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みっつの買い物袋をかかえ、フィオレンティーナは書店に足を踏み入れた――金髪の吸血鬼の姿を探してきょろきょろと周囲を見回すが、棚の陰にいるのか姿が見えない。
とりあえず棚の間を一列ずつ見ていくことに決めて、フィオレンティーナは一方の壁際の棚に歩いていき――何気無く覗いた雑誌の陳列棚の前でなにか雑誌を立ち読みしているアルカードの姿を見つけて、彼女はそちらに歩いていった。
あの吸血鬼の容姿は良くも悪くも目立つうえに周りの人より背が高いので、黒髪の頭の向こうに金髪が見えるからすぐわかる。
どうもアルカードが読んでいたのはDucatiの専門誌らしい――よく見ると棚に平積みにされているのは『オートバイ』『ヤングマシン』、『ロードライダー』など、一目で内容がわかるものばかりだった。
「アルカード」 声をかけると、アルカードはこちらを振り返った。
「終わったか」
「ええ」 フィオレンティーナが手にしたブティックとランジェリーショップ――というか、若い女の子向けの下着を取り扱っている店の様だが――、ついでにスポーツ用品店の袋を見下ろして、アルカードは首をかしげた。
「ジャージでも買ったのか?」
「いいえ」 そう答えて、フィオレンティーナはアルカードを促して歩き始めた――戦闘時にはスポーツブラのほうが動きやすいのでいくらか購入しただけなのだが、男性に教えても対応に困るだろう。
アルカードはちょっと待ってくれ、と言い置いて、気に入ったのかそれまで読んでいた雑誌を手にレジに歩いていった。
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プレイステーション2のコントローラーを手に、アルカードが指の動きも判別出来ない様なすさまじいコンボを見せている――彼が操るキャラクターはソードマスタースタイルで装備したヌンチャクを手に、頭がみっつある犬をボコボコに痛めつけていた。
それを見ながら、子供たちがしきりに感心した表情を見せている――その両方にあきれた視線を向けながら、エルウッドはテレビ画面を見守っていた。
いったい何回連続でエネミーステップを決めているのだろう――というかこのゲームはあれだけ動けるくせに、どうして俺とあの格闘ゲームで対戦したときは勝負にならないんだ?
あの格闘ゲーム、コンシューマー版はジョイスティックに対応していないのだが――もしかしたら、ジョイスティックに対応したゲームなら相当強いのかもしれない(※)。
もしかしたら、パソコン版で対戦したら相当手強いのかもしれない――胸中でつぶやいて、麦茶のグラスに口をつける。確かパソコン版がもうしばらくしたら発売されるはずだから、それに期待しよう。否、スティック入力対応になったらぼろ負けする可能性大だが。
それにしても子供たちにせがまれて腕を披露しているが、アルカードはいつまでこの教会にいるつもりなのだろう――さっき六時を示して鳴った鳩時計に視線を投げ、智慧に遊んでもらっているアルマを見遣ってから、エルウッドは雑魚敵を相手に地獄のごとき連続コンボを見せているアルカードに視線を戻した。
対戦ゲームでなくてよかった――対戦ゲームだったらあんなプレイ、相手に対する嫌がらせにしかならない。
雑魚敵を全部片づけてから、アルカードが子供たちに視線を向ける。
「――と、まあこんな感じだ。わかった?」
「……」 子供たちは黙したまま答えない――そりゃあそうだろう。
あんな連続コンボ、見せられたって模倣しろというのがどだい無理な相談だ。
以前動画共有サイトに凄絶なまでの連続コンボとノーダメージクリアの動画が投稿されていたことがあったが――おそらく投稿されていたコンボの組み合わせをいくつか複合したものらしいアルカードのこのコンボの容赦の無さは、おそらくそれに匹敵する。というか――
こいつ、鍛えた身体能力と反射神経を全部遊びに費やしてるなぁ……
あきれて胸中でつぶやいたとき、シスター舞が談話室に入ってきた。
「アルカードさん、そろそろいい時間ですけれど――もしそうなさるのでしたら御夕飯も食べていかれませんか?」
その言葉に、容赦無く雑魚敵を蹴散らしていたアルカードがポーズボタンを押して振り向いた――彼は鳩時計に視線を向けて、
「ああ、もうこんな時間か――もしよかったら御馳走になってもいいかな」
「かしこまりました」
ではごゆっくり子供たちに指導をどうぞ、と言い残して、シスター舞が厨房に姿を消す。
それを見送って、エルウッドは胸中でだけつぶやいた――早くしてくれよ。
アルカードが俺たちが食べられなかった昼飯を全部食べちまったから、俺たち昼飯抜きだったんだからな。いい加減カロリー不足で萎びた菜っ葉みたいになっている三人娘に視線を向けて、エルウッドは溜め息をついた。
†
シスター舞が厨房に去ったのを見送ってから――アルカードが相変わらず、鬼の様な連続コンボを決めている。それを見ながら、フィオレンティーナは溜め息をついた――どれだけ現代文化に染まっているのだろう、この吸血鬼は。
もう何度子供たちにせがまれたのかわからない――アルカードは子供たちにせがまれるままに何度と無く地獄を体現したかのごとき狂気のコンボを繰り返し、鎌とか棺を持った雑魚敵たちに攻撃らしい攻撃を一切させずに斃していった。
その容赦の無さたるや、まるで幼い子供が公園の砂場で蟻の脚を毟り取るがごとし。ひとかけらの容赦も無い連続攻撃で頭の無い双子の体力をまるで底の抜けたバケツから漏れる水の様にあっという間に削り取り、アルカードはこの数時間の間に何度目になるかわからないボス戦を終えた。
「すっげー……またSランクだ」
「なあ、これ実はイージーモードとかじゃないよな?」
「違うよ、間違い無くMUST DIEだよ」
男の子たちが興奮し切った表情で、そんな会話を交わしている。
えー、と抗議の声をあげる子供たちに苦笑して、
「兄ちゃんもそろそろ疲れたから。あとは君らがやってみな?」 そう言って液晶テレビの前から立ち上がると、アルカードはソファーのところにやってきて、ほかに空きが無かったからだろう、フィオレンティーナの隣に腰を下ろした。
彼は硝子テーブルの上に置いてあったポットから適当なコップに麦茶を注ぎつつ、
「はあ、さすがに三時間ぶっ続けは疲れたな」
そのコップわたしの――抗議の声をあげるより早く、吸血鬼は無頓着に取り上げたコップに口をつけて中身を干した。
アルカードが足元に寄ってきたテンプラを抱き上げて、頭上まで持ち上げて高い高いしている――膝の上に降ろしたテンプラがソファーの上に転げ落ちて、今度はフィオレンティーナの膝の上に乗ってくる。
捕まえようとするより早く、白い柴の仔犬は床に飛び降りて談話室を駆け回り始めた。智慧とアルマがかまっていたソバとウドンも、それに気づいて部屋の中を駆け回り始める。
いいんですか、ほっといて――かたわらに座ったアルカードに咎める様な視線を投げるも、彼は肩をすくめただけであった。
リディアとパオラは、アルカードが飼育している三匹の仔犬たちを興味深そうに眺めている――きっと自分と同じ様に、動物や子供に懐かれている吸血鬼という絵面に違和感をいだいているのだろう。
ただ、苦々しく思っている様には見えなかった――すでに緊張が解けているからだろう、ふたりの少女たちはその絵面が面白いのかにこにこ笑っている。
母親の膝の上から抜け出したアルマが、アルカードのそばにやってくる――アルカードは少女の柔らかな金髪を軽く撫でてやると、そのまま立ち上がって少女のために席を空けた。
右足にしがみついてくるアルマの小さな体を抱き上げて、吸血鬼が再びソファーに腰を下ろす――信頼しきった表情で目を閉じている幼い少女の頭を何度と無く撫でてやりながら、アルカードは少しだけ笑った。
その光景を見ながらアイリスが微笑んでいる――フィオレンティーナの視線に気づいて、アルカードは少しだけ気まずそうに笑った。
アルカードの膝に抱かれたまま、アルマが再び彼の足元に寄ってきたテンプラに手を伸ばす。隣のフィオレンティーナが抱き上げてやると、テンプラは彼女の手から逃れ、短い前肢を少女を抱いた主の腕にかけて、尻尾を振りながらアルマの顔に鼻面をすり寄せた。
少女が頭を撫でるたびに器用に耳を寝かせたり起こしたりしている雪の様に白い毛並みの仔犬を眺めながら、フィオレンティーナはテンプラが少女が頭に上から手を近づけても、まったく警戒していないのに気づいた――犬というのは叩かれることを警戒して、人間が頭の上から手を近づけるとうなることが多いのだが。
アルカードの飼い方のためだろう――彼は叱るときは叱るが、八つ当たりや不機嫌のために自分より弱い相手に暴力を振るう様な真似はしない。はじめてまともに飼われた相手がそういう性格だから、彼らは人間を警戒していないのだ。
吸血鬼であるか否かにかかわらず、人間相手ではない動物相手にそういう信頼を得ることの出来る魔物などというのがあるものなのだろうか――そんなことをつぶやいたとき、食事の用意が出来たのか、シスター舞が顔を出した。
※……
アルカードとエルウッドが病院で対戦していたのは、PS2版のMELTY BLOOD Act Cadenzaです。
のちに発売されたパソコン版ではDirectInputによるスティック入力に対応しているのですが、PS2版はどういうわけだか非対応でした。
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