徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Dance with Midians 10

2014年11月06日 23時38分01秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   †
 
 グリゴラシュは数十歩ほど離れたところで、固形部分の完全に消失した床から拳ひとつぶんほどの高さに浮いている。
 グリゴラシュが小さく舌打ちを漏らし、右腕を伝って床の上に滴り落ちる鮮血を見下ろした――滴り落ちた血の雫は熔岩化した地面から放出される高熱で瞬時に蒸発し、あとに残った血の塊も瞬時に焼失していく。
 短剣スティレットで突かれたアルカードの右腕がすぐには完治しない様に、魔力強化エンチャントの施された武器で負った傷はたとえ吸血鬼であっても治癒には時間がかかる。魔力強化エンチャントを這わされた心臓破りハートペネトレイターで突かれたグリゴラシュの肩も同様だ。
 グリゴラシュがいったんこちらに視線を向ける――戦闘を継続すべきか否かで迷っているのだろう。
 だが、彼はすぐに戦闘の続行をあきらめた様だった――ある意味当然と言えば当然だ。こちらは右腕が使えないだけだが、グリゴラシュは心臓破りハートペネトレイターで肩口を貫かれ、神経と一緒に鎖骨下を通る動脈も切断されている。普通の武器で刺されただけならすぐに出血が止まり傷もふさがるが、魔力強化エンチャントの施された武器で負った傷はそうもいかない――ただ腕が動かないだけでなく、しばらくすれば出血が原因で意識の継続も覚束無くなってくるだろう。ついでに言えば、潰してやった目もすぐには治らない。
 今追撃をかければ――
 一歩足を踏み出しかけたところで、アルカードは即座にその選択肢を放棄した。
 魔力の動揺が激しすぎる――グリゴラシュは防御が間に合わなかったために肉体的に相当の損傷を受けている。魔術には霊体に対する殺傷能力もあるから、霊体にも幾許かの損傷は負っているだろう、が――
 それでなお、グリゴラシュは床から拳ひとつぶんの高さにきちんと垂直を保ったまま浮いている――あの状態でなお、魔術制御を正確に行っているということだ。
 グリゴラシュの魔術の技量を鑑みれば、今ここで潰し合うのは得策ではない――もう一度同じ攻撃を仕掛けられれば、今度は『楯』では防げない。なにより、足元の地面がほとんど熔岩化してしまったためにグリゴラシュの周囲に足場が無い――戦士としての技術が主体のアルカードでは、この状況で接近戦を挑むのは難しい。
 状態が万全であれば儀典魔術で構築した防御結界を足元に敷いて・・・・・・足場にすることも出来なくはないが、今の魔力の状態では動揺が激しすぎてそれもままならない。
 右手はまだ握力を取り戻していない――補助武装の大半は失ってしまったし、そもそもグリゴラシュがここにいることを想定してやってきたわけではなかったので、準備も十分ではなかった。それに、先ほどの爆発を凌ぐのにそれなりに消耗してしまった。
 だが――
「どうした、グリゴラシュよ。決着がまだだぞ――怖気づいて逃げるつもりか?」
 投げつけた挑発の言葉に、グリゴラシュが唇をゆがめる。
「よく言う――今のその襤褸雑巾のザマで、まともに戦えるつもりか?」
「少なくとも貴様よりはな――黒焦げの様でよくほざく」 そう答えながら、左手を翳す。
 体内の魔力が大きく動揺しているために、今は霊体武装を起動することは出来ない。格闘攻撃も、普段ほどの対霊体殺傷能力は見込めないだろう。
 だが、憤怒の火星Mars of Wrathならば話は別だ。
 革のバンドが弾け飛ぶ音とともにはずれた手甲が足元の無事に残った床の上に落下して、耳障りな音を立てた――甲冑の下の帷子と鎧下を引き裂きながら左腕の肘から先が膨張し、指先に鎌状の鈎爪を備えた金属質の装甲に覆われた腕に変形していく。
 ぎちぎちと音を立てて変形していく左腕が、内部に充実していた魔力を放出し始めた――この左腕は、無論彼本来のものではない。昔高名な錬金術師から譲り受けた、錬金術により生み出された『炮台タレット』を、グリゴラシュに斬り落とされた左腕に移植したものだ。
「またずいぶんな代物をくっつけたものだな」
 感心した様なグリゴラシュの言葉に、アルカードは小さく顔を顰めた。
「あいにくあのときの損傷は、十年やそこらで治らないくらい深かったもんでね――左腕に寄生していたこれを引き剥がして、腕に接合するくらいしか手が無かった」
「二百七十年前のあの戦闘か――それを言ったらこっちも八つ裂きにされて、動ける様になるまでに四十七年かかったんだがな」
「その間にとどめを刺せなかったのが心底残念だよ、お兄ちゃん・・・・・――あいにく俺には貴様と違って、靴の裏舐めて媚び諂う御主人様も、猿山の大将を気取るための取り巻きもいないもんでな。五十年も片腕無いまま、うろうろしてられねえよ」
「苦労が偲ばれるな」 爆発の衝撃波で甲冑が吹き飛び、ところどころ炭化して、端正な容姿もぼろぼろになった無残な姿のまま、グリゴラシュが適当に肩をすくめ――その足元から広がった肉眼では視えない虹色の極光が、彼の全身を包み込む。
 展開された『式』の内容を即座に読み取って――アルカードは小さなうめきを漏らした。
「今夜の夜宴はこれで終わりだ、ヴィルトールよ――俺も少しばかり無茶をしすぎた。おまえも早いところ、ここから離れたほうがいい。なかなか面倒な客が近づいてきている――おたがいそいつに出会うと、今の体調ではなかなか面倒そうだ」
「待て――」
「焦るなよ――俺たちにはいくらでも時間があるんだ。つまらん横槍を入れられるのは本意じゃない」 転移魔術の効果が発動し始めているのだろう、グリゴラシュの姿が霧の様にかすみ始め――しかしかすれることなく明瞭に、グリゴラシュの声が鼓膜を震わせる。
「どのみち、俺はこの土地には用は無い――決着は持ち越しだ。どのみち今回の損傷を抜きにしても、俺も前におまえにやられた損傷が完全に回復していない――もう少し食事をしないとな。どうしてもと云うのなら、この土地の人間すべての屍の上で、いずれまた――」
 そこでグリゴラシュの姿が完全に消滅し――その声もまた途中で途切れる。
 小さく舌打ちを漏らし――左腕が人間のものと同じ形態に戻っていくのを見下ろして、アルカードは溜め息をついた。
 周囲を見回して地面を蹴り――足元の熔岩の池を飛び越え、まともな地面に飛び移る。
「さて、と――」
 周囲には爆発の際に生じた衝撃波で破壊され吹き飛ばされた瓦礫が散乱し、溶岩化した地面が放射する光でオレンジ色に染まっている。暑苦しかったので熔岩の池から十数歩離れたところで、彼は足を止めた。
「速いな」 つぶやいたとき、物蔭から黒い影が飛び出してきた。
 ――ギャァァァァァッ!
 悲鳴をあげながら塵灰滅の剣Asher Dustが結像し――その柄を左手で握り締め、アルカードは突き込まれてきた槍の巨大な穂先を受け止めた。
 塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が強烈な聖性を帯びた魔力を放つ槍の穂先と衝突し、紫色の火花を撒き散らす――槍を手にしているのは年の頃十八、九の若い青年だった。
 身長は自分よりもいくらか上か――長旅で薄汚れた金髪に、熱波に細めた眼は緑。若々しい端正な顔立ちを今は緊張に引き締めて、こちらを静かに見据えている。
 その視線を捉え、ふっと笑う。
 膂力に任せて塵灰滅の剣Asher Dustを振り抜き、アルカードは後退して間合いを取り直した青年に向き直った。
 すさまじい聖性を発しているのは、青年ではなくその手に構えた大身槍だった――使用者ではなく器物自体が、ここまでの強烈な魔力を帯びているというのは並ではない。
 突撃槍ランスとは形状が異なる、長い棒状の柄の先に穂先のついた槍ではあるものの――その穂先が異様に大きい。どのくらい大きいのかというと、全長の半分を占めるくらいだ。刺突よりも斬撃に適していそうな身幅が広く巨大な穂先の鎬の部分に刻まれた複雑な紋様には絶えず色調を変えながら明滅する虹色の光が走っており、まだ血を吸ってもいないというのに穂先全体が紅い血に濡れている。
 青年がカトリックの僧侶が身に纏う法衣を身に着けていることを考え合わせると、これはおそらく――
 ヴァチカンが保有する聖遺物イコン千人長ロンギヌスの槍か――
「本物、というわけか。はじめて見た」
「ドラキュラの『剣』――吸血鬼グリゴラシュだな? 俺はヴァチカン聖堂騎士団第一位、セイル・エルウッド――おまえの首、狩らせてもらうぞ」
 そんな名乗りを上げて、青年が一歩前に出る。だが――
「グリゴラシュ? 俺が?」 思わず噴き出したアルカードに、エルウッドが眉をひそめるのが見えた。
「なにがおかしい」
「そりゃあおかしいさ――笑うなってのが無理というもんだ」 アルカードはそう返事をしてから、行動を起こすために少しだけ重心を下げた。
「残念だな、坊や――人違いだよ」
 そう告げて――アルカードは地面を蹴った。地を這うかのごとくに体を沈めて、エルウッドに肉薄する。エルウッドが迎撃の一撃を繰り出してくるより早く、アルカードは突き出されようとしていた槍の穂先を塵灰滅の剣Asher Dustの鋒で叩き落とし、そのまま彼の脇を駆け抜けた。
「なっ――」 狼狽した声をあげてエルウッドが背後を振り返るより早く、アルカードは跳躍した。熔岩の池を跳び越えて、対岸に着地する――魔力のバランスが回復していない今の状態では、あれをあしらうのは少々厳しい。
 振り向いたエルウッドに向かって、アルカードは適当に手を振った。
「じゃあな、槍の坊や――また会う機会があったら、そのときは遊んでやるよ」
「待て、おい――」 そんな声を無視して、アルカードはそのままその場を走り去った。

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