女房のDiary・・・“around60”のひとりごと

月日が経つのは早いもので気がつけば「アラカン」5人のお孫のバーバです

赤い靴

2016-07-21 09:16:48 | 日記
赤い靴
作詞:野口雨情 作曲:本居長世

赤い靴はいてた
女の子
異人さんにつれられて
行っちゃった

横浜の埠頭から
船に乗って
異人さんにつれられて
行っちゃった

今では青い目に
なっちゃって
異人さんのお国に
いるんだろう

赤い靴見るたび
考える
異人さんに逢うたびに
考える


この歌が頭をよぎり知らづ知らづ口ずさんでいたものでなんだか気になって調べてみました

この赤い靴を履いていた女の子は「きみちゃん」と言うそうです

静岡県清水市で私生児として生まれました、世間の風当たりは厳しく、母と娘は開拓団として北海道の函館へたどり着いたのです。その後3歳の時に母が再婚しました、しかし、明治時代の北海道開拓は命がけで、幼い子供を連れて行くことなど考えられませんでした。そこで母は、当時函館の教会で宣教の働きをしていたアメリカ人宣教師・ヒュエット夫妻の養女として託すことにしました。しかし、ヒュエット夫妻が帰国する事になった時、「きみ」ちゃんは当時不治の病とされていた結核に侵されておりました。結核を発病した彼女は、船旅ができずやむなく孤児院に預けられてしまいました。そして「きみ」ちゃんは、3年間の闘病生活の末、9才というあまりにも短い生涯を終えたのでした。明治44年9月15日の夜のことでした。そうですきみちゃんは異人さんに連れられて行かれてなかったのです、良かったですね


母のきみへの思いは強く、母親の愛に感動した野口雨情は、きみちゃんは既にこの世にいないことも知らずに母の話しだけを聞きこれを詩に綴りました。その詩に本居長世が曲をつけて完成したのが、童謡『赤い靴』です。母親は,そんな娘の死も知らないまま,昭和23年,「きみちゃん,ごめんね」の言葉を残して64才で他界したそうです。長い間離れ離れだった時間を天国で取り戻していることでしょう~

今の世はなんと幸せなのでしょう~朝ドラ「トト姉ちゃん」でも戦争の場面がありました「戦争知らない子供たち」が育ち大人になっていく・・・平和ボケしないよう戦争の惨さをドラマによって知らしめられればいいな~なんて思い視聴しております
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