昨日は私は病院から直帰してしまったので、マルツェルが仕事を少し早めに終えてネラを迎えに行くはずだったのだが、なんと義父に先を越されたらしい。迎えに行きたかったのにとマルツェルは帰ってから悔しがっていた。
今日も迎えに行ってくれると義父からの電話があったそうだが断ったらしい。私もおへそが痛いだけで特に病気なわけでもなく、幼稚園の送り迎えは問題ないのだけど…。なんだかここぞとばかりにネラの奪い合いになっていて初めての子供、初孫というのはこういうものなのかと可笑しく思える。まぁ、私はこういうときは無理に出しゃばらず、甘えてたまにはのんびりさせてもらって、夜いつもならあまり余裕のないところ、夕食の前後、寝るまでの時間をネラと一緒に遊んで過ごせば良いのだと思う。
初めての育児、そして多言語育児ということもあり、ネラの言葉について時々記録を残しておこうと思うのだが、つい当たり前の日常のことというのは特記しそびれて、気付けば忘れてしまっている。
それにしてもネラの(この時期の子供の)記憶力というのは凄い。脳がスポンジのようと言う言葉が最近よく頭に浮かぶ。
昨日は2週間ぶりに幼稚園へ行ったのだが、帰ってくるとまた新しい歌を歌っている。一体幼稚園で何回その歌を歌うのだろうか、一日で覚えて帰ってくるなんて。
【スロバキア語・日本語について】
さて過去の記録を見てみると1歳9カ月のネラは2語文を話さず、単語の数も少なく、やはり他の子より遅れていたようだ。
現在2歳11カ月、もうすぐ3歳のネラは、幼稚園の先生の言葉を借りるなら言葉の遅い4歳児よりもネラの方がよっぽどしっかり話しているそうだ。
幼稚園の初日、ネラはスロバキア語ができますと既に義母から連絡済みかと思い、私からは特に何も連絡せず先生に預けたのだが、先生たちはネラがスロバキア語を理解するかどうか知らなかったらしく、子供たちに「ネラちゃんはスロバキア語が分かるの?」と聞かれ、「さぁ、分かるのか分からないのか、分からないのよ」と答えると、ネラが「わかります!話せます!」と答えたらしい。
以前は人によって言語を使い分けるだけでそれも日本語とスロバキア語がまざってしまうことが多かったが、最近はスロバキア語、日本語の区別もしっかりつき、そしてスロバキア語、日本語という概念も理解している。義両親が「日本語で何と言うの?」と聞けば「日本語では○○。」と答える。ただ、未だにどっちの言語で話していても日本語のみで出て来る単語、スロバキア語のみで出て来る単語はあるけれど。もう一方の言語で知らないわけではない。ただ、すぐに出て来るのがその言語なのだと思う。
例えば強く=silnoは必ずスロバキア語で言う。
逆に色は日本語で言う。あまりに毎回そうなので、義両親もだいたいの色は日本語で覚えてしまったほどだ。
時々、面倒なのか全くの日本語の文章を発音だけスロバキア語風に変えてマルツェルに話しているときは笑える。まだ自分の思考を素早く思うように言葉で表現できないようで、あ~とかん~とかよく言葉に詰まっているがスロバキア語でも日本語でもきちんと自分の伝えたいことを伝えられるようになった。
話の筋が通っているかはともかく、とにかくおしゃべりで、朝起きてから寝るまでずっと喋り通している。ひとり遊びのとき(ひとり言)もずっとスロバキア語で話しているかと思えば、今度は日本語だけになったり、その時どちらの言語で考えているのかが垣間見れるようで面白い。
【英語について】
私とマルツェルの会話は英語なので、英語も自然に身に付くか?
ひょっとして理解しているのではないか?そう思った時期もあったが、そういうわけではないようだ。
特に私とマルツェル、ネラに英語を教える気は今の段階では全くなく、英語でネラに話しかけたりはしないのでネラの英語力は皆無に等しい。私とマルツェルの話の内容もほとんど理解していないようだ。
それでも、自然に覚えた単語はいくつかあるようだ。
例えばsleepなんて単語が私たちの会話に出て来るとまだ寝んねしない!などと言っている。
むしろ当然とも言えることだが、英語というよりは私たちの会話の内容に興味があるようで、なんて言ったの?とよく聞いてくる。そうやってもしかするといくつかの単語は拾って覚えていくのかもしれない。
いくつか単語は覚えたようだが、会話が理解できるわけでも話せるわけでもない。
ただ、後々英語の勉強をするときに修得が早いとは聞いた。さぁどうなるか!

tata(パパ)という曲を聴いている
今日も迎えに行ってくれると義父からの電話があったそうだが断ったらしい。私もおへそが痛いだけで特に病気なわけでもなく、幼稚園の送り迎えは問題ないのだけど…。なんだかここぞとばかりにネラの奪い合いになっていて初めての子供、初孫というのはこういうものなのかと可笑しく思える。まぁ、私はこういうときは無理に出しゃばらず、甘えてたまにはのんびりさせてもらって、夜いつもならあまり余裕のないところ、夕食の前後、寝るまでの時間をネラと一緒に遊んで過ごせば良いのだと思う。
初めての育児、そして多言語育児ということもあり、ネラの言葉について時々記録を残しておこうと思うのだが、つい当たり前の日常のことというのは特記しそびれて、気付けば忘れてしまっている。
それにしてもネラの(この時期の子供の)記憶力というのは凄い。脳がスポンジのようと言う言葉が最近よく頭に浮かぶ。
昨日は2週間ぶりに幼稚園へ行ったのだが、帰ってくるとまた新しい歌を歌っている。一体幼稚園で何回その歌を歌うのだろうか、一日で覚えて帰ってくるなんて。
【スロバキア語・日本語について】
さて過去の記録を見てみると1歳9カ月のネラは2語文を話さず、単語の数も少なく、やはり他の子より遅れていたようだ。
現在2歳11カ月、もうすぐ3歳のネラは、幼稚園の先生の言葉を借りるなら言葉の遅い4歳児よりもネラの方がよっぽどしっかり話しているそうだ。
幼稚園の初日、ネラはスロバキア語ができますと既に義母から連絡済みかと思い、私からは特に何も連絡せず先生に預けたのだが、先生たちはネラがスロバキア語を理解するかどうか知らなかったらしく、子供たちに「ネラちゃんはスロバキア語が分かるの?」と聞かれ、「さぁ、分かるのか分からないのか、分からないのよ」と答えると、ネラが「わかります!話せます!」と答えたらしい。
以前は人によって言語を使い分けるだけでそれも日本語とスロバキア語がまざってしまうことが多かったが、最近はスロバキア語、日本語の区別もしっかりつき、そしてスロバキア語、日本語という概念も理解している。義両親が「日本語で何と言うの?」と聞けば「日本語では○○。」と答える。ただ、未だにどっちの言語で話していても日本語のみで出て来る単語、スロバキア語のみで出て来る単語はあるけれど。もう一方の言語で知らないわけではない。ただ、すぐに出て来るのがその言語なのだと思う。
例えば強く=silnoは必ずスロバキア語で言う。
逆に色は日本語で言う。あまりに毎回そうなので、義両親もだいたいの色は日本語で覚えてしまったほどだ。
時々、面倒なのか全くの日本語の文章を発音だけスロバキア語風に変えてマルツェルに話しているときは笑える。まだ自分の思考を素早く思うように言葉で表現できないようで、あ~とかん~とかよく言葉に詰まっているがスロバキア語でも日本語でもきちんと自分の伝えたいことを伝えられるようになった。
話の筋が通っているかはともかく、とにかくおしゃべりで、朝起きてから寝るまでずっと喋り通している。ひとり遊びのとき(ひとり言)もずっとスロバキア語で話しているかと思えば、今度は日本語だけになったり、その時どちらの言語で考えているのかが垣間見れるようで面白い。
【英語について】
私とマルツェルの会話は英語なので、英語も自然に身に付くか?
ひょっとして理解しているのではないか?そう思った時期もあったが、そういうわけではないようだ。
特に私とマルツェル、ネラに英語を教える気は今の段階では全くなく、英語でネラに話しかけたりはしないのでネラの英語力は皆無に等しい。私とマルツェルの話の内容もほとんど理解していないようだ。
それでも、自然に覚えた単語はいくつかあるようだ。
例えばsleepなんて単語が私たちの会話に出て来るとまだ寝んねしない!などと言っている。
むしろ当然とも言えることだが、英語というよりは私たちの会話の内容に興味があるようで、なんて言ったの?とよく聞いてくる。そうやってもしかするといくつかの単語は拾って覚えていくのかもしれない。
いくつか単語は覚えたようだが、会話が理解できるわけでも話せるわけでもない。
ただ、後々英語の勉強をするときに修得が早いとは聞いた。さぁどうなるか!

tata(パパ)という曲を聴いている
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