初瀬川王国

初瀬川による直樹的な生き方の表現の場

「ペリカン万年筆 スーベレーン」 日本では読み方も意味も違う。Souveränはソブリン 意味は、、、

2018年05月14日 00時18分01秒 | Weblog
万年筆の世界に浸ると、モンブランとペリカンと言うドイツの二大巨頭ブランドに出会います。

今回はペリカンのフラッグシップである万年筆「スーベレーン」の事で読み方と意味が違うと思うことを書きたいと思います。

正式なドイツ語のスペルは「Souverän」。
初瀬川が初めてSouveränを見たとき、第二外国語がドイツ語だったことと、かつて日産プレジデントのグレードにSouveränというものがあって覚えていたので、ソブリンかと思ったのですが、日本の万年筆業界では「スーベレーン」と呼び、意味を「優れもの」と至る所で言っています。
以前もドイツ人の友人に「ペリカンのスーベレーンは書きやすくて好きだよ」と言うと「スーベレーン??」「何それ?」という感じで通じず、スペルを見せたら「ソブリン」と発音されてやっとわかってもらえました経験があります。
英語読みでもスーベレーンと言わないようです。
ソブリン→ソベレン→ソーベレン→スーベレーンって感じで日本訛りしたのかもしれません。

更に意味も「優れもの」といろいろなところで書かれていますが、辞書を見ると「主権者、君主制の、王制の」というものなので、こちらの方がさすがフラッグシップの名前と言える相応しい強い意味の言葉でした。

名付け親やメーカーの呼んでもらおうと思っている名前の発音や意味で理解せず誤った日本語で覚えると、好きである分すごく残念な気がします。

この記事を見られペリカン好き方もぜひ一度「Souverän」をドイツ語辞書でひいて、ついでに発音も聞いてみてください。

車の世界でも未だにメルセデスベンツのカスタマイズブランドのAMGを「アーマーゲー」とドイツ語風にいう人が業界でも多くありますが、ドイツ語でMをマーとは呼びませんから間違いです。諸説には当時の雑誌編集者にいたドイツ語を少しかじった学生の誤用を編集者が使い、アーマーゲーと言う言葉が日本で広がったと言われますがそれと同じかもしれません。

参考までに
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2018年 万年筆にハマっています。

2018年05月10日 04時22分59秒 | つれずれ
最近はめっきりブログを書かない。
書きたいことは山ほどあるけど、書きたいことは今年の初めから本格的にはまった万年筆のせいで個人的なノートの中に多く書いてしまってスッキリしているのが理由かもしれません。
以前から初瀬川は文房具が好きだったんですが、実用を考えてボールペンに留めていましたが、2018年の初めに抑えが効かなくなり、ついに万年筆の領域に大きく進んでしまいました。

画像の上からペリカン M1000 スーべレーンのB(太字)

真ん中モンブラン 149 マイスターシュテックのM(中字)

一番下がペリカン M1000 スーべレーンのF(細字)

この三本を主軸に色々日々書き込んでいます。

万年筆に関してもネットで色々なことが書かれていますが、時計などと違い、同じ商品でも個体差が激しく、書き手の力量や癖、そして感じ方があるので、評判などを鵜呑みにして購入してもうまくいかないところがとても楽しめています。

車やバイクの時もそうですが、一通り色々な種類を買って揃えて、世にある情報を参考意見としつつ、仮説を立てて試行錯誤をする感じで始まりました。

そして広く一般向けに販売されている既成品という壁にぶつかり、その枠を超えてカスタマイズしたくなるという流れです。

幸い悩んでいる中で、日本に数人しかいないペン先を調整加工製造できる匠と出会うことができたので、万人向けの万年筆を対面で自分の好みに削り出してもらう環境ができたので、次の試行錯誤に入れています。

自分専用にすると本当に書きやすく、本人だけ悦に入れます。

変に思うかもしれませんが、のめり込むと万年筆は車やバイクの様に様々な要素が絡むところが似ているなと感じます。

どんなに仕上げたペン先でも使い手の問題。(ドライバーやライダー)
字を書く紙による書き味や滲みの問題。(舗装路と未舗装路、そしてレーストラック)
使うインクによって粘性が異なりフィーリングの変化やカスレの問題(エンジンオイルなどの各種オイルと車両の相性、オクタン価の違うガソリン)
メーカーや国籍による万年筆を作るアプローチの違い

ちょこちょこ書きましたが、百聞は一見にしかず。この記事読んで少し気になった人は、買わなくてもいいので是非、文房具売り場で万年筆を見てみてください。
(伊東屋さんや丸善さん、そして日本橋三越さんなどをはじめ多くの文房具店では万年筆の試し書きをさせて貰えますので、いきなり購入せずともOKです。)

初瀬川の使い方は、誰に見せるでも無く、自分の考えや今の思いを好き勝手に紙に書きなぐっています。そしてそんなことをしていると、思わぬアイディアに出会えるのでとても助かっています。

たのしいな〜
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再びフランス パリへ

2018年05月08日 04時06分28秒 | つれずれ
フランスのパリへ二年ぶりに約10日間行っていました。

前回はヨーロッパ周遊で立ち寄っただけだったので今回はパリを重点的に見てきました。
大きく違ったのはセーヌ川が氾濫していなかったので、川沿いのイメージがとても良かったことです。

また前回モンサンミッシェルを優先して行かなかったベルサイユ宮殿や洪水で休館して入れなかったルーブル美術館などにも立ち寄ってみました。



今回は時間的に余裕があったので日本人にはあまり馴染のないパリにあるカタコンベもしくはカタコンブと呼ばれる地下に広がる巨大地下墓地にも行くことも出来ました。

骸骨にあんなに囲まれ、身近に存在する経験はここ以外には皆無だと思います。

パリはやっぱり雨が多く、降りだすとどんよりした世界観になるので派手な傘を利用してました。


綺麗と呼ばれる観光客や日本人がほとんどいない地域のパリまでいろいろと移動し、新たな考えや価値観を発見した良い旅でした。

昨年から貯め始めたマイルのおかげで、スターアライアンスのステータスが高くなったので、行きも帰りもラウンジとプライオリティカードで様々な優先をしてもらったのでとても長い旅でしたが快適でした。
今までマイルを貯めることをめんどくさがったことを反省しました。
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2018年 新しい挑戦の年

2018年01月01日 05時52分34秒 | Weblog
ついに2018年が開けました。

もともと運の良さが更に加速すると言われている周期に入ったとのことなので、昨年までできなかった大きなチャレンジを行う2018年なのでとても楽しみです。

あらためてよろしくお願いします。


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成されたものとして為す

2017年09月24日 20時32分56秒 | エンライトメント
人には様々な考えがある様に、何かをする時の心構えも同様に様々あると思います。

初瀬川は何かを行うとき、「成されたものとして為す」と言う心構えで取り組んでいます。

初瀬川が勝手に言っている言葉なので、よくわからないかも知れませんが、内容は簡単で「これからやろうとしている事が、成功することを前提に取り組む」という事です。

大事なことをやろうとするときなど、うまくいかない時の事など考えてしまい、不安や恐怖などが生まれてしまうと、上手く行くものも、上手くいかなくなるものです。


成功と失敗の両方考えるは一見利口ですが、それは程々のことをする時と決めています。

失敗した時のことを考えて行動すると、やる事が全て無駄になるのだから、どうしても成功への活動にブレーキがかかりやすい傾向があります。

挑戦的な事で何としてもやらねばならないときは、リスクとして一度は考えても、その上で「成されたものとして為す」と言葉にするとこで、心に言い聞かせ、腹落ちさせて事に当たっています。

失敗したらどうするか?

それはその時持てる全てを投入して活路を見出せばいいだけの事なので心配はいりません。



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日々成長と踊り場

2017年08月11日 13時19分57秒 | エンライトメント
いくつになっても学ぶことは多く、
日々成長を感じて生きています。

必要な知識も力も、そして進むべき道も定まりつつある今も、ただひとつ足らない激怒とも言える情熱が召喚されるまで、成長曲線で言うところ、今の初瀬川直樹は成長の踊り場にあります。

物書きを生業としていないのは無編集ででたらめな文法の文章を見て分かると思いますが、腹立たしい事は書きたい衝動のた時に、行動を記載し、考えを正確に表現しきれない事であり、未だ解決しない課題です。

また、細切れの時間で一気に書いていないから、内容が飛び飛びになってしまいました。

またとりとめのないことを書かせてもらいます。
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今年もまた誕生日を迎えられました!

2017年03月12日 14時09分30秒 | Weblog
今年も誕生日を迎えることが出来ました。

最近は更新も本当に少なくなり、メールや電話、そして直接に「書かないの?結構楽しみにしているんだよ」なんて声をいただいては、都度謝っております。

理由は簡単で、初瀬川直樹は次の段階へ進むために大きな成長期にあり、日々真剣勝負でビジネスに挑んでいるため、単に内容はあっても書き切る時間が無いだけなんです。時間は作るものと言って作っても、作った時間をまた本業に投資するオールイン状態。

ロケット打ち上げの成層圏を出るまでは全てをかけて行かなければならない状態と同じです。
もう少しして、宇宙空間の軌道に載せたら、この経験を踏まえて言葉は拙くとも内容のあるブログを頻度よく更新したいと思います。

それまではチョロチョロですが、お暇がある時に立ち寄って頂ければ嬉しく思います。

ここに来てまだ全力で挑戦する気が湧く機会を与えてくださった皆様に感謝致します。

初瀬川直樹
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3.11を想う

2017年03月11日 14時07分14秒 | 考え「生」出力!!
3.11
あの時色々考えた。
あの後色々と動いた。

そして今、あの時に成すべきとした事に着手している。

進める者は前に進み、過去の教訓を生かさなければならない。

失われたものは戻らないから創り出そう。
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時計に惹かれたきっかけ ユリスナルダン ガリレオガリレイ

2017年02月03日 09時54分54秒 | つれずれ
時計に惹き込まれたのは、子供の頃。何気なくドキュメント番組で見たユリスナルダンのガリレオガリレイでした。

正式名称は

「アストロラビウム·ガリレオガリレイ」

発表されたのは1985年なので、そのくらいの時期に見たのだと思います。

この時計はユリスナルダンの天文時計三部作の第1弾で製作者は時計師であると同時に時計職人のルートビッヒ·エクスリン氏になります。発表は1985年から始まり、1992年までに計3本発表された複雑な天体運行を示すことが出来る天文時計です。

このとんでもなく複雑な時計の名前と「時計とは宇宙の法則を納めたもの」という時計師の言葉が、当時、子供だった自分には強烈に刻み込まれました。

ロレックスもパテックフィリップも知らない子供が覚えたんだから相当インパクトがあったんでしょうね。

星の巡り合わせが合えば、手に入れたいです。

以下、天文時計三兄弟です。

第1弾
アストロラビウム・ガリレオ=ガリレイ(Astrolabium Galileo Galilei)

第2弾
プラネタリウム・コペルニクス
(Planetarium Copernicus)

第3弾
テルリウム・ヨハネス=ケプラー
(Tellurium J. Kepler )
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「命を懸ける」とは

2017年01月20日 10時03分26秒 | エンライトメント
「命懸け」
「命を懸ける」
などという言葉が映画や小説、そしてビジネスなどの社会生活の中で使われる。

映画や小説の中のヒーローや戦争に赴く人たちが使うとその「命」とは、そのまま「生命」という感じで意味がしっくり来ますが、普通の生活や物語の中で使われると、せいぜい「凄く頑張る」ぐらいの意味にしか聞こえない。
人によっては、仮に命を懸けの内容が失敗しても「ガンバったのに残念だったなー」程度の内容に「命を懸ける」という言葉を使っているように感じます。

というのも映画や小説の中とは違い、現代日本の普通の生活では、失敗の後に金銭的損失や精神的な損失によって生命の損失は考えられますが、「失敗→即生命の消失」ということは、奪い合いや故意による殺人が日常的ではないからだと思っています。

「命を懸ける」という言葉は、言葉が示す意味と用法がズレてしまっている。

使うべきでは無いと言うのではなく、言葉に出す以上、想いを載せて欲しいという事。

社会の中では無いとは言ったものの、たまに「命懸け」と言う言葉が似合う行為を見ることがあります。

それは達成や成功の可能性が限りなく少ない事柄に対して、自分の人生をギャンブルのように投下する行為、ギャンブルと言っても、リスクを考えながらというものではなく、全財産をある1点に賭ける様な賭け。
論理的に考えて激しく低い成功可能性に対して、「意志」と「希望」と「自信」だけで挑む行為。
これであれば現代における「命懸け」と言えると思います。

プロのサッカー選手になりたい。
プロの野球選手になりたい。
オリンピックで金メダルが欲しい。

上記のことは
小学生の頃、まだ現実を知らなければ多くの人は口にする。
中学校になり、口にする人は大幅に減る。
高校入学時に本気で口にする人は5%にも満たなくなる。
高校3年で本気で言う人はもう1桁だろう。
現実の能力のない、口だけでもこの程度。
この上でプロになれる努力や金メダルを取れる努力をしている人となれば小数点以下に絞られる。

目的の可能性は小数点以下で、投下するのはほぼ全ての時間と人生。

負ける奴が多い戦い。まさに「命懸け」だと思います。
こんなことをして失敗しても、失敗→死亡ではなく、精神崩壊です。

初瀬川は失敗した人を評価は下がったとしても、全く悪いとは思わない。
この精神崩壊から何かを得て立ち上がれば、単なる鉄が鍛えられて鋼になるように強くなると信じているからです。

初瀬川直樹も失敗を重ねて、死なない程度に成功を納めてなんとか生きています。

勝負をしよう!
上を目指そう!
前に進もう!
自分自身に期待しよう!
自身に期待し、希望を作ろう!

初瀬川直樹は今年も多くの失敗を重ねながら、多くの成功を目指してもがくと思いますが、宜しくお願いします。



















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開けました2017年

2017年01月01日 12時17分13秒 | Weblog
開けましておめでとうございます。
2017年も宜しくお願いします。

今年もまた思考を重ね、精進していきたいと思います。

現状に対して、社会や人から変化が求められた時どうするか?
やはり状況に合わせたり、変化に対応すると言う行動に出ると思います。

なぜなら、合わせられなかったり、対応出来ないと現状の維持が出来なかったり、大変なことが多くあるからです。

優れたビジネスマンは状況に合わせ、変化に対応する。
だから、優れたビジネスマンを目指すと合わせて対応する能力を身につけるようになります。

しかし、この合わせて対応する能力を当たり前のように使えるようになると越えられない問題が現れます。

どんな問題かは各々状況により異なりますが、その時に使う能力は「合わせず対応しない」能力です。

これは問題に対して「合わせられないし、対応出来ない」ではダメです。
「出来るのにやらない」事が出来て初めて成立する問題解決の選択です。

出来る人ほど「合わせきれるはず」「対応しきれるはず」と考えてしまいがちですし、合わせられて対応出来るのにわざわざ「出来るのにやらない」という選択から起こる問題を考えると非常に危険なことだと思うかもしれませんが、その通り、自ら危険に迫るなかで次の局面におもむき制するというやり方です。

初瀬川もこの選択をとる時は
「虎穴にいらずんば虎子を得ず」「柔よく剛を制す」など考えながら進みます。

これによって合わせて対応するだけでは越えられない問題に道が切り開かれると思います。

改めまして、今年もよろしくお願いします。

初瀬川直樹






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組織の状態による人の登用 服従か信託か。

2016年11月24日 00時12分50秒 | エンライトメント
組織の状態によって、人材登用の際の基準が大きく変わります。

組織が安定して、リーダーの統制下にて正常稼働している場合はリーダーや組織に対して服従する人材の登用が求められます。

反対に組織が不安定であったり、リーダーの指揮がハマらず状況が悪い時は物事を託せる人材の登用が必要となります。

なぜなら組織運営が上手くいっていない時とは大体業績や結果が悪いことが多く、その結果で人心が荒廃しリーダーの統制が効かなくなって指導者自体が悩んでいます。。
そんな時の登用場面で気持ちで採用基準を決めると大体「言うことを聞いてくれる人」を採用しがちですがこれは大きな間違いです。

ダメな指揮や判断をした結果が現状ならば、言うことを聞く人を入れても失敗が加速するだけだからです。「言うことを部下が聞いてくれれば上手くいったのに」と思う人もいるかと思いますが、その場合の「言うこと」とは数値目標を強引に約束させて、指示した気分になってることが多く見受けられます。

こんな悪い状況での登用には、言うことを聞く人ではなく、「求めることを託せる人」の登用が必要になります。

言うこと、つまり指揮して上手くいかないのだから、どうしたいのかという思いを伝えて、相手に叶えてもらう様に託す必要があるからです。

今出来ていないことを託すのですから、指導者によるチェックは主旨の確認程度に留めなければなりません。
託しているにもかかわらず、判断のために都度確認をさせていてもうまくは行きません。
よく指揮者が、「責任は自分がとるからなんでもやれ!」と言いつつ、やるにあたっての最終判断を指導者が行けるか行けないかの判断をすることをしている人も散見しますが、まったくのたくしていないのと同じです。
なぜなら状況を見て的確な判断を指揮者が出来るなら、そもそも託す必要は無いからです。

つまり託したら可能な限り何もしないことなのです。(自分の犯したミスを伝えたいという気持ちもあるかも知れませんが、手も口も出さない)

任せて何もしない託す行為ですが、託した側の指揮者の精神的ストレスはかなり高くなりますので託した指揮官はこのストレスとの対峙が最も重要になります。

指揮官になるほどの能力を持ちながら、人に託せる人は本当に度量が広くするために精進しなければなりません。
そしてこの精進は指揮をとり続ける限り永遠に続きます。

本当に託すことが出来る人を率いて進むことが、真の意味で「仲間との協力」と言えるのかもしれません。

服従下で使える人材、託して成果を発揮する人材、人それぞれで外観からはわかりませんし、どちらが優秀というわけでもありません。

全てはその組織の置かれている状況によって決まります。

指揮者として新たな人材の登用を必要とするとき
服従者を登用するのか、託せる人を登用するのかと言う要素も考慮してみてはいかがでしょうか?






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強い組織の作り方 2016年版

2016年11月22日 22時42分40秒 | エンライトメント
強い組織を作ろうと思ったらどうするか?

20代半ばからマネージメントをしてきた初瀬川にとっては常にやりながら問い続ける課題です。

作らなければならないとなれば、悩んでいられないので、今最高だと思う方法で作るしかありません。今日書くこともまだまだ発展途中の話ですので参考程度に見てやってください。

やることは簡単なので箇条書します。
宣言
状況把握
配置(再配置)
指導
評価
改善指導
ここから宣言を除いて
状況把握へ戻り繰り返し
これが今のところ全てです。

宣言とは強い組織を作ると宣言することです。
所信表明でも構いません。
組織を束ねる上司と言っても、神でも王でもありませんから、何をしようとしているのか理解はなくとも宣言しなければなりません。

状況把握
個別に基礎能力の有無判断のための面談
加点能力の有無の把握のための面談
強い組織に必要な能力項目の洗い出し
洗い出された必要能力者の有無確認
組織内に相関関係にある能力者の把握

配置(再配置)
配置趣旨の説明
その後、強い組織にするため必要能力者を中心に配置、もしくは現状の体制から必要であれば再配置。

指導
指導趣旨の説明
配置された箇所に必要能力者を配置した場合は、その必要能力を最大化させる指導
必要能力者を配置できない場合は教育と実践によって指導
能力が相関関係にある人材の配置

評価
指導した人たちが指導通りに出来ているか
指導の先の領域を見始めたかの評価
不足能力の確認

改善指導
再度指導趣旨の説明
評価の好評と改善点の発表とその部分の指導

一通りの工程を経て状況把握のフェーズへ

この間で指揮官が大切にしなければならない事は、必要なことを指揮官へ連絡しやすくする環境と各部へ状況把握のヒアリングをしても抵抗が起きない人間関係。

言いたくない、聞かれたくない、見られたくないなどの雰囲気があっては組織は強くはならない。その雰囲気を出させるのは指揮官自身のストレスマネージメントが上手くいくこと。

荒れる指揮官、高圧的な指揮官などとかく敬遠されがちの指揮官は短期勝負の組織なら、目的までの短期の間に崩壊が起きなければ良いが長期となると必ず崩壊する。

強い組織を作るための指揮官として肝に銘じること
理が無いと書く無理は短期しか続かない。
マネージメント層が部下が自発的に強くでも言ってこない限りマネージメントマインドを求めてはならない。もし部下がマネージメントマインドを持ってくれたらマネージメント層は不要な荷物で不要。求めるは職務放棄と考える。
全ての部下を意のままに出来ると思ってばならない。
導く部下の100手先を常に意識して、時に反目されることもあるだろうが、組織そして付いてきてくれる部下の精神的支柱となる気概を持つこと。
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人は感情の生き物である。 そして人は事実よりも信じたいものを信じる

2016年10月18日 22時59分55秒 | エンライトメント
人は感情の生き物である。
そして人は事実よりも信じたいものを信じる生き物である。

どんなに冷静に考えているつもりでも、判断材料を選択する場面で信じる部分に感情が入る。

1人では理論的な判断など出来ない。

複数人でも強力なリーダーなどにより集合体としての感情が出来上がるし、集合体としての感情が出来ない集合はそもそもまとまって大事をなすことは難しい。

これまで
感情で生きてはダメだ。
自身の感情を支配して冷静に判断をするのだといろいろな人から言われてきた。

確かに小事はそれで対処できる。

大事はそうはいかない。

感情を制御する判断とは、かなりの確率で気持ちと違う判断結果となる。

上手く行けば結果に喜び、心の中の感情に背いたというモヤモヤは気持ちの奥に追いやられ
気にならない人もいるかも知れない。

しかし、失敗した時はその結果からの落胆と、感情に反してまでした判断自体のプロセスに苦しむことになる。

感情に従った失敗と感情に背いた失敗では、感情に背いた失敗の方が数倍ダメージがある。

大事での失敗はただでさえ大きい、それが数倍になれば1回の失敗で心が終わってしまうかもしれない。

ここまで読んで、では「感情の赴くままに行動すれば良い」ってことだと思うかもしれませんが、そうは簡単ではありません。

感情の赴くままに、やりたいようにやったつもりが、実は違う場合が多くあるからです。

社会で生きる中で人の感情はとにかく抑制されがちです。
常に素の感情で生きている人は中々いません。

学校、会社、コミュニティで些細なことによって嫌な気がしたり、反対に嬉しかったりと様々ありますが、特に人は嫌なときは感情を出さない傾向があります。

何かと感情は抑制されています。

常に抑制の中で生きると、いつしか自分の本当の感情がわからなくなってきます。

だから「こんなつもりではなかった」や「なんのためにやってきたのかわからなくなる」という様な出来事にあったりして、大きなダメージを受けてしまいます。

社会で生きる以上、感情の抑制は大切です。しかしそれ以上に自分の感情を正確に知る事が大切です。

時間がある時に落ち着いたところで、自分の感情と向き合って下さい。

そして、「人は感情の生き物で信じたいものを信じる」と言う事を意識しつつ、正直な感情の下に論理的な判断をしてみて下さい。


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iPhone7発表!マーケティングなんかクソ喰らえ!感性に突き動かされたイノベイターでありたい。

2016年09月08日 21時53分06秒 | つれずれ
iPhone7
出ましたね。
こんなかなー

こんなかも

こんなギミックだったらどうしよう


でも現実は、、、、、

そしてこのわくわくしない感覚。

これが7?って感じで
悲しいです。


望遠、広角、防水、防塵、そして日本対応のApplepay。


何も真新しくない。


android端末でかなり昔に使っていた機能。


マーケティングにはまり、イノベイターとしての道に明確に別れを告げてしまいました。


市場の中に答えがあると探せば、短期的には結果を残せるだろう。
しかし、市場の中に答えがないものを新たに市場に出すことが出来なければ、いつか同様のマーケティング手法の元に作られたものは当然個性を消していく。

便利だけど心が騒がない。日用品の世界。


恐ろしい事は、今回も取り敢えず販売台数は(様々な利益共同体の企業の協力の元に)記録として作られる。


だからAppleが終わる時、実際「本当にどこで終わったか」という事に気づけないということ。


様々なステークホルダーに囲まれ、熟成されたりんごは腐るのみ。













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