3次元紀行

手ぶらで地球にやって来ました。生きていくのはたいへん。そんな日々を標本にしてみました。

いじめっ子たち

2008-11-28 22:07:03 | ほら、ホラーだよ

ほら、ホラーだよpart.34

「からんでるだなんて人聞きの悪い」
ゲンガクはへらへらと笑いながら言った。
「このクソガキどもが面白そうなことをしているから見に来ただけさ」
 それじゃあ・・・
「君たちなにやってるの?」
ぼくはその子たちに聞いた。
 すると5年生たちは最初、まずいところを見つかったかなというような顔をしていたが、医者の息子だとかいうリーダー格の子はたちまちお行儀がよさそうな顔になってあたりさわりのない答えをみつけてきた。
 「この一年たちが廊下でけんかをしてたので、ちょっと注意しようと思ったんだよ」
 するとゲンガクは含み笑いをしながら言った。
 「うふふ、廊下で喧嘩していた1年坊主が勢いでたまたまぶつかったのさ。それでむかついた、シメようって体育館裏に引っ張り込んだんだよ」
ふーん。なるほど。そのほうが納得いくシーチュエーションだ。
「へえ。注意するためわざわざ体育館裏に連れて来たの?なんで?」
ぼくはわざと聞いた。
すると、その医者の息子は一瞬眉根をよせて舌打ちしたが、いいことを思いついたらしい。悪巧みを持ちかける越後屋のような顔つきになって言った。
「なんかさあ、この子に尻尾があるんだってさ。それでないとかあるとか喧嘩してたんだよ。じゃあ、本当かどうかみてやろうかってことになったのさ」
体育館の壁際でゲンガクがまたコメントをさしはさんだ。
「5年は1年をまとめてシメようとしたんだよ。そしたら1年は仲間1人を人身御供に差し出したのさ。そして自分たちもシメる側にまわったのよ。人間ておもしろいことをやってくれるじゃない。まだチビなのにさ、うふふふふふ」
ゲンガクの含み笑いに交じってシメる側にまわった1年ががわれもわれもと口をはさんだ。
 「本当だよ。尻尾があるよ」
 「ぼく体育のときに見たよ」
 「毛がはえているよ」
 だろうな、とぼくは思った。その子は・・・ズボンを脱がすまでもなく、そのうち全身から毛を噴出させるかもしれない。ぼくは実はこの子の本名を知らなくてひそかにタヌ吉と呼んでいるんだけれど、タヌ吉の切羽詰った立場を考えると気が気ではなくなった。
 もし、タヌ吉の正体がばれるとどういうことになる?大騒ぎになるよね。タヌ吉は今までどおり学校に通うことができるんだろうか?それだけじゃないだろう。マミさんも仕事ができなくなるんじゃない?そうなるとタヌ吉はどうなるの?
 なんて言っていいかわからなかった。
 「見なくていいだろう、そんなもの。それにその子嫌がっているよ」
 そう言うのがやっとだった。
 そしたら、また医者の息子の眉にしわが寄った。
 「お前は関係ないだろう?もう行けよ!」
 共犯にできないのなら、次は排除か?
取り巻きたちも言った。
「行けよ」
タヌ吉が悲しげな目でぼくを見ている。ぼくはどうしたらいい?
そのときひらめくものがあった。ぼくはゲンガクに呼びかけた。
(タヌ吉を助けて。これは命令だよ。だって、おまえ、ぼくのシモベだよね。この前辞書で調べたんだ。シモベっていうのは家来って意味なんだろう。たしか、ぼくは連絡帳に「ゲンガクはぼくのシモベにつき入校を許可する」って書いたよね?)
 ゲンガクは始め鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、やがて口をゆがめて吐き出すようにつぶやいた。
 「医者の息子の5年生はいまだにオネショするらしいぜ。そっちの1年は出べそだし」
 ぼくは気合をいれていじめっ子たちに向きあった。
「この子はぼくんちのお手伝いさんとこの子なんだ。ママにたのまれて探しに来たんだから返してよね。それに誰にでも隠しておきたいことの一つや二つはあるんじゃない? 例えば出べそだとか、いまだにオネショするとかさ。言いふらされたくなかったら、今後この子に手を出さないでくれる?あんまり意地悪すると、ぼくのおばさんにたのんで週刊誌の取材に来てもらうよ。ぼくのおばさん、週刊誌も出してる会社で本を出してるんだからね」
 なんでそんなにスラスラ言えたのか不思議だったんだけど、とにかくこれは抜群の効き目があった。「いまだにオネショする」といったとき、例の首謀者は落ち着きなく目を宙に浮かせた。「出べそ」といったとき、1年生のひとりが自分のおなかを押さえたので、だれが出べそかわかったくらいだ。5年生のひとりから「神無月ひかる」という発音がもれた。へー、おばさん、有名じゃない。ぼくは目立たない生徒だけれど、神無月ひかる先生のお陰でけっこう顔は知られているんだ、とその時思った。
 「さてと」
 医者の息子は急に無表情になった。
 「こんな時間だ。塾に行かなくちゃな」
 まるで何事もなかったような顔をして取り巻きたちを促した。
 「行くぞ」
 取り巻きたちは事情を急にはのみこめなくて戸惑っていたが、いつもリーダーの言うことには従っているのだろう。さほどの抵抗もなく付き従った。去り際、医者の息子は思い出したというようにぼくに近づいて耳打ちした。
 「もし、言いふらしたらただじゃおかないからな」
 とっさにぼくも耳打ちした。
 「あの子に手を出さなかったらぼくは絶対言いふらしはしない。ぼくを信じて」
 あれ?このセリフ、誰かの口調に似ているな?ショウチャン?ぼくの頭の中にショウチャンの笑顔が浮かんだ。
 いじめっ子達が撤退を始めると、タヌ吉はすっとんできてぼくに抱きついた。
えっ、えって泣いている。よっぽど怖かったんだ。
 「トイレ行きたくない?」
ぼくは聞いた。
 「行きたい」
 「じゃあ、体育館のトイレじゃなくて、みんながいる教室前のトイレにいこうね。我慢できる?」
 「できる」
 タヌ吉はトイレに入る前「待っててね、待っててね」と何回も念をおした。タヌ吉の心細い気持ちがが痛いほど伝わってきた。トイレのあと、ぼくはタヌ吉を家まで送ってやった。例の、倒れそうな松風荘。松風荘の前であの明日香ちゃんによく似た子がタヌ吉を出迎えた。手をふって別れた後、ぼくは夕暮れの町を歩きながら思った。
 (あそこに住んでいる人は、みんなタヌ吉の仲間なんだろうか。あの女の子もそうなのかな?きょうだいかな?でもあそこの人たちにとって、外の社会に出て行くのは普通の人たちよりもずっと勇気がいることなんだろうな。タヌ吉もえらい。よくがんばってる)

ところで最近、座敷オヤジたちの落ち着きがなくなっていた。というのも、ママが「家を建て替えたいわ」と言い出したからだ。
「ディズニーランドの花火の見えるマンションというのも捨てがたいけど、ヨシヒコがこれから上の学校へ行くことを考えると、この場所はけっこういいのよねえ。思い切りしゃれたテラスハウスのようなものを作って、ひかるちゃんと隣り合わせにしたら、ひかるちゃんも仕事がしやすくなるんじゃないかしら」って言うんだ。
パパは「いいよ。好きにしたら」なんて言っている。ママは住宅関係の雑誌を買ってきたり、住宅展示場に行ってカタログをもらってきたりしはじめた。
ぼくはおばさんの部屋へ行って聞いてみた。
「ねえ、おばさんはどう思ってるの?テラスハウスにするの」
 「まあ、仕事はしやすくなるね。使い勝手がよくなるという意味で」
 「そうか・・・」
 「ヨシヒコとは疎遠になりそうだ」
 「うん・・・」
 「さびしい?」
 「え?いや、それほどでも・・・」
 「ハハハ、ヨシヒコも来年は中学生だもんね。部活や受験のこと考えたらヨシヒコのためにはいいかもね。だけどこいつらはどうなるだろうね。少なくとも座敷オヤジは消えるんじゃないかな?」
おばさんはあたりを見渡した。
見ると、座敷オヤジをはじめ、オキビキ、三つ目入道など、みんな神妙なおももちをして並んでいた。
 「こいつらがいなくなると、あたしはネタ切れかな?そしたらいよいよ恋愛小説作家として華麗な転身を図るか?アハハハハハ」
 おばさんは声高に笑ったがなんか無理している感じがした。おまけに他はだれも笑わなかったので、おばさんの笑い声はぎこちなく尻すぼみになった。
 家を建て替えたら、本当に座敷オヤジはいなくなるんだろうか?


学校トリップ

2008-11-25 08:45:33 | ほら、ホラーだよ
ほら、ホラーだよpart.33

 ある日の放課後、ぼくは給食室の裏で箒を片手にうちしずんでいる学校座敷オヤジの姿を見た。その姿を見て、ぼくはゲンガクが言っていたことを思い出した。
 『バットで廊下の窓ガラスを叩き壊さないか?そしたら、学校が壊されると思って、座敷オヤジが出て行くから』
 最近投石などが相次ぎ、学校の窓ガラスが壊されるようになったので座敷オヤジは学校を出て行こうかどうか迷っているのだろうかとぼくは思った。まてよ、ひょっとするとあの連続投石事件はゲンガクがかかわっているのだろうか?
 ぼくがそんなことを考えていたら、座敷オヤジはぼくのほうを見もせず、ひとり言のようにつぶやいた。
 「なんで自分たちが通った学校を壊そうとするんかのう。先生がいて、友達がいて、学び舎があって、みんなと給食を食べて、こんな幸せな時代は社会に出たらそうそうありはせんじゃろうに」
 ぼくは思わず座敷オヤジに声をかけた。
 「じゃ、石を投げているのは卒業生なの?」
 学校座敷オヤジはぼくををじっと見た。しかし何も言わずぼくを手招きした。
 え?
 ぼくが身を乗り出すと、学校座敷オヤジはついてくるように合図をした。ぼくは座敷オヤジの後をついていった。学校座敷オヤジはどんどん歩いていく。けっこう学校座敷オヤジは歩くのが早い。しかもぼくが後をついてくるということを信じて疑わないのか、後を振り返りもしなかった。ぼくは後をついていくのに精一杯でその時はあまり気付かなかったんだけれど、その時どうやら異次元の世界に入り込んだようなのだ。
 あれ?学校座敷オヤジはいったいどこに行くつもりなんだ。ぼくの学校ってこんなに広かったか?と思ったら、そのとたん、どうやら目的地に着いたらしい。その目的地とは職員室の前だった。しかし給食室は職員室の目と鼻の先にあり、あんなにせっせと歩いていくような場所ではなかった。けれどそう思ったのは後になってからで、そのときはただ、職員室の前に来た、と思っただけだ。
 ただし、様子がどこか違っていた。
うさぎの飼育小屋が職員室の前にあった。昔はうさぎの飼育小屋が職員室の前にあったって聞いたことがある。現在のウサギ小屋は西側の校舎の裏にあるけれど・・・今、ウサギ小屋は職員室の前にあった。
 ひだまりのなかで、女の子が子うさぎを抱いている。囲いをした花壇の中には雑草が生い茂っていたが、その中には数匹のうさぎが放されて自由にタンポポの葉っぱなどをかじっていた。まわりを生徒が囲んでうさぎを見守っている。どうやら逃げ出さないように見張っているらしかった。
「おーい、掃除、終わったぞ」
ウサギ小屋の中から別の子供の声がした。すると花壇のまわりでうさぎを見張っていた子たちは放し飼いになっていたうさぎを捕まえて小屋に戻した。子うさぎを抱いていた女の子も、名残惜しそうに子うさぎを小屋に戻した。子供達は朝礼台に置いてあったランドセルを背負うと、職員室の出入り口で見送る先生にみんなで手を振りながら帰っていった。
ぼくはふと、いつも裏庭でひっそりとウサギ小屋の掃除をしている生き物係のフミちゃんのことを思った。
 ウサギ小屋の子供達が帰ってしまうと、座敷オヤジは職員室脇の昇降口から校舎の中に入った。ぼくも続いて校舎の中に入った。
 すると、なんと2年生の教室の前の廊下で2年ぼうずが取っ組み合いのけんかをしているではないか。そこにたまたま通りかかった上級生らしい子が止めに入った。そして誰かが呼びに行ったのか、しばらくして先生もやってきた。けんかしていた子はまだ腹の虫が収まらないらしくて、ときどき掴みかかろうとしていたが、不思議なことに、先生や上級生や周りの友だちから温かい霧のようなものが出てきて、けんかしていた子を包むのが見えた。すると、けんかしていた二人の子の気持ちが収まってきたらしく、最後は仲直りをしてみんなと一緒に帰っていった。
 その一群が帰ってしまうと、座敷オヤジは廊下から教室に入った。
すると、後から考えるととっても変なことだったんだけれど、そこはもう、見慣れた教室ではなかったんだ。でもその時、ぼくは変だとも思わず、当たり前だというような気持ちで眺めていた。教室は粗末なつくりだった。教室の窓の外には赤茶けた土と、抜けるような青空が広がっていた。
 その時、赤茶けた土にへばりつくようにして立っているまばらな木々の間をぬって、一人の少年が走ってきた。
 「あ、ツンパだ」
 「先生、ツンパが来たよ」
 子供達は全員が席を立って窓辺に駆け寄った。先生も窓と同じ側にある出入り口に歩み寄った。みんな日本人ではなかった。
 ツンパと呼ばれた子は入ってくると「父ちゃんが給食は食べてこいってさ」そう言って真っ白な歯を見せて笑った。
 言葉は日本語じゃなかったんだけれど、意味はよくわかったんだ。
 やがてクラスは給食の時間になって、アルミの食器に入ったスープと小さなパンが配られた。子供達の楽しそうなランチタイムが始まった。子供達から、あの暖かな霧のようなものが出ているのを、ぼくは見た。
 食後、ツンパは1対1で先生から字を教わっていた。ツンパの胸は喜びと期待で波打つようだった。 
座敷オヤジは勉強をつづけるツンパを残して教室から外に出た。外に出てみると、そこはやっぱりぼくが毎日通っている学校の校庭だった。そして、今まさにマサルのママと、他の誰かのママの3人連れが正門をくぐったところだった。なにしに来たのかなあ。卒業式の相談にでもきたのかな?
 ママたちは校長室に入っていった。座敷オヤジも続いて校長室に入った。あれあれ?入っていいのかなあ?とぼくは少しあわてた。ところが座敷オヤジはぼくにも来いという。しかたなくそっと入ってみた。が、ぼく等が入ったことは、他の誰も気付かないらしい。この時はっきり意識した。今、常識では考えられないちょっとへんなことがぼくの身に起きている。ぼくはどうやら座敷オヤジのテリトリーに招待されたらしいって。ぼくは遠慮なく校長先生とマサルのママたちの会見を傍聴することにした。
 マサルのママたちはこんなことを言いに来ていた。
 「学校としては子供達の中学受験を全面的にバックアップしてくれるはずですわね」
 「内申書は最終的には校長先生が点検してくれるんですよね」
 「子供達が受験勉強に専念できるよう、学校の雑用から優先的に外していただきたいものですわ」
 「子供達もプレッシャーでストレスを抱えておりますの。生意気を申したかもしれませんが、個人的な感情でそれを内申書にあらわすようなことはしないでほしいんですの」
 「もし受験に落ちでもしたら、私達、学校が悪意のこもった内申書を書いたのではないかと疑ってしまいますわ」
 ははあ、この前、マサルたちが担任の山口先生をベランダに締め出そうとした事件を何とかしようとやってきたんだな、とぼくは思った。じゃあ、マサルのママ以外のママはサトウくんとスズキくんのママかな?それにしても、マサルのママたちもすごいな。先生を締め出そうとしたことを一言もあやまらないなんて。また、今更もう驚きもしなかったけれど、ママたちはアマノジャクの“屁”を一匹づつ連れていた。
 話は途中だったけれど座敷オヤジは外へ行こうと促した。ぼくはやれやれ助かったと思った。というのもママたちに答える校長先生の話を、ぼくは殆ど理解できなくて退屈していたからだった。おまけにママたちから冷え冷えとした空気が流れてきてなんだか寒気がした。
 座敷オヤジは最後にぼくを体育館裏に連れて行った。給食室の裏手から校舎の裏庭に沿ってずっと歩いていくと、体育館の裏手に出る。近づくにつれてなにやら話し声が聞こえてきた。
 「おい見せてみろ」
 「いやだよ」
 「脱がしちゃおうぜ」
 「いやだよう、やめてよう」
 「押さえて、押さえて」
 ぼくは聞いているだけで胸がドキドキした。建物の角を曲がると5年生数人と1年生数人がいた。数人は知っている顔だった。何しろ5年生の中心人物は最近全校的に話題になった5年2組の医者の息子だったからだ。そして取り押さえられているかわいそうな1年生は、ぼくんちにお手伝いさんに来ていたマミさんの子供だった。
 「六年生だ!」
医者の息子の取り巻きの一人がぼくに気付いて言った。
 なに?ぼくは見えてるの?するとぼくはもう座敷オヤジのテリトリーから出て、現実の世界に戻ったのかな?座敷オヤジをふりかえると、座敷オヤジは悲しげな顔をして裏庭の隅にひっそりとたたずんでいた。そしてぼくはすこしはなれたところで薄笑いをしながら体育館の壁にもたれているゲンガクの姿を見た!
 ゲンガク!
 おまえがからんでいるのか!


一閑人の絵を見に行く

2008-11-24 07:57:42 | 3次元紀行論

一閑人の描いた絵が飾られているという展覧会に行った。
日本橋三越本店新館7階ギャラリー。
長年研鑽をつんできたであろう力作大作に交じって、そのキツネの絵はあった。
「いいのか?これがここにあって・・・」
catmouseとあらりは顔を見合わせたのであった。

catmouseはこのキツネの製作現場に居合わせていた。
ある日、一閑人は酒も持たずに突然やってきた。
「絵の具、あったっけ?おれ、捨てたかな。いや、捨ててくれって言ったかもしれないが、ある?」
絵の具はあった。
捨ててなかった。捨ててくれといわれたけれど、catmouseはとっておいたんだ。
「紙ある?額縁もほしいな」
なんと、これから世界のディーバになろうとしているあらりちゃんをパシリに使って紙と額縁を買いにやらせた。
「100金のでいいの?」
「いい、いい」
画材が揃うと、一閑人はやおらパレットに黄色い絵の具をひねり出し、無造作に絵筆につけてそのまま紙の上にペタペタと押しつけた。下書きもなしに、いきなりである。この黄色いペタペタはいったい何を描いているのか?
「きつね」
と一閑人。
「え?きつねって、茶色じゃないの?」
「いいから、いいから。茶色の絵の具、固まってるらしくて出ないし。えーと、白ないかな、白」
「ここにある」
「お、白」
一閑人は次に白の絵の具をひねり出して、これも先ほどと同じようにペタペタした。
どこらへんがいったいきつねなんじゃ?黄色と白の単なる色の筆跡をみてcatmouseは首をかしげていた。抽象画なのか?しかし、そんなcatmouseのとまどいにはおかまいなく、一閑人は黒の絵の具に手をかけていた。黒のラインで耳の輪郭を描き、目を入れ、足を描いた。
「あ、きつね」
「だろ?どんなもんじゃ。えーと、次は赤」
「赤?」
「うん。ここらへんに紅葉描こうかと思うんだ。赤い紅葉、あったほうがいいでしょう」
赤い紅葉。これはさすがにいきなりは描かなかった。別の紙に描いて様子を見ていた。
「なんか紅葉じゃなくてヒトデにみえるなあ・・・」
一閑人はひとりごちてしばらく悩んでいたが――
「ま、いいか。描いてみよう」
丁寧な線描きから入ったが、やはり下書きなどはしなかった。
「あ、ちょっと失敗した。ま、いいか」
赤い紅葉の葉が二枚描かれた。
「署名するんだっけかな? たしか、朱印も押すんだったよな。印がないから手書きでいくか」
一閑人は自分の名前をしたため。朱印もどきを手書きした。
「あ、自分の名前、失敗した。おれ、字が下手だな。でも、ま、いいか」
一時間ほどで制作は終了し、「ま、いいか。できたできた」といって一閑人は帰っていった。

そして先日メールがあった。
「あのきつね、なんか入選したらしいよ。日本橋三越本店新館7階ギャラリーにかざってある。暇があったら見にいってちょ」
きつねはもう見て知ってるんだけどね、他にもいろいろ見ごたえある作品があるから、ま、いいか、行くかってわけで、行ったわけなんだけど・・・


内申書

2008-11-21 12:48:52 | ほら、ホラーだよ

ほら、ホラーだよpart.32

 内申書がデンカノホウトウ?なんだそれ?
そしたらゲンガクがすっと寄ってきた。
 うん、まだゲンガクが側をうろうろしてるんだ。最近、ゲンガクを意識しないことが多くなったけれど、疑問などをいだくとゲンガクはすっと寄って来る。そして口をはさむ。
 「内申書っちゅったら小学校の先生が生徒の受験先の学校宛に書く秘密のお手紙じゃねえか。お受験する生徒の成績とかよ日頃の生活態度など、あることないこと書けるんだよ。秘密だから、生徒は何を書かれたかはわからない。だから文句のつけようもない。
だもんで、先生のほうは、生徒が言うことを聞かなかったら、生活態度が悪いと書けばいいんで、ま、『書くぞ』と脅して大人しくさせるというように使えるんだなこれが。その“脅し”がデンカノホウトウというわけよ」
 なるほどね。
 「でも、ぼくらは関係ないよね」とぼくはかたわらのヤッチンに言った。言ってしまってから(あ、ヤッチンにはゲンガクの声は聞こえないんだっけ)と、ちょっとヒヤッとしたが、話の成り行きではどこもおかしな所はなかったらしい。
 「うん、ぼくらは関係ないね」とすぐに応じてくれた。
 そんな会話があった翌日。
 ぼくらは例によって二人だけの掃除当番を開始しようとしていた矢先、エスケープしたはずのマサル他、受験組みが担任の先生に連れられて戻ってきた。あれ?今日はさすがの先生も腹に据えかねてマサルたちを捕まえてくれたのかな、とぼく等は思った。
 マサルたちは箒を取り上げるとメチャメチャにあたりを掃き散らしながら言った。
 「ね、先生、ぼくら、ちゃんと掃除当番やるからさ。だから内申書の生活態度、Aにしてよね」
 それか!
じゃあ、先生に捕まったんじゃなく、先生を引っ張ってきたのか。
それにしてもマサルの箒の使い方を見ていると掃除のイロハが全くわかってない。ただ埃をたてているだけじゃないか。
ヤッチンが見かねて「それじゃ、掃除になってないよ。ゴミが右左に動いているだけだよ。隅から順序良く掃かなければ」というと、
「わかってる、わかってる、今日はね、君達ご苦労様。帰っていいよ。ぼく等がやるから」なんて言い出す始末。
 先生は苦い顔をしてたしなめた。
 「掃除当番はそういうもんじゃないんだよ。自分たちの使っている教室を自分たちできれいにする。みんなで交代でやるんだよ。当番というものはそういう意味合いをもっているんだからね、帰っていいとかそういう問題じゃない。ましてや、内申書をAにしてくれだなんて問題外だよ」
 いつも先生が言ってることで、今更マサルたちがそれを聞いても態度を改めるようなことはないんじゃないかな、と僕は思って聞いていた。そして、マサルたちも耳にタコだから、ふんふんと生返事をして掃除を続けるのかと僕は思っていた。
 ところが、マサルは突然手を休め棒のように突っ立ってつぶやくようにこんなことを言ったんだ。
 「センセイ、それじゃ掃除をしても内申書の生活態度はAにならないんですか?なるんですか?どっちなんですか?だいたい、学校は勉強をするところで、掃除をするところではない。掃除は業者を頼めばいいって、ママが言ってました。自分たちの使う教室を自分たちできれいにするという発想なら、給食も自分たちで作らなければならないということになるけど、業者にたのんでいるじゃないですか。掃除だっておんなじはずだって、ママが言ってました」
 それを聞いていた、やはり受験組みのサトウくんがビックリしてとめようとした。
 「マサル、何を言い出すんだ!内申書を良くしてもらおうって言い出したのマサルじゃないか。そんなぶち壊すようなことを言って・・・」
 しかし、その制止をあざ笑うかのように、今度はスズキくんがやっぱり棒のように突っ立ってこんなことをつぶやきはじめた。
 「センセイ。今どき箒なんて遅れていますよね。なんで掃除機じゃないんですか。本当にきれいにしようと思ったら掃除機を使ったほうがきれいになるじゃないですか。
全く、今の公立の学校は時代に対する対応が遅れてますね。
黒板にしてもチョークの粉がセンセイの肺の中に入る、最前列の生徒の口の中に入る。衛生的に良くないことを学校ではしているんじゃないですか。なんで電子黒板を使わないんですか。電子黒板にすれば、黒板に書くという時、センセイは後を向かなくてすみますね。机に座ってパソコンに入力すればいいし、生徒が書き写しそこなったら、前の画面を出して見せることも出来るんです。私立の学校では、すでに電子化しているところがあるそうですね。
何かにつけて公立の学校は時代感覚がなく、対応が遅れているってパパが言ってました。それというのも不要な書類作成が多く、手続きが煩雑なためだって。そしてそれを改革しようという頭の持ち主がまずいないって。
教育も民営化すべきですね。けど、貧乏人のために公立の学校というのは残さざるをえないから、われわれ金持ちは自主的に民営化し、自由競争によってレベルアップした私立学校を選びとる、と、それしかないと。こうして教育格差が広がるのは止むを得ない、とパパがそう言ってました」
 スズキくんまでそんな調子になったので、サトウくんは最初アワワ状態だったが、だんだん様子がおかしくなってきた。 
 「センセイ。ぼくはこの二人とは違いますからね。この二人はぼくとは関係ありません。ぼくは大体、短距離走で都連の記録を持っていますから、運動の名門校からオファーがきているんです。こいつらみたいに、実力もないのに見栄や差別化で私立に行こうとしてるんじゃないんです。センセイだってクラスからスポーツ推薦で名門校に行った子が出たらハナが高いでしょう?それにぼくいい子だし、先生が悪い内申書を書くはず無いって、ママもパパも言ってました。だからこいつらと一緒にしないでください」
 先生は口をぽかんと開けてあきれかえってしまっていた。しかし、ぼくは危うく腰を抜かしかけた。
 というのも、マサルたちの間には、あの、アマノジャクの“屁”たちが3体、いつのまにふって湧いたのか佇んでいたからだった。
 教室の入り口ではゲンガクが腕組みした状態で戸枠に寄りかかってニヤニヤしている。
 お前が連れ込んだのか?この“屁”たちを?
 ゲンガクはニヤニヤして両手を持ち上げた。
どちらともとれる仕種だ。ぼくは心配になってぼくの身の回りとヤッチンの身の回りをみまわした。とりあえず、ぼくらの周りには何もなかった。
 「心配しなさんなって」
 ゲンガクは言った。
 「なーに、おいらがやらなくったって、早晩こいつらはここに来るさ。だって、こいつらは自分たちの中にあるものと同じものをもったやつに引かれてくるんだから。しかしこりゃあいいや。面白い見ものだ」
 ゲンガクはゲラゲラ笑い出した。
 件の3人は?と見れば、言いたいことをしゃべってしまったせいか、はっと我にかえって互いに顔を見合わせていた。そして急に狂ったように「わーっ」という叫び声をあげるとベランダに走り出た。
 「もう、おしまいだ。受験もアウトだ。ママに叱られる。パパに叱られる。もう死ぬしかない!」
 そんなことをわめきながら、なんとベランダの手すりに足をかけたではないか!
 先生はビックリしてベランダに飛び出し、「やめろ!やめるんだ!」とマサルたちをかわるがわるベランダの手すりから引き離した。 
 引き離されたマサルたちは、いったんベランダの床にしりもちをついていたが、立ち上がるとあっというまに教室に戻り、ベランダの戸を閉めると鍵をかけて教室の外に走り去った。
 あっ、5年2組・・・。
 とっさにそう思った。ゲンガクの例の耳障りな高笑いが続いている。
 おまえ、うるさいんだよ。どっかいけよ。
ぼくがそう思うと、ゲンガクはハイハイ、というように手を振ってアマノジャクの“屁”たちとともに廊下に消え去った。
 「まったく」
 先生はベランダで舌打ちをしていた。
「掃除の最中だから、窓が開いてるんだよな。あいつらったら、まったくぬかってるったらありゃしない。おーい、矢島、窓から入ってもいいんだけどさ、戸の鍵開けてくれる?」
 ヤッチンは戸の鍵を開けにいった。
 「ありがとうな。きみたちなら生活態度、文句無くAをつけるんだけどな。受験しなくて残念だな。しかし、あいつら受験のストレスかな。今の子はたいへんだな。昔は中学受験なんてなかったもんな」
 先生はおこっていなかった。

その夜、学校で大変なことが起こった。
 深夜、学校の校庭に少年達が入り込んでタムロし、タバコを喫うという事件がおきた。警備員さんが駆けつけて注意をすると、少年達は校舎の窓ガラスを棒のようなもので叩き壊すなどして逃げたという。幸い警備員さんに怪我はなかったが、それからというもの、時折投石などで校舎の窓ガラスが割られるということが多発するようになった。

 

おうまがとき

2008-11-12 11:02:01 | ほら、ホラーだよ

ほら、ホラーだよpart.31

 冬は日が短い。掃除当番なんかしてちょっとぐずぐずしていると、下校する頃は薄暗くなりはじめる。
 その薄暗くなりかけた頃から日没までの間を“おうまがとき”というらしいんだけど、その時間帯はあまり人が見えないようなものがぼくには見える。
 国道ぞいの交通事故が多い場所では、そこで事故にあったらしい人たちの姿が、ぼうっと見える。
 道端をふらふら歩いている浮遊霊のようなものも見える。たいていは通りすがりだけれど、いつも決まって出てくる常連さんもいる。“ティッシュ配り”ってぼくはひそかによんでいるんだけど、そいつは道を行く人に近寄っていって、何かを手渡そうとするんだ。だけど、道行く人は見えないから無視して通り過ぎる。中には何かを感じて顔を向ける人がいるけれど、そこまでで、見えているわけではないからやっぱり無視して通り過ぎる。
 ぼくのところにもやってくる。ぼくは見えてるけど、みんなと同じように無視して通り過ぎる。すれ違いざま、そいつがこんなことをつぶやいてるのが聞こえる。
 「ねえ、おくれよう、きてくれよう、おくれよう、きてくれよう」
 要するに、そいつは何かを渡すと見せかけて、何かがほしいんだ。そして、うっかりそいつが手渡そうとしたものを受け取りなんぞしたら、そのとたんにそいつは受け取った人をどこかに連れて行こうとするに違いない。ああいうのに関わったらどうせろくなことにはならない。無視するに限るんだ。
 まあそんなふうに、この世ならぬものが、夕暮れ間近になると見えるんだけれど、ここ最近、そうしたお馴染みさん達にまじって、アマノジャクの“屁”をちらほら見かけるようになった。多いときは、学校から家に帰る間に3回くらい出くわすときがある。
 「あのアマノジャクの“屁”なんだけど・・・」
 ある日、例によって部屋にたむろしている座敷おやじたちになんとなく話をきりだした。
 「うむ?アマノジャクの“屁”がどうかしたか?」
 「あれ、最近、増えてるみたいなんだけど」
 「うむ。増えてる」
 「なんで?」
 「なんでって、あの手のものは増えるじゃろう。なにしろ人間が次から次へとものを思うわけじゃからのう」
 「だけど、なんでここらへんをうろついてるの?」
 「多分、あの中に詰まっている“思い”たちが、“思い”を発した張本人を訪ね歩いているんじゃないかな?」
 「訪ね歩いてどうするの?」
 「さあ、どうするんかのう?アマノジャクよ。あれ、何をやらかすつもりなんじゃ?」
 座敷オヤジは傍らのアマノジャクを振り向いて言った。アマノジャクは知りませんというように両手を持ち上げ、肩をすくめた。
 「ところでアマノジャクよ、おぬしは国に帰らなくていいのか?要するにだな、その張本人のところへだ」
 アマノジャクはすぐには答えず、なぜかオキビキとごそごそ相談を始めた。相談がまとまったらしい。発表はオキビキからあった。
 「アマノジャクはまだ誰も食ってないから、いわゆる帰る先がないそうでやすよ」
 「おお、そうじゃった。うちのアマノジャクはニートじゃったな。そうか、するとアマノジャクとアマノジャクの“屁”とは、やはり出来が違うのかな? わしはまた、アマノジャクも“屁”のようなもんだと思っておったがのう」
 それを聞いて、アマノジャクはとんでもないというように手を振った。そしてまたオキビキに耳打ちをしている。
 「ふむ、ふむ」
 そしてまたオキビキはアマノジャクの代弁をして言った。
 「なんでも“屁”のなかに詰まっている思いは、思いを発した張本人が、『いやあ、考えてみるとあいつに悪かったかな』などと思いを打ち消すと消えてなくなるんだそうでやす。すると “屁”は少しだけ小さくなるそうで、逆に、『やっぱりあいつ、けしからん』なんて重ねて思うと、思いは大きくなり、“屁”も大きくなるんだそうでやす。つまり、あの“屁”と、思いを発した張本人たちとはハイパーリンクしてるんでやすね」
 「ほほう」
 「そりゃ、ハイテクじゃなあ」
居並ぶものどもは感心したように声を上げた。
 「それじゃ聞くが、アマノジャクの中に詰まっているもんはなんなのじゃ?」
 座敷オヤジが訊ねた。
 「へえ、それは、」
 あらかじめ聞いていたらしくて、オキビキは即座に答えた。
 「中身は空っぽだそうでやす」
 「空っぽ?」
 「へえ、だから満たしたいんだそうでやすよ。人間で」
 「なんて危険なヤツなんじゃ!」
 再び満場がざわついた。危険なヤツといわれて、アマノジャクはまんざらでもなさそうだった。
 「いやいやいや」
 オキビキは立ち上がってあたりを静めるようなしぐさをした。
 「アマノジャクが人を食うって言ってもね、要するに憑依でやすよ。憑依。皆さんも多かれ少なかれやってるでしょう?ちょこっと取り憑いて欲望を満たすってやつ」
 「あー、それかあ・・・・」
 どうやらみんなやってるらしい。とんでもないやつらだ。
 「あまのじゃくはね、ちょこっとだけじゃないんです。丸ごと飲み込むんです。ここだけの話ですけどね、アマノジャクに誰かを食ってもらいたいという依頼をした段階で、実は依頼主のほうにアマノジャクは取り憑くんでやす。そして、相手に対して憎しみの攻撃を仕掛ける。相手がそれに対し、憎しみを返して報復でもすれば、ありがとうございます。あなたも頂きますって、たちまちそいつも飲み込んでしまうわけです。こうして激しい憎しみを持つ妖怪のような人間が二つ出来上がるわけです。そして、ひとつの憑依が完了すると、騒ぎを起こしたいという意思だけを持つ、中身が空っぽな、うちのアマノジャクみたいなのが新たに誕生し、次の獲物を求めてこうして東(あづま)くんだりまでふらふらとやってくるというわけでやす。」
 アマノジャクは空中に浮かび上がってふらふらして見せ、サービスで一回転して見せた。
それを見ながらオキビキは語り続ける。
 「いやー、アマノジャクにとって“屁”は文字通り“すかしっぺ”らしいっすね。うちのアマノジャクはなぜか自分の腹を満たすような、激しい憎しみを持ったやつに出くわさないんだそうでやす。酒場で会った人間も、小さな、カスのような不満をちょろちょろ吐き出すだけで、とても腹いっぱいにはなりやせん。それでも数あつまると、一応腹はふくれて分裂していくんでやすが、憑依する相手が特定できないもんだからそこらへんをふらふらと浮遊するんですね。“屁”たちは多分、取り憑く相手を探してここまでやってきたとは思うんですが、まあ、『なんでおれんとこくるんだ。他にもいるだろう。他に行ってくれ』ってあっちこっちで断られてさまよっているんじゃないでしょうかね、多分」
 その時アマノジャクが一言つぶやいた。
 「カワイソウ」
 なーにが「カワイソウ」だ。“屁”なんかいっぱい撒き散らして。あれ、公害じゃないのか?全く迷惑だったらありゃしない。 まあ、仕方がないか。妖怪だからね。

ところでアマノジャクの“屁”があたりをうろついていることと関係があるのかないのか、学校ではこのところ問題が多発していた。
5年2組では先生がベランダに締め出されるという事件が起きた。
「5年っていうと、確かヤッチンの妹、5年じゃなかった?」
ぼくはヤッチンに聞いた。
「ああ、5年だけど、妹は1組なんだ。先生がベランダに締め出されたのは2組。あそこはほとんど学級崩壊だそうだよ」
「へー」
クラスが違うということで、ヤッチンはそれ以上のことは知らない様子だった。
 しかし、この手の情報に詳しいのがうちのクラスに一人いた。
八木沢由美子。自称・クラスのジャーナリスト。陰のあだ名は盗聴器。
「首謀者は医者の息子らしいわよ。それとその取り巻きだって。なんでも一学期、その医者の息子の体育の成績に先生は3をつけたんだって。そしたらどうして3なんだ、って親がねじ込んだらしいの。それからなにかにつけて親は先生にいちゃもんをつけるわ、先生はその腹いせのように生徒にいやみを言うわで、だんだん泥沼の戦いになったんだって。それであの事件なのよ。5年2組では臨時の父母会が開かれて、そこで、先生は指導力不足ということで担任をおろされたそうよ。元2組の先生は“うつ”になって学校にこなくなったって。5年2組は来年の3月まで教頭先生が担任を兼任するんだって。でも、教頭先生って授業以外で忙しいでしょう。しょっちゅう5年2組は自習だそうよ。だけど、5年生受け持つの大変だよね。体はでかくなってるし、生意気になるし、なんの縛りもないしさ。そこいくと6年は内申書っていう伝家の宝刀があるから、先生もいちおう、助かってるんじゃないかな」