徒然なるままに修羅の旅路

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Dance with Midians 9

2014年11月06日 23時19分32秒 | Nosferatu Blood LDK
 始まったときと同様に、その爆発は唐突に終わりを告げた。あれほどの閃光も轟音も衝撃波も、まるで夢幻のごとくに消滅し――轟音の残響すらも残ってはいない。
 魔術の『プログラム』というのは通常なんらかの障害が原因で機能不全を起こしたときに備えて、『式』に瑕疵が生じると自動もしくは手動で修復を行う仕様になっている――対してアルカードの塵灰滅の剣Asher Dustは、攻撃対象の霊体に傷をつけるとそこから霊体を自壊させる機能を持っている。魔術の『式』は魔術師の魔力、霊体の一部を割いて編み上げられているから、この機能は魔術の『式』に対しても損害を与えることが出来る。
 もとより霊体武装はそれ自体が霊体で出来ているから、物体に攻撃するよりも霊体を直接攻撃するほうが効果は顕著なのだが、アルカードの塵灰滅の剣Asher Dustはそれに特化しているのだ――ただ単に霊体に損傷を与えるだけでなく、そこから徐々に傷口を拡げていく彼の塵灰滅の剣Asher Dustの機能は、肉体を持たない生物、たとえば幽霊のたぐいや受肉していない神霊にとっては致命的な損害を与えうる攻撃手段になる。
 そしてそれは魔術に頼る者に対しては、極めて大きな利点になる――魔術の『式』もまた魔力によって織り込まれ編み上げられた霊体であり、したがって霊体武装で壊すことが出来るからだ。
 だが、グリゴラシュの魔術の技量は極めて優れたものだ。実際アルカードの塵灰滅の剣Asher Dustの一撃は、グリゴラシュの魔術の『式』を即座に消滅させられなかった――最終的には『浸蝕』効果が勝って消滅せしめたものの、グリゴラシュの『修復』速度が極めて速かったために、『浸蝕』が始まってから『式』が機能停止するほど破壊されるまでにかなり時間を喰ったのだ。そのために、魔術の効果が発動する前に『式』を壊しきることが出来なかった。
 魔術の式というのは、技量が高くなればなるほど整頓されてくる――劣った術者の術式はまるで複数の絵の具をパレットに垂らしてぐちゃぐちゃに混ぜた様に渾然一体としているが、優れた術者の術式は人間の脳がそうである様に整然と整頓され、機能別に分かれているのだ。
 整頓された術式は動作速度クロックも修復速度も桁違いに速いのだが、同時に攻撃箇所が見分け易くもある。
 実際にそうなっているわけではないが、たとえるなら紙を四等分する線を引いて、一ヶ所は魔力制御、一ヶ所は出力制御、一ヶ所は起爆と爆発の制御、一ヶ所は巻き添えを食らわない様に術者を防護する防御障壁の構築と制御といった具合に、機能別に明確に整頓されている。そのため内容を正確に読み取って、たとえば今回であれば爆発を起こす術式なわけだが、爆発の発生とその制御をつかさどる箇所を破壊してしまえば魔術は機能を停止する。
 今回の場合は魔術を起動不能に追い込もうとしたのだが、塵灰滅の剣Asher Dustの刃が届かなかったのだ――基幹部分を直接斬り裂くことが出来なかったためにその近くに斬り込んで、あとは『浸蝕』によって破壊しようとしたのだが、グリゴラシュの術式の修復速度が驚くほど速かったために術式を完全に機能不全に追い込むことが出来なかった。
 爆発が起こった直後に唐突に収まったのは、おそらく『浸蝕』が及ぶ前に起動した爆発を起こすための『式』が、起動後に『浸蝕』が及んだために機能しなくなったからだ。この『式』が爆発発生前に機能を停止していれば、術式は起動せずそよ風ひとつ起こらなかっただろう。
 だが、それでも周囲の様相は一変していた。瞬時に発生した爆発の衝撃波によって天井が吹き飛ばされ、頭上に広がる満天の星空が見えている。
 周囲にはもはや、寺院の構造物を思い出させるものはなにひとつ残っていない天井はもちろん屋根も吹き飛び、壁や柱といった構造物はほとんどが高熱で瞬時に昇華され、無事だった構造物は衝撃波によって花が咲いたみたいに放射状に薙ぎ倒されている。
 足元は彼の足場を除いて、半径数百歩ほどの広い熔岩の湖と化している――沸騰しながらたゆたう熔岩が放射するオレンジ色の光のおかげで視界には不自由しないが、同時に放射される熱のせいで異様に暑苦しい。
 熔融したオレンジ色の湖の中に、ところどころ熔けていない構造物が顔を覗かせている――シチューのルーの中に浮いた人参や芋の様の様に熔岩の中から顔を覗かせた構造物の残骸は、熔けることなく衝撃波で真上に吹き飛ばされた構造物がそのまま再びまっすぐ落下してきたのだろう。
 今や寺院の建造物は薙ぎ倒された壁の一部や吹き飛んだ石材くらいしか残っておらず、残りは熔けたか吹き飛んだかしたのだろう――足元でたゆたう熔岩の水面・・と足場の床の高さに一フィート近い差があるのは発生した超高熱で床の石材が熔けるよりも早く昇華して吹き飛び、その下から剥き出しになった地面が熔解したからだ。
 ごく短い一瞬だったというのに、その瞬間に発生した熱量のせいで周囲の構造物はほぼ消滅している――発生した超高熱が床や壁の構造物のほとんどを瞬時に昇華させ、急激に膨張させて大爆発へと変えたのだ。
 周囲はまるで熔岩のごとく熔けて沸騰しながらたゆたう地面から放射される熱と光、鉱物の蒸気で埋め尽くされている。顔を顰めながら、アルカードは『帷子』を展開して周囲の空気と熱を遮断した。ほかはどうでもいいが、鉱物の蒸気ガスは吸引することで危険を伴う。
 アルカードの塵灰滅の剣Asher Dustに『浸蝕』されたことで中途半端に発動した『式』が魔術構造を完全に喰い潰されて消失するまで、瞬きひとつぶんの間も無かったというのにこの有様だ――そしてその事実が、グリゴラシュの類稀な魔術構築の技量をそのまま表しているともいえる。
 奴は――
 胸中でつぶやいて、アルカードは周囲を見回した。先の爆発を凌ぐので手一杯で、索敵にまで手が回っていなかったのだ。
 真っ赤に熔融した床から放射される熱による陽炎に揺れる視界の中で、数十歩ほど離れたところに敵の姿を認め、アルカードはそちらに向き直った。
 グリゴラシュは先ほどまでの悠然とした様ではなく、すでに襤褸雑巾の様な有様になっていた。爆発に巻き込まれたのか黒々とした長髪は無慙に焼け焦げ、露出していた顔の皮膚は七割がたが焼け爛れている。全身を鎧っていた鋼鉄製の鈑金甲冑は手甲と脚甲の一部を除いて完全に吹き飛び、ぼろぼろの鎖帷子と鎧下が申し訳程度に全身を覆っていた。
 なるほどな――胸中でつぶやいて、アルカードはグリゴラシュに視線を据えた。
 魔術を近接距離で使う場合、術者自身がその攻撃の被害を受けるのを避けるための防御結界の『式』が織り込んである場合が多い。そうでないとこの状況では、術者も敵と一緒に巻き添えを喰らうことになるからだ。
 術者である自分自身が爆発の被害を受けるのを避けるために、グリゴラシュが結界の『式』を術式に織り込んでいたのは間違い無い――複数の魔術の同時起動マルチタスクは、その倍の規模の魔術をひとつ起動するよりも術者に大きな負担がかかるし、制御にも手間がかかる。
 それにアルカードが先ほど『式』に斬り込んだとき、グリゴラシュは異なる『式』をもうひとつ展開している様には見えなかった。特別その必要が無ければ、高位の魔術師は通常ひとつの『式』にふたつの内容を織り込むはずだ。
 先ほどの爆発の際、グリゴラシュは防御結界を展開していなかった――それは間違い無い。
 先述したが、高位の術者の魔術式は機能別にきちんと整頓され、動作速度クロックもバックアップからの修復の速度も早い。ただしその一方で、術式を霊体武装などで攻撃されたときに不完全な状態のまま発動する危険も孕んでいる――その損傷で瞬時に機能が停止するのならまだましなほうで、場合によっては出力制御にエラーが出て術者の設定を大幅に上回る効果を発揮し、結果周囲に大被害が出たり術者が巻き添えを喰らったりするのだ。
 今回の場合は、術者自身が巻き添えを喰らうのを避けるための防御結界の術式が破壊されて起動しなかった――おそらくグリゴラシュが展開した『式』にアルカードが斬りつけたとき、斬った箇所がグリゴラシュが自身を守るために展開するはずだった結界の構築を制御する箇所だったのだろう。
 その結果グリゴラシュは自身を守る結界が構築されないまま、魔術の爆発に巻き込まれることになったのだ。
 
   †
 
 魔術の『式』が消滅するまでは、一瞬だった――周囲に発生した超高熱によって周囲の構造物が瞬時に昇華し、次の瞬間高速で膨張し爆発が起こる。
 その大爆発は、赤ん坊が泣きやむ様な唐突さで終わりを告げた――塵灰滅の剣Asher Dustに『浸蝕』されて、『式』が破壊された結果だ。建物はおろか半径一マイルを吹き飛ばすほどの破壊力を込めた『式』だったのだが、発動直後に破壊されたためにこの様だ。
 ぼろぼろになった自分の姿を見下ろして、グリゴラシュは小さく苦笑した――グリゴラシュの『式』をヴィルトールが斬ったとき、たまたま彼が斬り込んだ箇所がグリゴラシュが自分を守るために展開するはずだった結界の構築制御の部分だったのだろう。
 高度な魔術式というのは明確に部分パート分けされた構造になっており、そこが損傷すると機能を失う――斬り込む箇所が正しければ、その一撃で完全に起動不能に追い込まれることもある。
 あの一瞬、ヴィルトールは塵灰滅の剣Asher Dustでグリゴラシュの魔術式を引き裂いた――おそらくそのときに結界構築を制御する術式が破壊されたか、もしくは『浸蝕』が届いて破損したのだろう。
 爆発の巻き添えを避けるために構築した結界は『式』が破壊されたために機能せず、結界は構築されなかった。結果としてグリゴラシュは防御結界の守りが無いまま、爆発の被害をまともに受けることになったのだ――爆発の発生直後に『浸蝕』が『式』を致命的に喰い潰したからよかった様なものの、そうでなければこの程度の被害では済まなかっただろう。
 ヴィルトールの魔具、塵灰滅の剣Asher Dustは性能的には並の上といったところだ――グリゴラシュが魔力強化した剣で撃ち合える程度のもので、性能的には知れている。ヴィルトール自身の霊体武装は真祖のそれだけあってすさまじい性能を誇るのだが、あの『剣』は彼自身のものではない。
 だがあの塵灰滅の剣Asher Dustが恐ろしいのは霊体を斬るとただ傷を負わせるだけでなく、損傷箇所から徐々に傷口を拡げていくことだった――これで魔術の『式』を傷つけられると、どんなに優れた術者の構築した『式』であっても破壊を免れない。
 高位の魔術師であれば術式に損傷が出たときにバックアップから修復する機能を織り込んでいることが多いのだが、修復するよりも早く術式が破壊されることがままある。『浸蝕』のほうが修復より早ければ、穴の開いた盥に水を流し込んでも片端から漏れてしまう様に『浸蝕』がじきに全体に及んでしまうからだ。修復速度が『浸蝕』速度を上回っていなければ、自動修復機能は破壊を遅らせるだけの結果に終わる。
 そして――今の状況なら破壊されていたほうがましだった。
 普通の霊体武装や霊的武装で『式』を斬りつけられても、普通は『式』に織り込んだ自動修復のための術式か、術者の手動修復によって修復されてそのまま起動する。
 だがヴィルトールの塵灰滅の剣Asher Dustで斬られた場合、『浸蝕』効果があるために『式』に生じた損傷がどんどん拡大していくのだ――修復速度は術者の技量に依存するから技能に劣る術者の『式』は瞬時に破壊されるし、高位の術者であっても出来るのはせいぜい『浸蝕』の進行を遅らせるだけのことだ。
 それはグリゴラシュでも変わらない。ヴィルトールが斬った術式は、グリゴラシュが自分が巻き添えの被害を受けるのを避けるために構築するはずだった、強力な防御結界の構築と維持を制御する部分だった。
 自動修復はもちろん機能したはずだが、『浸蝕』速度のほうが早かった。
 自動修復は機能していたものの術式の機能を回復するほどではなく、自動修復と『浸蝕』がせめぎあっコンフリクトした結果『浸蝕』速度がかなり遅くなり――防御結界は構築されないまま、しかし爆発を構成する部分まで『浸蝕』が及ぶ前に術式が起動し、間近にいたグリゴラシュは無防備のままその発動に巻き込まれることになった。
 その意味では、ヴィルトールの塵灰滅の剣Asher Dustに『式』を丸ごと喰い潰されていたほうがましだったと言えなくもない――そう考えて、グリゴラシュはくぐもった声を漏らして皮肉げに嗤った。
 ヴィルトールの塵灰滅の剣Asher Dustをもってしても爆発を阻止出来なかったということは、グリゴラシュのきわめて優れた技量を示すものだが――だが逆に『浸蝕』が爆発を構成する部分まで及んでいれば爆発は起こらず、巻き添えを喰うことも無かったのだ。
 瞬間的に生じた高熱によって熔融した地面が湖の様にたゆたう、まるで活火山の火口のごとき様相を呈した地獄の只中で、グリゴラシュは敵影を探して周囲を見回した。
 ――いた。
 数十歩ほど離れたところで、向こうもこちらを発見したところなのか、こちらに向き直る動作を見せている。
 爆発が起こる前と、なんら変わらぬ姿のまま――まるで絶海の孤島の様にそこだけが原形を保った床の上で、ヴィルトールが荒い息を吐きながらたたずんでいる。
 『楯』か――
 胸中でつぶやいて、小さく舌打ちする。
 『楯』はヴィルトールが独自に開発した、防御用の魔力強化シールド技能の一種だ――敵の攻撃が衝突する瞬間、その一点に物理的強度を生じるほどの高密度の魔力を凝集して防御すると同時に敵の攻撃の軌道を変え、力の方向をそらすことで防御する。
 グリゴラシュの魔力強化エンチャント技能は武器だけでなく手で触れるものならば甲冑や器物、石ころにまで強化可能なため、攻撃にも防御にも使える優れたものだが――ヴィルトールの『楯』は防御に徹底的に特化した技能だと言える。なにしろ攻撃の威力を減殺するのではなく、タイミングさえ間違えなければ物理的な衝撃は完全に封殺出来るのだ。
 だが、『楯』にも欠点はある――超高密度の魔力を一点に凝集するため、『楯』は瞬きするよりも短い一瞬しか持続しない。瞬時に凝集した魔力はヴィルトールの技量を以てしてもなお一瞬でほころび、『楯』としての用を為さなくなってしまうだろう。
 ヴィルトールはおそらく爆心地の方向に対して『楯』を使って作った楔形の『衝角ブレード』を連続形成することで、衝撃波を引き裂き爆発を凌いだのだろう。
 雪の深い土地で切妻型の屋根で積雪を防ぎ、楔形の防壁で雪崩の直撃を防ぐのと、まあ似た様なものだ――面で受ければ被害の大きな衝撃波も、線接触型の防壁を形成すれば引き裂き凌ぐのは容易い。爆心地に尖端を向けて楔形に残った足場が、それを示している。
 ヴィルトールは動きを見せないまま、荒い息をついている――おそらく先ほどの『楯』の連続起動で乱れた呼吸と、それに魔力の動揺が収まるのを待っているのだ。
 『楯』は極めて強固だが、欠点は持続時間のほかにもいくつかある。そのひとつが、驚くほど大きな魔力の消耗だった。
 『楯』の構築の際の魔力の動きは、浴槽に張られた水を浴槽の隅に一気に押し込む様なもので――『楯』を使うと一時的にではあるが、魔力がかなり大きく動揺するのだ。爆発はごく短い時間であったとはいえ、『楯』の持続時間はさらに短い。爆発を凌ぐために、『楯』を十五回は起動しなければならなかっただろう――並みの吸血鬼なら、それだけで霊体が消滅しかねないほどの損傷になるはずだ。
 だが、それでなお彼はまだそこに立っている――その事実に瞠目しながら、グリゴラシュは彼に向き直った。

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