美音(みね)が大学3年生になった春。
朝からどこかに出かけていた母が、夕方、大きな風呂敷包みを下げて帰ってきた。
それをドンと、テーブルの上に乗せた。
「なに、これ?」
と美音(みね)は聞いた。
「お父さんよ」
骨壷だった。
父といっても、3歳のとき以来、ずっと会っていない。
憶えてさえもいない。
母からは、
「別れてそれっきり。どこで何してるか知らない。音信不通よ」
と、聞かされていた。
が、訃報によって、あらためて明かされた。
母は父の居場所を知っていたし、おまけに、離婚もしていなかった。
「お父さんどこにいたの?」
「飯能(はんのう)」
「飯能って、西武線の?」
「そう」
「あそこ、東京都だっけ?」
「埼玉県」
「そんなところで何してたの?」
「さあ、何してたんだか。お父さんの実家なのよね。そこ」
役所から「引き取りますか」という打診があったので引き取ることにし、ついでに紹介された焼き場にも寄ってきたのだという。
「前から知ってたの? 飯能にいること」
「いることぐらいわね」
ややおいて、母は言い添えた。
「なんで教えてくれなかったのかって言いたい?」
「まあ……」
「家族がわずらわしいから、別れたいと言ったのはあの人のほうなのよ。だからあなたにも訪ねていってほしくなかったの」
四十九日になったら、飯能にある先祖代々の墓所にお骨を納めにいくという。
「その時は一緒にいきましょう」
と母は言った。
父は音楽家だった。
美音が3歳になった時、美音の学資保険を勝手に解約して、何の相談も無く、中古のスタンウエィを買ってきてしまったのが、別れるきっかけになった……と、それだけは聞いていた。
それ以上、あれこれ聞こうとすると、母はあからさまに嫌な顔をした。
「話すと、結局、悪口になるから言わない」と言って、口をつぐんだ。
四十九日は、納骨のあと、父が住んでいた家に寄ることになっている。
「片付けにいかなきゃならないの。もう誰も住んでいないのよ。5年ほど前、向こうのお父さんが亡くなってから、あの人、ずっと独り暮らしだったらしいの」
と、母は言った。
美音は、写真などで見たことのある音楽家の書斎を思い浮かべた。
部屋の真ん中にグランドピアノ。窓際の飴色をしたライトテーブルの上には書きかけの五線譜。猫足の書棚には楽譜がぎっしりと収められ、壁には静物を描いた絵画……。
いろいろ探してみよう。
例えば、机の中には何があるだろう?
日記とか、手紙とか、昔の写真?
胸に期待がひろがった。
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はい、さる文学賞に応募して、また落選いたしました。
よって、ここにUPさせて頂きます。応募原稿は400字詰め50枚という制限がありましたが、今回は読み直しながら、手を加えてUPしていきたいかなと思っております。