徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Vampire Killers 32

2014年10月13日 01時17分00秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「ところで――」 家電品売り場をぶらつきながら、アルカードが口を開く。
「さっきも話はしたが、洗濯はどうする?」
「はい?」 尋ね返すと、アルカードは四百リッターの五ドア冷蔵庫のドアを開け閉めしながら、
「そうしたいんなら俺の部屋の洗濯機を使うのでもいいが、君が嫌だろう――俺も気づかずに蓋開けたら、女の子の下着が出てくるってのはちょっとあれだしな」 そんなことを言いながら、隣に置いてあった別な冷蔵庫のドアを開けて中を覗き込む。
「……買っておきます。出来たらあんまり高くないのを」
「別に高いの買ってもいいぞ? 資金ならあるし」
「借金ですから」 フィオレンティーナが答えると、アルカードは適当に肩をすくめた。
「別に返さなくてもいいぞ――どうせこの金、昨日のチンピラから巻き上げて迷惑料引いた残りだし」
「……」 聞かなきゃよかった――陰鬱な気分になりながら、フィオレンティーナは嘆息した。
 とりあえず単身者用の冷蔵庫のひとつに視線を止めて、アルカードに声をかける。貼りつけられたPOPを手で示して、
「読んでください」
「はい、はい」
 漢字が読めないのでPOPに書かれた項目を読めないフィオレンティーナの代わりに、アルカードが簡単に内容を読み上げる。
 アルカードは隣にあったちょっと大きめの冷蔵庫の扉に貼りつけられたPOPの内容も読んでから、
「そっちのほうがよさそうだな」 と言って最初に示した方の冷蔵庫を視線で示した。
「でもこっちのほうが、容量ちょっと多いですよ」
「ん、でも中の天板の位置を変えるレールがそっちのほうが多いんだよな――容量大きいったって二リットルくらいだし。まあとりあえず、残りも全部見てみようぜ」 アルカードはそう言って、隣の冷蔵庫のPOPを読み上げ始めた。
 
   *
 
 賢と涼がアルカードのお皿の上の唐揚げを狙って、互いに視線で牽制を始めた。智慧がそれに対して目を三角にして怒っている――アルカードはかすかに苦笑して、お皿の上に残った唐揚げふたつを少年ふたりのお皿にひとつずつ放り込んだ。
 恐縮している柳田司祭に向かって適当に肩をすくめ、アルカードがお皿に残った茹でたアスパラガスをお箸で取り上げる。
 それを見ながら、リディアは向かいの席に座った吸血鬼を観察していた――吸血鬼がキューピーのドレッシングをかけたアスパラガスを口の中に放り込み、味噌汁の椀に手を伸ばす。
「お礼にこれあげる」
 賢が嫌いなものらしいアスパラガスをアルカードのお皿に移そうとしているのを阻止して、
「駄目。ちゃんと自分で食べなさい」 と返事をしてから、アルカードは汁椀を手に取った。
「お口に合いますか?」 シスター舞が外国人たちを見回して、そんな言葉を投げる――リディアはその問いかけに、微笑してうなずいた。味噌汁も鰹出汁もお箸もはじめてだったが、なかなかいいものだと思う。
「はい」
 幼い子供たちの話相手をしながら味噌汁を飲んでいる吸血鬼という絵面――そのあまりにものほほんとした光景に頭痛を感じながら、リディアは思わずフィオレンティーナに同情した。
 ここまで常識はずれの吸血鬼を真面目に監視していたのなら、フィオレンティーナの心労は相当なものがあっただろう。
 それにしても変わった吸血鬼だ――無論聖堂騎士団上層部が敵視していない時点で少なくとも聖堂騎士団にとって無害な吸血鬼であることはわかるのだが、それにしても彼はおかしな吸血鬼だ。
 堕性を帯びているはずなのに、彼の気配からは普通の噛まれ者ダンパイアの様な嫌な感じがしない。
 日本への増派が決まって出発する前に何度か顔を合わせたカトリオーヌ・ラヴィンの正体を見抜けなかった時点でどうこう言っても仕方が無いのかもしれないが、吸血鬼に限らずたいていの闇の眷族ミディアンは、まるで獲物を品定めする性犯罪者の様な嫌な感じが漂っているものだ。
 だが、この吸血鬼はそんな感じがしない――彼の気配はただ穏やかで、ほかの吸血鬼の様な悪意が感じられない。
 カトリオーヌ・ラヴィンは子供からは懐かれていなかったが、彼は違う。
 敏感な仔犬たちやアルマに――生まれたときから彼を見てきた幼子にあれだけ懐かれるというのは、優しいふりをしているだけの悪漢には到底出来ないだろう。
 エルウッドやアイリスは彼を疑っている様には見えない――ほんの少しでも疑念をいだいていれば、自分の子供を彼に抱かせたりはしないだろう。
 アルカードはただ穏やかに笑っている――その光景をパオラやフィオレンティーナが、複雑そうな表情で見つめていた。
 
   *
 
「――なんですかこれ」 というフィオレンティーナの言葉に、アルカードはぽぺんぽぺんとベッドのマットレスの上に敷かれた敷物を叩いた。
「ん? なにって――」 彼はそのまま敷物を手でつまみ上げ、
「布団?」
「フトン、ですか」 胡乱そうなフィオレンティーナの返事に、金髪の吸血鬼はベッドの上に敷かれた布団の枕元にあったPOPを手にとって値段を確認しつつ、
「ああ。日本のベッドってこれ敷かないと、かなり寝苦しかったりするからな」
「ええ」 その点に関しては同感だったので、フィオレンティーナはうなずいた。
 昨夜は結局、与えられた部屋にあるベッドを使って眠ったのだが――どうもあのベッドのマットレスは内部に入ったスプリングと体との間になにも無いらしく、じかに寝るには硬すぎるのとスプリングの感触が気になってどうにも寝苦しかった。
「シングルサイズで適当に選んでくれ――布団でもいいし、なにかウレタンマットでも敷くのでもいいし。とりあえず、残り予算は約二十万円」 と、アルカードが言ってくる。フィオレンティーナはその言葉にうなずいて、よさそうなものを見つくろうために歩きだした。
 
   *
 
「――ふむ。ずいぶんと長居しちまったな、申し訳無い」 談話室と食堂の扉の上に掛けられた鳩時計を見遣りつつ、アルカードはそう言って立ち上がった。軽く指を鳴らすと、それを聞きつけた仔犬たちが集まってくる。
「いえいえ、楽しい時間でした」 柳田司祭がそう答えてかすかに笑う。
「俺もだ。こんなに落ち着く時間は久しぶりだった」
 そう答えて、アルカードはフィオレンティーナに視線を向けた――そろそろ帰るから支度をしろという意味らしい。フィオレンティーナがうなずいたとき、リディアとパオラが視線を交わしてからアルカードに声をかけた。
「吸血鬼アルカード」
「『吸血鬼』は余計だ、リディアお嬢さん――なんだ?」
「ではアルカード――それではわたしや姉のこともどうぞ呼び棄てになさってください。先ほどの食事中のお話だと、貴方は普段は飲食店で働いてるんですよね?」
「ああ」
「フィオレンティーナも同じお店で働いてるとのことですけど――従業員の枠と、貴方が管理を任されてるアパートの部屋に空きはありますか?」
「まあ、うちの店はいつだって人手不足だけどな。アパートも空きはあるよ」
「それじゃ、わたしたちをそこのお店に紹介していただくことは出来ませんか?」
 その言葉に、フィオレンティーナは代表して話しているリディアに視線を向けた。その視線を黙殺して、リディアが続ける。
「フィオレンティーナの吸血鬼化はそれなりに深刻な様ですし――貴方の保護の行き届かないところで、敵の襲撃を受けることもあるでしょう。そういった状況下において、わたしたちがそばにいればなにか手助けが出来るかもしれませんし」
 アルカードが一瞬だけ、フィオレンティーナに視線を投げる。
「ああ、わかった――正直こっちとしても助かる。自分でかかえ込んだとはいえ、俺には弱点が多すぎるしな」
「弱点――わたしのことですか?」
 フィオレンティーナの問いかけに、吸血鬼は首を振った。
「違う。君じゃなくて、アレクサンドルやイレアナ、それに彼らの親族やあの地域の住民のことさ」
 その言葉に、フィオレンティーナは納得してうなずいてみせた――アルカードは完全にあの街に溶け込んでいる。当然人づきあいも出てきて、誠実につきあっている友人もいるだろう。だが普通の人間にすぎない彼らは、いざ街中で敵に襲われた場合に彼にとって深刻な足枷となるだろう。
「では、どうしましょうか――今すぐそちらに移動してもかまわないでしょうか?」
「ふむ――フィオレンティーナ嬢のときもそうだったが、ガスとか水道がくるまで我慢出来るのなら、かまわないよ。まあ、水道会社や電力会社には知り合いがいるから、さっさと来てもらえるだろうけど。明日は平日だしな」
 考え込む様に顎に指を添えて、アルカードはそんなことをつぶやいた――それを聞いて、リディアが安堵した様に笑う。
「良かった。なら、車に乗せて行っていただいてもかまいませんか? わたしたちの荷物はまだ貴方の車に積んだままですし」
「ああ、かまわない――食事はまあ、店に出てれば賄いがあるし、朝はまあ俺の部屋に来ればちょっとした朝食くらいは提供しよう。ガスなり水道なりがきて環境が整えば、あとは好きな様にすればいい」
 そう言って、アルカードは承諾を求める様に柳田司祭に視線を向けた。
「それでかまわないかな、司祭さん」
 質問を向けられた司祭が小さくうなずいてみせる。
「結構です、吸血鬼、否アルカードさん――先ほど命令を受けたのですが、もともと私はヴァチカンから貴方の意思を最優先して便宜を図る様に指示を受けています。ですので、貴方がその様に考えているのであれば私には異議はありません」
「そうか――ならひとつ聞いてもいいかな」
「どうぞ」
「ミフユ・タチバナ――あの女はカーミラの回し者だったわけだが、その後警視庁は特殊現象対策課についてどんなふうに扱ってる?」
 その言葉に、フィオレンティーナはアルカードの顔を見遣った。そうだ、確かに彼女がカーミラの回し者だった以上、彼女が責任者を務めていた特殊現象対策課そのものが引責の槍玉に上がってもおかしくない。組織というのはおかしなもので、なにかトラブルが起こると実際にそれに責任のある人間の代わりにもっと下の人間が責任を取らされることが多い。
「アルカード――貴方は橘警視がどうなったとお考えですか?」
「まあ十中八九殺られてるだろうな」
 アルカードの返答は――宿題のために子供たちがいなくなったこともあって一片の躊躇も無かった。
「警察内部に対する斥候としての役割が期待出来なくなった以上、もうあの女を生かしておく意味は無いよ――吸血鬼に変えてるのかもしれないが、単に荒事をやらせたいなら、あの女の手元には『剣』が三人いるわけだし」
 その不穏な言葉に、フィオレンティーナは顔を顰めた。
「なんですか、その三人って」
 アルカードがこちらに視線を向け、
「忘れたか? 君とあの倉庫で戦ったカトリオーヌ・ラヴィン――ほかにも増派予定だった聖堂騎士二名が、ほぼ同時に殺害されてる。それも一方は夜間だったが、もう一方は真っ昼間の空港でだ――ホセフィーナのほうは写真が無いからわからないが、リッチーを殺ったのはおそらくカトリオーヌと同じカーミラの『剣』だ。偶然にしてはタイミングがよすぎるし、おそらく示し合わせての行動である可能性が高い。リッチーは赤毛の男、おそらくカール・マリア・フォン・ウェイバー。もうひとりは――カーミラ本人ってことはおそらく時間的に無いだろうから、もうひとり『剣』かそれに近い能力を持つ個体がいると考えるのが妥当だろう」
「あ――」
 思わず声をあげる少女に、吸血鬼が静かにうなずいてみせる。
「そういうことだ――おそらくほかにももうひとり、『剣』がいる。カトリオーヌ・ラヴィンとカール・マリア・フォン・ウェイバー、そしてもうひとり。この調子でいくと、カーミラの三人いた『剣』の最後のひとりだったとしても驚くには値しねえな」
 なにしろ殺ったと思ってたカーミラも、カトリオーヌもウェイバーも、そろいもそろってピンピンしていやがったからな――ぼやく様な口調でそうこぼすアルカードに、柳田司祭は小さくうなずいてみせた。

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