平成21年5月25日(月)、チャオが亡くなりました。
あまりにも突然の出来事で、私のみならず家族も実感が持てないでいます。
でも、ずっと覚悟はしていました。
いつか、こんな日が来ることを・・・
チャオはここ1年くらい前から心音に雑音が入るなどで、獣医さんにお世話になっていました。
シー・ズーは短吻種なので、呼吸器系統が年々弱ってくる子が多い犬種なんです。
それ故に、心臓が頑張り過ぎて無理をしてしまう為に血圧を抑える為のお薬を毎日飲んでいました。
それで数値は安定していて、良い状態が続いていたんですけれどもね。。。
獣医さんからは、「興奮させたり、鼓動が激しくなるような運動をしないようにしてください」と言われていました。
「心不全や心臓発作を起こす可能性もありますから」と。。。
そして、ここ半年くらいは加齢もあり、腎臓の数値も少し高めでした。
すぐにでも尿毒症を起こす・・・と言うような数値ではなく、人間で言えば、「今後、人工透析にならないように維持しましょうね。気をつけていれば大丈夫ですよ」と言う程度。
なので、これ以上数値を悪化させない為に療養食を与え、カリウムの高い食品を控えて、こちらも安定していました。
カリウムは、健全な犬にはとても重要な栄養素なのですが、腎臓が弱っている場合(毒素が出せないほど酷い場合ですが)に大量に食べさせると突然死の可能性もあるんですよね。
ところがチャオの大好きな食べ物は、カリウムの高い物が多くて
サツマイモにバナナ、スイカ・・・(苦笑)
まぁ、犬の場合だと腎臓がそこまで弱っていれば、もう亡くなっている率が高いですけどね。
実質、犬の人工透析はかなり無理が有りますし・・・
だけど私は「あれもダメ、これもダメ」と言う生活はさせたくありませんでした。
人間なら「こういう事情だから、遊んじゃダメだよ。食べちゃダメよ」と納得させることも可能ですが、犬はそんなこと解りません。
キャヴェやコルクがドッグランへ行くことになったら、チャオだって一緒に行きたいでしょう。
人間と比較すればそう長くはない犬の一生です。
あれこれ制限し過ぎるよりも、上手に付き合っていけたら良いな・・・と思い、サツマイモやバナナも少量ですが与えていました。
その代わり毎月の血液検査は怠らず、数値を見ながら、それで良い感じで過ごしてきました。
私は今まで沢山犬を飼ってきて、何度も愛犬の死と向き合ってきましたが、これまで一度も、その瞬間を看取ってやることが出来ていません。
「すぐ戻ってくるから待っててね・・・」そう言って、ほんの少しお手洗いに行っている、その僅かの間に息を引き取るとか、そういうことばかりだったんです。
朝、6時過ぎに起床してチャオを見た時に、すぐにおかしいと気付きました。
人工呼吸をしても、もう助からないことは、これまでの経験上見ただけでハッキリと解りました。
体も柔らかく、死後30分くらいだと思います。
まだ温かでした。
私が起きるまで、もう少し待っていてくれたら、違う結果になっていたかもしれません。
せめて最期はどんなふうに亡くなったんだろう・・・と言うことが気になりました。
苦しんで死んだ場合は、目が半開きだったり、口が開いて歯が見えていたり、四肢が突っ張ったりするそうです。
チャオは目が大きく開いたままで、足は自然な感じ。口も開かれておらず、苦しんだ様子は全く見られませんでした。
瞬間的に逝けたのなら良かったのかな。。。
コルクはチャオの臭いをアチコチ嗅ぎ、亡くなったことを知ったようです。
嗅ぎ終わると首を低くもたげ、凄く悲しそうな顔で私の目を見ました。
キャヴェは、なるべくチャオを見ないようにしていました。
全く近付きませんでした。
きっと恐かったのでしょう。。。
チニタは人間の年齢に例えるとまだ2~3歳の幼児なので、チャオの死が理解出来ていないようです。
チャオを棺代わりの箱に横たえると、一緒に箱の中に入り、空いている隙間にチョコンと座っていました。
そして、いつもジャレているのと同じようにチャオの体にもたれたりよじ登ったりしていました。
こんな無邪気なチニタの存在に、みんなの心が救われました。
チャオがいなくなったら、検査やお薬代で毎月2万円くらい掛かっていた金額が浮きました。
チャオの医療費の為に、半年に1回しか行かなかった私の美容院だったけど、もう少し増やせるな。。。 ハハッ。
顔がペチャンコなので、朝・晩のご飯の度に、お箸で「ア~ン」して食べさせていたんだけど、そんな手間が省けるなぁ。。。 ハハハッ。
毛が伸びる犬種なので、2ヶ月に1回くらい自分でトリミングしていたんだけど、それももうやらなくて良いし。。。
でもこの間、新しく鋤バサミを新調したばかりで1回も使ってないのに、どうするんだよ。 ハハハハッ。
チャオがいなくなったら、手が掛かることが何も無くなってラクになったじゃん!
・・・そう何度も自分に言い聞かせて、毎日を過ごしています。
居るのか居ないのか解らないくらい、とても物静かな子だったのに、その存在感は一際大きく、狭い我が家のリビングがとても広く見えます。
3kg台の小さな犬がたった1匹居なくなっただけなのにね。。。
写真は亡くなる3日前のチャオです。
チニタが小さかったので、ここのところずっとお出掛けは控えていたのですが、久しぶりに叔母の家に遊びに行き、みんなで楽しそうに過ごしていました。
チャオは元々はしゃぐタイプでは無いので、この日も無理をしていたようには全く見えませんでした。
お家に帰ってきてからはご機嫌さんでお風呂に入り、ドライヤーをして、ご飯もシッカリ食べました。
叔母がスイカをくれて、我が家では今年の初物でした。
チャオはスイカが大好きで、腎臓の数値上、少しだけしか食べられないけれど、とても喜んでいました。
それから3日後の出来事なので、お庭で遊んだことが原因だとは思えないのですが・・・
ここのところ、朝晩と昼間の温度差が激しかったので、心臓には負担だったのかもしれません。。。
理由を考えると悩んでしまいます。
近所の方は、「健康な人間でも突然、心臓発作を起こして亡くなったりすることもあるんだし仕方ないよ」と励ましてくれました。
母は「私もチャオみたいに死ねたら良いなぁ」・・・と言いました。
弟は「亡くなる前に遊ばせてやれて、大好きなスイカも食べることが出来て良かったやん」と言ってくれました。
そして偶然にもチャオが亡くなったこの日、以前から私の大好きな大好きなお友達シズちゃんと一緒にご飯を食べに行く約束をしていました。
家に居たらドンドン悲しみが募っていたであろう私と長時間付き合ってくれて、旦那さんが出張中なのをいいことに、日付が変わる直前までシズちゃんのお家でマッタリさせてもらいました。(ゴメンねぇ
)
芸達者で可愛いダキちゃんにも随分と癒され、チャオの為に涙ぐんでくれたシズちゃんの気持ちに感謝し、本当に本当に有難い1日でした。
我が家の犬たちは、栗東の動物霊園に眠っています。
個別火葬の合同葬です。お墓は立てません。
何故なら、私が亡くなった後(老衰か病死かは神のみぞ知る)、誰もお墓を参ってくれるものがいないだろう・・・と思うからです。
人間のお墓ですら、お盆とお彼岸の年2回くらいしかお参りしない家族が多いのですから、ましてや見たこともない犬のお墓参りまでしてくれる親族なんて、なかなかいないでしょうし、忙しい毎日の中、そんなことをお願いするのは心苦しいですしね。。。
お願いした方が、引越しや転勤で遠方に行ってしまう可能性も有りますし・・・
それと、昔は動物霊園が一般的ではなく、市の清掃局に「動物死骸処理課」と言うような部署があり(今も有ります)、そちらで埋葬して頂いておりました。
今の犬たちだけは手厚く葬って・・・と言うのも差別があって過去の愛犬に気の毒な気もして、お墓を立てないと言うのも理由のうちのひとつです。
これまでの愛犬は、私の心の中に生きていますから、それで良しと思っています。
チャオの父親ムックと母親ピピンは幸いなるかなここの墓地に眠っていますので、今頃、親子3人で仲良く暮らしていることでしょう


チャオはチニタと同じくパパっ子だったので、ムックとの再会を喜んでいると思います。
またお参りに行くから、待っててね~
今から2ヶ月ほど前、獣医さんで1頭のシー・ズーくんと出会いました。
もう16歳とのこと。
14歳になった辺りから、酷い皮膚疾患に悩まされるようになり、全身を痒がり酷いただれようで、血が滲んでいました。
加齢による甲状腺機能の低下も原因の一部ではないかと思います。
痒み止めもほとんど効かず、獣医さんからは「なるべく掻かないようにしてくださいね」と言われていましたが、「そんなん言われても掻くしねぇ。エリザベスカラーを付けるのは凄く嫌がるし・・・」と飼い主さんは仰っていました。
また現在16歳になる知り合いの日本犬系雑種のワンちゃんも、先のシー・ズーと同様、耳が痒みでただれてグチュグチュになり、やはり血だらけになってしまったと聞きました。
それが治まった頃、舌に癌が見つかりました。
かなりの高齢なので、手術自体が難しい状態でした。
痛みのあまり夜中にも「ギャ~ン、ギャ~ン」と鳴くそうです。
お水も思うように飲めず、無論、ご飯もきちんと食べられないので急激に痩せたそうです。
それでも彼女は生きています。
飼い主さんの大きな愛情と獣医さんの適切な処置で、命を永らえています。
「安楽死」と言う手も有りますが、まだ命も意識もある家族をそんな風に扱えないお気持ちもとてもよく解ります。
犬自身がどちらかを自ら選んでくれれば、飼い主の心も救われると言うのに・・・
飼い主としては1日でも長く傍にいてほしい・・・当たり前の感情ですよね。
いつまでも健康でいてほしいけれども、犬も人も長生きすればするほど体の何処かに不都合がみつかる率が高くなります。
その分、痛い思いをしたり苦しむ時間も長くなります。
「長生きをすることが良いことなのか」
・・・最近の私には解らなくなってきていた矢先に、チャオの死と直面しました。
7月25日には、満10歳のお誕生日を迎える予定だったキッチリ2ヶ月前に、チャオは虹の橋を渡っていきました。
9歳10ヶ月。
シー・ズーにしては短い人生ではあったけれども、楽しく幸せな毎日を送らせてやれたと思っています。
チャオは元々とんでもなく未熟児で生まれた子でした。
そのままだと、3日も生存できないような状態でした。
多頭出産する動物には日常的に有りがちなことで、野生動物だと親が育児放棄したり、食べてしまったりするなんて当たり前の光景なのです。
育ちそうにない子を親が食べてしまう理由は、(小動物の場合は、他の理由も存在します)
① 死骸の臭いで他動物を引き寄せないよう自分たちの命を守る為
② 育ちそうな他の子犬の為に、親犬が自らの栄養分として補う為
と言うのが大きな理由ですが、家庭で飼われている犬は、人間の手が介入します。
なので、こういった犬も助けてあげることが出来るのです。
全ての未熟児犬や逆子で生まれた子犬がそうだとは言いませんが、全体的に見ると幾分、寿命が短いような気がします。
自然はよく出来ている・・・と言うか、細胞分裂の過程で何かしら弊害があったので、未熟児だったりするのでしょう。
本来ならそこで自然淘汰されていたであろう子犬を、人の手によって助けると言うのは良いことなのかどうなのか・・・そのことも考え悩んだことがありました。
でも、やはりこれまで見捨てることが出来ませんでした。
そういったことも覚悟していたので、チャオが我が家で生まれた日から、いつか別れの日が来ることは解っていたのだから、後悔しないように1日1日を大切に過ごしてきました。
亡くなるまでは病気らしい病気もせず元気にやってきました。
シー・ズーに有りがちなアレルギーや外耳炎も発症せず、快適に過ごせて良かったと思っています。
人にはいろんな考え方があるので、ここまで書いてきた意見に賛同出来ず「そんな考え方、飼い主のエゴだよ。長生きさせてやるのが飼い主の努め。自己満足に過ぎないよ」と思われる方もいらっしゃると思います。
私の考え方は自分自身がペットロスにならない為のただの言い訳なのかもしれないですね。
こうして沢山いろんな思いを書き綴るのも、全て自分への言い訳です。
どれが正しいのか、どうしてやれば良かったのか、今後の犬たちに対しても一生の迷いとなり、愛犬の死と向かい合う度にそのことで悩むと思います。
でも私はいつもと変わりなく過ごしています。
私は絶対ペットロスにはなりません。
キャヴェ・コルク・チニタのお母さんなんですもの。
そしてチャオを悲しませたくないし・・・
時々、思い出してシンミリすることもありますが、それは時間が解決してくれることを、これまでの経験で知っています。
なので、気を遣わずに普通に話し掛けてくださいね
また、犬連れで遊びに行きましょう!
「その2」で、
楽しそうに遊んでいる亡くなる3日前のチャオの写真を載せています。
良かったら、見ていってやってください
あまりにも突然の出来事で、私のみならず家族も実感が持てないでいます。
でも、ずっと覚悟はしていました。
いつか、こんな日が来ることを・・・
チャオはここ1年くらい前から心音に雑音が入るなどで、獣医さんにお世話になっていました。
シー・ズーは短吻種なので、呼吸器系統が年々弱ってくる子が多い犬種なんです。
それ故に、心臓が頑張り過ぎて無理をしてしまう為に血圧を抑える為のお薬を毎日飲んでいました。
それで数値は安定していて、良い状態が続いていたんですけれどもね。。。
獣医さんからは、「興奮させたり、鼓動が激しくなるような運動をしないようにしてください」と言われていました。
「心不全や心臓発作を起こす可能性もありますから」と。。。
そして、ここ半年くらいは加齢もあり、腎臓の数値も少し高めでした。
すぐにでも尿毒症を起こす・・・と言うような数値ではなく、人間で言えば、「今後、人工透析にならないように維持しましょうね。気をつけていれば大丈夫ですよ」と言う程度。
なので、これ以上数値を悪化させない為に療養食を与え、カリウムの高い食品を控えて、こちらも安定していました。
カリウムは、健全な犬にはとても重要な栄養素なのですが、腎臓が弱っている場合(毒素が出せないほど酷い場合ですが)に大量に食べさせると突然死の可能性もあるんですよね。
ところがチャオの大好きな食べ物は、カリウムの高い物が多くて

サツマイモにバナナ、スイカ・・・(苦笑)
まぁ、犬の場合だと腎臓がそこまで弱っていれば、もう亡くなっている率が高いですけどね。
実質、犬の人工透析はかなり無理が有りますし・・・
だけど私は「あれもダメ、これもダメ」と言う生活はさせたくありませんでした。
人間なら「こういう事情だから、遊んじゃダメだよ。食べちゃダメよ」と納得させることも可能ですが、犬はそんなこと解りません。
キャヴェやコルクがドッグランへ行くことになったら、チャオだって一緒に行きたいでしょう。
人間と比較すればそう長くはない犬の一生です。
あれこれ制限し過ぎるよりも、上手に付き合っていけたら良いな・・・と思い、サツマイモやバナナも少量ですが与えていました。
その代わり毎月の血液検査は怠らず、数値を見ながら、それで良い感じで過ごしてきました。
私は今まで沢山犬を飼ってきて、何度も愛犬の死と向き合ってきましたが、これまで一度も、その瞬間を看取ってやることが出来ていません。
「すぐ戻ってくるから待っててね・・・」そう言って、ほんの少しお手洗いに行っている、その僅かの間に息を引き取るとか、そういうことばかりだったんです。
朝、6時過ぎに起床してチャオを見た時に、すぐにおかしいと気付きました。
人工呼吸をしても、もう助からないことは、これまでの経験上見ただけでハッキリと解りました。
体も柔らかく、死後30分くらいだと思います。
まだ温かでした。
私が起きるまで、もう少し待っていてくれたら、違う結果になっていたかもしれません。
せめて最期はどんなふうに亡くなったんだろう・・・と言うことが気になりました。
苦しんで死んだ場合は、目が半開きだったり、口が開いて歯が見えていたり、四肢が突っ張ったりするそうです。
チャオは目が大きく開いたままで、足は自然な感じ。口も開かれておらず、苦しんだ様子は全く見られませんでした。
瞬間的に逝けたのなら良かったのかな。。。
コルクはチャオの臭いをアチコチ嗅ぎ、亡くなったことを知ったようです。
嗅ぎ終わると首を低くもたげ、凄く悲しそうな顔で私の目を見ました。
キャヴェは、なるべくチャオを見ないようにしていました。
全く近付きませんでした。
きっと恐かったのでしょう。。。
チニタは人間の年齢に例えるとまだ2~3歳の幼児なので、チャオの死が理解出来ていないようです。
チャオを棺代わりの箱に横たえると、一緒に箱の中に入り、空いている隙間にチョコンと座っていました。
そして、いつもジャレているのと同じようにチャオの体にもたれたりよじ登ったりしていました。
こんな無邪気なチニタの存在に、みんなの心が救われました。
チャオがいなくなったら、検査やお薬代で毎月2万円くらい掛かっていた金額が浮きました。
チャオの医療費の為に、半年に1回しか行かなかった私の美容院だったけど、もう少し増やせるな。。。 ハハッ。
顔がペチャンコなので、朝・晩のご飯の度に、お箸で「ア~ン」して食べさせていたんだけど、そんな手間が省けるなぁ。。。 ハハハッ。
毛が伸びる犬種なので、2ヶ月に1回くらい自分でトリミングしていたんだけど、それももうやらなくて良いし。。。
でもこの間、新しく鋤バサミを新調したばかりで1回も使ってないのに、どうするんだよ。 ハハハハッ。
チャオがいなくなったら、手が掛かることが何も無くなってラクになったじゃん!
・・・そう何度も自分に言い聞かせて、毎日を過ごしています。
居るのか居ないのか解らないくらい、とても物静かな子だったのに、その存在感は一際大きく、狭い我が家のリビングがとても広く見えます。
3kg台の小さな犬がたった1匹居なくなっただけなのにね。。。
写真は亡くなる3日前のチャオです。
チニタが小さかったので、ここのところずっとお出掛けは控えていたのですが、久しぶりに叔母の家に遊びに行き、みんなで楽しそうに過ごしていました。
チャオは元々はしゃぐタイプでは無いので、この日も無理をしていたようには全く見えませんでした。
お家に帰ってきてからはご機嫌さんでお風呂に入り、ドライヤーをして、ご飯もシッカリ食べました。
叔母がスイカをくれて、我が家では今年の初物でした。
チャオはスイカが大好きで、腎臓の数値上、少しだけしか食べられないけれど、とても喜んでいました。
それから3日後の出来事なので、お庭で遊んだことが原因だとは思えないのですが・・・
ここのところ、朝晩と昼間の温度差が激しかったので、心臓には負担だったのかもしれません。。。
理由を考えると悩んでしまいます。
近所の方は、「健康な人間でも突然、心臓発作を起こして亡くなったりすることもあるんだし仕方ないよ」と励ましてくれました。
母は「私もチャオみたいに死ねたら良いなぁ」・・・と言いました。
弟は「亡くなる前に遊ばせてやれて、大好きなスイカも食べることが出来て良かったやん」と言ってくれました。
そして偶然にもチャオが亡くなったこの日、以前から私の大好きな大好きなお友達シズちゃんと一緒にご飯を食べに行く約束をしていました。
家に居たらドンドン悲しみが募っていたであろう私と長時間付き合ってくれて、旦那さんが出張中なのをいいことに、日付が変わる直前までシズちゃんのお家でマッタリさせてもらいました。(ゴメンねぇ

芸達者で可愛いダキちゃんにも随分と癒され、チャオの為に涙ぐんでくれたシズちゃんの気持ちに感謝し、本当に本当に有難い1日でした。
我が家の犬たちは、栗東の動物霊園に眠っています。
個別火葬の合同葬です。お墓は立てません。
何故なら、私が亡くなった後(老衰か病死かは神のみぞ知る)、誰もお墓を参ってくれるものがいないだろう・・・と思うからです。
人間のお墓ですら、お盆とお彼岸の年2回くらいしかお参りしない家族が多いのですから、ましてや見たこともない犬のお墓参りまでしてくれる親族なんて、なかなかいないでしょうし、忙しい毎日の中、そんなことをお願いするのは心苦しいですしね。。。
お願いした方が、引越しや転勤で遠方に行ってしまう可能性も有りますし・・・
それと、昔は動物霊園が一般的ではなく、市の清掃局に「動物死骸処理課」と言うような部署があり(今も有ります)、そちらで埋葬して頂いておりました。
今の犬たちだけは手厚く葬って・・・と言うのも差別があって過去の愛犬に気の毒な気もして、お墓を立てないと言うのも理由のうちのひとつです。
これまでの愛犬は、私の心の中に生きていますから、それで良しと思っています。
チャオの父親ムックと母親ピピンは幸いなるかなここの墓地に眠っていますので、今頃、親子3人で仲良く暮らしていることでしょう



チャオはチニタと同じくパパっ子だったので、ムックとの再会を喜んでいると思います。
またお参りに行くから、待っててね~

今から2ヶ月ほど前、獣医さんで1頭のシー・ズーくんと出会いました。
もう16歳とのこと。
14歳になった辺りから、酷い皮膚疾患に悩まされるようになり、全身を痒がり酷いただれようで、血が滲んでいました。
加齢による甲状腺機能の低下も原因の一部ではないかと思います。
痒み止めもほとんど効かず、獣医さんからは「なるべく掻かないようにしてくださいね」と言われていましたが、「そんなん言われても掻くしねぇ。エリザベスカラーを付けるのは凄く嫌がるし・・・」と飼い主さんは仰っていました。
また現在16歳になる知り合いの日本犬系雑種のワンちゃんも、先のシー・ズーと同様、耳が痒みでただれてグチュグチュになり、やはり血だらけになってしまったと聞きました。
それが治まった頃、舌に癌が見つかりました。
かなりの高齢なので、手術自体が難しい状態でした。
痛みのあまり夜中にも「ギャ~ン、ギャ~ン」と鳴くそうです。
お水も思うように飲めず、無論、ご飯もきちんと食べられないので急激に痩せたそうです。
それでも彼女は生きています。
飼い主さんの大きな愛情と獣医さんの適切な処置で、命を永らえています。
「安楽死」と言う手も有りますが、まだ命も意識もある家族をそんな風に扱えないお気持ちもとてもよく解ります。
犬自身がどちらかを自ら選んでくれれば、飼い主の心も救われると言うのに・・・
飼い主としては1日でも長く傍にいてほしい・・・当たり前の感情ですよね。
いつまでも健康でいてほしいけれども、犬も人も長生きすればするほど体の何処かに不都合がみつかる率が高くなります。
その分、痛い思いをしたり苦しむ時間も長くなります。
「長生きをすることが良いことなのか」
・・・最近の私には解らなくなってきていた矢先に、チャオの死と直面しました。
7月25日には、満10歳のお誕生日を迎える予定だったキッチリ2ヶ月前に、チャオは虹の橋を渡っていきました。
9歳10ヶ月。
シー・ズーにしては短い人生ではあったけれども、楽しく幸せな毎日を送らせてやれたと思っています。
チャオは元々とんでもなく未熟児で生まれた子でした。
そのままだと、3日も生存できないような状態でした。
多頭出産する動物には日常的に有りがちなことで、野生動物だと親が育児放棄したり、食べてしまったりするなんて当たり前の光景なのです。
育ちそうにない子を親が食べてしまう理由は、(小動物の場合は、他の理由も存在します)
① 死骸の臭いで他動物を引き寄せないよう自分たちの命を守る為
② 育ちそうな他の子犬の為に、親犬が自らの栄養分として補う為
と言うのが大きな理由ですが、家庭で飼われている犬は、人間の手が介入します。
なので、こういった犬も助けてあげることが出来るのです。
全ての未熟児犬や逆子で生まれた子犬がそうだとは言いませんが、全体的に見ると幾分、寿命が短いような気がします。
自然はよく出来ている・・・と言うか、細胞分裂の過程で何かしら弊害があったので、未熟児だったりするのでしょう。
本来ならそこで自然淘汰されていたであろう子犬を、人の手によって助けると言うのは良いことなのかどうなのか・・・そのことも考え悩んだことがありました。
でも、やはりこれまで見捨てることが出来ませんでした。
そういったことも覚悟していたので、チャオが我が家で生まれた日から、いつか別れの日が来ることは解っていたのだから、後悔しないように1日1日を大切に過ごしてきました。
亡くなるまでは病気らしい病気もせず元気にやってきました。
シー・ズーに有りがちなアレルギーや外耳炎も発症せず、快適に過ごせて良かったと思っています。
人にはいろんな考え方があるので、ここまで書いてきた意見に賛同出来ず「そんな考え方、飼い主のエゴだよ。長生きさせてやるのが飼い主の努め。自己満足に過ぎないよ」と思われる方もいらっしゃると思います。
私の考え方は自分自身がペットロスにならない為のただの言い訳なのかもしれないですね。
こうして沢山いろんな思いを書き綴るのも、全て自分への言い訳です。
どれが正しいのか、どうしてやれば良かったのか、今後の犬たちに対しても一生の迷いとなり、愛犬の死と向かい合う度にそのことで悩むと思います。
でも私はいつもと変わりなく過ごしています。
私は絶対ペットロスにはなりません。
キャヴェ・コルク・チニタのお母さんなんですもの。
そしてチャオを悲しませたくないし・・・
時々、思い出してシンミリすることもありますが、それは時間が解決してくれることを、これまでの経験で知っています。
なので、気を遣わずに普通に話し掛けてくださいね

また、犬連れで遊びに行きましょう!
「その2」で、

良かったら、見ていってやってください
