3次元紀行

手ぶらで地球にやって来ました。生きていくのはたいへん。そんな日々を標本にしてみました。

OCMの合唱講座発表会を聞きに行って

2008-08-24 23:25:16 | コンサート
今日、大坂コレギウム・ムジクムが主催する合唱講座in Tokyoの発表会を聞きに言った。発表会というのは、合唱講座を受講した人たちが、最後に勉強の成果を発表する会である。講座の受講は有料だが、発表会の鑑賞は無料だ。
2008年、8月24日、大岡山の日本ルーテル教会で夕方5時から行われた。

合唱講座の指導者は当間修一という人。
catmouseは、この講座をあらりちゃんやらくだちゃんが受講して、24日の発表会に出るというので聞きに行った。そうでなければ合唱講座の存在すら知らなかっただろう。また、合唱をやっているものとして手抜かりなことに、当間修一という人を全く知らなかった。
当間修一は最初に出てきたとき、頭をかきながら出てきた。つい先ほどまで転寝をして、寝起きだという。そして、北海道で公演をしたなどのおしゃべりが多く、なんだか昔catmouseがいた会社の労働組合の委員長みたいな人だ。おしゃべりはいいから早く歌をやれーなどとcatmouseは思っていた。

それが、受講者たちの発表がすすむにつれ、受講者たちが当間先生を信頼し、指導によって合唱を作り上げた成果を聞くにつれ、catmouseは歌の出来とその講評にひきこまれていった。
そして最後に、当間先生が指導している合唱団による歌を2曲きいて、当間修一という合唱指揮者、合唱指導者に対する気持ちががらりと変わった。
久方ぶりに、歌をきいて感動したのだ。
歌はたしかに心を揺さぶる。
歌をきいて、その音色の美しさや声量に感動し、満足することは今までもたびたびあった。
しかし、歌が語りかけるものに揺り動かされることは最近あまりなかった。
壇上で歌っていたのは、中年に手が届く女性たちで、大坂から先生の講座を任意で聞きに来ていただけで、着ている物は普段着で化粧もなくユニフォームもなく、楽譜も揃わなくて3人で一冊づつしかなかった。この日歌うことは予定にはなく、たまたま人数が集まったから先生の要望に答えての演奏となったそうだ。
が、日頃の練習の成果なのだろう。先生の指揮にぴたりと息が合った。

二曲歌ったうちの一曲は木下牧子の「鴎」だった。
この「鴎」をどう歌うのだろう、とcatmouseは固唾を呑んで聞き入った。
「ついに自由はわれらのものだ」
そのフレーズに力があった。
終わった後当間修一は言った。
「たくさんの鴎たちが大空を自由に飛び回っているんだ」
合唱をつくるのは、イマジネーションなんだとその時思った。
ソロのアリアもいいけれどやっぱり合唱はいい。
やっぱり本当の感動は合唱のなかにこそある、とその時思った。


漢字テスト

2008-08-16 10:38:30 | ほら、ホラーだよ
ほら、ホラーだよpart.24

翌日、学校へ出かけようとしたら、一つ先の曲がり角にあの陰気なやつが立っていた。ジャンバーにチノパン姿で、この前見たのとちょっと印象が違ったが誰だかすぐわかった。名前、何ていったっけ。憶えやすい名前じゃなかったので、忘れてしまったけど。
「ゲンガク!ああ、もうゲンチャンでいいよ」そいつはじれったそうに言った。
そう言われても、こいつゲンチャンなんてかわいい呼び方する気にもなれない。
「ああもう、なんとでも呼んでくれ。心の中で思いさえすれば俺出てくるからさ」
あれ?俺様って言わないの?
「あれはあいつ等に対してだけさ。だって俺ってあいつらより偉いもん。だけど人間に対しては違うぜ。人間のために粉骨砕身、おれら仕事をするわけなんだから。
どう?考えてくれた?マジ、俺についたらあんたをクラスで一番、いや、学校で一番にしてやるぜ。女の子にももてるぜ」
学校に遅れちゃまずいので、黙って歩き続けていたら、そいつもくっついて来てさかんに話しかけてきた。
「あの正一位ってやつに何か言われたろう?まともに聞くことないぜ。あいつの説教、マジうざい、ださい、くさい、意味不明。言うとおりしていたら人生何の芽も出ないうち終わってしまうぜ。
だけど、おれにたのんだらさ、飛躍に次ぐ飛躍の人生だよ。とりあえず学校で一番になる。いやね、一番になるのはけっこう難しいのよ。勉強しててもね、ちょっとしたミスで2番になったりする。そこを、俺がフォローして一番にしてやろうっていってるんじゃないの。なにも勉強せずに一番とれって言ってるわけじゃないのよ。だから、あんたはあんたのペースで勉強していればいいのよ。そしたら社会に出たときなにも困ることはないでしょう?
一番と二番じゃ、まわりの扱いが全然違ってくるぜ。金メダルと銀メダルじゃ値打が違うでしょ?女の子の見る目も全然違ってくるのよ。もてるぜえ。白鳥明日香ちゃんだってお前を尊敬の目で見るぞ。付き合いたいって言ってくるぞ。お前んちくるぞ。
あ、俺らみたいなのと契約すると、死ぬとき魂をとられるとか思ってる?心配後無用。それはない。あれって、誤解だから。そんな契約は本来は存在しないから。あんたはいつも、これからさきもずっと自由さ。しかし、ま、最後はたいてい自由意志で俺らの仲間になる。つまり、おれらの仲間になったほうが断然お得だってことがわかるのさ。自由意志でならないやつもたまにいるけどな、ま、それだけ自由だってことだ。あまり深く考えないで・・・あ・・・」
前方に大学生風の青年が立っていた。ショウチャンだった。
「おはよう」
ショウチャンは爽やかな笑顔をみせた。
ゲンガクはいつのまにか姿を消していた。
「登校の途中だね、いってらっしゃい」
ショウチャンは言った。それだけだった。ショウチャンも姿を消した。

その日、ちょっとテンションの下がることがあった。
昨日やった漢字のテストが帰ってきたんだ。
わかっていたけどさ。悪い点数だってことは。だけど悪い点数のテストを受け取るということは何度経験してもあまりいい気分にはなれない。ぼくは答案用紙をだまって鞄につっこんだ。ぼくはだいたい目立たない生徒だから、本来はそこでテストの件は終了だ。ところがこのクラスにはぼくを放っておかないやつがやや一名いた。
八木沢由美子。
わざわざ自分の答案用紙を持ってやってきた。
「ねえ、ヨシヒコ、どうだった?わたし80点。どうしても100点とれないんだ。ね、ここんとこ、撥ねてないから×だって。将来の直木賞作家がこんな漢字で手こずってるようじゃだめね。ねえねえ、ヨシヒコはどうだった?何点だった?」
「悪かったよ」
「え?何点?」
「八木沢さんより悪い」
「そうなの。じゃさ、今度、一緒に勉強しない?ふたりでがんばろうよ。そうだ、今日、ヨシヒコんち行っていい?」
「いや・・・」
いつもなんだけど、ぼくはそう言うのがやっとで、そのあとのダメがどうしても言えない。
まわりのやつらはまた始まった、という感じでニヤニヤ見ている。
ふと窓際のほうに目をやると、伊藤くんと明日香ちゃんが答案の見せっこをしていた。
「伊藤くんすごい」
明日香ちゃんが言っている。きっと伊藤くんは100点なんだ。明日香ちゃんはちょっと残念だったらしい。あとは聞こえなかったが一緒に勉強するとかなんとかそんな話をしているように思えた。あそこにいるのがぼくだったらな、とふと思った。そして八木沢由美子の前のぼくを伊藤くんにやってもらえたら、とそんなことも考えていた。
一番をとるということは現実からあまりにもかけ離れすぎていてピンとこなかったが、この帰ってくるテストが100点だったら、と思うと、ゲンガクに頼んでみたらどうなるかなと考えないわけにはいかなかった。
はたして、校門からでると、ゲンガクが待っていた。
「どう?考えてくれた?俺と手を組む?」
「100点をとらしてくれるの?」
「もちろん!やるテストやるテストみんな100点ってのできるぜ」
心が動きかけた。
そしたら話のこしを折るかのような黄色い声が後から追いかけてきた。
「ヨシヒコ!待って!」
八木沢由美子だった。
「聞いた?今日の漢字テスト、難しかったんだって。でも伊藤くんは100点。白鳥さんは私と同点の80点だったんだってさ。マサルは70点だって。あたしに負けたとわかったら、マサル、ガクッときてさ、またママになんか言われるってクサッてた。あそこんちのママすっごい教育ママなのよね。そのわりにマサルはパッとしないんだよね。マサル、ちょっと気の毒かも。
ヨシヒコのママは点数にうるさい?」
ママか。そういえばママはあまり点数のことはいわないな。「あらあ・・・」って言って、ちょっと悲しそうな顔をするだけだ。そして気を取り直したように・・・そう、いつもママは気を取り直してぼくに言う。
「おやつにしましょう」
そういえば八木沢由美子のママはなんていうのだろう。
「八木沢んちは?」
「うるさくないよ。あたしを信頼してくれてるもん。ママは仕事を持ってる女だからね。一生懸命やったところに花が咲く、っていつも言う。でも一生懸命やってもうまくいかないことなんていっぱいあるって。そんときは泣けって。もし私がテストで悪い点とって泣いてたら、きっとあたしを抱きしめて一緒に泣いてくれる」
八木沢由美子の知られざる一面だった。さきほどからゲンガクが「ブス、ブース、ブス、ブース」と言いながら後をついてきていたが、ぼくはちょっとそれがわずらわしくなって振り返ってにらんだら、ゲンガクは消えた。
「なに?」
八木沢由美子がつられて後を振り返ったがもちろん、八木沢由美子にはなにも見えなかったろう。
なんとなく家の前まできてしまった。ちょっとあれっと思ったんだけれど、八木沢由美子が入るのを躊躇していた。
「あれ、こないの?」
思わず聞いたら
「いいの?」と確認を求めてきた。
いつものあつかましさはどうしたんだろう。それでこっちも思わず
「うん」と言ってしまった。
八木沢由美子は嬉しそうな顔をしてついてきた。
「おじゃまします」
八木沢由美子がそう言ってママに挨拶すると、ママの顔がぱっと輝いた。
「まあ、いらっしゃい」
「わたしたち、きょう、漢字テストで残念な点を取ったんです。だからいっしょに勉強しようと思って」
「そう、一緒に勉強してくれるの。どうぞどうぞ、あがって、あがって。おやつを用意しますから、ゆっくりしてってね」
そんな成り行きになった。

別の日、算数のテストがあった。
ぼくは文章題はまあまあなんだけど、図形が苦手だった。いつもなら諦めて残りの時間は机の上に突っ伏して時間を待つのだけれど、今回、ためしにゲンガクを呼んでみた。
しかしゲンガクはこなかった。
ぼくは拍子抜けして半分以上書いていないテストを提出した。やはりゲンガクみたいなのが来て、テストの答えを耳打ちしてくれるなんていうのはぼくの勝手な妄想で、現実にはありえないんだなとぼくは思いなおした。
ところが、校門を出たとき、またしてもゲンガクが現れた。
「なんだよ、今頃でてきて。算数のテストをやってるとき呼んだのに来なかったじゃないか」
ぼくは苦情を言った。
するとゲンガクはこんなことを言った。
「いやあ、この学校にも学校座敷オヤジがいてさ、入れないのさ」
え?学校座敷オヤジだって?そんなのいるのか?


幻覚

2008-08-09 11:51:39 | ほら、ホラーだよ
ほら、ホラーだよpart.23

「じ、実行委員長」
座敷オヤジがやっと声を発した。声がかすれていた。
「これ、実行委員長の三つ目入道」
「あ、お、おいら?」
陰気に圧されたのか三つ目入道の声もどこやら精彩がない。
「おぬしの第三の目は、たしかサイコキネシスとやらじゃったのう」
「いかにも」
「目力で妖怪を跳ね飛ばすというヤツじゃったのう」
「さよう」
「そこでだ。実行委員長として、この陰気にご退場いただくよう勧告してもらいたいんじゃが」
「あ、ああ、そうだな、うん」
三つ目入道もやっと気を取り直して立ち上がった。立ち上がるとでかくて、なかなかどうして威風堂々としている。
三つ目入道はその陰気なヤツの前に山のように立ちはだかると威圧するように言った。
「お前さんの陰気はこの家に災いをもたらす。この家から出て行ってもらおうか」
居並ぶほかのお化けたちも同調するように低いうなり声を発した。
しかし、その陰気なやつは平然と薄ら笑いを浮かべて言った。
「いやだと言ったら?」
「腕ずくでも出て行ってもらう。いや、目力だから目ずくかな?」
三つ目入道が妙なところにこだわったのが一瞬のスキだったかもしれない。
「そうか。ということはお前は俺様の敵だな。ならばこうするか」
陰気なヤツはそう言うがはやいか、三つ目入道を吹き飛ばした。三つ目入道が吹っ飛んだ方向では居並ぶものたちがボーリングのピンのように皆吹っ飛んだ。満場からウワーンというような悲鳴がわきあがった。フクワライなんかはいいかげんにくっ付けていた目鼻口眉を吹き飛ばされたため、慌ててそれを拾い集めなければならなかった。
「どうした三つ目入道!なにをしておる?!」
座敷オヤジも慌てている。
「ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ」
陰気なヤツは今度は奇妙な笑い声を立てて勝ち誇った。
「三つ目入道の第三の目は描いてある絵じゃねえの?ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ」
「くそう・・・ちょっと油断した」
三つ目入道は投げ出された体を起こし、立ち上がろうとしていた。が、立ち上がれなかった。またしても吹っ飛ばされたからだ。また大勢のものどもが巻き添えをくって宙に舞った。宙に舞ったものどもが落下したときはただのガラクタ・・・懐中電灯とかプラスティクの手桶とか破れたこうもり傘とか鍋、炊飯器、掃除機など・・・に変わり果てていた。
「おい、みんな大丈夫か!?」
座敷オヤジの声はもはや悲痛なものになっていた。
みなが慌てふためくなか、陰気なヤツの癇に障る笑い声が延々と続いた。その笑い声を聞いているうち、ぼくは編隊ものにでてくる悪者の小ボスを思い浮かべていた。あいつ、今にモンスターにでも変身するんじゃないかなあ。それにしても赤レンジャーは来ないのかな?なんて思ったが、まさかね。だもんでその小ボスは図に乗りまくっていた。
「見たか!三つ目入道みたいな前世紀の遺物が束になってかかってきても、俺様はびくともしないぜ。ましてガラクタ妖怪どもなぞ、へ、でもないわ。おい、座敷オヤジよ、俺様はな、お前らの仲間にいれてもらわなくてもいいんだ。おまえらが出て行くんだ。わかるか?。俺様に仲間はいらない。手下になるというならおいてやってもいいぜ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ」
期待通りの悪者ぶりだ。しかし、調子付いていたのはそこまでで、その後ちょっと様子がおかしくなってきた。そいつは急にそわそわしだしてつぶやいた。
「やば、・・・そろそろあいつが来るな・・・」そして、僕に向かって言った。
「ちょっと用事を思い出したんで今回は失礼するがな、その前に、ヨシヒコ。あの正一位とかいう気取ったやつな、あいつは何にも出来ないと自分でも言ってたろう?あいつはまじ何もできない。しかし、おれはできるぜ。お前をクラスで一番にすることが出来る。ママは喜ぶぜ。オレ様のほうがあいつよりずっと力があるんだ。オレ様の力のあるところ、今見たろう?それにあいつはうそつきさ。この前のママな、オレ様がちょっと指導してたんだぜ。どうだ?そんな気がするだろう?どうよ、オレ様につかないか?いい目見せるよ。オレ様に用があったら呼んでくれ。ゲンガクと呼んでくれ。またくるぜ・・・」
そいつは最初は低音で重々しくしゃべっていたが、だんだん早口になり、最後は録音の早回しみたいになってちょっと笑えた。
そして、そいつが消えるか消えないかというところでショウチャンが現れた。

「まったく油断も隙もありゃしない」
ショウチャンはそう言いながら現れた。
「おい、みんな大丈夫か?」
ショウチャンが声をかけると、ただのガラクタに戻っていた者どもが小刻みに震えだし、徐々に個性的な姿をあらわし始めた。
「座敷オヤジ、しっかりしてくれよ。取り壊しなんて言葉に動揺しちゃいけない。書斎の仏教書をかじって、童子からオヤジになったんだろう?形あるものはいずれうつろいゆくものだということは十分心得ているはずじゃないか。この家がこうしてある限りは、この家の守り神は座敷オヤジ、キミだ。しっかり守ってくれよ。たのむよ」
「面目ない」
座敷オヤジはいかにもバツがわるそうだった。
ショウチャンは三つ目入道に手をかしていた。
「あー、油断した。油断さえしてなければあんなやつ・・・」
三つ目入道は言い訳がましくブツブツ言いながらやっと立ち上がり、照れくさいのか衣の乱れなぞを直すふりをした。
「うん、今度は油断せずよろしくたのむ」ショウチャンはそんな三つ目入道にもねぎらいの言葉をかけた。
「さてと、ヨシヒコ」
ショウチャンはぼくのほうにむきなおった。
「キミも気付いたとは思うが、あいつは魔なんだ。魔が人の幸せを願うことはない。魔が狙っているのは、人の破滅だ。
あいつは多分、キミを手助けすると見せかけて、さんざん持ち上げ、十分持ち上がったところで手を離す。持ち上げるのが高ければ高いほど落差は激しい。キミは深い絶望感を味わい、人々に恨みや悪意を抱くようになる。やがて魔の言いなりになってやつらの世界に引き込まれ、最後は自分自身が魔になってしまう。
だから、ヤツの口車に乗ってはいけない。
考えてもごらん。小学校のクラスできみを一番にすることは多分あいつにとってたやすいことだろう。おおかた学級委員の伊藤くんや白鳥明日香ちゃんの答案を見て君にその答えを耳打ちするか、職員室で先生が模範解答を作っているのを覗いてきて、それを教えるということもできる。まあ、高校までなんとかその手できみを成績上位者にすることは可能だ。しかし、その後どうなるかだ。
大学ではその手は通じない。ましてや社会に出ると多分何をどうしていいかわからなくなるだろう。しかし、そこで留まればまだかわいいもんだ。『あいつはいい大学を出たのに、ちっとも仕事ができない』という陰口を言われるだけですむ。が、あの魔が、とてつもない腕利きで、人の手柄を横取りしたり、本来キミのものではないものをきみのところに持ち込むことができたとしたら、キミはどうなるか。キミは50歳、60歳というやり直しのきかない年齢で、人々の恨みや非難を浴びることになるかもしれない。
ま、今はそこまで想像するのは難しいだろうから、社会に出て躓くというところまででとどめておくけれども、つまり、努力して自力で問題を解決するという訓練をしてこなかったので、キミは何の解決能力を持たないで社会に出るわけだ。そのときになってそれまでの時間がうまくやってきた時間などではなく、実は空白の時間だったことに気付くが、もう失った時間は取り返しがつかない。
だからやっぱり自分で努力して、一番にはならなくても勉強しただけの実力をちゃんと身に着けておいたほうがいいんだ。これはわかってくれるよね?
 それからママのことだけれど、人間は程度の差こそあれ、みな霊能者だとこの前も言ったけど、多少の霊感はだれにでもあるんだ。魔がさすということも普通にあるし、インスピレーションを受けるということもだれにでも起こりうる。
 で、この前、あいつがママを指導していたというなら指導しようとしていたのだろう。
 しかし、ママは指導なんか受けていない。きみを愛しているからね。愛の前では魔は無力なんだ。まあ、ちょっとひっかかったとすれば、おばさんに対する君をめぐってのジェラシーというのはあったかもしれないが、それはたいした問題じゃない」
気がつくと、座敷オヤジたちの姿はなかった。ショウチャンの出現で座敷オヤジたちの会議は解散になったのだろう。
「ぼくを信じて」
とショウチャンは言った。

ヴァイオリンの肩当

2008-08-05 10:40:09 | 20世紀という梨があった

ヴァイオリンの肩当というものは柔らかい綿を詰めたクッションだとばかり思っていた。
昔、母が作ってくれた。
丸い小さなクッションの両脇にゴムの輪っかがついていて、それをヴァイオリンのエンドピンと胴体の角に引っ掛ける。
大人の人は市販のクッションを使っていた。
Catmouseのは母の手製だった。母はありあわせの黒い布地と丸ゴムでこしらえた。もっとかわいいく作れないのか、と心の中では思っていたが黙っていた。そしてそれはずっと使い続け、今も手元にある。

Catmouseがヴォイオリンを始めたのは幼稚園だったので確か16分の1とかいうヴァイオリンを使っていたと思う。
しかし、自分から習いたいといって習わせてもらったのにもかかわらず、すぐやめてしまった。
先生が怖かったから。
catmouseはあまり昔の事は憶えていないのだが、このことだけは不思議によく憶えているのだ。
レッスンの時先生がどなった。
「上げ弓だ、上げ弓だ、上げ弓って言ってるのがわからんのか!」
上げ弓ってなんだ?
catmouseはそう思ったが口には出せず、まごまごするばかりだった。
先生は自分の娘を呼んだ。そして弾かせて見せて、
「こうするんだ、やってみろ!」
でもできない。上げ弓ということがわからないから。
その時、できたのか、できなかったのか、その点についての記憶はない。
catmouseの記憶にあるのは
「上げ弓の説明を聞いてないぞ。ちゃんと説明しないとわからないじゃないか。自分がわからないような教え方をして怒鳴りつけるとは何事だ!」という先生に対する批判をしていた自分であった。
で、もう行かないぞ、とやめてしまった。

それが小学校にはいってから。母がどうやって探してきたものか野辺先生の教室のもとでcatmouseはヴァイオリンの練習を再開していた。
優しい先生だった。典型的な古い二階建ての日本家屋にすんでいて、ご家族がたくさんいた。
ある日、掘りごたつに入れてくれて、甘酒を飲ませてくれた。
お弟子さんもたくさんいて、門下でバスを借り切って遠足にいったこともある。
先生は大好きだったけれど、catmouseはいつしかヴァイオリンが嫌いになっていた。
その事件は3年生のある日に起こった。
クラスメートたちの間で担任の先生のうちに遊びに行こうという計画が持ち上がり、それがヴァイオリンのレッスンの日と重なったのだ。
catmouseは先生のうちに皆と遊びに行きたいと再三たのんだのだが、母は頑として聞き入れず、ヴァイオリンのレッスンを休ませてはくれなかった。
別の日、多少反抗的になっていたcatmouseは、ヴァイオリンのレッスンがあることを知りながら多少遅れて帰宅した。母は烈火のごとく怒っていた。そして、「遅れたならしかたないわ。今日はおやすみね」となるんじゃないかというcatmouseの予想に反して、母はcatmouseをヴァイオリンの先生のうちに引きずっていった。道々ずっとお説教だった。道々catmouseは文字どうり泣きっぱなしだった。
野辺先生はcatmouseの泣きはらした顔を見ただろう。そうして母親の剣幕も感じただろう。
「本当は遅れたらレッスンはないのですよ。今度からは前もって言ってくださいね。前もっていってくれたら、時間を変更しますから」そして、ちゃんとレッスンをしてくれたと記憶している。

四年生の9月、我が家は都内の別所に転居した。
しかしcatmouseの教育ママは小学校を転校させなかった。
catmouseは小田急線で新宿まで出て、山手線に乗り換え、高田馬場で西武線に乗り換えて新井薬師まで通わされた。
ママは本当はヴァイオリンもやめさせる気はなかった。はじめ、学校の帰りに寄ってらっしゃい、と厳命し、しばらくは通っていたような気がするが、しかしラッシュアワーの時間、ランドセルを背負い、給食袋と体育着と絵の具セットと習字セットなどを持つcatmouseにその上ヴァイオリンと楽譜入れを持つのは無理だった。
ヴァイオリンは自然消滅した。catmouseはせいせいした。
手元に四分の三のヴァイオリンが残った。

不思議なもの。
大学生になってヴァイオリンがひきたくなった。習いには行かなかった。ただ、昔習った楽譜をひっくり返してひいていただけだが、高音が出なくて物足りないと思い出した。それにヴァイオリンが小さくて指にあわなかった。
大人のヴァイオリンが欲しいと思った。
アルバイトをしてお金を貯めた。やっと1万円貯まったのでヴァイオリンを買いに行ったがなんと、1万円では本体しか変えなかった。
その後またアルバイトをして3000円貯めて、それで弓を買った。
ちなみに当時、学生アルバイトの日給は800円だった。時給じゃないぞ。日給。
肩当は昔、母が手作りしたクッションを使い続けた。
そうまでして買ったヴァイオリンだったが、就職して仕事が忙しくなったため、いつしかヴァイオリンは放置された。
ある日、気付くと四分の三以下のヴァイオリンの姿が消えていた。
母に聞くと、なんでも知り合いの娘さんがヴァイオリンを習い始めたというのであげたと言う。ちょっと名残おしかったが、ま、それでよかったかな。

閑話休題。
さて、このたび昔やったヴァイオリンを再び引っ張り出してきて、bamamanやオニギリやめぐっちと室内楽団を組むことになったが、めぐっちやオニギリの持っている肩当、こんなものがあるなどと、catmouseは全く知らなかった。
catmouseは肩当とは、綿の入ったクッションだとばかり思ってたんだ。
で、今のcatmouseの肩当は掲載の写真のとおり。あらりちゃんがピアノを弾くとき指を暖めるために使っていた懐炉入れをパクッた。大きさといい、厚みといい、ちょうどよかったんだもん。
サラサーテだってクライスラーだってボリスグドニコフだってハイフェッツだって、絶対、こういうの使っていたと思うもん。