
先週、スバルディーラーから「BRZの試乗をしませんか?」とわざわざ電話がかかってきた。僕はもちろんふたつ返事で了承し、土曜日に試乗と決定。だがあいにく土曜日はどしゃぶりの雨。僕は天気を恨めしく思い、同時に普段の行いが悪いのかな・・・などと考えてしまった。
しかし、この雨がBRZの思わぬ問題点を発見することになる。
試乗したのは最高級グレードのSで、6速MT仕様。ボディカラーは黒だった。ボディデザインは相変わらず好きにはなれないが、それでも写真で見るよりはだいぶカッコいい。雨が降っているのでそそくさと運転席に乗り込むと、トヨタ2000GTをイメージしたデザインのダッシュボードが目に飛び込んでくる。これもあまり好きではないが、やはり写真で見るよりは実物のほうがいいと感じた。身長172cmの僕がシートポジションを決めると、リアシートのレッグスペースはごくわずかである。リアシートの居住性に淡い期待を抱いていた方は現実を思い知らされることになるだろう。FC3SのRX-7のリアシートよりはマシ、といった程度のスペースしかない。
走り始めると、紛うこと無きスバル車であることを実感する。それは水平対向エンジンからだけではなく、例えば足回りからもそういう印象を受ける。基本的にはレガシィやインプレッサと共通の足回りだからだろう。とはいえBRZのものはフロントのロアアームの形状を変えているし、リアはサブフレームの構造とナックルの形状、そしてアームの取り回しなどを変えている。よりダイレクト感と横剛性の向上を目指したのだと思う。特筆すべきは意外にもその乗り心地の良さである。乗る前はガチガチに固い足回りを想像していたのだが、いざ乗ると拍子抜けするほどしなやかな足回りだった。決して柔らかいわけではないのだが、それでも路面の凹凸をよくいなしている。STIのスプリングを付けている僕のレガシィよりも乗り心地がいい、と感じるほどで、これなら例えば助手席の彼女から文句が出ることもないだろう。
エンジンはFA20と呼ばれるもので、トヨタの直噴システムが組み込まれたものである。今回は遠慮して5000回転ほどしか回さなかったのだが、とても軽やか、かつスムーズに回転を上げていく。低速でのトルクもあり、全体的にこれまでのEJエンジンよりも進化していて次世代エンジンなのだなと実感させられた。試乗車の走行距離は1100kmほどだったが、これが一万キロほど走るとさらに軽やかに回るようになると思う。富士重工のエンジンは耐久性を考慮してか、当たりが付くまでにやや時間がかかる場合が多い。僕のレガシィもサンバーも一万キロを超えてから見違えるように軽やかに回るようになったのである。オーナーになった方は焦らずにならし運転をしてほしいと思う。余談だがフォルクスワーゲンの初代ビートルの水平対向エンジンは、そのあまりの耐久性の高さゆえに『十万キロで当たりが付く』という笑い話があったほどだ。この耐久性の高さは水平対向エンジンの特徴ともいうべきもので、長持ちするエンジンの代償だと思えばならし運転という我慢もたいして苦にはならないだろう。この話は以前の『水平対向エンジンの話』のところでしておけばよかった・・・
6速MTはアイシン製のレクサス用のものがベースとなっている。僕のNA8Cロードスターもシフトストロークが短いほうだが、このBRZの6速MTはさらにショートストロークでちょっと驚いた。加えてシフト操作自体も極めてスムーズである。ただ、あまりにスムーズ過ぎて直接ロッドやシフトフォークを操作している、という感触が乏しく、なんだかリモコン操作でギアチェンジをしているような感じがしてしまった。ここらへんは好みなのだろうが、僕はもう少しコクッ、コクッという手ごたえがあったほうがいい。
一般道のほかにちょっとした峠道も走ってみたのだが、レガシィやインプレッサよりも深く落とし込まれたエンジンの効果がこの時まさに真価を発揮した。それほど固くない足回りにもかかわらず、コーナーでほとんどロールを感じない。低重心のためにまさに路面にへばり付くように走るのである。逆に言えば、低重心であるからこそ足回りをガチガチに固くする必要が無かったのだろう。ともかくこの低重心ぶりは誰が乗っても実感できるもので、富士重工がやたらとうたい文句にしている理由がよくわかった。重量バランスの良さも相まって、コーナーでのこの走り味はBRZ/86でなければ味わえない独特の世界がある、と言ってもいいと思う。
しかし、である。この純正のタイヤはなんとかならないのか。Sに純正装着されているタイヤはミシュランのプライマシーHPというタイヤでサイズは215/45R17というものだが、このタイヤ、ウェット路面では全くと言っていいほどグリップしない。冒頭に「雨で思わぬ発見をした」と述べたが、それはこのタイヤのことである。
このプライマシーHPというタイヤはとにかくだらしない。雨の峠でちょっと飛ばすだけでも簡単に音を上げてしまうのだ。ちょっとコーナーに突っ込むだけでフロントタイヤがズルズルと滑り出す。滑りを止め、コーナー出口に向けてアクセルをわずかに踏めば、今度はリアタイヤがズルズル・・・といった具合。ドリフト命、のおにいちゃんなら面白い!と思うのかもしれないが、僕には全く面白くない。滑り出すレベルが低すぎる。だいいち大した速度も出ていないのにこのありさまでは危険ではないか。このタイヤ選択は間違っている、と言いたい。なぜこんなしょぼいタイヤを純正装着したのか。まさか雨中のテストをしなかったわけではないだろう。それともテストをした人がこれが面白い!とでも思ったのか。トヨタの意見、という可能性もある。トヨタが『なにせ86だから、ドリフトしやすいクルマにしたい』とでも言ったのだろうか。真相はわからないが、はっきり言って雨の峠ではこのBRZ/86よりも僕のロードスターのほうがはるかに速い。
しょぼいタイヤのせいでBRZの足回りの実力を体感することはできなかった。それでも、タイヤの滑り出しがとてもよく把握できるということは足回りの素性がいい、ということになるのかもしれない。いずれにしてもBRZ/86のオーナーの方は雨の峠では飛ばさないほうがいい。それなりに飛ばしたいのなら、まずはタイヤ交換をするべきだ。
BRZ/86の問題点はこのタイヤである。もしタイヤがポテンザやアドバンだったら、このBRZ/86の魅力は格段に増すことになるだろう。