徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 15

2016年05月09日 00時02分14秒 | Nosferatu Blood
 
  *
 
 港から出て信号が数えるほどしか無い島の外周道路を車で走ること三十分、コミューターは無事に宿泊施設に到着した。
 リョカンと呼ばれているらしいその施設は都会にある様な地上何十階もある様な大規模なホテルではなく地上四階建てで、全室が海側に集中している――オーシャンビューとかいうらしいが。
 四階のランプが点燈すると同時にチーンというベル音とともに扉が左右に開き、フィオレンティーナはパオラとリディアに続いてエレベーターを降りた。
 四階の廊下はエレベーター乗り場を中心に左右に伸びており、いずれも海に面した側だけに扉がある――廊下の反対側の壁は嵌め殺しの大きな窓になっており、山側の光景が望める様だった。
 エレベーターの正面は壁の代わりに全面が硝子張りの窓になっており、山の中腹の高い場所に位置しているためにエレベーターから降りた時点で海が一望出来る――エレベーターの扉が開くと同時に、空と海、森と砂浜が視界に入ってきた。
「わぁ、見て、すごい」
 パオラが歓声をあげ、荷物をエレベーターの脇に置いて窓に駆け寄っていく。リディアもちょっと興奮気味でそれに続き、同じエレベーターに乗っていた凛と蘭はその様子を眺めてにこにこしている――フィオレンティーナも窓に近寄ろうかと思ったが、視界の端でパオラの荷物が倒れかかるのが見えたのでそちらに手を伸ばした。
 掴み止めた旅行鞄の取っ手を握り替え、壁に立て掛け直してから、はしゃいでいるパオラとリディアに視線を戻す。
 窓の両脇にはビールの自販機と、ソフトドリンクの自販機が数台設置されていた――その隣にある自販機はよくわからない。
 紙コップに飲料を注いで販売する自販機に似ていなくもないが、飲料を選ぶためのボタンがなにも無い。PUSHと書かれたボタンはひとつしか無く、ついでに小銭を入れる投入口も無かった。
「アルカード、これはなんですか?」 フィオレンティーナがその自販機を指差してそう尋ねると、彼女に遅れてエレベーターから降りたアルカードはそちらにちらりと視線を向けて、
「氷の自販機だよ」 そう返事をしながら、金髪の吸血鬼が子供たちの荷物を担ぎ直す。
「氷?」
「そう、氷――まあ自販機という言い方は適切じゃないが」 金は要らないから、と金髪の吸血鬼が続けて、自分の荷物エレベーターから引っ張り出す。
「お金が要らない? 無料ただだっていうことですか?」
「ああ。無料の製氷機だ」 アルカードはそう答えてから、それ以上話を続けるつもりも無いのか――もちろん、それだけ返事すれば十分な内容ではあったが――、アルカードが右手で引っ張っていた自分の鞄をエレベーターの脇の壁際に置いて、ジャケットのポケットから引っ張り出したキーに視線を落とした。
 旅館の鍵は全室カードキーになっているらしく、フィオレンティーナも磁気テープを貼りつけられたカードを受け取っている。紛失したり折り曲げたりすると弁償が高くつくぞ、というのが、揶揄半分のアルカードの注意だったが。
 ちょうどそのタイミングで隣に設置されたもう一台のエレベーターの扉が開き、大学生四人が降りてくる。彼らの乗ったエレベーターの到達が遅れたのは、一緒のエレベーターに乗り込んだ若い夫婦とその子供たちが下の階で降りたからだろう――そのあとから出てきたアレクサンドル老が相変わらず死にそうな顔をしているのは、船酔いがまだ復調していないらしい。
 あの老人、いつだったか忘れたが、彼女が店に来てすぐのころに休憩時間中の雑談で船に強いと豪語していたのだが、どうしてあんな状態になっているのだろう。聞くのも悪い気がして本人やその身内には聞けなかったのだが。
「おじいさん、なにやってあんなになってるんですか?」 アルカードに耳打ちすると、
「裸スネークごっこをやったらしい」 金髪の吸血鬼が適当に肩をすくめて返してきたその返答で余計にわけがわからなくなって、フィオレンティーナは首をかしげた。なにそれ?
 頭上で疑問符がぐるぐると回っているフィオレンティーナを見遣って小さく笑い、金髪の吸血鬼は手を伸ばして彼女の背中を子供をあやす様にポンポンと軽く叩いた。
「子供みたいな扱いしないでください」 唇を尖らせるフィオレンティーナに軽く笑いかけてから、アルカードが自分の鞄の取っ手を握り直す。
「車の中で深酒してただろ、爺さん」
「ええ、出かける前から酔っ払ってましたね」
「俺も状況をその場で見てたわけじゃないからはっきりしたことはわからないんだが、なにやらその場でぐるぐる回って遊んでたらしい」
「目を回したんですね、つまり」 老人が子供たちに張り合ってその場で『よいではないか、よいではないか』の人形の様に回転する光景を想像しつつそう返事をすると、
「そうらしい」
「なんとコメントすればいいのか」
「別にコメントしづらいことを無理にコメントする必要は無いと思うですよ、お兄さんは」 変な文法でそう返事を返してから、彼は子供たちのほうに視線を向けて、
「じゃあ、そろそろ出かける準備をしようか」
「うん」 凛が元気良くうなずいて、手を伸ばしてアルカードが運んでいた自分の鞄を受け取る。
「どこかに行くの?」 パオラの質問に、蘭がそちらに視線を向けた。
「うん」 にこにこ笑いながら返事をする蘭から視線をはずし、リディアがアルカードに視線を向ける。アルカードはその視線に気づいてか彼女のほうに視線を向けて、
「島の中心地に行くんだよ――中心部には町もあるんでな」
「お土産とか買いに行くの」 凛がにこにこ笑いながら、パオラの袖を引っ張る。
「お姉ちゃんたちも一緒に行こう」 ね、とこちらに笑顔を向けてくる凛の視線に、フィオレンティーナは意見を求めてアルカードに視線を向けた。
 アルカードはその視線に気づいてはいただろうが、返事は返してこなかった――こういった場合、彼の黙殺はこちらに決断を一任していることを示している。要するに好きにすればいいと言っているのだ。
「どうやって行くんですか?」 という質問だけは、投げておく――アルカードはその質問に軽く首をかしげて、
「んー、車の予定」
 遠いんですか、というリディアの質問には、
「直線距離は、別に――ただ島の中央の山を直接越える道が無いから、外周に沿って迂回していくしかないんだよな。だから遠いと言えば遠い」 と答えている。
「ただ、一応観光客向けに島じゅうを回るちっこい町営のバスがあるんでな、ひとりで出歩いても近くまでは帰ってこられるぞ」 営業時間内だけだがな――そう付け加えてから、アルカードは腰に片手を当ててちょっと笑った。
「俺と蘭ちゃんと凛ちゃんはこっちの知人のところに挨拶に行くんだが、君たちは別になにしててもかまわないぞ――もう海に行きたければそうすればいいし、一緒に街まで行ってそこらへんの土産物屋を散策しててもいい」 俺も挨拶だけ終わったらそこらを出歩くつもりだし、と金髪の吸血鬼が続ける。
「それなりに見て回るものはあると思うぞ、硝子細工とか陶芸とか」
「あ、それは楽しそうですね――それじゃ、一緒に行ってもいいですか?」 両手の指先をくっつける様な仕草をしながら、パオラが発言する――喜んでいたり楽しみにしていたりするときの、彼女の癖だ。
「あ、じゃあわたしも」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードがうなずく。
「それじゃ、わたしも――でも、アルカードが連れてくんですか?」
 おじいさんじゃなくて?というリディアの質問に、アルカードが部屋まで歩いていく気力も無いのか萎びた菜っ葉みたいな有様で壁際にうずくまっている老人に視線を向けた。グロッキー状態になっているのは自業自得だと思っているのか、あまり心配している様には見えない表情で、
「ああ、普段なら引率は爺さんなんだが、あの有様だからな」 というアルカードの返答から察するに、もともとはチャウシェスク家のつながりの知人であるらしい。
「それ、お邪魔になりません? わたしたちも行っていいんですか?」 遠慮すべきではないかと考えたらしいリディアの質問には、
「別にいいんじゃないか――どうせ半分は見知った顔だし」 いったいどういう意味なのかそう返事をしてから、アルカードは腕時計に視線を落とした。彼は周りを見回して、
「そうだな――三十分後にもう一度ここでいいかな?」
「うん」
「うんー」 子供たちがそれぞれうなずき、パオラとリディアも返事をする。アルカードがこちらに視線を向けたので、フィオレンティーナも腕時計に視線を向けてからうなずいた。
「わかりました」
「ごめんね、アルちゃんひとりに引率させる形になって」 というイレアナの言葉に、アルカードはかぶりを振って、
「いいんですいいんです、それより早いとこ落ち着かせてあげてください」 その言葉に、イレアナがアレクサンドルを促して自室のほうへと歩いていく。凛と蘭も自分の鞄を手に――床の上を引きずる様な状態ではあったが――それについて歩いていった。
「じゃ、俺らも行くか」 それまで彼女たちの遣り取りを眺めていたフリドリッヒが、ジョーディを促して歩き出す。それに加わる様にしてアルカードが歩き出すと、
「しかしあれだ」
「どれだ?」
「ほら、男は三人部屋で女は五人部屋って、結構な人数差だな」
「仕方が無いだろう、四人四人にするためにひとり男部屋に回すわけにもいくまいよ」 三人の男たちがそんな会話を交わしながら、廊下を歩いていく。三人の男性はアルカードの希望なのか老夫婦の部屋よりももうひとつ向こう、非常階段の手前の部屋の中へと姿を消した。
「わたしたちも行こうか」 自分に貸与されたカードキーに視線を落として、アンが声をかけてくる。
「はい」 老夫婦と男性三人が歩き去っていったのはエレベーターを中心にして旅館の西側だが、女性五人の宿泊する部屋は東側になるらしい――先程の会話からもわかるとおり、従業員は男女別でそれぞれ同室になっている。男性は三人同室、女性は五人で同室になるのだが、アルカードの言葉を借りると五人部屋でもさほど狭苦しくはないということだった――実際並んだ扉の間隔からすると、想像していたよりも部屋は大きいらしい。エレベーター前の空間の廊下からの奥行きを考えると、部屋の奥行きもかなりある。
 廊下の長さに比べて部屋数の少ない廊下を奥まで歩いていくと、一番最初に部屋の前に到達したエレオノーラがカードキーを使ってロックを解除した――カードリーダー自体は壁に設置されており、扉は引き戸になっている。
 神城邸や例の焼鳥屋の様な二枚が互い違いになった引き戸――フスマと違って、引き戸は一枚だけだ。防犯のために施錠が必要だからだろう。材質も表面こそ紙が貼られてフスマに似せてはあるものの、木や紙が主素材のフスマやショウジに比べるとかなり強固に造られているのがわかった。
 パオラとリディアに続いて部屋に足を踏み入れると、日本の一般的な家屋の土間の様に段差がある――靴は旅館のフロントで預けてきたので、スリッパを脱ぐためのものだろう。
 スリッパを脱いで上がった短い廊下は板張りで、右手の壁はくぼんでいて鋼管が渡され、上着を掛けておくためのハンガーが掛けられている。その下のスペースは荷物置き場なのか板間になっていて、鋼管の上には棚があった。棚にはビニールに包まれた布が置かれている――ああ、これが浴衣というやつか。

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