『鶏太とひよ子』の最終章をお送りしたいと思います。
(過去分である第1章~第7章はこの記事です⇒★★★「コメント欄」参照ください。)
中にはずっと読んでくださっていた方もいらっしゃるようで...。
何となく書き出してしまってモノにも関わらずありがとうございます。m(__)m
思えばこぐまさんの
ひよ子って、「子」だけ漢字なんですよね。
もしかしたら、人の名前だったのかも知れませんね。
というコメントがスタートだったんですよねぇ...(^_^;)
しかし、こぐま先生にもお時間を取らせてしまう事になっているので、
ここで一気に「最終章」を書き上げてしまいました。www
エリア88司令官、サキ・ヴァシュタールの言葉を借りれば
「始まりは無数にあった... だが... もう全てを終わりにしたい...」ってな感じです。www
昼メシも食わずにこんな事しているオレ様っていったい..._| ̄|○
とにかくお時間のある方は読んでみてください。m(__)m
~最終章~
鶏太は病室のひよ子の元を訪れた。
「兄ちゃんなぁ、お菓子、和菓子職人の仕事をする事になったんだ」
突然の話にひよ子は驚き、
「お菓子っ?!スゴイっ!お兄ちゃんがお菓子を作るの?」
驚きながらも目をキラキラと輝かせるひよ子に少し頬を緩めた鶏太は
「あはは、そうだよ。お菓子を作るんだ。おいしいお菓子だぞぉ~」
さらにちょっといたずらっぽく
「兄ちゃんのお菓子、ひよ子だけ食べ放題だ!」
ひよ子は病院中に響き渡る声で喜びを表し、さすがにこれには鶏太も苦笑いであった。
そしてこの声は、医師・柏木の耳にも届いていた。が、彼の表情は少し冴えない...。
鶏太は戸坂に連れられて、一軒の和菓子屋の前に着いた。
「智錦」菓子舗と書かれた看板の前には一人の男が立っていた。
「やあ、良く来たね。疲れただろ?ささ、中に入ってください」
2人を店の奥へ招き入れた。
男の名は「手葉本」といい、主人でもあり職人でもある。
戸坂とは幼なじみで久しぶりの再会という事もあってしばらく思い出話を聞く事になった。
「あぁ、すまんね。鶏太君と言ったね?どうかね?菓子職人、目指してみるか?」
「よろしくお願いします!」
鶏太は頭を下げ、菓子職人の第一歩を踏み出した。
鶏太は毎日毎日勉強した。
それは師匠である手葉本も驚くほど熱心で、海綿が水を吸収するかのように技術を会得して行く鶏太。
客商売という事もあり礼儀作法にも厳しいが、鶏太は問題なく覚えていった。
そんな鶏太の楽しみはお菓子をひよ子に届ける時だ。
「ひよ子、今度はこんなの作ったぞぉ~!」
「お兄ちゃん、スゴイっ!これみんなお兄ちゃんが作ったの?」
「あぁ、いろいろ作ったけどまだまだだよ」
「ううん、おいしい!ホントにおいしいよ、お兄ちゃん」
「ありがとう、ひよ子。兄ちゃん、もっともっとおいしいお菓子を作るからな」
そんな風に鶏太はひよ子の笑顔見ながら、(自分の作ったお菓子で笑ってくれる人がいるんだ)
もっともっといろんな人に食べてもらって笑顔が広がったらイイなぁ~
いつしか鶏太は、自分のお菓子作りの目標を持っていた。
一生懸命お菓子を作り、ひよ子を見舞う鶏太であったが、
ある日病院から帰ろうとすると柏木が鶏太を呼んだ。
「ちょっと話があるんだが...」
柏木の部屋に入る鶏太。柏木は鶏太に背を向け、窓の外を見ている。
「先生、何か?仕事に戻らないと...。」
鶏太はおかしいな?と思いつつも仕事が気になったのでそう言うと
「鶏太君、しっかり聞いてくれ」
いつもとは全く違う深刻な表情の柏木に、鶏太は少し動揺した。
「ひよ子ちゃん、調べてみたが非常にまずい状態なんだ」
鶏太は絶句した。と言うより柏木が何を言っているのかがわからなかった。
「えっ?先生、何ですか?ひよ子がどうかしたんですか?」
「白血病と言ってね、今の医学ではどうにも出来ない病気なんだよ」
鶏太は自分の中の血潮が、全て流れ出てしまうかのような感覚にとらわれた。
「せ、先生...じゃあひよ子、ひよ子は...」
「...残念だが、あと少ししか生きられない...」
鶏太は思わず立ち上がり、ただ下を向き、両手の拳を握り締めて声を絞り出すのが精一杯だった。
「...あと、あとどのぐらい、ひよ子は生きられるんですか...」
柏木は迷った。その言葉を言うべきかどうか迷った。
少し沈黙が流れる。鶏太はじっと柏木の言葉を待っていた。
(出来るだけ長く、長く生きてくれ。先生、1年とかそんな事は言わないでくれ)
鶏太は必死に祈った。柏木から出る言葉が出来るだけ「長い時間」であるように。
「長くて1ヶ月だ」
(1ヶ月?今、先生は1ヶ月と言ったのか?)
鶏太は言葉の意味を理解するのに必死になった。頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されている感じだ。
「せ、先生、あの、それって1ヶ月なんですか?」
意味の無い質問をしているなと自分でも思ったが聞かずにいられない鶏太であった。
「すまん、どうしようも無いんだ。すまん...」
柏木はそれ以上何も言わなかった。いや「言えなかった」が正しい。
彼自身も苦しかった。
自分の医師としての限界、現状の医療技術の限界に。
その後、鶏太はどうやって帰ったのかは覚えていない。
気が付くといつものようにお菓子を作っていた。
しかし頭の中では「1ヶ月」という柏木の言葉だけがぐるぐると回っていた。
(どうすればいい?オレはどうすれば...)
鶏太は何日も病院から遠ざかってしまっていた。
柏木には「仕事が忙しいので」と伝えていたが、そうではなかった。
ひよ子の顔を見れないのだ。きっと泣き崩れるだろう。
そしてひよ子に余計な心配をさせるだろう、と。
そんな鶏太の様子を心配した手葉本が言った。
「鶏太、明日は休みだ。」
(えっ?休み?)鶏太は不思議に思った。
「妹さんのところへ行って来なさい。最近、全然行ってないだろ?」
鶏太はそんな手葉本の心遣いに感謝しつつ礼を言った。
翌日、病院へ向かおうとする鶏太であったが、どんな顔をすれば良いのかわからなかった。
そこへ手葉本がやって来た。
「これを妹さんに持っていってあげなさい」
そう言って鶏太に包みを渡した。中を見るとそこには饅頭が入っていた。
「1つ食べなさい」
手葉本はそう言って笑った。
鶏太は(こんな時に...)と思いつつ手を伸ばした。
1口かじる...
「ウマい。何ておいしいんだ」
思わず声が出た。
中の白餡の風味が何とも言えないおいしさであった。
すると手葉本が「鶏太、鏡を見なさい」
鶏太はすぐそばにあった鏡を見た。
「あっ!」
そう、そこには鶏太の笑顔がしっかりと写っていたのである。
(そ、そうか。みんなに笑顔を届けるようなお菓子を作るんだった。それなのにオレは...オレは...)
手葉本を見るとただ何も言わずにニコニコと鶏太を見ている。
そして(行きなさい)と目で語りかけた。
鶏太は深くお辞儀をすると、一気に走り出て病院のひよ子の元へ向かった。
病室に入るとひよ子は満面の笑みで迎えてくれた。
「お兄ちゃん!来てくれたの?仕事は?大丈夫なの?」
(生意気に仕事の心配しやがって)
鶏太はそんな大人びた事を言うひよ子に少しおかしさがこみ上げた。
「あぁ、大丈夫だよ。ひよ子、体の具合はどうだ?」
「うん、大丈夫。全然平気よ」
笑顔で答えるひよ子。
「そ、そうかそうか。」(あっ、暗くなっちゃだめだ)
「そうそう、これ食べてみろよ」
さっき手葉本にもらった饅頭だ。
「うん、おいしそう。食べてイイ?」
「あぁ」
饅頭を手にしたひよ子は一口かじった。
その時ひよ子の動きが止まった。
「どうしたんだ?ひよ子」
鶏太は心配になって聞いた。
「...父ちゃん...父ちゃんと食べたお饅頭...」
そういうとひよ子は涙をポロポロと流した。
鶏太にはその涙の意味がわからず、おろおろするばかりだった。
時間が経ち、ひよ子から話を聞いた。
お祭りの事、父ちゃんの背中におぶってもらった事、そしてその時のお饅頭の事。
そうか、そうだったのか。ひよ子の涙が理解出来た鶏太は少しほっとした。
その時ひよ子が
「でも...あの時のお饅頭の味じゃないよ...すごく似てたけど...」
「あっごめん、お兄ちゃん。せっかく作ってくれたのに」
ひよ子はばつ悪そうに言った。
「いや、いいんだ。実はそれは師匠が作ってくれたんだ」
そう言って笑った。
その日から鶏太の「思い出の饅頭作り」が始まった。
しかし仕事はおろそかには出来ない。
仕事が全て終わった夜中に、寝る間も惜しんで作業をした。
ただ1つ、愛する妹・ひよ子に満面の笑顔を届けるために。
そんなある日、一通の電報が鶏太に届いた。
「スグコラレタシ カシワギ」
鶏太は自分の部屋を飛び出してひよ子の病院へ向かった。
病室に入るとそこには苦しそうなひよ子の姿があった。
「ひよ子っ!ひよ子っ!!」
「お..お兄ちゃん...」
「ひよ子、大丈夫だ!しっかりしろっ!」
そこへ柏木がやって来た。
「せ、先生っ!」鶏太は柏木に迫った。
「非常にまずい状態だ。数日が山だと思う」
(数日...数日しか...)
鶏太は「ひよ子を頼みますっ!」と言うと病院を出て行った。
必死になって饅頭を作る鶏太。
時間が無い、時間が無いんだ!焦れば焦るほどうまく味が出ない。
「くそぉ~っ!!」そう叫ぶと鶏太は床に身を投げ出しうつ伏せになって泣いた。
どのくらい時間が経ったのだろうか...。
(あ、オレ寝てしまってるんだなぁ~)
夢の中で鶏太は自覚出来ていた。
すると目の前が明るくなった。
(な、なんだ?!)
そこには父、鳥乃助と母のらんの姿があった。
「鶏太...鶏太...起きなさい。」
らんがやさしく語りかける。
(起きてるよ、わかってるよ)
そう言ったつもりだったが声は出ない。
「自分の力を信じなさい。自分の信念を忘れちゃダメだ。」鳥乃助が言う。
(でも、でもどうする事も出来ないんだよ。無理だよ)
「あきらめる事は簡単だ。でも最後まで精一杯やるのが鶏太の良いところだよ」
「あきらめちゃそこで終わるのよ、鶏太...」
(母さんっ!父ちゃんっ!待ってよっ!教えてよ、どうすればいいんだよ!)
気が付くと白々と夜が明けようとしていた。
「夢かぁ...」
鶏太は起き上がってその場に座り込んだまま、両親の姿を思い出していた。
「そうだな、あきらめちゃ終わりだな。よしっ!」
鶏太はまた饅頭作りを再開させた。
そして何時間後、ついに出来上がった。
その饅頭を手に取り、おそるおそる口にする鶏太。
「!!!」
(こ、これは...ホントにおいしいぞっ!)
ついに鶏太自身が納得出来る饅頭が出来上がった。
これをひよ子に食べさせよう。きっと喜ぶ。
たとえ「思い出の饅頭」とは違っても、おいしい饅頭をひよ子に食べてもらおう!
鶏太は出来上がったばかりの饅頭を抱えて病院へ向かった。
病室に入るとひよ子の状態は非常に危ない状況であった。
柏木を始め、数人の医師と看護師がひよ子のベットを囲んでいた。
そこをかき分けるように鶏太はひよ子に近付いた。
「ひよ子っ!ひよ子!わかるか!?兄ちゃんだぞ!」
ひよ子はゆっくりと目を開けた。
「お、お兄ちゃん...」
「ひよ子、しっかりしなきゃダメだっ!」
鶏太は細く白いひよ子の手をしっかりと握った。
だがひよ子には握り返す力も残っていないのだ。
「ひよ子、お兄ちゃん一生懸命饅頭を作ったぞ!わかるか?」
黙ってうなずくひよ子。
「食べるか?ひよ子、兄ちゃんの作った饅頭、おいしいぞ!」
鶏太はいつの間にか大きな涙の粒を、ポタポタと落としながらひよ子に話し掛けていた。
包みから今出来上がったばかりの饅頭を取り出した。
「き、君。患者には、妹さんにそれは...」
若い医師が鶏太を止めようとしたが、すぐそばの柏木がそれを制した。
柏木の目は真っ赤になっていた。
饅頭を手にした鶏太はひよ子をやさしく起こした。
「ひよ子、食べられるか?」
「...お兄ちゃん、おんぶ...おんぶして...」
ひよ子は小さな声で鶏太に言った。
「あぁ、さあおいでひよ子」
これまでがんばって来た鶏太の背中は、いつしか一回りも二回りも大きくなっていた。
ひよ子はその背中に体を預けて、鶏太のぬくもりを感じていた。
「ひよ子、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよお兄ちゃん...」
(なんて軽くなっちゃったんだ、ひよ子...)
「お饅頭だよ、さ、食べな」
鶏太は背中のひよ子に饅頭を差し出した。
ひよ子はその饅頭を口に運び、食べた。
「お、お兄ちゃん、おいしいよ。あの時のお饅頭だよ。
ううん、それよりもずっとずっとおいしいお饅頭だよ」
「そ、そうかっ?ひよ子、おいしいか?もっと食べていいんだぞ」
ポトっ...
饅頭が床に落ちて転がっていった。
「おい、ひよ子。落としちゃったのか?ひよこ。ひよ子?!」
鶏太が背中のひよ子を覗き込むと、そこには満面の笑み浮かべ
一筋の涙を流して眠るひよ子がいた。
「ひよ子、ひよ子ぉ~!」
鶏太は名前を呼んで背中をゆすったが、ひよ子は動かない。
「うぅ...ひ、ひよ子...ひよ子...」
鶏太の目から涙が床に落ちて、病室の床の色を変えた。
顔を上げると朝日が昇っている。きれいな朝日だ。
そのまぶしい朝日の光の中に、ひよ子の姿が見えたような気がした。
今までで一番輝いた笑顔をしたひよ子の姿が...。
目をこすりもう一度朝日を見ると、そこには鳥乃助、らん、ひよ子が笑って立っていた。
「み、みんな...」
鳥乃助はひょいっとひよ子を背中におぶると鶏太を見て笑った。
そして3人は笑顔のまま朝日の光の中に消えて行った。
鶏太は背中のひよ子をベットに寝かせた。
「いい笑顔だな、ひよ子ちゃん」柏木が言った。
「はい、最高の笑顔で両親の所へ行きました。」
「君の作った饅頭を食べる事が出来て、ひよ子ちゃんは幸せだったと思うよ」
「そうですね、あの饅頭も食べさせずにひよ子を送り出しちゃ、親父に怒られますよ」
鶏太はひよ子の手を握り締めて言った。
「ひよ子、ありがとな。お兄ちゃんの方がお前に助けてもらったよ」
「もっともっと修行して、たくさんの人に笑顔になってもらえるお菓子を作って行くからな。」
「ひよ子、応援してくれよ。ひよ子...ひよ子...」
鶏太とひよ子 【完】