タイで子連れ狼

何の因果か運命か、異国の地にて親父単独で二人の子を育てることに。

さあ大変の、てんやわんや育児&生活日記

競争率は20倍?(;´Д`)  そして「君の名は」

2016-11-29 15:07:00 | 育児
いやー驚きました。
チェンマイ大学附属のサーティット校受験へ行ってきました。
もの凄い人の数、ざっと見で二千人は下らないなと思ってたら、5千人居たって言うから仰け反ります。
そのうち中学校一年生の受験者が三千九百人ほど居たっていいますから、競争率はザッと二十倍になります。




あまりに受験生が多くて部屋数が足りないのでしょう。
「終わったらこの辺りにいるからね!」と言い残し、息子君は大学校舎へと向かうトラックに詰め込まれて消えていきました。
戦地に向かう兵隊のごとくトラックに詰め込まれている子供たち、皆さん頭が良さそうなお子様だこと。

それもそのはず、後で聞いた息子の話では、秀才の寄せ鍋のような部屋に通されたそうです。




このブログでたびたび登場する学校一の秀才AKBちゃん、ナンバー2のガーン君も同じ部屋。
そして、かつてのクラスメートであり進学校へ転校して行ったキティーちゃんも同室。
キティーちゃんとAKBちゃんは、あらゆる試験会場で顔を合わせちゃ火花を散らすライバル関係だそうで、「二人の間にヤバい空気が流れたよ!、なんであの二人を同じ部屋にするんだろうなぁ…」と困った顔の息子。

「一緒に昼ご飯を食べながら試験問題の結果を聞こうと思ったんだけど、この二人がいないんだよ」
「そんで校舎の裏に行ってみると、二人が離れた場所に座ってて、むしゃむしゃ食べながら暗記帳を読んでたんだよ、二人は同じポーズで、怖すぎ!!」
モノマネポーズを乱発しながら説明してくれました。

また、ガーン君が汗を流して固まってたから「どうした?」と聞くと、「後ろに見た顔がいる…、あれは彼に違いない」と震えていたそうです。
息子が振り返ると見慣れぬジャケットを羽織ったメガネ君がいて、おもむろにジャケットを脱ぐと、その胸には燦然と輝く星マークが現れたそうです。
「やっぱりか!」
それはタイ国トップチームの証、
「き、君の名は、タイ国内でナンバーワンの…」

将来はアビシット元首相のようにオックスフォードで主席か?っていう立ち位置にいる彼と同室にいることで、ガーン君は鼻血がでそうな大興奮だったそうで(笑)


そんな極限に偏差値の高い集団に放り込まれた我が息子君といえば、前日食べた激辛料理が化学反応を起こしたか、試験中にトイレへ行きたくなります(笑)

「一時間も我慢したよ~」
でも途中で我慢できなくなったそうで、「ブシュ―…」と一発やっちまったそうです。
すると突然ガコン!と椅子を蹴られて、後ろを振り向くと鼻をつまんだ女子から鬼の形相で睨まれたと(笑)
↑この辺りが血筋かな?って思います。

その後、5分休みの三回分をトイレですごしたそうで、その間は集中してたのかどうかも怪しい…

受験生の皆さん、試験前にKFCの激辛めしを食べるのは止めましょう。
カオ・ガイ・セーブでしたっけ?、あれは超絶激辛ですからタイ人もハラくだします。

ま、そういうことで、前回のY校に続いて、今回のS校受験も惨敗に終わりそうな気配が漂っておりますが、

貴腐ニュウガクだきゃーさせねーからな!と、
頭で通らないのなら田舎のポン校へ行け!と、尻に火をつけようと躍起になっている親父でございます。


その後は、約束通りに映画館へと。
「君の名は」というアニメ映画を鑑賞してきました。



今ではありふれた男女の入れ替わりネタだと聞いてたので、「なんだラブコメかよ」と寝る気満々だったのですが、驚きのストーリー展開に寝る暇なし(笑)

これがまあ、日本語音声のままでタイ語と英語のW字幕だったこともあり、それにつけてロマンチックな演出、シン・ゴジラを超えるリアルな震災模様に子供たちは感情移入しちゃったようです。

終わった後は、涙うるうるの息子君でした。

帰宅してご飯中でも映画の話で持ち切り、試験の話はどこへやら(;´Д`)
次の朝にも映画に関する質問攻めですから、これはちょうど良いタイミングかな?と思いまして、東日本大震災の時の映像を見せてあげました。

あの津波の到来を役所のマイクから呼びかけ続けた女の子の声。
予想を超える津波の高さに自らは逃げることも出来ずに行方不明になったんだよと、
自分の命と引き換えにたくさんの人の命を救った女の子が居たんだよと伝えました。

その避難呼びかけ音声と、映画の音声がオーバーラップしたのか、二人とも固まってしまいました。
「かわいそうだよ~」と目に涙をいっぱい溜めて学校へ行った娘 (ノд・。) グスン

外国に出てみて思うのですが、比較的、日本人には他者の気持ちを自分の事のように感じる心がありますね。
佛教では同苦同悲の心といいますが、他者と同じ苦しみや悲しみを感じ取る感性の話です。
それがあれば、本能のまま欲望のままに畜生化するこたないかと、そう思うのです。



他者の苦しみや悲しみには敏感であって欲しい。
自分の都合や欲望のために他者を利用したり騙したり。
鍛えた知能を浅ましい方向で使って欲しくない。

まあ、それはオヤジの願い、ドリームなんですよ。


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90日申請と、TM-30にイジメられた話

2016-11-24 11:45:09 | 日記
日本のみならず、タイ国にも後出しジャンケンと思しき理解に苦しむ決まりが多数設定されておりまして、今回はその中の一つにイジメられた話です。

入国してから滞在日数が90日に到達すると、一年滞在許可があるにも関わらず、なぜか延長を申請せねばならないという決まりがございます。
そういうことで今回も期限間近の87日目にポンメナダ(プロムナード)というショッピングモール内にある「チェンマイ・イミグレーション出張所」へ行ってきました。

いつものように整理券をもらって順番待ち、二時間後に自分の番号が呼び出されてカウンターへと向かいます。
すると、担当職員の隣に座るコンピューター打ち込み係の職員さんが、目ん玉ひんむいてダミ声を上げました。
「登録されてる住所と違うやんけ!」
そういえば、今回から申請書に自宅住所を書き込んでいたのです。
前回までは仕事場住所を記載。

まあ私の場合は自宅を追い出されてアパート住まいを3年間やってまして。
もう自宅へ戻ることはないだろうと思ってたんです。
その間、住所がコロコロ変わるたびに入国管理局まで出向いてアップデートするのが面倒だという考えがありまして、それでも入管職員からはOKをもらっていました。

ところがネットでは、「チェンマイ入管職員が抜き打ちチェックにやってきて、実際に住んでいるのかどうか調べている」なんていう情報を目にして、そろそろ自宅の住所にしといた方が無難かな?と思ったのです。

それでイミグレ女性職員さんがいうには、空港近くにあるイミグレーションへ行ってこいと。
TM-30という書類を作製してもらい、その半券をパスポートに添付してから再度来なさいという訳です。
「でなければ90日の滞在延長は受け付けないので、早急に国外へ出てもらう」というではありませんか!
つまり、あれだけ苦労して取得し、あれだけ嫌な気分で更新してきた滞在許可を失効しちゃうのです。


もう慌てましたね~、もしこのまま滞在許可をもらえなかった時、またしても再発行大作戦の開始となりますからね。
あれ嫌なんですよ~(;´Д`)
特に再発行っていう手順は労働許可証との絡みもあって複雑怪奇、行く場所行く場所でコケミソに嫌な目に会いますから〰。
まったく住居登録ごときが、そんなに重要だとは思いませんでした。

幸いにも空港までは道路で一直線、バイクで全開走行すれば15分もあれば余裕で到着します。
受付のインターン女子大生にパスポートを見せて説明すると、丁寧に敷地奥にある古い建物へ行くように教えられました。
もちろん滞りなく話がスムーズに進むよう、仕事場へ電話してタイ人マネージャーのLHを呼び出しました。

さて、ドアを開けてみると狭い室内が雑然としてまして、7人ほどの職員に10人近い外国人が詰まっています。
担当らしきオジサン職員に問い合わせてみたところ、「いつ引っ越したの?」と聞くかから、「だいたい一か月前」と答えました。
するとオジサン、丸目を見開いて「罰金やな~、1600バーツやで〰」といいます。
「引っ越したりすると24時間以内に登録し直さねばならんのや~」
これしきで1600バーツ(約5000円)だなんてボッタくりだなと思いましたが、ルールはルールなんで逆らえません。

①家主の身分証明書(バーッ・プラチャーチョン)のコピー
②家主の住居登録証(タビアンバーン)のコピー
その二枚に家主のサインをもらって持参するようにと指示されました。


私の住居は会社名義にしてまして、だから会社のサインを自作すればOKかなと楽観視してましたが、そうは問屋が卸さないとばかりに難題を吹っかけられます。
タビアンバーンに登録してある住人のうち、筆頭登録者のサインでなければ許さないと言うじゃありませんか。

「はぁ??,持ち主じゃなくて、登録者のサイン???」
まったく、わっきゃわかりません…

私の住居のタビアンバーン内には三人の名前が登録されていますが、その筆頭がなんと元嫁なんですね、その辺りは日本の戸籍制度とは違います。
後は二人の子供、当主のはずの父親(私)は外国人とあってタビアンには書き込めない仕組み(それは日本の戸籍と同じ)


LHからは、「離婚したんでサインをもらうのは難しいと思いますよ」という説明をしてもらったのですが、その離婚相手からサインをもらってこいという無神経な指令を発動されました。

このやろ〰…と思いましたね、「なんじゃその命令は!」って…。
フザケルのもイイ加減にしろと、ちゃぶ台でもあればひっくり返したい衝動に駆られました。
ちょっと考えてみれば分かりますが、外国人が一軒家に住んでいて、
その住居を所有するのはタイ人だとは限りませんが、この場合は所有権よりも住居登録証を優先するようです。
わざと困らせたいのかな?とも思いました。

しかし付き添いのLHといえば、世界でもっとも使えないネゴシエーター。
一般タイ人にありがちですが、お上に対しては土下座意識でかガチガチです。
第三のアイデアを出すよりも、出された命令に従う方にしか頭脳が動かない性分。
(パニくった場合は投げ出し専科)

そういうわけで、これ以上ゴネてLHに投げ出されても困るし、特段の屈辱なんですが元嫁に頭下げてお願いしてコピーとサインをもらう作戦を選択しました。

なにせ最近の元嫁といえば、大きな住宅を購入して気分的にフィニッシュしたのかどうか分かりませんが、気持ち悪いほど協力的www
恐らく、私が育児と教育を担当する道具として機能しているので利用価値ありと算出したのでしょう、まあ学校授業料の半分と、そして月の養育費である5千バーツ(約1.5万円)も三か月遅れはするが、今のところは滞納無しなんです。

実際に顔を合わせての会話やテレフォン会話での強圧的な物言いや態度は鳴りを潜め、外部者に対する営業態度に変貌しております
(なんにしても裏があるのでしょうが…)

そういう事で、協力をお願いしてみる気になったのです。
なにせ身分証明書のコピーにサインがありますからね、こちらを全く信用できなければ突っぱねるはずですから。

残された日数的にも戦々恐々、ドキドキで店舗に向かいました。
三年半ぶりに入る店舗は昔のまま、嫌でも当時の記憶がよみがえります。
開店間際の高揚感、什器を揃えにハンドン方面の家具屋を回ってオーダーしたこと。
そして、最後の決別を覚悟した場所でもあります。

いろいろと思い出しますね。
バンコクのチャトチャック市場で調達した青いシャンデリアがまだぶら下がっています。
この赤茶色の床色を決めたのも私。
その床の上に敷いた布には、まだ幼児の娘が昼寝してましたね。

元嫁とのダベリはLHに任せて、その間の私は過去の記憶を漂っていたのですが、
そのうち、「いたいいつまで元嫁の掌の上に居なけりゃならんのか?」と、暗澹たる気分が首をもたげました。

タイ国に居る限り、当局は外国人に保護者を設定する。
再婚すればしたで、その新しい配偶者が保護者と認定されるのだろうが、子供がタイ国籍を有したまま22歳になれば子供が保護者となるはずである。

私はタイ人との結婚はもう懲り懲り。
タイに住む外国人からすると「百害あって一利無し」な仕組みで網羅されていますからね。
そういう訳で、なんとか子供たちを根性が曲がらないままの大人にしなければなりません。
それは人の懐をあてにせず、自分の食いっぷちは自分で稼ぐような大人のこと。
30歳にもなっても、「ぱぱーは日本人だろ?ギブミー小遣いちょーだーい」なんて言われた日にゃーって感じで、こちらも戦々恐々(;^ω^)

そういうことで、無事にタビアンバーンのコピーにサインをもらえましたが、手元に身分証明書がないので明朝にて子供へ手渡すといいます。
そして後日、私の手元に届いた紙切れには身分証明書のコピーがしてありました。切り替えで新しい身分証に変更されてますが、なぜか苗字が日本名のままwww
ビジネスに利便性があるのか、或いは子供の学校の手前か。

そしてそして、なんとサインも自筆ではなくてコピーでしたwww
慎重ですね~、ナニかで転用されたときに言い逃れが可能な準備なんでしょうね。
まあこれでイミグレはOK出してくれましたから文句なしです。
TM-30の半券を添付したパスポートをプロムナードへ持ち込むことができました。

(-_-;)ふう…、いちいち疲れます。

もし、タイ人の伴侶をお持ちで日本にお住いの方がいらっしゃいましたら、そのまま日本に住まれることをお薦めします。
不動産が安いとか、金利が高いとか、将来性があるとか、そんなもんは撒き餌です。
もし、日本に居たら病気になるとか、ホームシックで精神病になったとか言うようでしたら、そんときゃ「あんただけ、しばらく帰ってていよ」と言いましょう。
「なんなら、毎年の半分はタイに住めば?」という覚悟が必要です。
そして家事や育児は猫の手でも借りて行えばいい。

もし、幼い子供を抱き込んで連れて行くなんていう強硬手段に出た時には、腹をくくる時かもしれません。
子供をあきらめるのか、或いは自分をタイ国の俎板の上に寝かせるのか。

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タイ国での受験は情報戦争だった

2016-11-16 14:01:05 | 育児
今回はタイの進学塾事情について。
まあその、育児や受験では大先輩であるブロガー・メンカームさんからは色々とアドバイスいただいて、彼のブログから「進学に有効な塾なんてのは心底得難し」なんていう話を数年前から知ってはいたが、さてわが身に降りかかってから右往左往するのである。

それに関してタイ人の母親といえば全くの役立たず、育児と教育は外国人の私に丸投げされている惨状で、いったいこれ以上どうすればいいのか?と虚空に向かって叫びたくなる時も多い。
生来落ちこぼれで、タイ国の教育事情など知り得ようはずもなしの私が、暗闇の中を手探りでサポートをするしかない。

前回記事にある通り、息子はY校の一次試験で不合格となった。
息子の学校からは6年生の43名が全員受験して、合格したのが5人のみ。
昨年の合格者も同じようなもんだと聞いたので、これは学校の対応不足ではないかと疑っていた。
昔のやり方がいつまでも通じるわけがなし、状況が変化したならば迅速に対応策を練り込んでいかねばならぬのは国家や会社の運営、また学校経営も同じ。
変化を拒んだものは淘汰される。
それは生物すべてに当てはまる適者生存の掟といえようか。



さて、合格発表後にも小学校のアクションがはっきりせず、とりあえずY校受験問題に中学校レベルの出題が多数含まれていたということで、土曜日の特別授業において中学一年生課題を先取り教示しているくらいだろうか。
しかし、それを教えるのが小学校の担任先生とあって、息子の反応は格別に鈍いものがあった。
「今日の授業は全部理解したのか?次にやれば100点とれるのか?」と問うたところで、「75%はできると思う」と自信無げに返事するのみで、聞いてる方の不安も収まらない。

かといって無策な親父にはどうする手立てもなし、「成績優秀なクラスメートが通う塾を探り当ててこい」と指令を出すくらいのもんだ。
何ら有効な打開策など見えてこないうち、早11月となり後期の授業が始まってしまった。(タイは前期と後期の二学期制)


先週の11日金曜日だったか、「ついに成績2番のガーン君が通っている塾が判明した!」と、高揚した声で報告があったのは下校時、バイクの上だった。

「どこだそりゃ?、誰が教えてくれた?、どういうルートで知った?」

走行中にたびたび振り返りながら矢継ぎ早に質問する親父。
「まあまあ」と両手をヒラヒラさせて得意げに説明を始める息子。

「親友のファースト君からだよ、だけど彼に教えたのはBBちゃんなんだって」

BBちゃんといえば、Y校不合格組でも順位300番前後っていう、成績あまり芳しくない学校経営者の孫娘じゃないか。
ファースト君はBBちゃんの従兄弟、そりゃ教えないはずがないな。

「そんで、BBちゃんがガーン君から聞き出したのか?」
「まあまあ落ち着いて、それがBBちゃんに教えたのがカオホームちゃんなんだ」

ん?カオホームちゃんといえば学校一のキレイどころ、タイ王国全体が王様の悲報により喪に服しているってのに、カラフルなアイスクリーム模様を全身にあしらったワンピースでブイブイ言わせたって、あのカオホームちゃんか?

「しかも、カオホームに教えたのが、正直者オーン君なんだよ」
「そのオーン君にこっそり耳打ちしたのがガーン君というわけ」

「なるほど!、そういうルートで回って来たのか…」
「逆から言うと、ガーン君はオーン君だけに教えたわけで、もしかしてオーン君はカオホームちゃんのことが大好きだから口を割った?」 
「そしてカオホームちゃんは、学校の重鎮であるBBちゃんへ伝え、BBちゃんは従兄弟のファースト君へと」
「いやそんなこたどうでもいい、これはチャンスかもしれん、教えてくれたファースト君にはスペシャルサンクスだな」


という訳で、善は急げと次の日には塾まで視察に行った親父。
事務所にいた厳格そうな女教師に問い合わせたところ
「もう定員オーバーですから一月まで待ってください」と、つれない門前払いを食らってしまった。

「やっぱりな…、もう11月も二週目だからな」と、あきらめ半分で申し込み書に記入。
私のタイ語能力があまりにも拙いので先方も困惑気味だし、もしかすると一月になったところで後回しにされて電話連絡が来ないかもしれないなと思った私は、とっさに「母親の携帯番号がありますが…」と話を横に振ってみた。
これにはポジティブな反応があり、「お母さんはタイ人なの?それはいい」と急に笑顔になって申込書を受け取ってくださったwww
まあ、この大事な時にバンコクへ出張だとかぬかして、着信総拒否で連絡もつかない母親であるが、居ないよりはマシだと利用することにした。

そうはいっても申請書の束を見ると順番待ちは10数人、その束の一番下に差し込まれたからにゃぁ入塾も望み薄というもんだ。
「やるだけやったんだからしょうがない」、そう自分をなぐさめながら土曜授業を終えた息子を迎えに学校へ。

帰りのバイクの後ろから息子の弾んだ声が聞こえてくる。
「先生に塾のことを話したら、散髪して明日の朝一で行ってみなさいだって!」

「あん?、ああ、あれね、無理かもしれんぞ…」
「さっき、行ってきたんだけど、来年の一月まで待ってくださいだと!」
途端にバイクの後ろが静かになり落胆の空気が伝わって来る。

こりゃいかんな、やる気を失ったかな?と思った私は、
「見学でもいいから行ってみようぜ。先生から行ってみろと指示があった訳だし、ダメもとでお願いしてみよう」と元気付けた。
そう思った理由は、受験メンターであるメーンカムさんから「待っていても塾からの連絡は来ない」というコメントを頂いたからだが、バイクの後ろから「当然だよ、僕は行くよ!」と妙に強気な返事が返って来たので少し安心した。


さて日にちが代わって日曜日、早く到着しすぎたのか建物のドアが閉まったまま。
15〰20人程の塾生に混じって外のベンチに座って待っていると、昨日に応対してくれた先生が現れて施錠を外した。
そして隅に突っ立っている電柱状態の我々親子を見つけた先生は、少し驚いたように目を見開きわざわざ挨拶に来てくれた。
「オーー、サワ・ディーカ!」
思わず大恐縮モードで「サワディー・カッポム!」と満面笑顔で両手を合わせる親父。
息子の顔をマジマジと見た先生は、何を話しているのか「…勉強しましょうか、ね?ね?…」と息子に話しているが、ペラペラ早くてよく意味が聞き取れない。

息子を振り返ると真剣なまなざしモード、少し涙ぐんだ瞳が充血していて、彼の得意技である眼力をMAXで使用しているのが見て取れた。
勝負どころでたびたび使うこの目ぢからを見た人は(特に年配女性は)無下には扱えなくなるというココ一番の大技である。

「お!」と圧倒されながら、「い、今先生はなんていったの?」と質問すると、その眼力のままキッと睨み返してきて、「今から勉強してもイイって言ったんだよ…」と気張りながら通訳してくれた。

「よっしゃー!!」、人知れずガッツポーズの親父は、「昨日の定員オーバーって話はなんだったの??」という疑念に駆られながらも、そそくさとカウンターで授業料を前払いし、引き換えにブ厚いテキスト数冊を頂いた。

そして手ぶらの息子のために文房具と昼飯を調達すべくセブンイレブンへ向かうのだが、その間に登校してきた学友たちが8人ほど集まり息子と片間っていた。
見ると、ファースト君の隣にはBBちゃんのお母様(学校経営一族、会計室長)がいて、付き添いで居てくれるようなので後はお願いして離脱することにする。

「いいか、なるべく前の方に座れよ。わかんない事があれば遠慮せずに質問しろ」
メーンカムさんから頂いた作戦を受け売りして、ウザそうな目で頷く息子を残し、娘が一人で留守番する家へと向かった。


そういうわけで、なんとか念願叶って有効な進学塾へと駒を進めることができたのだが、何かが引っかかる。
気分的には一日にして地獄から天国だし、幸運に感謝すべきである。
まるで地獄でもがく餓鬼が、いきなり天国へと続く蜘蛛の糸を掴んだ気分なのだが、それにしても何かが引っかかる。
BBちゃんのお母さんは、息子の学校の経営者一族
「なのに、この塾を知らせてくれたのはファースト君のみ…」

もやもやとしたわだかまりは、帰りのバイクの上で話す息子の報告により確信へと変わっていった。

「すごいよこの塾、先生が違うよY校のトップクラスの先生たちだもん」
「すんごく厳しいよ、寝てる子にチョーク投げつけたんだよ、おでこにバシッと当たったよ、おでこ真っ白!僕が投げても当たらないのにね」
「そして私語してる子の手を引っ張って外に連れ出したんだ、出ていきなさい!って。あなたたちは、わざわざここで勉強しなくてもいいんですよ、だって!」
「でも教え方がわかりやす〰い、質問にも丁寧に答えてくれるし」

「なるほど、なるほど?」と満足げに聴いていたが、ふと頭にわだかまる疑問を投げかけてみた。
「そんで、おまえの学校からは何人来てたんだ?8人ほどは見えたが」
「それが…、ほぼ全員の18人が来てたんだよ、うちのクラスから…」
「ナニ!!!、じゅーはち人?(;゚Д゚)」

来てない子は、学校トップのAKBちゃんと飛び級のアンフィル君の二人だけ。
そして息子に声が掛かったのは始業から2週間が過ぎた頃。
主席のAKBちゃんは来る必要がないとして、アンフィル君は年下のくせに態度が生意気だからだろう。
「では、息子にはなぜ連絡が遅れた…」

しばらく無口になった息子は、唐突に「BBの顔を見た?」という別の話題を振って来た。
「んんや、見てないけど、どれがなにか?」
「BBのやつ、めっちゃ気分悪い顔で睨みつけてきたよ。 そしてお母さんから、なにその顔、笑いなさい!って叱られたんだ」

クラスの皆さんは、BBちゃんから口止めされてた可能性があるなと思った親父は
「もしかして、BBちゃんって、お局様なの?」と失礼な質問をしてみた。

「そうだよ、スンゴイおつぼね。 みんな怖がってるし、対等に話せるのはカオホーㇺとファーストだけ、あとは僕かな?」
「僕かな?って…、おまえ(-_-;)」

お局様と思しきBBちゃんに向かって悪態をつく息子にはかねがね注意を促して来たが、今回驚いたのはBBちゃんのお母様だ。
「笑いなさい」というセリフを考えても、明らかにBBちゃんが日頃から我が息子を嫌っていることを知っている。
学校の経営陣であるのに、娘の暴挙を知ってて知らぬ顔をしていた可能性。
裏返せば、ライバルは一人でも少ない方が良いということだろうか。

「やっぱり、ファースト君か…」そうつぶやく親父に、
「彼には、ホントに感謝しないとね…」と息子が返したあたり、不安定な自分の立ち位置を認識しているようでもあった。

しかしクラスメートは友達にして仲間であると信じている息子には、いまだ皆を疑いライバル視する気もなさそうだし、
これから受験という振るい落しが仲間意識に亀裂を生み、互いに戦い、蹴落とし合うことを方向づけられるのだろうか。

受験戦争とはよく言ったもの。
変化を拒んだものは淘汰されるが、戦いに負けたものも淘汰される。
そんな浮世の習わしに向き合うのだろう息子は、まだ12歳の夢の中。
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