アジア映画巡礼

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こんな作品もあります韓国映画:心にしみる『夏時間』

2021-02-25 | 韓国映画

これまで元気のいい韓国映画をご紹介してきましたが、ちょっと違った趣きの作品が今週公開されます。それは、見た人の多くが「侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『冬冬(トントン)の夏休み』みたい!」と感嘆の声を上げる『夏時間』。新人女性監督ユン・ダンビの作品です。まずは作品のデータからどうぞ。

『夏時間』 公式サイト 
 2019年/韓国/韓国語/105分/原題:남매의 여름밤/英語題:Moving ON
 監督・脚本:ユン・ダンビ
   出演:チェ・ジョンウン、パク・スンジュン、ヤン・フンジュ、パク・ヒョニョン、キム・サンドン
 配給:パンドラ
2月27日(土)~渋谷ユーロスペースにてロードショー全国順次公開

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

主人公のオクジュ(チェ・ジョンウン)ががらんとした室内を見回しているところから、物語はスタートします。集合住宅の半地下階にある部屋に、オクジュは両親と弟ドンジュ(パク・スンジュン)と共に住んでいたのですが、父ビョンギ(ヤン・フンジュ)が仕事に失敗したようで、出て行かざるを得なくなったのです。これから行くのは祖父、つまり父の父親ヨンムク(キム・サンドン)の家。でもなぜか、母の姿は見えません。不安と共に父の車で運ばれて着いたのは、坂道の途中にある一軒の家で、ちゃんとした門があり、家も立派で、広い庭もありました。祖父は体の具合があまりよくないらしく、父が言うには今夏は祖父の面倒を見るためにここで暮らすとのこと。オクジュとドンジュ姉弟は、途中に扉のある面白い階段を上って二階に行き、そこを自分たちの部屋に決めました。寝室のほか、真ん中の広い部屋にはミシンもあって、ちょっとレトロな雰囲気がするそこは、オクジュの心を落ち着かせてくれました。

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

父は祖父の面倒を見るかたわら、車にスニーカーの箱を積んで、人通りの多いところに荷を広げて売る仕事も始めました。有名メーカーの箱に入ったスニーカーは買うと結構高いものなので、オクジュは1箱ボーイフレンドにプレゼントします。喜んでくれた彼に、自分も幸せな気持ちになるオクジュ。そんな時、祖父の家に父の妹である叔母ミジョン(パク・ヒョニョン)がやってきて、一緒に暮らすようになりました。どうやら叔母は夫との間がうまく行っていないらしく、離婚になってしまうようです。さっぱりした性格の叔母はすぐに4人の生活に溶け込み、祖父の誕生祝いなど楽しいことも続くのですが、祖父がだんだん弱ってきたり、ドンジュがこっそり母と会っていたりと、夏の終わりに近づくに従って、家の中には波風が立っていきます。祖父を老人ホームに入れ、この家を売る相談を父と叔母とがしていた矢先、祖父が倒れて救急車で病院に運ばれます...。

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

こんな風に、オクジュの一夏の体験が描かれていくのですが、何度か声高に言葉を投げつけ合う短いシーンはあるものの、全体におだやかで、ゆっくりと時間が過ぎていきます。無口な祖父はもちろん、父もそしてオクジュ自身も、韓国の人としては例外的に思えるような大人しい人たちなのです。それだけに、祖父の誕生日のはしゃぎっぷりが楽しく、見ているこちらまで笑顔になってしまいます。脚本も担当したユン・ダンビ監督は、細やかな感情の起伏を丁寧に辿って描いていて、その静かなリズムが見る者を物語の中に誘い込んでいきます。ただ、ちょっと意外な展開もあり、特にラスト近くでオクジュたちの母親が姿を現すシーンでは、肩透かしを感じたりしました。それも、ユン・ダンビ監督の計算のうちだったのでしょうか。

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オクジュ役のチェ・ジョンウンは、これまで短編映画には何本か出たことがあるものの、長編劇映画は本作が初めてだとか。大人しいけれど、内に激しい感情を秘めたローティーン(中学1年生か2年生、という設定かも知れません)の女の子を見事に体現しています。胸を突かれたのは、予告編にも使われている父親にお金を借りようとするシーンで、「二重まぶたの手術をしたい」という告白は相手が父親だけに、母親が家を出ていったことによる孤独感やいろんなつらい感情がその向こうに見えて、とても印象に残りました。ひょうきんな弟ドンジュとのコントラストも上手に表現していて、監督の演技指導があったとはいえ、素晴らしい女優ぶりです。ドラマ「愛の不時着」でホヨン君を演じたパク・スンジュンは、あの時の達者でおしゃべりな演技は封印して、少々おっちょこちょいのドンジュを自然体で演じています。

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

見終わってみると、ユン・ダンビ監督の脚本力と演出力が深く納得できる作品ですが、あちこちの記事でも書かれているように、ここ2、3年、韓国映画の女性監督の活躍ぶりは、目を見張らせるものがあります。一昨年から昨年にかけて話題になった『はちどり』(2018)のキム・ボラ監督や『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)のキム・ドヨン監督、以前こちらでご紹介したことのある『チャンシルさんには福が多いね』(2019)のキム・チョヒ監督やこちらでご紹介した『マルモイ ことばあつめ』(2019)のオム・ユナ監督等々、本当に女性監督の活躍が目立つのです。『マルモイ』は大好きな作品なのですが、このブログを書くためにさっき調べるまで、女性監督だとは意識していませんでした。理想としては、男性監督や女性監督という区別などなく、作品だけで評価できることですが、その時代が間もなくやってくる、と感じさせてくれる昨今の韓国映画界です。

©2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED

『夏時間』も、韓国映画のこれからを担う監督のデビュー作、ということでぜひご覧になってみて下さい。そうそう、この映画、もう一つ大きなチャームポイントがあります。それは、ほぼ全編の舞台となっている祖父の家。監督が惚れ込んで、実際に住んでいる老夫婦の方にお願いしてロケに使ったそうで、とっても面白い設計のお宅なのです。特に、あの階段はどうなっているのか不思議です。1階の居間と台所(ここの造りは結構モダン)、そして、螺鈿細工の扉が美しい祖父の部屋、2階は破風に合わせての設計なのか、中心の部屋と両翼にある小さめの部屋、そして広いベランダ。その1階と2階を繋ぐ階段には、なぜか途中に扉があって....。ああ、もう、設計図がほしいぐらいです。建築物好きの方は、あれこれ想像して楽しんで下さいね。最後に予告編を付けておきます。

懐かしく繊細な夏の物語 映画『夏時間』予告編

 

<追記:2月26日>配給会社パンドラから、今、お知らせをいただきました。

★2/27㊏12:45~の第1回目の上映終了後、(14:30頃より)

ユン・ダンビ監督がリモートでご登壇!ご質問にお答えします!

画像

★初日2/27(土)の1回目と2回目(12:45~/15:30~)の回にご来場の方に

5種類から一枚選べるポストカードをプレゼント!

 


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