今日は、職場の女性と昼をとった。 私の後輩にあたる人で、隣りの座席。 この人は ふだん弁当持参なのだが、今月いっぱいで退職することになっているため、さいごに職場の周りの店で食べておきたいと言うので、案内して差し上げることに。 われらの上司の女性も同伴することになった。 わが後輩曰く、「パスタが食べたい」 とのことで、私は、数日前に訪れて印象的だったイタリアンの店へ連れて行くことにした。 路地裏にひっそりとある、こじゃれたお店。 会社から十分ほど歩く。 きっと社内では私しか知らないであろう。 値段は ちと高めであるが、せっかく案内するのなら、味がちゃんとしていて、ほかの人が知らないような店が良かろうと思ったのだ。 強風にあおられながら、てくてくと歩き、やっと店についたのだが、満席のようだった。 帰りかけたら、今あいたばかりの座席があるとのことで、どうぞ! と、女性店員に案内された。 テーブルのまえまで行くと、その女性店員は、わが上司に向かって、とてもぶっきらぼうに 「大きい人は奥に座ってね」 とのたまった。 わが上司は、なんというか、ちょっとふっくらとした人なのである。 それは本人も認めていると思うのだが、他人に言われると、やはりショックであろう。 女性に対して容姿のことを発言するときは、とくに慎重にならねばならぬと思うのだが、同じ女なのに、そんなことも分からないのだろうか? といぶかしくさえ思った。 江戸っ子ふうのチャキチャキしたおばさんなので、悪気はないのだろうが ... 。 ばか丁寧で慇懃無礼なのも、なんだかなあ、という感じだが、はっきりしすぎているのも ... 。 いまにして思うと、それこそいやな前兆だったのかもしれない。 私が前回訪れたときには、女性店員の方が二人いたのだが、今日は一人しかいない模様。 どうやら、一人で調理し、一人で給仕もしなければならないようで、明らかにいっぱいいっぱいな感じだった。 とりあえず座席に着いたが、まだ私たちのまえに食事をしていた人の皿やグラスが片付けられていないので、わが後輩が、それらを片付けやすいようにテーブルの端に寄せていたら、その女性店員 ―― おそらくシェフ 兼 店主であろう ―― が、「いいから、置いといて! ああ、もう、さわらなくていいから!」 と、いらだたしそうにそれを制した。 わが後輩がきょとんとしていたら、「片付けにくいから、ちょっとこっちに立って!」 と言って、わが後輩を立たせて一気に片付けると、ばたばたと調理場へ下がっていった。 彼女は、やや表情を曇らせたが、気にしまいとするように冗談っぽく言った。 「なんだか忙しそうですね ... 。 手伝ってあげたくなっちゃう」。 ―― しかし、それがかえってシェフの神経を逆なですることになったようで、その後、彼女は猛攻撃を受けることになるのであった。 私は、その店に連れてきた責任を感じ、それ以上いやな雰囲気にならぬよう、むやみやたらとしゃべりまくり、料理が出てくるのを待った。 ああ、早く出てこないものか。 そういうときに限って、なかなか出てこないものであるが。 そのうち話しづかれてしまい、所在なく、店内を見回してみた。 シェフの、おそらくイタリアで撮ったと思われる写真が飾ってあった。 となりには、にっこりと微笑むイタリア人と思われる男性が。 ふたりとも、白衣を着て、コック帽をかぶっている。 きっと、イタリアに料理の修行に行っていたことがあるのだろう、と想像した。 待つこと三十分くらいだろうか、ようやっと出てきたパスタには、トマトを赤ワインで煮たようなソースがかかっていた。 高級そうなモツァレラチーズ、とても色のいい青菜、香ばしそうな揚げたパン粉などが添えられていて、まさにこだわりの一品という感じ。 シェフは、それぞれの素材について、誇らしげに解説して、去っていった。 しかし。 わが後輩はお酒が飲めないので、ワイン煮込みのソースでは、ひょっとして食べられないのでは ... と気になったが、彼女は、「おいしい」 とひとこと言って、黙々と食べた。 ... 本当は苦手な味だったのかもしれない。 ソースに関しては、味の好みがわかれるかもしれないが、パスタのゆで加減は、さすが、申し分なかったので、私は、内心ほっとした。 どんなにいそがしくても、パスタをきちんとゆであげる。 あたりまえのことかもしれないけれど。 料理人としての誇りのなせる業であろうか? 口は少々悪いかもしれないが、料理の腕はたしかなのだろう、と、感心した。 やがてパスタを食べ終えてしまうと、わが後輩は、たぶん、くせなのだと思うのだが、皿をすこし脇へ寄せた。 すると、台所からシェフが すごい勢いでやってきて、皿を下げていった。 つづいてデザートとコーヒーが出てきたのだが、わが後輩がコーヒーを飲もうと、カップを回して持ち手の向きを変えたら、またまたシェフが飛んできて、こう言った。 「ちょっと! いい? コーヒーっていうのはね、スプーンでかき混ぜてから向きを変えるのよ! そうしやすいように ちゃんと考えて置いてるんだから!」 ものすごいいきおいに圧倒されながらも、わが後輩が、 「あ、いえ、わたし、お砂糖もミルクも入れないので、かき混ぜないんです ... 」 と言いかけると、シェフは、 「だったらいいわ!」 と言って、スプーンをうばって下がっていった。 それから三たび、すっ飛んできて、 「それからね! 和食じゃないんだから、皿を動かしたりするのもダメなのよ! マナーってものも知らないの?!」 と言い放った。 ―― 私の気のせいかもしれないが、わが後輩の目がきらりと光ったように見えた。 彼女はなんでもないふうを装って、無邪気に笑った。 私は、お行儀のいいところで食事をする機会には とんと恵まれていないので、そういった作法のことはわからないのだが、そんなにめくじらを立てて怒ることだろうか? と不思議な気持ちがした。 マナーなどというのは、人を不快にさせないようにする 「思いやり」 とか 「気配り」 のことなのではないか、と思うのだが。 なにがあったのかしらぬが、若くてかわいらしい女の子に八つ当たりでもしているようにしか思えないけれど。 あのシェフの態度こそが、マナー違反なのではないかしら。 どんなに料理の腕がすばらしくても、どんなにいい食材を使っていても、それでは台無しなのではないか? 「料理をおいしくする最上のソースは、笑顔である」 ―― なんつって。 もう、二度とあの店に行くことはないだろう。 わが後輩が、あまり気に留めていないことを、願う。 (初出: 2004.2.24 再出: 2004.6.29) BGM: Barbara Acklin ‘Am I the Same Girl’ (Dusty Springfield や Swing Out Sister のカバーなどが有名だろうか?) ―― Why don't you stop, and think it over? |
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後輩の方も、よかれと思ってやったことなのに、ですよ。
日本人相手に日本人が日本で店やってるんだから、和食の作法だかなんだか知らないけれど、マナーを押し通すことこそナンセンスだと思います。
ちょっと、、、ひどい話です、、、
コメント、ありがとうございます。
そうなのです、ほんとうにびっくりしてしまいました。
え~、どうして?! という感じでした。
(外国では、けっこうキツイ接客態度の人もいるんでしょうか。 わたしはそれほど海外経験がないので ... )
なんというか、とてもプライドの高い人だったのかなあ ... などと想像しているのですが ...
そのお店に連れて行った責任と、なにもかばってあげられなかったことで、しばらく自己嫌悪に陥りました ... 。
いい言葉です!!
しっかし、読みながら腹が立ってきました。
勘違いも甚だしいですね。
でもまあ、これを自戒としたいです。
うちの社長は「私たちは笑顔を売っています」という言葉をよく口にします。売っているという言葉は美しくないけど、まず初めに笑顔ありきですからね!
わたしは、思い出すだけで、じわりと涙が浮かびそうになりました ... 。
某ファーストフード店では、smile \0 ですものね。
「まず初めに笑顔ありき」
わたしも肝に銘じたいと思います。
直接お客さんに対応することはないのですが、日々の教訓として。
ありがとうございます。
という紙がやたらたくさん張られていて、パスタなどを食べるマナーがかかれていた。
「待てよ、マナーとおいしさってのは関係ないんじゃないの?」
と思った。正直、ちょっと不快だった。
「パスタのマナー」
と、書かれていれば特に不快に思うことは無かったと思う。
マナーなどというのは、人を不快にさせないようにする 「思いやり」 とか 「気配り」 のことなのではないか、と思うのだが。
まさに、その通りですね。
> 「パスタのおいしい食べ方」
おいしい作り方とかではなくて、「食べ方」なのですね ... 。
う~ん、食べ方の作法でおいしさが変わるのかしら ... 。
そんなことを考えながら食べていたら、アツアツのパスタが伸びて、美味しくなくなっちゃうかも ... 。
じぶんの好きなように食べるのがいちばんいいですよね。
周りの人のことを考えて、みんなが気持ちよく食べられるように気を遣うのは、もちろんですが ... 。
うん、やっぱり、たのしく、気軽に食べられるのがいちばん! なんて思ってしまいます!