アジア映画巡礼

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劇場再開!【1】泣ける力作『マルモイ ことばあつめ』が待ち遠しい

2020-05-30 | 韓国映画

長かった5月も明日で終わり。明後日6月1日(月)からは、東京都の映画館もやっと再開されます。どちらの映画館でも、いろいろ頭を悩ませながらラインアップが組み直されたことと思いますが、新型コロナウィルスの感染防止策に加え、この2ヶ月余り劇場から離れてしまったお客様をいかに呼び戻すかにも心が砕かれているようです。昨日ご紹介したインド映画『きっと、またあえる』が8月21日(金)から公開されるシネマート新宿では、何と!6月の幕開けには人気映画を日替わりで無料上映する、という太っ腹な作戦が実行されるようです。そしてその後、シネマート新宿で(と、あとシネマート心斎橋でも)封切られるラインアップも、アジア映画ファンにはコロナで大変だった日々を忘れさせてくれるような作品が揃っています。

というわけで、ここしばらく、シネマート新宿で公開される韓国映画を連続してご紹介しようと思います。まず最初は、昨年の韓国映画興行収入第10位の『マルモイ ことばあつめ』からです。「マル/」とは「言葉、言語、話、言うこと」の意味で、「言う」という動詞は「マルハダ/말하다」となります。「モイ/모이」は「モイタ/모이다」、「集まる」と同じ語源でしょうか。というわけで、「マルモイ」は「ことばあつめ」という意味になるようです。日本が朝鮮半島を占領していた時の歴史の1ページを非常に丁寧に描いてあるのですが、エンタメ要素も満載で、力作、労作、秀作と言っていい作品です。まずは作品のデータからどうぞ。

『マルモイ ことばあつめ』 公式サイト
 2019年/韓国/韓国語・日本語/135分/原題:말모이
  監督・脚本:オム・ユナ
  主演:ユ・ヘジン、ユン・ゲサン、キム・ホンパ、ウ・ヒョン
  配給:インターフィルム
 ※7月10日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開

冒頭に、1933年の満州国北部で起きた小さな事件が描かれ、その後舞台は1941年の朝鮮半島の町、京城(現在のソウル)となります。日本が韓国を併合したのが1910年で、朝鮮総督府と呼ばれる中央官庁も京城に置かれました。それから30年余り、1939年には戸籍を整備するために家族として1つの氏を持つことを促す通達が出(創氏)、1940年には名前を日本人風に変える(改名)キャンペーンが張られた時代でした。そんな空気などどこ吹く風、映画館朝鮮劇場のもぎりをしているお気楽な男キム・パンス(ユ・ヘジン)は、仲間のスリを映画館にモグリ入場させたことをとがめられ、クビになってしまいます。パンスには、京城第一中学に通う息子ドクジンと就学前の幼い娘スンヒがいましたが、息子の学校から授業料の督促通知が届いても、払えるあてがありません。小さな悪事を働いては刑務所に出たり入ったりを繰り返しているパンスが思いついたのは、かっぱらいでした。

パンスが仲間と組んで狙ったのは、朝鮮語学会の代表リュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)の鞄でした。朝鮮語がないがしろにされ、学校でも朝鮮語の授業が1941年3月から廃止された時代ですが、ジョンファンは以前から「朝鮮語大辞典」を作るために各地の方言を集めており、黄海道(ファンヘド)に行って地元の先生たちがまとめた原稿をもらってきたところでした。パンスのかっぱらいは結局不首尾に終わりますが、この時パンスの名前を知ったジョンファンが朝鮮語学会の事務所で苦々しい思いでその名を口にしたところ、辞書編集の仲間チョ先生(キム・ホンパ)がパンスの家にやってきました。チョ先生は思想犯として投獄されていた時に、パンスにたびたび助けられたことがあったのです。こうしてチョ先生の口利きで事務所で働き始めたパンスでしたが、ジョンファンはパンスが字も読めないと知ってますます彼を忌避します。しかし、調子のいいパンスはみんなの人気者となり、スンヒを伴って出勤した時には、ついにジョンファンもスンヒの面倒を見てしまうことに。やがて、地下の原稿を集めた倉庫を見せられたパンスは、みんなの努力に打たれ、少しずつハングルを学び、ジョンファンとも心を通わせるようになっていきます。しかしながら、日本人の警察官上田(ホ・ソンデ)は京城第一中学の理事長であるジョンファンの父にも圧力をかけ、「朝鮮語大辞典」の編集を弾圧しようとします...。

(チラシ裏の画像より/©2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.)

日本統治下の朝鮮での、朝鮮語を巡る闘いが描かれるのですが、これだけだと実に地味なテーマになってしまいます。辞書作りのための言語調査は、興味ある者にとっては興奮に満ちた、とてもエキサイティングな仕事ですし、官憲と闘いつつ辞書を作るのはスリリングではありますが、あまり面白い映画にはなりそうにありません。そこに、パンスという無学でちゃらんぽらんな男とその子供たちをからませることによって、映画にエンタメ性と庶民からの視点を付加した脚本がまずお見事です。これが監督デビューという女性監督オム・ユナは、ソン・ガンホが主演した光州事件を描く作品『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)の脚本も担当していましたが、本作も脚本のうまさがまず際立ちます。「朝鮮語学会事件」という歴史的事実を大胆に脚色し、多様な人物を配置したうえ、映画的な見せ場も盛り込んでの2時間15分、私は最初、英語字幕の機内上映で見たのですが、引き込まれて見入ってしまいました。

©2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

そして、次に目が離せないのが、パンスとジョンファンを始めとする登場人物のキャラクター造形。特に、ユ・ヘジンが演じるパンスがチャーミングです。日本もそうですが、20世紀の半ばまで非識字者は大勢いて、それでも暮らしていける世の中だったのです。面白いのは、パンス自身は読み書きができないのに、息子は名門中学校に入学させていることで、これはどうも亡くなったパンスの妻がなかなか教養のある人だったことに起因するようです。映画の後半で、教師から強要されて自分の朝鮮語名「キム・ドクジン」を「カネヤマ・トクジ」に改めたことが父パンスにばれ、ドクジンが謝るのですが、その時の父子の会話から、「ドクジン」と「スンヒ」という兄妹の命名の由来と元の漢字(朝鮮半島の人々は、多くが漢字に依拠して名前を付けます。現在では元の漢字にこだわらず命名されている人も多いようですが、韓国映画資料の宝庫であるこちらを見ると、ユ・ヘジンは「柳海真」だとわかります)が判明、どうやらパンスが服役している時に生まれた子供たちに、亡き妻が命名したらしいことがわかります。でも、パンス自身も語学を学ぶ才能に恵まれていることが、学会事務所での仕事中にチラ見えます。事務所を訪ねてきた人のしゃべる済州島(チェジュド)方言を、見事にパンスが真似て再現するのです。こういった見せ場が随所に挟まれていて、パンスという人物を魅力的に描く脚本と、それを見事に演じるユ・ヘジンの演技との素敵なハーモニーが楽しめます。それにしてもユ・ヘジン、『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(1999)の出前持ちで観客を注目させてからはや20年、どの役をやってもうまいですね。

©2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

もう1人の主役、ユン・ゲサンも熱演です。以前弁護士役はあったものの、学者の役は初めてだと思いますが、『バッカス・レディ』(2016)の身体障害のあるプータロー、『犯罪都市』(2017)のとんでもない悪役に続き、育ちのいい、知的な役柄も十分にこなせることを証明しました。リュ・ジョンファンは父が京城第一中学の理事長というエリートの息子ですが、日本人にへつらう父の姿に反発する一方で、以前の父が語っていた様々な意味深い言葉を憶えているという、しっかりした目を持つ青年です。ただ、教養のない者に対する差別意識は根強く、それで最初パンスにもつらくあたりますが、いろんな事件を経て彼を同志として受け入れるようになる、という、こちらもなかなかいい役です。この両者が理解していく過程で、様々に象徴的な言葉が登場するのですが、「ホットク/호떡/(韓国の焼き餅のようなスナック)」と「ミンドゥルレ/민들레/たんぽぽ」はぜひ憶えておいていただきたいと思います。劇中でも簡単に解説されているのですが、詳しくはパンフレットに掲載されるという真鍋祐子先生(東大)の解説文をぜひお読み下さい。

公開は少し先ですが、楽しみにしてお待ち下さい。予告編も2ヴァージョン作られていますので、両方貼り付けておきます。まずは、こちらで「情報あつめ」をどうぞ。

映画『マルモイ ことばあつめ』予告編

 

『マルモイ ことばあつめ』予告編 インターナショナル・バージョン

 

なお、6月1日(月)から再開されるシネマート新宿では、本作の監督や出演者と関連する作品が、来週中、何と!無料で上映されます。この機会に、他の韓国映画もぜひご覧になって下さいね。詳しくは、シネマート新宿の公式サイトをどうぞ。上映回数が多くありませんのでご注意下さい。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)~6月1日(月)、4日(木)上映
 監督:チャン・フン/主演:ソン・ガンホ
  ◎オム・ユナ監督が脚本を担当
  ◎ユ・ヘジン出演作品←こちらも、光州のとってもいい人の役です!
『犯罪都市』(2017)~6月3日(水)のみ上映
 監督:カン・ユンソン/主演:マ・ドンソク
  ◎ユン・ゲサン出演作品←こちらをぜひ先に見ておいて下さい。『マルモイ ことばあつめ』とで、別人28号のユン・ゲサン二態が楽しめます!

久しぶりの映画館のシート、前後左右の席は空席のはずですので、ゆったりと映画を楽しんで下さいね。

 

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