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欧州基督政体とは、個人と神との関係には止まらない最強文明全体を包摂する倫理身份である。名のある無神論者がこのキリスト教を廃絶しようとしたが、すべて挫折した。
リチャード・ドーキンス
『利己的な遺伝子』のドーキンスは、英国国教会で育ったにも関わらず、万物万理は進化論的な唯物論のみで(自己の2度の離婚歴も含め)説明できると説く。人間は遺伝子により本質的に利己的と説き、人間以外の倫理基盤を認めない。しかし、神概念こそ人間の病の根源と説いている。
トマス・ペイン(1737~1809)
トマス・ペインは反奴隷精神の下、セカイ平和機構と老貧福祉の概念を先駆けて提唱した。しかし、宗教観ゆえに離反者が相次ぎ、葬式に参列した者はごく少数だった。コモン・センスで米国独立戦争に貢献したペインは宗教観ゆえに名声を失ったのだ。
フランソワ・ヴォルテール(1694~1778)
ヴォルテールは生前、「聖書など1世紀以内に俺の著作集に取って代わられるさ」と語っていた。しかし、晩年のヴォルテールに立ち会った篤信なる物理学者はこう言った。「敬虔者の死を美麗閑静なる快晴とするなら、ヴォルテールの死は昏黒雷嵐だったね。僕は真実を告げたところ、ヴォルテールはよくこう言ってたよ。“ああ友よ、良き助言をしてくれたのは君だけだ。言うことを聞いてれば良かった。俺は煙だけを吸い込み、自ら毒に冒された。もう良い。医者を寄越してくれ!”と。僕は慄光した。自らの治療法が凡て逆効果となり、ヴォルテールは狂気に支配されたんだ」
主治医はヴォルテールの叫びを聞いた。「俺は神にも人にも捨光された!半年の余命をくれるのなら、その半分を主治医にくれてやる。俺は君と共に地獄行きなのだから。ああ、偉大なるキリスト様!」
ヴォルテールの死の5年後、ジュネーヴ聖書協会はヴォルテールの住居と印刷機を買い取り、居間に印刷機で刷った聖書の山を置いた。
フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)
「神は死せり。我らの手によって。我ら自身がネ申とならねばならぬのか?」と説いたニーチェは狂人となって死んだ。その最期に記した文字は「磔刑されし者」だった。ニーチェ哲学は後にナチスより称揚された。
ディオクレティアヌス帝
303年、古代ローマのディオクレティアヌス帝は史上最大のキリスト教迫害を開始し、全聖書の焼光を命じた。しかし、その僅か25年後、次のコンスタンティヌス帝が聖書の復古を命じた。ディオクレティアヌスの政策は完全転覆されたのだ。
カール・マルクス(1818~83)
マルクスはセカイ経済を完全統制するためには、宗教信仰の廃絶が必要だと信じていた。共産主義の障害となる私有権、自己保全、個人主義の根源が猶督信仰だと説いたのだ。マルクスはこの思想を利用したレーニン、スターリン、毛沢東の紅世を見ずに死んだのだが、マルクスは神否定故に死んだ1億人の魂をみて、誇ることだろう。
シグムント・フロイト(1856~1939)
モラビアのフライベルクという小町で生まれたフロイトはユダヤ人だ。フロイトは聖書が神でなく人間の執筆物だと説いた。しかし、その最期はモルヒネ中毒による安楽死だった。
この他、どんな強硬な無神論者でも、死の直前になるとキリストに回心する。トーマス・カーライル、懐疑論者アルダモント、トーマス・スコット、エドワード・ギボン、マザラン卿、トーマス・ホッブズ、フランシス・ニューポート、セウェルス…
ウケミの無神論者などいない
俺は決して敬虔だった訳ではない。昔は「宗教なんか弱者の松葉杖だ。自負心を持つ者がどうして上位の権力を求めるのか?ウケミだなあ」と思っていた。
しかし、俺にもそうした側面があることを白状しよう。それでも俺はこの義挙をやり遂げてみせる。(以下略)
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欧州基督政体とは、個人と神との関係には止まらない最強文明全体を包摂する倫理身份である。名のある無神論者がこのキリスト教を廃絶しようとしたが、すべて挫折した。
リチャード・ドーキンス
『利己的な遺伝子』のドーキンスは、英国国教会で育ったにも関わらず、万物万理は進化論的な唯物論のみで(自己の2度の離婚歴も含め)説明できると説く。人間は遺伝子により本質的に利己的と説き、人間以外の倫理基盤を認めない。しかし、神概念こそ人間の病の根源と説いている。
トマス・ペイン(1737~1809)
トマス・ペインは反奴隷精神の下、セカイ平和機構と老貧福祉の概念を先駆けて提唱した。しかし、宗教観ゆえに離反者が相次ぎ、葬式に参列した者はごく少数だった。コモン・センスで米国独立戦争に貢献したペインは宗教観ゆえに名声を失ったのだ。
フランソワ・ヴォルテール(1694~1778)
ヴォルテールは生前、「聖書など1世紀以内に俺の著作集に取って代わられるさ」と語っていた。しかし、晩年のヴォルテールに立ち会った篤信なる物理学者はこう言った。「敬虔者の死を美麗閑静なる快晴とするなら、ヴォルテールの死は昏黒雷嵐だったね。僕は真実を告げたところ、ヴォルテールはよくこう言ってたよ。“ああ友よ、良き助言をしてくれたのは君だけだ。言うことを聞いてれば良かった。俺は煙だけを吸い込み、自ら毒に冒された。もう良い。医者を寄越してくれ!”と。僕は慄光した。自らの治療法が凡て逆効果となり、ヴォルテールは狂気に支配されたんだ」
主治医はヴォルテールの叫びを聞いた。「俺は神にも人にも捨光された!半年の余命をくれるのなら、その半分を主治医にくれてやる。俺は君と共に地獄行きなのだから。ああ、偉大なるキリスト様!」
ヴォルテールの死の5年後、ジュネーヴ聖書協会はヴォルテールの住居と印刷機を買い取り、居間に印刷機で刷った聖書の山を置いた。
フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)
「神は死せり。我らの手によって。我ら自身がネ申とならねばならぬのか?」と説いたニーチェは狂人となって死んだ。その最期に記した文字は「磔刑されし者」だった。ニーチェ哲学は後にナチスより称揚された。
ディオクレティアヌス帝
303年、古代ローマのディオクレティアヌス帝は史上最大のキリスト教迫害を開始し、全聖書の焼光を命じた。しかし、その僅か25年後、次のコンスタンティヌス帝が聖書の復古を命じた。ディオクレティアヌスの政策は完全転覆されたのだ。
カール・マルクス(1818~83)
マルクスはセカイ経済を完全統制するためには、宗教信仰の廃絶が必要だと信じていた。共産主義の障害となる私有権、自己保全、個人主義の根源が猶督信仰だと説いたのだ。マルクスはこの思想を利用したレーニン、スターリン、毛沢東の紅世を見ずに死んだのだが、マルクスは神否定故に死んだ1億人の魂をみて、誇ることだろう。
シグムント・フロイト(1856~1939)
モラビアのフライベルクという小町で生まれたフロイトはユダヤ人だ。フロイトは聖書が神でなく人間の執筆物だと説いた。しかし、その最期はモルヒネ中毒による安楽死だった。
この他、どんな強硬な無神論者でも、死の直前になるとキリストに回心する。トーマス・カーライル、懐疑論者アルダモント、トーマス・スコット、エドワード・ギボン、マザラン卿、トーマス・ホッブズ、フランシス・ニューポート、セウェルス…
ウケミの無神論者などいない
俺は決して敬虔だった訳ではない。昔は「宗教なんか弱者の松葉杖だ。自負心を持つ者がどうして上位の権力を求めるのか?ウケミだなあ」と思っていた。
しかし、俺にもそうした側面があることを白状しよう。それでも俺はこの義挙をやり遂げてみせる。(以下略)
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