以下、ネタバレがあります。
『母なる証明』鑑賞メモ
※シネマトークのもとになった覚え書きです。
枯野を歩いてきた中年女性が、ふと立ち止まりいきなり踊り出す。
その表情は、笑っているようにも泣いているようにも見える。
彼女にいったい何があったんだろうか?
観客の心をわしづかみにする見事なオープニング。
女子高校生の殺人事件が発生。
犯人として逮捕された息子の無実を晴らそうと自ら捜査をする母。
しかし、遂にたどりついた目撃者から聞かされたのは、
息子こそが真犯人であるとゆうあまりにも皮肉で残酷な事実だった。
我を失って目撃者を殺してしまう母。
殺人現場に火を放ち、逃亡する。
見覚えのある枯野が現れる。
オープニングシーンは、あの殺人の後だったのだ。
だから、女性はあんな表情をしていたのか。
見事な回収。
そして、ポン・ジュノ監督が恐ろしいのはここからだ。
真実を知った母のもとに刑事がやってきて、
「真犯人が見つかった。息子は釈放する」と告げる。
冤罪で捕まった少年と面会する母。
彼は、両親がおらず、障害をもっている。
殺された少女、目撃者の男、冤罪の少年、
いずれも社会的な弱者であることに注目。
そして、加害者の母子もまた、弱者に他ならない。
この共通点は監督の意図的なものだろう。
警察、弁護士、医師、検察ら強者たちがボンクラ、俗物に描かれていることも。
ポン・ジュノ監督は、この世界の理不尽さ、醜悪さを観客に突きつけているのか?
この後は、ラストまで怒濤のおもしろさ。
あれほど望んだ息子の釈放の日に、
母が迎えに行っていないことに象徴されるように、
息子に対する母の態度は、事件前と微妙だが確実に変化している。
どこかギクシャクと、不安ととまどいを隠せない母。
商店会のバス旅行。
皆の乱痴気騒ぎに参加せず、何かを思い詰めている母。
彼女の頭の中では、自分たち母子の犯した罪や、
これから息子とどうやって生きていくのか、
息子はいつか自分の罪を思い出すのではないか、
息子はいつか母の罪に気づくのではないか、
そんな罪悪感や不安や恐怖が渦巻いているのだろう。
やがて母は、何かを決意したような表情に変わり、
鍼灸針を取り出し、自らの内股(忘却のツボ)に刺す。
忘れてしまうことにしたのだ!母は。
先ほどまで、頭の中をうずまいていた全てを。
そして「自分は息子を救ったのだ」と自らを肯定し、
「これからも息子を守り続けること」を決意したのか。
こっけいで、愚かで、哀しいが、それでも母の愛なのか。
針を刺した瞬間、カメラはバスの外からにアングルが変わり、
数秒、無音になる。この静寂のものすごい緊張感。
やがて、母が踊り出す。
逆光で表情が見えず、カメラは時々、母を見失いそうになる。
揺れる不安定な画面は、母の乱れる心を表現しているようだ。
母のダンスはますます激しくなる。手を振り上げ、髪を振り乱す。
狂おしい母の感情に同調するように画面の揺れもこれ以上ないほど激しくなる。
突然、画面が真っ黒になり、エンドロールが始まる。
息詰まる素晴らしいラストシーン。
補足
ポン・ジュノ作品は
「どこまでもおもしろい映画をつくろうとした結果、
はからずも人間や世界の真実を暴いてしまった」そんな映画です。
たぶん、ポン監督には、ジャンルはもとより、
芸術映画だとか娯楽映画といったカテゴリーはなく、
ただひたすら「おもしろい映画」をつくることしか考えていないような気がします。
鑑賞メモでは触れていませんが、
極端なクロースアップや、大胆なロングショット、キャスティング、演出など
全ての画面にこだわりと力強さがある素晴らしい作品でした。
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