徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Evil Castle 30

2014年11月11日 00時00分31秒 | Nosferatu Blood LDK
 それを躱して、ブラストヴォイスが横跳びに飛び退く――バイオブラスターとフレイムスロアーは塵灰滅の剣Asher Dustで串刺しにされたまま、たがいに抱きしめ合う様な姿勢で背後の壁に激突した。胴体をぶち抜いた塵灰滅の剣Asher Dustの刃で壁に縫いつけられたまま、フレイムスロアーが絶叫をあげる――が、そちらはどうでもいい。
 アルカードの判断が正しければフレイムスロアーの水素抽出器官は肺とは別物で、呼吸器の損傷とは関係無く稼働するが、あの火炎放射器の射程はたかが知れている――通常の火炎放射器は燃料の重油やガソリンを液状のまま噴射しているからそれなりに遠くまで届くが、フレイムスロアーの炎はただの可燃性と支燃性の気体の混合物にすぎない。
 ガス熔接の炎がそうであるのと同様に、射程はそれほど長くない――先ほど廊下で戦ったフレイムスロアーの火炎放射は、せいぜい二十センチ程度までしか届かなかった。あれはほとんど手で触れる様な距離まで近づかないと役に立たない。
 逆に言えば、手で触れられる間合いまで近づかれなければ怖くないということだ――ただし水素の炎はかなり色が薄く、化学的資料の大半では無色と記載されている。先ほど天井のスプリンクラーの硝子バルブを破壊するために衝撃波を撃った際に照明がことごとく破壊されて会場内部は暗闇に包まれており、そのためになんとか青みがかった炎が視認出来ていたが――照明が生き残って明るかった廊下では、可視光線視覚で見ても炎を視認出来なかった。
 フレイムスロアーが火炎放射を行っているかどうかを判別するには、実際に受けてみるか視認に頼るしかない――周りのスプリンクラーの散水の音で、フレイムスロアーの吸気音は判別出来ない。高度視覚を持つアルカードはどうとでもなるが、可視光線を判別する肉眼しかないエルウッドは苦戦させられるだろう。
 当面の状況に意識を戻す――胸郭を貫かれた以上、フレイムスロアーももはや長くは持つまい。心臓を破壊していなかったとしても、肺には損傷が出ているはずだ。塵灰滅の剣Asher Dustが突き刺さったままになっているから、いかに強い生命力を持っていても傷をふさぐことは出来ない。緩慢に死んでゆくだけだ。倒れたあの位置から動けない以上、火炎放射攻撃を受ける危険も無い。怖いのはナノカーボンの棘くらいだが、背中から壁に叩きつけられているから鞘羽根を展開出来ない。
 あの個体フレイムスロアーは完全に無力化した――もはや危険は無い。
 問題はブラストヴォイスのほうだった――少し離れたところから、再び共鳴周波数をチューニングするための叫び声をあげ始めている。
 だが、それももはやたいした問題ではない。アルカードはそのまま踏み出して、ブラストヴォイスに向かって間合いを詰めた――ブラストヴォイスの遠距離攻撃能力は、共鳴周波数のチューニングに時間がかかる。
 『魔術教導書スペルブック』に記載された魔術の中に、原理も効果もまったく同じものがあるからわかるのだ――あれは目標の位置関係、発生位置からの距離や角度によって実際に目標が受ける振動波の周波数が変動するから、その都度チューニングをやり直さなければならない。しかもあれの振動波は声によって発生しているから、魔術の様に長時間維持出来ない――肺活量という物理的な限界が存在する。
 つまり、あの音波攻撃はこちらが動き回っていればそれだけで無効化される――よほどの偶然が無い限り、動き続けていれば捕捉されることは無い。
 アルカードが動いてさえいれば自分の攻撃が通用しないと確信して行動していることに気づいたのだろう、キメラがぎええええ、と叫び声をあげる――左手の鈎爪を再び振動させ始めるより早く、アルカードは体の前で交差させる様にして両手を振るった。
 投げやすく狙いをつけやすい体勢、水の量も十分。生身の生き物であれば、一撃で失明させるだけの威力を引き出せる――投げつけた水で両目を叩き潰され、ブラストヴォイスが顔を両手で覆って悲鳴をあげた。
 一気に間合いを詰めて、顔を覆うブラストヴォイスの腕を外側に払いのける――左手でブラストヴォイスの喉を鷲掴みにして、アルカードはそのままブラストヴォイスの気道を首の骨ごと握り潰した。
 ぼぎりという嫌な音とともに頸椎が砕け、ブラストヴォイスの体がぐったりと弛緩する。
 すでに絶命しているブラストヴォイスの体を足元に投げ棄てて、アルカードは目を細めた。
 三体のキメラに包囲されている――正面の一体はエルウッドが説明していたときにクロカンブッシュを貪り喰っていた頭部に金属質の頭角を備えたキメラ、左手にグルー、もう一体はバイオブラスター。それに――
「――おっと」
 声をあげて一歩後ずさった足元に、フリーザ様が繰り出したドリルが突き刺さる。手放した塵灰滅の剣Asher Dustの代わりに引き抜いた白百合リ・ブランで切断するより早く、生体分子モーターで高速回転するドリルは壁にへばりついたフリーザ様の手元に引き戻されていった。
「それに――」
 少し離れたところで、フレイムスロアーがげえええええと声をあげる。
「全部で五匹、か」
 現時点で能力を自分の目で確認していないのは、金属質の頭角を備えたキメラだけ――グルーのシアノアクリレート、バイオブラスターの赤外線レーザー、フリーザ様の冷凍能力は頭上から大量の水が降り注いでいる今の状況では役に立たない。
 フレイムスロアーも同様――ナノカーボンの棘を覆う白燐がもっと分厚く、爆発の瞬間に飛散して周囲のものを燃やして加害する白燐弾の様な使い方をするなら脅威だが、あれの白燐の用途はただの点火剤だ。
「さて――」
 そんなつぶやきを最後に、アルカードは床を蹴った。コートの下の鞘から赤薔薇ローズ・ルーシュを抜き放ち、正面にいた金属質の頭角を備えたキメラに最接近――低く姿勢を沈めていたキメラの半ば金属した頭蓋骨に、複数の曲線アールを組み合わせた白百合リ・ブランの凶悪な形状の刃が喰い込む。
 こいつの弱点はわからない・・・・・・・・・・・・――アルカードはこのキメラとじかに戦っていないから。
 だが、こいつの放電攻撃が使えることは間違い無い――こうも濡れていると足が避雷接地アースになる床から離れている必要があるだろうが、跳躍しさえすれば放電攻撃を使うことが出来るはずだ。命中精度や実際の破壊力に関しては、見当もつかない――キメラの電撃がスタンガンの様な電気ショックを目的にしたものか、それとも長時間電流を流すことで熱傷による危害を加えるものかがわからないからだ。
 前者であれば、問題無い。スタンガンの様な非殺傷無力化を目的とした電撃は、ロイヤルクラシックには通用しない。
 だが後者であれば、アルカードであってもまともに浴びるのは危険だ。
 大電流を流された場合は電気抵抗と電流量の自乗、通電時間の積で決まるジュール熱が発生する。いかなロイヤルクラシックであっても、まともに受けるのは危険な賭けだ――それで死ぬことは無いだろうが、どの程度のダメージになるかの見当がつかない。
 ゆえに――
 この場で一番危険なのは詳細不明のこいつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして二番目がフレイムスロアー・・・・・・・・・・・・・・・
 ならば抵抗する間も与えずに・・・・・・・・・・・・・速攻で叩く・・・・・
 人間で言えば鼻の高さあたりで頭蓋骨を上下に分断され、金属質の頭角を備えたキメラがその場で崩れ落ちる。
 これでもっとも危険なキメラは仕留めた・・・・・・・・・・・・・・・・・・――そして次はフレイムスロアー・・・・・・・・・・・・・
 槍の穂先の様な形状スピアポイント赤薔薇ローズ・ルーシュの鋒がフレイムスロアーの足の甲を貫いて宴会場の床に深々と喰い込み、その足を床に縫い止める――心臓を一撃で貫いてやりたかったが、そうしなかった理由はふたつ。
 ひとつ――彼らの急所バイタルパートの正確な位置がわからない。
 ふたつ――ちょうどジャンプしかけて体勢の変わり始めていたフレイムスロアーだけに時間をかけているわけにもいかなかったからだ。
 アルカードは赤薔薇ローズ・ルーシュを投擲することで空いた手を翳して死角から撃ち込まれてきたグルーの繊毛状の鞭の打擲を手甲で止め、そのまま手首を返して鞭を捕まえた。
 軌道に手を翳し、破壊力そのものは拳の装甲を集中的に魔力強化エンチャントすることで相殺する。視界外からの攻撃を易々と受け止められ、グルーの気配に動揺が混じった。
 なにしろこいつらもいるし・・・・・・・・・・・・なあ・・
 極端に細いピアノ線の様な鞭は、到底握って掴める様なものではなかったが――くるりと一周拳に巻きつける様にして繊毛状の鞭を絡め取り、アルカードはグルーの体を力ずくで床から引っこ抜いた。
 まるでカウボーイの投げ縄の様にグルーの体を頭上で回転させ、そのまま投げ棄てる――ものの数回転の間に重力加速度の負荷に耐えられずに内臓破裂を起こして即死したグルーの死体が、壁にへばりついて再び生体分子モーターのドリルを繰り出そうとしていたフリーザ様に激突した。
 ビル解体用の鉄球が激突した様な轟音とともに、二体のキメラの激突によって壁に放射状の亀裂が走り――ぶん投げられてきた仲間の体に押し潰される様にして壁に叩きつけられ、フリーザ様が悲鳴じみたうなり声をあげる。
 次の瞬間二体のキメラは投擲された白百合リ・ブランによってまとめて壁に縫い止められ、それが心臓を貫いたのかフリーザ様は電撃に撃たれた様に一度大きく痙攣してから全身を弛緩させて動かなくなった。
 猛烈な勢いで振り回すことでほかのキメラの接近を牽制するために利用していたグルーの脅威が無くなり、またアルカードが両手の武器を共に手放したことで幾分与し易しと見たか、バイオブラスターが床を蹴る。
 自分が死角にいたということもあるのだろうが、バイオブラスターは背後からアルカードの後頭部を狙って右手の鈎爪を突き込んできた。放熱爪を稼働させなかったのは、おそらく水滴が鈎爪に触れて蒸発する音で気取られるのを避けるためだろう。その判断自体は、悪くなかったが――
 一歩左にサイドステップして背後からの攻撃を躱したことが意外だったのだろう、鈎爪を躱されたバイオブラスターの気配に動揺が混じった。こめかみをかすめただけに終わった一撃を撃ち込んできたキメラの右手首を左手で掴み止めて前方に引きつけながら、同時に上体を逆にひねって背後に右肘を撃ち込む。
 三角形に形を整えられ鈍いエッジをつけられた手甲の骨砕きボーンクラッシャーを右脇腹に撃ち込まれ、バイオブラスターの肋骨がめりめりと音を立てて折れる感触が伝わってきた――そのまま反撃の隙を与えること無く、バイオブラスターの体を片手で背負う様にして投げ棄てる。
 バイオブラスターが床の上で転がって立て直し――次の瞬間下顎を蹴り上げられて首を仰け反らせたバイオブラスターが、剥き出しになった首を掴まれてぐえっと声をあげた。
 暴れようとしたのだろうが、それよりも早く喉笛を毟り取られたバイオブラスターが瞬時に絶息する――首の前半分が無くなったバイオブラスターがアルカードに投げ棄てられて水溜まりの様な有様になった床の上に糸の切れた人形の様に倒れ込み、水をたっぷりと吸った絨毯がベチャリと音を立てた。
 仲間がまたたく間に全滅させられたからだろう、床の上に這いつくばっていたフレイムスロアーがげげげと声をあげ、片足を白百合リ・ブランで貫かれたまま床を蹴った。床に突き刺さった白百合リ・ブランはそのまま、足が裂けるのにもかまわずに跳躍し、空中で前転する様にして背中の鞘羽根を展開する。
 そのまま背中に密生した白燐で覆われた棘を撃ち出そうと――
壁よ――阻めGiran――ira!」
 するより早く球状の防御結界の内側に閉じ込められ、いまだ上昇を続けていたフレイムスロアーは結界に衝突して跳ね返った。跳ね返るより先んじること一瞬、一斉に撃ち出されていたナノカーボンの棘が防御結界で跳ね返り、次々とフレイムスロアーの体の上に落下する。
 次の瞬間ナノカーボンの棘を覆う白燐が発火し、光り輝く半透明の防御障壁の内側が炎に包まれた。
 廊下で斃した個体と同じだ――本人?の自覚の有無はともかくとして、フレイムスロアーは狭い空間を苦手とする。
 爆発が大きくかつ周囲の酸素を一気に奪い尽くすナノカーボンの棘は、狭い場所での使用に自滅のリスクを伴う。狭いところでないと効率の悪い、フリーザ様の冷凍ガスとは真逆だと言える。
 無論、十分な広さのあるこの披露宴会場なら問題にならないが――
 狭い場所に閉じ込めてしまえば話は別だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 狭い場所――たとえば閉じた形状にすることで外部から完全に隔離される、魔術による防御結界の様な。
 ただそれだけでキメラは自分の武器の爆発に巻き込まれて重傷を負い、内部の酸素が瞬時に消費し尽くされたために呼吸も出来なくなり、さらに外側に逃げることの無い高熱で蒸し焼きにされ続けることになる。
 それでフレイムスロアーの末期を見届けることもせず、アルカードは床の上に突き刺さったままになっていた白百合リ・ブランを引き抜いた。残る四体のキメラもことごとく絶命し、断末魔の細かな痙攣を繰り返しながら分解酵素の働きによって分解し始めている。
 アルカードは床の上に残った肺潰しラングバスターを拾い上げ、刃の汚れを散水で洗い流してから鞘に戻した。視線を向けると、塵灰滅の剣Asher Dustで二体まとめて田楽刺しにしたフレイムスロアーとバイオブラスターもすでに分解されて消失し、漆黒の曲刀だけが壁に突き刺さって残っている。
 回路パス接続アクセスを遮断して塵灰滅の剣Asher Dustへの魔力供給を打ち切り、アルカードは壁の高い位置に突き刺さった赤薔薇ローズ・ルーシュに視線を向けた。
 昆虫標本の様にまとめて縫い止めたグルーとフリーザ様の体は分解酵素の働きによって溶け崩れ、頭上から降り注ぎ床をひたひたに濡らす消火用散水に混じって洗い流されており、すでに痕跡も残っていなかった。
 軽く跳躍して壁に突き刺さった赤薔薇ローズ・ルーシュを引き抜いて床に着地し、いくつか残った照明のひとつに翳して刃の状態を検分する――赤薔薇ローズ・ルーシュはダイヤモンドより硬く地上のあらゆる鋼よりも高い靭性を持つ素材で作られており、しかも霊体の硬質部位から加工して作られた武器なので通常より強力な魔力強化エンチャントを這わせることが出来る。壁に突き刺さった程度ならどうということも無い。
 赤薔薇ローズ・ルーシュを鞘に戻そうとしたとき、ドンという音とともに背後で悲鳴があがった。
 エルウッドの投げ放った護剣聖典で背中から串刺しにされたキメラが、どさりと音を立てて床の上に倒れ込む。それを見届けて、アルカードは少し離れたところで千人長ロンギヌスの槍を杖代わりにする様に体重を預けて立っているエルウッドに視線を向けた。
「……少し油断しすぎなんじゃないか?」 獣の顔なので表情はわからないが、人間の姿をしていたなら彼は今頃笑っているだろう――そんなことを言ってくるエルウッドに、無言のままブレード・ディスクを取り出す。誤操作を防ぐためのロックを解除してからボタンを押し込むと、ディスクの外周から二段伸縮式の六枚の刃が飛び出した。
 それをあさっての方向に向かって投げ放ち、アルカードは腕を下ろした。ブレード・ディスクが空中で大きな弧を描いてブーメランの様に空中で軌道を変え、一度壁際をかすめて天井近くまで舞い上がり、そのまま急に軌道を変化させて頭上から目標へと襲い掛かる――エルウッドに背後から飛びかかろうとしていたブラストヴォイスが昆虫標本の様に背中から床に縫い止められ、げえええと叫び声をあげた。
「どっちがだ?」 唇をゆがめてそう言ってやると、エルウッドは適当に肩をすくめた。
「そっちは?」 アルカードの言葉に、エルウッドはぞんざいに背後を示した。暴風のごとく荒れ狂った千人長ロンギヌスの槍のもたらした災禍によってバラバラにされた屍の破片が、そこら中に散らばっている。
「御覧の通り、もう片がついたよ」
「結構、とりあえずは生存者の確認をするか」
 うなずいて、アルカードは周囲を見回した――が、まともな形を保っている人間はひとりもいない様に見受けられる。
 おそらく全員死んでいるか、もしくは死にかけだ――まともな人間の声は聞こえない。断末魔のうめき声だけだ。
 いずれも助かる芽は無い――殺してやったほうが彼らのためだ。
 く、く、く――
 くぐもった笑い声を耳にして、アルカードは振り返った。
 視線の先にはクロカンブッシュを文字通り尻に敷いた、この宴会場で最初に仕留めたキメラの姿がある。獄焔尖鎗ゲヘナフレア・ランスで斃したフレイムスロアーだ――否、フレイムスロアーの屍自体はすでに無意味なペプチドとなって溶け崩れ、消火用散水に洗い流されて足元を浸す水の中に混じって流れている。
 残っているのは――
「まったく、わかってはいたことだがさすがに手ごわい」
「なんだ――誰がしゃべってる」 いぶかしげに眉をひそめて、エルウッドがそんな疑問を口にする。その場所にはなにも無い。キメラに襲われた人間の亡骸があるが、それだけだ。
 否――
「あの端末だ」 アルカードはエルウッドの言葉にそう返事を返し、虚空の一点を指差した。
 二階の廊下で撃破した個体と同じ、キメラの脳に埋め込まれていたルビーを魔術で加工したリモコン端末。使用者と使い魔となった生物の精神を同調させ、ときには感覚を共有したり命令を脳に直接伝送するためのものだ。
 その端末だけが宙に浮き上がっている。
「あれは――あの廊下でやったキメラのと同じものか」 アルカードはエルウッドの言葉にうなずいた。すでに分解消滅の始まっているブラストヴォイスの背中に突き刺さったままになっていたブレード・ディスクを引き抜きながら、
「ああ――やろうと思えば端末だけでなにかすることも出来るらしいな。埋め込まれた使い魔の体が無くなって端末だけになった状態でも使えるとは知らなかったが」 エルウッドの言葉にそう返事をして、アルカードはブレード・ディスクを手首のスナップで二度振った。一度目でブレードが基部に収納され、二度目でその基部がディスクの内部に格納される。
「出来が悪いから言わなかったが、もっと精度の高い端末なら端末を介して攻撃魔術を使うことも出来る――あれは同じ様に、端末越しに端末そのものを操ってるんだ。魔術の基礎訓練でやる人型の紙切れを魔術で動かすのを、そっくりそのまま紙切れの代わりにあの端末でやってるんだ。声を出すのも呼吸じゃなく、魔術で空気を振動させて音声に変換してるのさ」
「素晴らしい知識量だ、吸血鬼アルカード。世の魔術師たちが、君を歩く魔道書呼ばわりするのも理解出来ようというものだ」 勿体ぶった口調でそんなことを言ってくる魔術師に、アルカードは眉をひそめた。誰だそんな呼び方したの。
「そしてさすがは吸血鬼アルカードと、その第三世代の一番弟子ライル・エルウッド――私のキメラどもをこうも容易く葬るとはな」
「なんか俺たちのことを知ってるみたいだぞ、あいつ」 端末を指差して、エルウッドがそう言ってくる。
「しかし残念なことだ、せっかく作成したキメラだというのに、こうも容易く破壊されてしまうとはね――これではまた、一から素体の選び直しだな」
 そこで魔術師はちょっと考えてから、
「そうだな――どうだね、聖堂騎士パラディンライル・エルウッド? 私の研究の礎になってみるつもりは無いか?」
「あるわけ無いだろうが」 野良犬でも追い払う様に適当に手を振って、エルウッドが嫌そうな声を出す。
「ふむ。では君はどうかね、ワラキアの真祖ドラキュラの『剣』アルカード?」
「寝言は死んでから言え」
「……とはいえ、どうかね? この私の素晴らしい作品は」
 容赦の無いその返答に一瞬沈黙してから、端末越しに声だけをこちらに届かせている魔術師は何事も無かったかの様に平然と続けてきた。研究者肌の魔術師に多いのだが、どうやら基本的に人の話を聞かないタイプらしい。
「これだけの豊富な知識と技術を持ってキメラを組み立てられるのは、世界広しといえどもこの私くらいなものだ。素晴らしいだろう? 素晴らしいに決まっている! ああ、自分の天才が恐ろしい!」
「聞けや三流魔術師」
 なおもべらべらとしゃべり続けている端末に冷たい視線を見据えて、アルカードは足元に転がっていた日本酒の菰樽を拾い上げた。
「やかましい」
 アルカードが投げつけた菰樽を顔面に喰らって、宙に浮いている端末が一度床に叩き落とされた――依り代になっているフレイムスロアーの肉体はすでに失われているが、端末越しになにかするために接続・・している間は端末に加えられた影響をフィードバックされる。痛みを感じたりはしないだろうが、多少の衝撃は伝わるはずだ。彼は適当に手を叩いて埃を払う仕草をしながら、
「聞いてもいねえものをいつまでしゃべくってんだ。てめえはあれか、テレビ通販の『えー』とか言ってわざとらしく驚く人か」 言いながら、手近に転がっていたテーブル――の残骸――の近くに落ちていたビール瓶を拾い上げる。
 端末がふわりと浮き上がり、
「ふふふ、さすがは野蛮な騎士階級出身だね。物を投げつけるくらいしか出来ることが――」
「るせえっつってんだよ」 世迷言を言いかけた魔術師の話の腰を折って投げつけた瓶が端末に命中し、音を立てて砕け散る。
「まったく鬱陶しい――どうせ結末は一緒なんだから、ひとりくらいは最初から首と胴が切断された状態で出てきて、俺の手間を省いてくれる気の利いた奴がいてもいいだろうに」
 ぼやきながら、がりがりと左手で頭を掻く。
「なるほど……覚えていないというわけか。さすがワラキアの田舎侍、記憶力も弱いらしい」
「いいから言いたいことがあるならさっさと言え」 アルカードはそう告げて、テーブルを持ち上げて投げつけた――テーブルの下敷きになった端末越しに、魔術師がクックッと笑う。
「疑問には思わないのかね? なぜ偉大なる魔術師であること私が、君のごとき下賤な吸血鬼の名を知っているのか。名誉に思うべきだと思うのだがな」
「ライル、帰るか? アホの相手ももう飽きたし」 完全に無視してエルウッドにそう話しかけると、
「逃げるのかね? これだから野蛮な原始人は――」
「無駄にぐだぐだ遠回りして要点もまともに話せない脳腐りが頭のいい偉大な奴だっていうんなら、俺は原始人でいいわ。少なくとも手駒を片端から撃破されてケツに火がついてるのに、状況も理解出来ない知能指数低そうな抜け作よりはましなレベルでいられるからな。話を続けたいんならさっさと要点だけ言え。あと一分以内に終わるんなら、一応聞くだけ聞いて聞き流してやる」
「まあいい――ならばこの私の偉大なる名を教えてやろう」
 否別にいらねーし。胸中でつぶやきつつアルカードは盛大に溜め息をついて、
「てめえはいちいち前置きつけねえとしゃべれねえのか?」
「私の名はステイル・エン・ラッサーレだ。そう言えば吸血鬼アルカード、君は知っているだろう?」
「知らん」
 静かに。ただそれだけ。
 おそらく相手の言葉から、一秒と経っていなかっただろう――アルカードは一瞬の躊躇も無く、簡潔極まりない返答を返した。
 場が、沈黙する。ステイルなにがしがみずから素性をつまびらかにしてくれる気配が無いので、仕方無くアルカードは続けた。
「誰だ? それ」
「ほら、南仏で――」 思い出してもらえないのはそれはそれでさびしいのか、ステイルなんたらがそう答えてくる。
「領主だった私の城に君が乗り込んできて、キメラを皆殺しにして――」
「ふんふん」 気の無い口調で相槌を打ちながら、アルカードは言葉の続きを待った。
「最後には城ごと魔術で吹き飛ばした――」
「ああ! 覚えてる覚えてる」 ポンと柏手を打って、アルカードはうなずいた。露骨に胡散臭げな顔をしているエルウッドの視線を適当に受け流し、
「なんて名前だっけ?」

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