちが果たすこうした役割にも関心を持ってほしい」と語る。
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