ほら、ホラーだよpart.34
「からんでるだなんて人聞きの悪い」
ゲンガクはへらへらと笑いながら言った。
「このクソガキどもが面白そうなことをしているから見に来ただけさ」
それじゃあ・・・
「君たちなにやってるの?」
ぼくはその子たちに聞いた。
すると5年生たちは最初、まずいところを見つかったかなというような顔をしていたが、医者の息子だとかいうリーダー格の子はたちまちお行儀がよさそうな顔になってあたりさわりのない答えをみつけてきた。
「この一年たちが廊下でけんかをしてたので、ちょっと注意しようと思ったんだよ」
するとゲンガクは含み笑いをしながら言った。
「うふふ、廊下で喧嘩していた1年坊主が勢いでたまたまぶつかったのさ。それでむかついた、シメようって体育館裏に引っ張り込んだんだよ」
ふーん。なるほど。そのほうが納得いくシーチュエーションだ。
「へえ。注意するためわざわざ体育館裏に連れて来たの?なんで?」
ぼくはわざと聞いた。
すると、その医者の息子は一瞬眉根をよせて舌打ちしたが、いいことを思いついたらしい。悪巧みを持ちかける越後屋のような顔つきになって言った。
「なんかさあ、この子に尻尾があるんだってさ。それでないとかあるとか喧嘩してたんだよ。じゃあ、本当かどうかみてやろうかってことになったのさ」
体育館の壁際でゲンガクがまたコメントをさしはさんだ。
「5年は1年をまとめてシメようとしたんだよ。そしたら1年は仲間1人を人身御供に差し出したのさ。そして自分たちもシメる側にまわったのよ。人間ておもしろいことをやってくれるじゃない。まだチビなのにさ、うふふふふふ」
ゲンガクの含み笑いに交じってシメる側にまわった1年ががわれもわれもと口をはさんだ。
「本当だよ。尻尾があるよ」
「ぼく体育のときに見たよ」
「毛がはえているよ」
だろうな、とぼくは思った。その子は・・・ズボンを脱がすまでもなく、そのうち全身から毛を噴出させるかもしれない。ぼくは実はこの子の本名を知らなくてひそかにタヌ吉と呼んでいるんだけれど、タヌ吉の切羽詰った立場を考えると気が気ではなくなった。
もし、タヌ吉の正体がばれるとどういうことになる?大騒ぎになるよね。タヌ吉は今までどおり学校に通うことができるんだろうか?それだけじゃないだろう。マミさんも仕事ができなくなるんじゃない?そうなるとタヌ吉はどうなるの?
なんて言っていいかわからなかった。
「見なくていいだろう、そんなもの。それにその子嫌がっているよ」
そう言うのがやっとだった。
そしたら、また医者の息子の眉にしわが寄った。
「お前は関係ないだろう?もう行けよ!」
共犯にできないのなら、次は排除か?
取り巻きたちも言った。
「行けよ」
タヌ吉が悲しげな目でぼくを見ている。ぼくはどうしたらいい?
そのときひらめくものがあった。ぼくはゲンガクに呼びかけた。
(タヌ吉を助けて。これは命令だよ。だって、おまえ、ぼくのシモベだよね。この前辞書で調べたんだ。シモベっていうのは家来って意味なんだろう。たしか、ぼくは連絡帳に「ゲンガクはぼくのシモベにつき入校を許可する」って書いたよね?)
ゲンガクは始め鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、やがて口をゆがめて吐き出すようにつぶやいた。
「医者の息子の5年生はいまだにオネショするらしいぜ。そっちの1年は出べそだし」
ぼくは気合をいれていじめっ子たちに向きあった。
「この子はぼくんちのお手伝いさんとこの子なんだ。ママにたのまれて探しに来たんだから返してよね。それに誰にでも隠しておきたいことの一つや二つはあるんじゃない? 例えば出べそだとか、いまだにオネショするとかさ。言いふらされたくなかったら、今後この子に手を出さないでくれる?あんまり意地悪すると、ぼくのおばさんにたのんで週刊誌の取材に来てもらうよ。ぼくのおばさん、週刊誌も出してる会社で本を出してるんだからね」
なんでそんなにスラスラ言えたのか不思議だったんだけど、とにかくこれは抜群の効き目があった。「いまだにオネショする」といったとき、例の首謀者は落ち着きなく目を宙に浮かせた。「出べそ」といったとき、1年生のひとりが自分のおなかを押さえたので、だれが出べそかわかったくらいだ。5年生のひとりから「神無月ひかる」という発音がもれた。へー、おばさん、有名じゃない。ぼくは目立たない生徒だけれど、神無月ひかる先生のお陰でけっこう顔は知られているんだ、とその時思った。
「さてと」
医者の息子は急に無表情になった。
「こんな時間だ。塾に行かなくちゃな」
まるで何事もなかったような顔をして取り巻きたちを促した。
「行くぞ」
取り巻きたちは事情を急にはのみこめなくて戸惑っていたが、いつもリーダーの言うことには従っているのだろう。さほどの抵抗もなく付き従った。去り際、医者の息子は思い出したというようにぼくに近づいて耳打ちした。
「もし、言いふらしたらただじゃおかないからな」
とっさにぼくも耳打ちした。
「あの子に手を出さなかったらぼくは絶対言いふらしはしない。ぼくを信じて」
あれ?このセリフ、誰かの口調に似ているな?ショウチャン?ぼくの頭の中にショウチャンの笑顔が浮かんだ。
いじめっ子達が撤退を始めると、タヌ吉はすっとんできてぼくに抱きついた。
えっ、えって泣いている。よっぽど怖かったんだ。
「トイレ行きたくない?」
ぼくは聞いた。
「行きたい」
「じゃあ、体育館のトイレじゃなくて、みんながいる教室前のトイレにいこうね。我慢できる?」
「できる」
タヌ吉はトイレに入る前「待っててね、待っててね」と何回も念をおした。タヌ吉の心細い気持ちがが痛いほど伝わってきた。トイレのあと、ぼくはタヌ吉を家まで送ってやった。例の、倒れそうな松風荘。松風荘の前であの明日香ちゃんによく似た子がタヌ吉を出迎えた。手をふって別れた後、ぼくは夕暮れの町を歩きながら思った。
(あそこに住んでいる人は、みんなタヌ吉の仲間なんだろうか。あの女の子もそうなのかな?きょうだいかな?でもあそこの人たちにとって、外の社会に出て行くのは普通の人たちよりもずっと勇気がいることなんだろうな。タヌ吉もえらい。よくがんばってる)
ところで最近、座敷オヤジたちの落ち着きがなくなっていた。というのも、ママが「家を建て替えたいわ」と言い出したからだ。
「ディズニーランドの花火の見えるマンションというのも捨てがたいけど、ヨシヒコがこれから上の学校へ行くことを考えると、この場所はけっこういいのよねえ。思い切りしゃれたテラスハウスのようなものを作って、ひかるちゃんと隣り合わせにしたら、ひかるちゃんも仕事がしやすくなるんじゃないかしら」って言うんだ。
パパは「いいよ。好きにしたら」なんて言っている。ママは住宅関係の雑誌を買ってきたり、住宅展示場に行ってカタログをもらってきたりしはじめた。
ぼくはおばさんの部屋へ行って聞いてみた。
「ねえ、おばさんはどう思ってるの?テラスハウスにするの」
「まあ、仕事はしやすくなるね。使い勝手がよくなるという意味で」
「そうか・・・」
「ヨシヒコとは疎遠になりそうだ」
「うん・・・」
「さびしい?」
「え?いや、それほどでも・・・」
「ハハハ、ヨシヒコも来年は中学生だもんね。部活や受験のこと考えたらヨシヒコのためにはいいかもね。だけどこいつらはどうなるだろうね。少なくとも座敷オヤジは消えるんじゃないかな?」
おばさんはあたりを見渡した。
見ると、座敷オヤジをはじめ、オキビキ、三つ目入道など、みんな神妙なおももちをして並んでいた。
「こいつらがいなくなると、あたしはネタ切れかな?そしたらいよいよ恋愛小説作家として華麗な転身を図るか?アハハハハハ」
おばさんは声高に笑ったがなんか無理している感じがした。おまけに他はだれも笑わなかったので、おばさんの笑い声はぎこちなく尻すぼみになった。
家を建て替えたら、本当に座敷オヤジはいなくなるんだろうか?