ほら、ホラーだよpart.15
丸モジャ眼鏡はガラスケースから“ぼく”に変身したモルモットをつまみ出すと、先ほどまで猫が寝そべっていた机の上に置いた。
その“ぼく”は“ぼく”の姿をしているのだけれど、いかにもモルモット的な動き方で、逃げ出す経路を探すためにテーブルの端にそってセコセコと動き回っていた。下に落ちそうになるので手で押し戻すと、おびえて背をまるめうずくまった。そして、手を引っ込めるとまたもぞもぞと動き出し、ということを繰り返した。そのみじめったらしい姿をみていたら、ぼくはものすごく不愉快になった。こういうのやめてくれないかな、と言おうとするのだけれど、丸モジャ眼鏡はなおも笑いつづけており、
「わしゃ、天才じゃな、うん、わしゃ天才じゃ」などと得意満面だった。
さすがのぼくも腹に据えかねた。
「おじさん」
「ん?なんじゃらほい」
「なんなのこれ」
「見てわからんか?立体コピーじゃよ。忙しくて体が二つ必要なんてときに便利じゃぞ」
「モルモットにコピーしたって何の役にもたたないよ。ただ逃げ出そうとしてるだけじゃない」
「坊やと同じぐらいの子供にコピーすればいいがな」
簡単そうに言うけど、そんな子どうやって探せばいいのさ。“ぼく”のコピーになって嬉しいやつなんているのか?しかもぼくの変わりになってぼくがしてほしいことをしてくれるやつなんて。そりゃ、ぼくの代りに学校行ってくれたり、掃除当番やってくれたりするやつがいれば便利だよな。それからぼくの場合はさ、例えば八木沢由美子が近寄ってきたら、ぼくはそいつに身代わりをさせて逃げるなんてこともできる。
しかし待てよ。
その後どうなるんだろう。そいつが勝手に八木沢由美子と仲良くなった後で、そいつが消えてしまったとしたら、前よりいっそうぼくが八木沢由美子に付きまとわれることになるのかな?
それはまずい。それはさけたい。
ではこうしたらどうだろう。そいつに、八木沢由美子にさんざ嫌われるようなことを言うようにたのむ。
いや、だめだな。やっぱりそいつが消えたあと、さんざん悪口を言ったとかで学活でつるし上げられるのはこのぼくだ。この前みたいに。やっぱ使えない。
しかし待てよ。
ぼくの知らないところで、そのコピーが現れて、勝手にいろんな悪いことをしでかした後で消えてしまったとしたら、ぼくがその悪いことの全責任をとらされるんじゃないか?ぼくは全く、何にも知らないし、してないのに。それって、めちゃめちゃ迷惑じゃないか。
しかし待てよ。
そいつはいつまでぼくのままでいるのだろう。コピーすればぼくができるということは、ふやそうと思えば、ぼくが何人でもできるということじゃないか?
そうだよな。コピーするのはものの5分とかからなかった。コピー用紙ならぬコピー要員さえいればうじゃうじゃぼくが出現する可能性だってあるってわけだ。
すると、本物のぼくはどれ?ということになって、パパとママが選ぶことになったとして、「うちの息子はこれです!」って言った子が、ぼくではなかったとしたら、いったいぼくはどうなるんだろう?
考えれば考えるほど、まずいこと山積みではないか。
「おじさん、やめてよ。これ、消してよ」
「もうすぐ消えるよ」
丸モジャ眼鏡は先ほどのハイテンションとうってかわってなぜかすっかり沈み込んで言った。
そういえばモルモットの“ぼく”の様子が変だ。なんかどんどん形がくずれていく。モルモットの“ぼく”の部分が生えかわっていく抜け毛みたいにまだらにはげ落ちていき、ごちゃまぜ生物みたいというか、薄気味悪い姿というか、目をこすってもはっきりしないというような不可思議な見え方をしてきて、やがてそれはすっかりモルモットの姿に戻った。
「昼間はせいぜい持っても3~4分といったところだ。夜、薄暗い部屋なら3~4時間くらいもつんだが…太陽光線に負けて消えてしまうんだ…どうすればいいかわからん。限界じゃ…おてあげじゃ…わしゃまったく能無しじゃ」
丸モジャ眼鏡はがっくり肩を落としてモルモットをもとの篭にしまうと、モルモットの“ぼく”がセコセコ動き回っていた机の前に座り込み、頭をかかえてさめざめと泣き出した。
今度は泣くのかよ。さっきは天才とはしゃいでいたくせに、今度は能無しと自分で言って落ち込むなんて。落ち込むことないじゃないか。立体コピーができることだけでもすごいんだから。そして、これでいいのさ。立体コピーかなんか知らないが、そんなコピーが明るい太陽の下、町中を動き回られたんじゃかなわない。
ぼくは泣きじゃくっている丸モジャ眼鏡を後に残し、部屋を出て、先ほど通ってきた道筋を取って返した。
アパートを出ると玄関先でお手伝いさんとこの子と白鳥明日香ちゃんが遊んでいた。ぼくは白鳥明日香ちゃんに声をかけようと思って近づいたが、その時、その女の子が白鳥明日香ちゃんではなくて、似てはいるけれども全くの別人であることに気付いた。顔をよく見ると、目のくっきりしたラインとか唇の端の持ち上がり方など細かい部分がちょっと違う。というより、全体の感じが全く違っていた。白鳥明日香ちゃんはもっと姿勢がいいというか、さっそうとした雰囲気を持っていて、瞳ももっと深く澄んだ感じなんだ。
目の前にいる女の子には、そうした自信とか知性とかいった、いい香りのする空気が感じられなかった。
形が似ていても、持ってる中身が違うとこんなに違うんだ。ぼくは先ほどの、モルモットの“ぼく”を思い出しながらそう思った。
家に帰ると、ぼくの部屋にはまたぞろ座敷オヤジとオキビキとアマノジャクに占領されていた。こいつらも迷惑だけれど、先ほどの丸モジャ眼鏡の迷惑度に比べるとまだかわいいものだ。無視すればすむのだから。確かにこういう環境で勉強は出来ない。仕方がないからぼくは机に向かってDSをやることにした。時折、オヤジたちの会談の断片が耳に飛び込んでくる。どうやら飲みにいく相談をしているようだ。
「呑スケのところ」
こいつらの新しい友だちのところだな。
「あいつに案内させて」
なるほど。
「おまえもいつまでもニートじゃな」
え?誰のことを言ってるんだ?
「はい、初仕事をしないとご先祖さまに顔向けが…不平分子を一人でも増やし、現政権に対し反旗をひるがえさねば…」
ああ、ニートってアマノジャクのことか。
「酒飲んでクダを巻いてる連中にそんな気概があるかどうかわかんねえけどな、おいらにとっちゃ稼げる場所だあな。なにしろ酔っ払いは忘れ物、落し物が多いと相場は決まってらあな」
オキビキだ。するとオキビキは人の持ち物を掠め取るために、アマノジャクは人を食うために行くのか?まったく、やっぱりとんでもないやつらだ。
座敷オヤジは何をする気で行くのだろう。
「わしは行かれん。留守を護ってるでな。おまえらだけで行って来い。帰ってきたら首尾を聞かせてくれ」
見るとみんなで寝そべって鼻くそをほじっている。あ、こら、ほじった鼻くそを畳に落とすな。
「じゃ、そういうことで」
とオキビキ。そして、ドロンと3人とも消えた。
「おーい、なにがそういうことで、だよ。鼻くそ、掃除していけよ」
とぼくは言ったが、もう遅かった。
向こうがその気のないときは呼べど叫べど絶対出てこない。出たい時は向こうの都合だけで出てくるくせに。これって理不尽じゃないか?
やむなくぼくは二階にある納戸に掃除機を取りに行った。すると、いちばん端にある8畳間からお手伝いさんの声が聞こえた。
その部屋は、もともと客間だったが、長いことそこにお客さんが泊まることはなく、お歳暮やらお中元やらの贈答品や、ストーブや扇風機といった季節道具の物置になっていた。
そこからお手伝いさんの声が聞こえたので、ははあ、今はその部屋の掃除と荷物の整理をママから頼まれているなとは思ったが、しかしいったい誰と話しているのだろう。
「これは捨てられませんね。ずっと大事に持ってなきゃね。はい、だから、この押入れの隅のほうにね。ええと掃除機」
そこで襖がガラリと開いて、お手伝いさんが出てきた。
「あれ、坊ちゃま」
「ごめん、掃除機、ぼくの方はすぐすむからちょっと先に使わせて。ところで誰と話してたの?」
「え?い、いえ、誰とも。ひとり言ですよ。奥さんにね、品物を検めて、リストを作ってくれって言われたものですから…」
ぼくはちょっとだけ首を伸ばして8畳をうかがった。確かに誰もいなかった。
その夜、床について意識が遠のき、心地よいまどろみが訪れたとき、何故か急に胸のあたりが重苦しくなった。それだけではない。身体が押さえつけられたみたいに身動きが取れなくなった。いわゆる、金縛りと言いうヤツではないかとぼくは思ったが、こうした金縛りに合うのは実はこれが初めてだった。
丸モジャ眼鏡はガラスケースから“ぼく”に変身したモルモットをつまみ出すと、先ほどまで猫が寝そべっていた机の上に置いた。
その“ぼく”は“ぼく”の姿をしているのだけれど、いかにもモルモット的な動き方で、逃げ出す経路を探すためにテーブルの端にそってセコセコと動き回っていた。下に落ちそうになるので手で押し戻すと、おびえて背をまるめうずくまった。そして、手を引っ込めるとまたもぞもぞと動き出し、ということを繰り返した。そのみじめったらしい姿をみていたら、ぼくはものすごく不愉快になった。こういうのやめてくれないかな、と言おうとするのだけれど、丸モジャ眼鏡はなおも笑いつづけており、
「わしゃ、天才じゃな、うん、わしゃ天才じゃ」などと得意満面だった。
さすがのぼくも腹に据えかねた。
「おじさん」
「ん?なんじゃらほい」
「なんなのこれ」
「見てわからんか?立体コピーじゃよ。忙しくて体が二つ必要なんてときに便利じゃぞ」
「モルモットにコピーしたって何の役にもたたないよ。ただ逃げ出そうとしてるだけじゃない」
「坊やと同じぐらいの子供にコピーすればいいがな」
簡単そうに言うけど、そんな子どうやって探せばいいのさ。“ぼく”のコピーになって嬉しいやつなんているのか?しかもぼくの変わりになってぼくがしてほしいことをしてくれるやつなんて。そりゃ、ぼくの代りに学校行ってくれたり、掃除当番やってくれたりするやつがいれば便利だよな。それからぼくの場合はさ、例えば八木沢由美子が近寄ってきたら、ぼくはそいつに身代わりをさせて逃げるなんてこともできる。
しかし待てよ。
その後どうなるんだろう。そいつが勝手に八木沢由美子と仲良くなった後で、そいつが消えてしまったとしたら、前よりいっそうぼくが八木沢由美子に付きまとわれることになるのかな?
それはまずい。それはさけたい。
ではこうしたらどうだろう。そいつに、八木沢由美子にさんざ嫌われるようなことを言うようにたのむ。
いや、だめだな。やっぱりそいつが消えたあと、さんざん悪口を言ったとかで学活でつるし上げられるのはこのぼくだ。この前みたいに。やっぱ使えない。
しかし待てよ。
ぼくの知らないところで、そのコピーが現れて、勝手にいろんな悪いことをしでかした後で消えてしまったとしたら、ぼくがその悪いことの全責任をとらされるんじゃないか?ぼくは全く、何にも知らないし、してないのに。それって、めちゃめちゃ迷惑じゃないか。
しかし待てよ。
そいつはいつまでぼくのままでいるのだろう。コピーすればぼくができるということは、ふやそうと思えば、ぼくが何人でもできるということじゃないか?
そうだよな。コピーするのはものの5分とかからなかった。コピー用紙ならぬコピー要員さえいればうじゃうじゃぼくが出現する可能性だってあるってわけだ。
すると、本物のぼくはどれ?ということになって、パパとママが選ぶことになったとして、「うちの息子はこれです!」って言った子が、ぼくではなかったとしたら、いったいぼくはどうなるんだろう?
考えれば考えるほど、まずいこと山積みではないか。
「おじさん、やめてよ。これ、消してよ」
「もうすぐ消えるよ」
丸モジャ眼鏡は先ほどのハイテンションとうってかわってなぜかすっかり沈み込んで言った。
そういえばモルモットの“ぼく”の様子が変だ。なんかどんどん形がくずれていく。モルモットの“ぼく”の部分が生えかわっていく抜け毛みたいにまだらにはげ落ちていき、ごちゃまぜ生物みたいというか、薄気味悪い姿というか、目をこすってもはっきりしないというような不可思議な見え方をしてきて、やがてそれはすっかりモルモットの姿に戻った。
「昼間はせいぜい持っても3~4分といったところだ。夜、薄暗い部屋なら3~4時間くらいもつんだが…太陽光線に負けて消えてしまうんだ…どうすればいいかわからん。限界じゃ…おてあげじゃ…わしゃまったく能無しじゃ」
丸モジャ眼鏡はがっくり肩を落としてモルモットをもとの篭にしまうと、モルモットの“ぼく”がセコセコ動き回っていた机の前に座り込み、頭をかかえてさめざめと泣き出した。
今度は泣くのかよ。さっきは天才とはしゃいでいたくせに、今度は能無しと自分で言って落ち込むなんて。落ち込むことないじゃないか。立体コピーができることだけでもすごいんだから。そして、これでいいのさ。立体コピーかなんか知らないが、そんなコピーが明るい太陽の下、町中を動き回られたんじゃかなわない。
ぼくは泣きじゃくっている丸モジャ眼鏡を後に残し、部屋を出て、先ほど通ってきた道筋を取って返した。
アパートを出ると玄関先でお手伝いさんとこの子と白鳥明日香ちゃんが遊んでいた。ぼくは白鳥明日香ちゃんに声をかけようと思って近づいたが、その時、その女の子が白鳥明日香ちゃんではなくて、似てはいるけれども全くの別人であることに気付いた。顔をよく見ると、目のくっきりしたラインとか唇の端の持ち上がり方など細かい部分がちょっと違う。というより、全体の感じが全く違っていた。白鳥明日香ちゃんはもっと姿勢がいいというか、さっそうとした雰囲気を持っていて、瞳ももっと深く澄んだ感じなんだ。
目の前にいる女の子には、そうした自信とか知性とかいった、いい香りのする空気が感じられなかった。
形が似ていても、持ってる中身が違うとこんなに違うんだ。ぼくは先ほどの、モルモットの“ぼく”を思い出しながらそう思った。
家に帰ると、ぼくの部屋にはまたぞろ座敷オヤジとオキビキとアマノジャクに占領されていた。こいつらも迷惑だけれど、先ほどの丸モジャ眼鏡の迷惑度に比べるとまだかわいいものだ。無視すればすむのだから。確かにこういう環境で勉強は出来ない。仕方がないからぼくは机に向かってDSをやることにした。時折、オヤジたちの会談の断片が耳に飛び込んでくる。どうやら飲みにいく相談をしているようだ。
「呑スケのところ」
こいつらの新しい友だちのところだな。
「あいつに案内させて」
なるほど。
「おまえもいつまでもニートじゃな」
え?誰のことを言ってるんだ?
「はい、初仕事をしないとご先祖さまに顔向けが…不平分子を一人でも増やし、現政権に対し反旗をひるがえさねば…」
ああ、ニートってアマノジャクのことか。
「酒飲んでクダを巻いてる連中にそんな気概があるかどうかわかんねえけどな、おいらにとっちゃ稼げる場所だあな。なにしろ酔っ払いは忘れ物、落し物が多いと相場は決まってらあな」
オキビキだ。するとオキビキは人の持ち物を掠め取るために、アマノジャクは人を食うために行くのか?まったく、やっぱりとんでもないやつらだ。
座敷オヤジは何をする気で行くのだろう。
「わしは行かれん。留守を護ってるでな。おまえらだけで行って来い。帰ってきたら首尾を聞かせてくれ」
見るとみんなで寝そべって鼻くそをほじっている。あ、こら、ほじった鼻くそを畳に落とすな。
「じゃ、そういうことで」
とオキビキ。そして、ドロンと3人とも消えた。
「おーい、なにがそういうことで、だよ。鼻くそ、掃除していけよ」
とぼくは言ったが、もう遅かった。
向こうがその気のないときは呼べど叫べど絶対出てこない。出たい時は向こうの都合だけで出てくるくせに。これって理不尽じゃないか?
やむなくぼくは二階にある納戸に掃除機を取りに行った。すると、いちばん端にある8畳間からお手伝いさんの声が聞こえた。
その部屋は、もともと客間だったが、長いことそこにお客さんが泊まることはなく、お歳暮やらお中元やらの贈答品や、ストーブや扇風機といった季節道具の物置になっていた。
そこからお手伝いさんの声が聞こえたので、ははあ、今はその部屋の掃除と荷物の整理をママから頼まれているなとは思ったが、しかしいったい誰と話しているのだろう。
「これは捨てられませんね。ずっと大事に持ってなきゃね。はい、だから、この押入れの隅のほうにね。ええと掃除機」
そこで襖がガラリと開いて、お手伝いさんが出てきた。
「あれ、坊ちゃま」
「ごめん、掃除機、ぼくの方はすぐすむからちょっと先に使わせて。ところで誰と話してたの?」
「え?い、いえ、誰とも。ひとり言ですよ。奥さんにね、品物を検めて、リストを作ってくれって言われたものですから…」
ぼくはちょっとだけ首を伸ばして8畳をうかがった。確かに誰もいなかった。
その夜、床について意識が遠のき、心地よいまどろみが訪れたとき、何故か急に胸のあたりが重苦しくなった。それだけではない。身体が押さえつけられたみたいに身動きが取れなくなった。いわゆる、金縛りと言いうヤツではないかとぼくは思ったが、こうした金縛りに合うのは実はこれが初めてだった。