体勢を作り直すよりも早く、アルカードが再び跳ねる様にしてグリゴラシュに襲いかかった――繰り出した右の正拳を押しのける様にして払い、その腕を滑らせる様にしてグリゴラシュが反撃の一撃を繰り出す。いくらかの回避はしたものの、躱し切れたわけではないのだろう、アルカードが小さくうめくのが聞こえた。
脳震盪でも起こしたのか、アルカードの足元が若干覚束無い――グリゴラシュのほうは顔に降ってきた膝からは逃れたものの顎から首の側面にかけてがざっくりと裂け、赤黒い血がしたたり落ちている。
だがそれだけなら、たいしたダメージではない――霊体に対するダメージと出血が直接結びつくのは、霊体と動脈を同時に切られた場合だけだ。
グリゴラシュが地面を蹴り、アルカードに襲いかかる。彼はそのままアルカードの喉元を鷲掴みにして足を刈り、その体を泥沼のごとき様相を呈する地面に押し倒した――そのまま馬乗りになって右手に体重をかけ、脳震盪が治っておらず対応が出来ないらしいアルカードの喉を圧迫する。
介入すべきか――胸中でつぶやいて千人長 の槍の柄を握り直したとき、グリゴラシュの上体が突っ伏す様にして崩れ落ちた。
さほど視力のよくないエルウッドには光源が無いこともあって見て取れなかったが、次の瞬間下から突き上げられてグリゴラシュが上体を仰け反らせるのがわかった――それでだいたいの想像はつく。
アルカードはおそらく、左手でグリゴラシュの上体を引きつけながら彼の右肘を裏側から右手で押し込み、『膝かっくん』の様に肘を曲げさせたのだ。右腕に全体重をかけていたグリゴラシュは下から引っ張られていたこともあり、それで体勢を崩した――左腕を使えないグリゴラシュに、リカバリーの手段は無い。アルカードは続けて肘を押し込んだ右手で、グリゴラシュの顔面を突き上げたのだろう――肘撃ちを撃ち込んだのか、それとも手甲の出縁 で殴りつけたのか。それはわからないが。
グリゴラシュにマウントを取られたままのアルカードが、撥ねる様にして上体を起こす――彼は左手を伸ばしてグリゴラシュの体を再び引きつけ、同時に上体を起こして、グリゴラシュの顔面に強烈な頭突きを叩き込んだ。
喉輪をかけていたグリゴラシュの右手が離れて体が浮いたのを好機に、上体をずらして足を抜き――アルカードが低い姿勢のまま、グリゴラシュの左のこめかみに廻し蹴りを叩き込む。左腕を挫かれたままだったために無防備な頭部に脚甲の蹴りを喰らって、グリゴラシュが嵐に薙ぎ倒された案山子の様にばたりと地面に倒れ込んだ。
アルカードがそのまま倒れ込んだグリゴラシュの上にのしかかり、先ほどグリゴラシュがした様に首を手で抑え込んだ。空いた手を彼の身に纏った胴甲冑の装甲にかけ、そのまま力ずくで引き剥がす。
重戦車並みのパワーに胸甲冑と背面装甲を固定するベルトストラップがひとたまりも無く弾け飛び、アルカードが投げ棄てた胸部装甲がところどころに水たまりの出来た地面で湿った音を立てる。
彼はグリゴラシュのアンダーウェアの襟を捕ってそのまま右拳を押しつける様にして首を絞め、左拳で顔を殴りつけた――魔力強化 で頭部を守っているのか、アルカードの拳が頭部に衝突した瞬間に月光と轟音が周囲に放出された。
だが――ただしアルカードとグリゴラシュでは、打撃の威力が違う。
魔力強化 は前述したとおり、金属などの硬度の高い物体の補強に用いるのがもっとも効果的だ――魔力強化 自体は効果の程度はともかくとして衣服や自分の肉体に対しても使うことが出来るが、形状が一定しなかったり柔らかかったり表面積が広かったりと技術的な難度が高いうえに術者の負担が大きく、そのために長時間は持続しない。おまけに強化対象の硬さで散らす ことの出来る衝撃の限界値が変動するため、ほとんど役に立たないのだ。
上位の技能の持ち主は武器や防具の装甲のほぼ全体を魔力強化 で補強しているが、前述の理由で自分の肉体自体は補強していない。負担が大きい割に効果の薄い肉体に対する魔力強化 よりも、手足を鎧う装甲の補強強度を上げて防御に使ったほうが効果的だからだ。
極めて高いグリゴラシュの魔力強化 技能であっても、剥き出しになった顔面を重力制御による数十キロもの重量を持つ万物砕く破壊の拳 で殴られて防ぐことは到底かなわない。
まして、アルカードの左腕は単体で数百キロもの質量を持つ憤怒の火星 なのだ。
アルカードの左拳での全力の打撃を防ごうとするなど、考えるだけ時間の無駄だ。
魔力強化 の強度は補強対象の硬度に依存するから、脆いものほど保護しても限界を迎えるのは早い。肉体を補強しても、効果はたかが知れている。
もしもグリゴラシュが魔力強化 で今の打撃を防御しようと試みたとしても――長時間維持出来るものではない。魔力強化 は入力された衝撃を光と音に変換することで衝撃を軽減するが、強化対象の硬度によって限界値が変動する――それは先述したとおりだが、では限界を超えて入力された衝撃がどうなるのかというと、それはそのまま対象に送り込まれるのだ。
したがって、肉体に対する魔力強化 はあまり意味が無い。数字で言うなら防具で受ければ完全に衝撃を殺し切れるところを一割しか殺せない、そういった状態だからだ。
そして実際には一割もあるまい 。
グリゴラシュが魔力強化 でアルカードの殴打から身を守り続けられるのは、せいぜい数発が限度だろう。
実際、グリゴラシュの頭部にアルカードの拳が衝突する際の激光はただの一発で消えてしまった――魔力強化 は入力された衝撃を光と音に変換して放出することで衝撃を軽減するが、その処理能力は前述したとおり対象の硬度に依存して変動する。処理しきれなかった衝撃が頭部にダメージを与えて、魔力強化 を維持する様な余裕は無くなったのだろう。
七、八発殴ったところで、アルカードは殴打の手を止めた――幽鬼のごとくゆらりと立ち上がり、グリゴラシュの顔に手をかける。聞こえてきた苦鳴はおそらく、グリゴラシュの眼窩に指を捩じ込んでその体を引きずり起こしたときのものだろう。
アルカードは屋敷の外壁にグリゴラシュの体を叩きつけると、半身を壁に喰い込ませてまともに身動きもかなわないグリゴラシュに左手を向けた。手甲の上から左腕の肘から先を鎧っていた万物砕く破壊の拳 の装甲がどろりと溶けて足元にしたたり落ち、脚甲に吸収されていく。
グリゴラシュに向かってまっすぐに突き出されたアルカードの剥き出しの左手が、突然形を変える。表皮からヒトの皮膚の質感が失われ、庭の照明を照り返して輝く液体金属の質感を取り戻す。左拳を鎧う拳甲が液体状に戻った左腕をすり抜ける様にして地面に落下し、べちゃりと湿った音を立てた。
手首から先が三十センチほどまっすぐに伸びたかと思うと、その伸びた中ほどから先が膨れ上がった。不格好な粘土細工な外観に変化した左手の五指が反り返って自動防御システムの斬撃触手の基部となってゆく。球状に膨張した掌にパンチングメッシュの様な無数の小孔の穿たれたドーム状の発射器官が形成され、その周囲に照準器官が形成された。
憤怒の火星 の『炮台 』だ――憤怒の火星 の本来の機能は煉獄炮 、物体と霊体に同時に影響を与える波動の照射器官にある。刃を備えた触手はあくまでも、『炮台 』形成時に動きが止まって無防備になった使用者を守るための自動防護システムでしかない。
瘤状に成長した左手の先に形成されたドーム状の発射器官の小孔から、内部の光が漏れ出し始める――漏れ出す光が間隔の一定しない明滅を繰り返しながら徐々に強くなり、同時に左腕がうなる様な音を漏らし始めた。
煉獄炮 が発する波動には霊体にダメージを与えるとともに、物理的には照射対象の構成分子に干渉して構成分子を素粒子レベルまで完全に分解、任意に設定した異なる物質へと造り替える働きがある。
これを受ければ、肉体そのものが霊体ともども完全に消滅する――いかなグリゴラシュといえども、これを受けてなお蘇るすべは無い。
「さよならだ、グリゴラシュ 」 アルカードがその言葉を最後に憤怒の火星に注ぎ込んだ魔力を解き放とうとした瞬間、きぃぃぃぃ、という耳障りな音とともに激しい頭痛が脳髄を揺さぶった――同時に轟音とともにアルカードの左腕が肘の上から外套の袖ごと切断され、衝撃波が屋敷の敷地を引き裂く。
――なに!?
エルウッドがいるのとはアルカードをはさんで反対側、結界の外側から、何者かが攻撃を仕掛けてきたのだ――この結界を破ったというのもさることながら、アルカードにまったく気配を感じさせる事無くアルカードの腕を切断するほどの出力の攻撃を仕掛けたというのは、並大抵の敵ではない。下手をすれば、グリゴラシュよりも手強いかもしれない――グリゴラシュよりも実力的に上だということは、ドラキュラ本人でもここに来ているのか。
戦慄とともに千人長 の槍を握り直したとき、
――ぎゃぁぁぁッ!
無数の死者たちの絶叫とともに――塵灰滅の剣 を再構築したアルカードが、攻撃の飛んできた方向に向き直った。
そのかたわらに並んで左をフォローする様に武装を構え――アルカードが塵灰滅の剣 の形骸を消滅させる。
「もういい、ライル――敵は行った様だ」 屋敷の外壁に視線を向けて、アルカードがそんな言葉を口にする。見遣ると壁に叩きつけられたはずのグリゴラシュの姿はすでに無く、壁には人の形の陥没だけが残っていた。
腕が切断されたことで魔力供給が途絶えたからだろう、アルカードの切断された左腕の肘から先は本来の形態――ドラム缶半分くらいの量の水銀に似た液体金属に戻り、地面の上で水溜まりみたいに広がっている。
アルカードは半ばから切断され、水銀の剥き出しになった左腕の断面に視線を向け――同時に断面から一筋の液体金属が垂れ落ちて、その先端が地面の上に広がった液体金属に触れる。
次の瞬間魔力供給が再開されて、足元にわだかまっていた金属の水溜まりが一緒に切断されたコートの袖だけをその場に残してアルカードの左腕に引き戻され――アメーバの様にプルプルと蠕動する金属の塊が、やがて人間の腕に擬態した形骸を再構成し始めた。彼は足元に残ったコートの袖に纏わりついた籠手と先ほどはずした拳甲を拾い上げ、降り注ぐ雨で全身を汚す泥を洗い流しながら、
「大丈夫か? 結界を破られてリバウンドがきてるだろう」
アルカードの言葉に、エルウッドはかぶりを振った。
「問題無い。それよりあんたのほうは大丈夫なのか?」
「問題無い」 そう答えて、アルカードは周囲に視線を投げた。先ほどの攻撃で出来た地面の断層が、屋敷の敷地の端まで伸びている。
エルウッドは拳甲だけを着け直しているアルカードに視線を向け――籠手は分厚いコートの袖の上から着けるので、じかに腕に着けるとサイズがまったく合わないのだ――、
「いったい何者だ? グリゴラシュ以外であれほどの戦闘能力のある奴が、ドラキュラの配下にいるのか?」
「さあな――相当な手練なのは確かだ。なにしろ俺にまったく気づかせず、おまえの結界を破って、なおあれほどの破壊力を維持した攻撃を仕掛けてきたんだからな」
そう答えて、アルカードが周囲を見回す。結界が破られたことで先ほどの攻撃の轟音がもろに周囲の家々に聞こえたのだろう、にわかに屋敷周辺が騒がしくなってきている。
「退くぞ、ライル。まず結界の再構築――それから残った喰屍鬼 どもを殲滅して撤退する。仕留め漏らした喰屍鬼 を探して始末しろ」
アルカードはそう言って、エルウッドに背を向けた。
「あんたは?」
「屋敷の中で回収するものがある――それと、屋敷の中に残った喰屍鬼 や吸血鬼がいないか確認する必要があるしな。庭は任せたぞ」 肩越しにそう答えて、アルカードは屋敷の外壁に穿たれた大穴から屋敷の中へと姿を消した。
脳震盪でも起こしたのか、アルカードの足元が若干覚束無い――グリゴラシュのほうは顔に降ってきた膝からは逃れたものの顎から首の側面にかけてがざっくりと裂け、赤黒い血がしたたり落ちている。
だがそれだけなら、たいしたダメージではない――霊体に対するダメージと出血が直接結びつくのは、霊体と動脈を同時に切られた場合だけだ。
グリゴラシュが地面を蹴り、アルカードに襲いかかる。彼はそのままアルカードの喉元を鷲掴みにして足を刈り、その体を泥沼のごとき様相を呈する地面に押し倒した――そのまま馬乗りになって右手に体重をかけ、脳震盪が治っておらず対応が出来ないらしいアルカードの喉を圧迫する。
介入すべきか――胸中でつぶやいて
さほど視力のよくないエルウッドには光源が無いこともあって見て取れなかったが、次の瞬間下から突き上げられてグリゴラシュが上体を仰け反らせるのがわかった――それでだいたいの想像はつく。
アルカードはおそらく、左手でグリゴラシュの上体を引きつけながら彼の右肘を裏側から右手で押し込み、『膝かっくん』の様に肘を曲げさせたのだ。右腕に全体重をかけていたグリゴラシュは下から引っ張られていたこともあり、それで体勢を崩した――左腕を使えないグリゴラシュに、リカバリーの手段は無い。アルカードは続けて肘を押し込んだ右手で、グリゴラシュの顔面を突き上げたのだろう――肘撃ちを撃ち込んだのか、それとも手甲の
グリゴラシュにマウントを取られたままのアルカードが、撥ねる様にして上体を起こす――彼は左手を伸ばしてグリゴラシュの体を再び引きつけ、同時に上体を起こして、グリゴラシュの顔面に強烈な頭突きを叩き込んだ。
喉輪をかけていたグリゴラシュの右手が離れて体が浮いたのを好機に、上体をずらして足を抜き――アルカードが低い姿勢のまま、グリゴラシュの左のこめかみに廻し蹴りを叩き込む。左腕を挫かれたままだったために無防備な頭部に脚甲の蹴りを喰らって、グリゴラシュが嵐に薙ぎ倒された案山子の様にばたりと地面に倒れ込んだ。
アルカードがそのまま倒れ込んだグリゴラシュの上にのしかかり、先ほどグリゴラシュがした様に首を手で抑え込んだ。空いた手を彼の身に纏った胴甲冑の装甲にかけ、そのまま力ずくで引き剥がす。
重戦車並みのパワーに胸甲冑と背面装甲を固定するベルトストラップがひとたまりも無く弾け飛び、アルカードが投げ棄てた胸部装甲がところどころに水たまりの出来た地面で湿った音を立てる。
彼はグリゴラシュのアンダーウェアの襟を捕ってそのまま右拳を押しつける様にして首を絞め、左拳で顔を殴りつけた――
だが――ただしアルカードとグリゴラシュでは、打撃の威力が違う。
上位の技能の持ち主は武器や防具の装甲のほぼ全体を
極めて高いグリゴラシュの
まして、アルカードの左腕は単体で数百キロもの質量を持つ
アルカードの左拳での全力の打撃を防ごうとするなど、考えるだけ時間の無駄だ。
もしもグリゴラシュが
したがって、肉体に対する
グリゴラシュが
実際、グリゴラシュの頭部にアルカードの拳が衝突する際の激光はただの一発で消えてしまった――
七、八発殴ったところで、アルカードは殴打の手を止めた――幽鬼のごとくゆらりと立ち上がり、グリゴラシュの顔に手をかける。聞こえてきた苦鳴はおそらく、グリゴラシュの眼窩に指を捩じ込んでその体を引きずり起こしたときのものだろう。
アルカードは屋敷の外壁にグリゴラシュの体を叩きつけると、半身を壁に喰い込ませてまともに身動きもかなわないグリゴラシュに左手を向けた。手甲の上から左腕の肘から先を鎧っていた
グリゴラシュに向かってまっすぐに突き出されたアルカードの剥き出しの左手が、突然形を変える。表皮からヒトの皮膚の質感が失われ、庭の照明を照り返して輝く液体金属の質感を取り戻す。左拳を鎧う拳甲が液体状に戻った左腕をすり抜ける様にして地面に落下し、べちゃりと湿った音を立てた。
手首から先が三十センチほどまっすぐに伸びたかと思うと、その伸びた中ほどから先が膨れ上がった。不格好な粘土細工な外観に変化した左手の五指が反り返って自動防御システムの斬撃触手の基部となってゆく。球状に膨張した掌にパンチングメッシュの様な無数の小孔の穿たれたドーム状の発射器官が形成され、その周囲に照準器官が形成された。
瘤状に成長した左手の先に形成されたドーム状の発射器官の小孔から、内部の光が漏れ出し始める――漏れ出す光が間隔の一定しない明滅を繰り返しながら徐々に強くなり、同時に左腕がうなる様な音を漏らし始めた。
これを受ければ、肉体そのものが霊体ともども完全に消滅する――いかなグリゴラシュといえども、これを受けてなお蘇るすべは無い。
「
――なに!?
エルウッドがいるのとはアルカードをはさんで反対側、結界の外側から、何者かが攻撃を仕掛けてきたのだ――この結界を破ったというのもさることながら、アルカードにまったく気配を感じさせる事無くアルカードの腕を切断するほどの出力の攻撃を仕掛けたというのは、並大抵の敵ではない。下手をすれば、グリゴラシュよりも手強いかもしれない――グリゴラシュよりも実力的に上だということは、ドラキュラ本人でもここに来ているのか。
戦慄とともに
――ぎゃぁぁぁッ!
無数の死者たちの絶叫とともに――
そのかたわらに並んで左をフォローする様に武装を構え――アルカードが
「もういい、ライル――敵は行った様だ」 屋敷の外壁に視線を向けて、アルカードがそんな言葉を口にする。見遣ると壁に叩きつけられたはずのグリゴラシュの姿はすでに無く、壁には人の形の陥没だけが残っていた。
腕が切断されたことで魔力供給が途絶えたからだろう、アルカードの切断された左腕の肘から先は本来の形態――ドラム缶半分くらいの量の水銀に似た液体金属に戻り、地面の上で水溜まりみたいに広がっている。
アルカードは半ばから切断され、水銀の剥き出しになった左腕の断面に視線を向け――同時に断面から一筋の液体金属が垂れ落ちて、その先端が地面の上に広がった液体金属に触れる。
次の瞬間魔力供給が再開されて、足元にわだかまっていた金属の水溜まりが一緒に切断されたコートの袖だけをその場に残してアルカードの左腕に引き戻され――アメーバの様にプルプルと蠕動する金属の塊が、やがて人間の腕に擬態した形骸を再構成し始めた。彼は足元に残ったコートの袖に纏わりついた籠手と先ほどはずした拳甲を拾い上げ、降り注ぐ雨で全身を汚す泥を洗い流しながら、
「大丈夫か? 結界を破られてリバウンドがきてるだろう」
アルカードの言葉に、エルウッドはかぶりを振った。
「問題無い。それよりあんたのほうは大丈夫なのか?」
「問題無い」 そう答えて、アルカードは周囲に視線を投げた。先ほどの攻撃で出来た地面の断層が、屋敷の敷地の端まで伸びている。
エルウッドは拳甲だけを着け直しているアルカードに視線を向け――籠手は分厚いコートの袖の上から着けるので、じかに腕に着けるとサイズがまったく合わないのだ――、
「いったい何者だ? グリゴラシュ以外であれほどの戦闘能力のある奴が、ドラキュラの配下にいるのか?」
「さあな――相当な手練なのは確かだ。なにしろ俺にまったく気づかせず、おまえの結界を破って、なおあれほどの破壊力を維持した攻撃を仕掛けてきたんだからな」
そう答えて、アルカードが周囲を見回す。結界が破られたことで先ほどの攻撃の轟音がもろに周囲の家々に聞こえたのだろう、にわかに屋敷周辺が騒がしくなってきている。
「退くぞ、ライル。まず結界の再構築――それから残った
アルカードはそう言って、エルウッドに背を向けた。
「あんたは?」
「屋敷の中で回収するものがある――それと、屋敷の中に残った
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