3次元紀行

手ぶらで地球にやって来ました。生きていくのはたいへん。そんな日々を標本にしてみました。

父の旋律 1

2012-03-03 15:19:20 | 小説

 美音(みね)が大学3年生になった春。 
朝からどこかに出かけていた母が、夕方、大きな風呂敷包みを下げて帰ってきた。
 それをドンと、テーブルの上に乗せた。

「なに、これ?」
 と美音(みね)は聞いた。

「お父さんよ」
 骨壷だった。

 父といっても、3歳のとき以来、ずっと会っていない。
 憶えてさえもいない。
 母からは、
「別れてそれっきり。どこで何してるか知らない。音信不通よ」
 と、聞かされていた。

 が、訃報によって、あらためて明かされた。
 母は父の居場所を知っていたし、おまけに、離婚もしていなかった。

「お父さんどこにいたの?」
「飯能(はんのう)」
「飯能って、西武線の?」
「そう」
「あそこ、東京都だっけ?」
「埼玉県」
「そんなところで何してたの?」
「さあ、何してたんだか。お父さんの実家なのよね。そこ」

 役所から「引き取りますか」という打診があったので引き取ることにし、ついでに紹介された焼き場にも寄ってきたのだという。

「前から知ってたの? 飯能にいること」

「いることぐらいわね」
 ややおいて、母は言い添えた。

「なんで教えてくれなかったのかって言いたい?」
「まあ……」
「家族がわずらわしいから、別れたいと言ったのはあの人のほうなのよ。だからあなたにも訪ねていってほしくなかったの」

 四十九日になったら、飯能にある先祖代々の墓所にお骨を納めにいくという。
「その時は一緒にいきましょう」
 と母は言った。

 父は音楽家だった。
美音が3歳になった時、美音の学資保険を勝手に解約して、何の相談も無く、中古のスタンウエィを買ってきてしまったのが、別れるきっかけになった……と、それだけは聞いていた。
 それ以上、あれこれ聞こうとすると、母はあからさまに嫌な顔をした。
「話すと、結局、悪口になるから言わない」と言って、口をつぐんだ。
 四十九日は、納骨のあと、父が住んでいた家に寄ることになっている。

「片付けにいかなきゃならないの。もう誰も住んでいないのよ。5年ほど前、向こうのお父さんが亡くなってから、あの人、ずっと独り暮らしだったらしいの」
 と、母は言った。

 美音は、写真などで見たことのある音楽家の書斎を思い浮かべた。
部屋の真ん中にグランドピアノ。窓際の飴色をしたライトテーブルの上には書きかけの五線譜。猫足の書棚には楽譜がぎっしりと収められ、壁には静物を描いた絵画……。

 いろいろ探してみよう。
例えば、机の中には何があるだろう?
日記とか、手紙とか、昔の写真?

 胸に期待がひろがった。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 はい、さる文学賞に応募して、また落選いたしました。
よって、ここにUPさせて頂きます。応募原稿は400字詰め50枚という制限がありましたが、今回は読み直しながら、手を加えてUPしていきたいかなと思っております。