阪神淡路大震災からもう25年か。
1995年だったのか、と感慨深く思っていた昨日。25年も経っていたことに、信じられない思いです。
月日の経つのは早い❗️
当時の私は、震災直後からボランティアとして現地に入っていました。その時印象的に思ったのは、神戸ではみんなお風呂も入れず、狭い避難所生活をしているのに、長野出身の私にとってはすぐ近くに思える大阪では、ごくごく普通の生活が送れているということでした。
大阪では冬物セールやっているんだって
という友人の言葉に驚いたものです。
これも神戸の地震が直下型で、また、神戸までの道路が限られていて、大阪にいても情報がなかなか手に入らなかった、ということにも起因していると思います。
神戸では多くの住民の皆さんが困難な生活なのに大阪では皆さん普通に生活していて、当たり前ですが、災害が起こってもこういうもんなんだな、という事が強く印象に残ったのを覚えています。
やはり、情報が少ないと、災害が起きている周囲の皆さんにはその災害の甚大さがピンと来ないのかもしれません。
あの時、スマホがあったらどうなっていたんでしょう。
周囲の皆さんも、もっと神戸で何が起きているのか、興味を持てたでしょうか❓
今の神戸では、この地震のことを知らない世代が増えてきている現実。神戸の記憶も忘れられてしまうかもしれませんが、「災害は忘れた頃にやってくる」ということは忘れないようにしたいですね。
あの時、身内を亡くされてしまった方々には、ガンバってとしか言えません。