徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Genocider from the Dark 20

2014年11月03日 18時48分59秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   †
 
 そろそろいいか――清麗苑チンレイコート瑪嘉烈醫院マーガレットイーイェンの間を通り過ぎたところで、アルカードは少しだけ足を速めた。
 噛まれ者ダンパイアの気配は、どんどん強くなっている――もっと接近すれば細かい識別も可能だが、この距離ではまだ十七、八人程度までしか識別出来ない。実際にはもっと多い可能性もある。
 香港警察に聖堂騎士団が協力を仰いでいる関係上、人命を優先したが――ホァンの部下たちがまだ生存している可能性は極めて低いと彼は見ていた。
 噛まれ者ダンパイア、いわゆる噛まれた吸血鬼が完全な吸血鬼になるには、ヴェドゴニヤと呼ばれる段階を経なければならない――ヴェドゴニヤは吸血被害者が吸血鬼として蘇生したあと、実際に血を吸うまでの間の状態を指す言葉だ。まだ魔素が安定していないために肉声による命令は強制力を持たず、苦痛を伴うものの直射日光を浴びても消滅することは無く、またこの状態のときになんらかの原因で吸血加害者が命を落とすと人間に戻る。
 ヴェドゴニヤの状態における被害者は、蘇生直後は強烈な吸血衝動に苛まれる――自身の生命維持に吸血が不可欠になるだけでなく、吸血被害によって失われた血液量を取り戻そうとする衝動もあるのだろう。
 さらに吸血加害者――上位個体が自分の下僕から力を吸い上げるためには、まず被害者を完全な吸血鬼に仕上げなければならない。ゆえに上位個体となった吸血鬼は主従を接続する霊的な経路パス――『絆』を介して、常に下位個体となった吸血鬼に精神支配をかけているのだ。人を殺してその血を啜れと。
 そしてその衝動に負けたとき、ヴェドゴニヤは人の血を啜り完全な吸血鬼となる――上位個体による吸血の際に送り込まれた魔素は安定して体内に定着し、『絆』が確定されて肉声による命令は強制力を伴うものとなる。上位個体の精神支配によってもたらされる吸血衝動と、他者に対する悪意はより顕著になる。
 一線を越えたことで吸血行為や人間を殺傷することに対する嫌悪感が消滅し、吸血衝動に抗えなくなる――正確には抗おうとしなくなるのだ、ただ一度きりのつもりで手を出した麻薬の中毒性によって、いつしかみずからその快楽を求め麻薬に溺れていくのと同じ様に。
 『クトゥルク』は少々特殊な吸血鬼なので、下僕サーヴァント噛まれ者ダンパイアの様に自分の犠牲となった人間から力を吸い上げる能力は持たない――だが『クトゥルク』の直属の配下である下僕サーヴァントやその下の吸血被害者ダンパイアたちは、そのさらに下の吸血鬼から力を吸い上げることが出来る。
 ゆえに、彼らは拘束した捜査員たちをその血を吸って殺そうとするだろう――自分自身の食欲と、上位個体の精神支配の影響による吸血衝動に突き動かされて。
 やがて目標の建物を見つけて、吸血鬼は足を止めた。
 瑪嘉烈醫院マーガレットイーイェンの東――車を止めた場所から若干北東に、小さな廃ビルがある。正確には老朽化を理由に放棄されたのだろう、風雨に晒され薄汚れた建物はところどころコンクリートが剥落し、内部の構造材が露出している。
「……ゑ?」
 信じがたいことに、コンクリートが剥落して中から覗く芯材は竹だった。それほど太くない孟宗竹の丸竹が、剥落したコンクリートの下から覗いている。縦横が交わる部分は、雑誌を括るのに使う様な白いポリプロピレンのロープで縛着されている。
「……」 思わず絶句して、アルカードは一歩後ずさった。
 なに? 俺こんなとこに入らなくちゃいかんの?
 否たしかに竹筋コンクリートというのは工法としてないわけではないが、丸竹を使うのは強度が落ちるし、表面を加工したり番線を縛りつけてコンクリートと馴染みやすくする工夫がされていない。表面が腐っているところを見ると防腐剤に浸したり、防水塗料を塗布したりもされていない様に見える。
 つまり、意図的なBRC――竹筋コンクリートではなく鉄筋を竹筋とすり替えたかなにかした結果だ。もしくはとんでもない手抜き工事か。
 コンクリートの剥がれた下からはコカコーラの空き缶が露出しており、おっかないことに人の頭蓋骨らしきものも覗いている。
 安普請、手抜き工事、あまつさえ犯罪現場と三重苦のそろったこの建物が、『クトゥルク』の配下の下僕サーヴァントが潜伏場所に選んだ建物らしかった。
 ホァンによると、近所の不良集団や暴走族の間ではデビルズネスト、悪魔の巣窟と呼ばれているらしい。なんというか、粋がった若造がいかにも好みそうな名称ではある。
 もともとは同名のライブハウスが経営者が破産して以降遺棄されたものなのだが、今では近辺のろくでもないチンピラやヤクザ予備軍の溜まり場で、時折一般人が連れ込まれて暴行を受ける現場にもなっているらしい。
 残念ながら、ここまで傷んでいるのでは買い手がつかないだろう。加えてごろつきの溜まり場になっていては、解体業者も怖気づくに違い無い。
 香港なんて平地がほとんど無いというのに、こんなふうに使わなくなった土地をほったらかしにしておくから、余計に人口過密の悪循環が進んでしまうのだ――平均所得の少ない街だから、区の役所が建物を取り壊す費用も確保出来ないだけかもしれないが。
 やだなあ、入りたくない。絶対ちゃんと造ってないだろこれ。二階に上がった途端に床が抜けそうだ。
 足を踏み入れるのは心底嫌だったが、だからといっていつまでも躊躇っているわけにもいかない。鉄筋の量が少ない耐震強度が低いと大騒ぎしている日本は、ある意味平和なのかもしれない――否、それだってよくないけどさ。
 ホァンの話だと――彼自身は所属が異なるので管轄外なのだそうだが――デビルズネストで行われる集団暴行の現場を警察が押さえたことは無いので、今のところ一斉摘発には踏み込めないのが現状らしい。が――
 手間を省いてやるよ――そんなことを独りごちて皮肉げに唇をゆがめ、アルカードは胸元の小型通信機の送信ボタンに手を伸ばした。
ホァン警部――こちらアルカード。受信していますか? 聞こえていれば返事を乞う」
 一瞬のタイムラグのあと、空電雑音ヒスノイズに続いて返事が返ってきた。
「ええ――こちらホァン、感度は良好。吸血鬼殿の状況は?」
「現在徒歩による接近中フォックストロット、目標の建物を目視で確認しました。十五分程度で接敵すると予想されます。お願いしていた緊急医療チームの手配はどうなっていますか?」
 移動中に手配を頼んでいた事柄を話題に出して、アルカードはそう尋ねた――緊急医療チームを依頼したのは、仮にホァンの部下の捜査員たちがまだ生存していた場合、もしくは吸血鬼化していてもなりかけヴェドゴニヤの状態のままでいた場合、彼らを無事に救出出来たら輸血、もしくは輸液が必要になるからだ。
 吸血鬼化した噛まれ者ダンパイアなりかけヴェドゴニヤの状態のままであれば、直接の加害者が死ねばその時点で人間に戻る。だが吸血によって失われた血液量が元に戻るわけではないから、人間に戻った直後に出血性ショックに襲われることになるのだ――この時点で対処が遅れると、被害者はそのまま死んでしまう。
 インスリンを大量注射して仮死状態にしたうえで病院に搬送するか、もしくはその場でリンゲル液などの輸液によって血圧を保ってやらなければ、すぐに死ぬことになるだろう――理想が医療用血液の輸血であるのは言うまでもないが。
「ええ、現在こちらに向かっています。五分以内に到着するでしょう。医療用車輌は我々の専属で、全員ぶんの本人から採取した血液を使った血液製剤を常備していますので、その点に関しては心配要りません。我々も戦闘が始まり次第、近くに移動するつもりでいます。なにか用があれば連絡をください」
「了解――じきに接敵コンタクトしますので、いったん通信を切ります」
 そこで通信を打ち切ると、アルカードは再び足を止めた。
 すでに建物は間近に迫っている――内部にいる大量の気配も、ここまで近づくとその数を完全に識別出来た――内部にいる噛まれ者ダンパイアの群れは四十人近い。
 昨晩深夜に取り逃がしてから今まで、まる二十四時間に満たない間に増えた数としては、驚異的なペースだと言える――直接噛んだ下位個体の蘇生までの時間が極めて短いという特徴を持つ、『クトゥルク』の下僕サーヴァントがいるから出来ることだ。
 それ以外に、噛まれ者ダンパイアのものとも喰屍鬼グールのものとも異なる気配がふたつ――これがホァンの部下の捜査員だろう。人間のものとも吸血鬼のものとも違う。
 おそらく吸血を受けたものの、まだ生きているのだ――五百三十年の吸血鬼人生の中で吸血を受けたものの失血死せずに生きている人間を見たことは数えるほどしか無いので、いささか確信は持てないが。
 だとしたら急いだほうがいい――彼らが吸血鬼化する前に加害者を殺して捜査員たちを救急医療チームに預ければ、それで捜査員たちに関する問題は解決する。
 百七十年前に見た吸血被害者は、彼が死亡する前に加害者の吸血鬼を殺したら人間に戻った――失血を補う手段が無かったためにそのあとしばらくして死んでしまったが、逆に言えば血圧低下さえ防げれば生きていた可能性は十分にある。
 苦い記憶に顔を顰め、彼は右手でX-FIVE自動拳銃を抜き放った。
 初期段階の侵入にはMP5は使えない――MP5には専用のサプレッサーが無いため、発射ガスの衝撃波だけでもサプレッサーによって減殺することの出来るX-FIVEとは比べ物にならないくらい派手な音がするからだ。
 自動拳銃の銃口にサプレッサーを取りつけ、閃光音響手榴弾ディストラクション・ディヴァイスの位置を確認してから、アルカードはビルの入り口に踏み込んだ。
 思った通り見張りはいない――狂犬病にかかった犬がコップ一杯の水を恐れて逃げ出すのと同じ様に、吸血鬼たちはひとつ間違えば直射日光を浴びかねない場所には恐れて近づこうとしない。扉は朽ちて無くなっており、車道から丸見えになっている――なにかの拍子で条件が整えば、自動車のフロントシールドに反射した日光が内部に射し込むことになる。そしてその程度の反射光でさえ、噛まれ者ダンパイアにとっては危険極まりないものだからだ。
 すぐ近くで、すさまじい轟音が響き渡っている――粗悪なスピーカーと許容範囲外の大音量のせいで割れに割れ、水中で歌っている様にしか聞こえないその耳障りな騒音が音楽なのだと気づいて、アルカードは顔を顰めた。
 Cheap TrickのWoke up the monster。
 どうやら廊下の奥で折り返している階段の前に置かれた、古いラジカセから流れているらしい――それに合わせて歌っているのか、間近からリズムのずれまくった声が聞こえた。階段の端から爪先も見えていて、リズムに合わせて爪先が躍っている――よくもまああんな耳障りな音量で普通にしていられるものだとある意味で感心しながら、アルカードはそちらに歩いていった。
 まあ、きっともう耳が変になっているのだろう――嫌な納得の仕方をしながら、アルカードはコンクリート製の階段の手摺越しに階段を覗き込んだ。
 甲冑の耳障りな足音とこちらの動きにそのときになってようやく気づいたのか、階段の一段目に座り込んでいた男が腰掛けたままでこちらを振り返る。
 染料の調合に失敗したらしい、傷みに傷んだピンク色の髪が揺れる。意識が朦朧としているのか、男の表情は緩んで精気が感じられない。
 薬物中毒か――こちらが侵入者であることも認識出来ていないのか、薄暗い廃ビルの闇の中でおのずから輝く真紅の瞳はアルカードの姿を目にしてもなおとろんと緩んでいた。
 ろくな反応も示していない男の額に、手摺越しに突き出した自動拳銃のサプレッサーの先端を押しつける。
「おやすみ」
 自動拳銃のセイフティーをはずしてトリガーを引くと、反動で銃口が跳ねた――ガス圧の膨張で瞬間的に伸長することで内部容積を拡張し効果を高める機能を持った特殊設計のサプレッサーが、銃撃の瞬間一瞬だけ伸縮する。
 コンペティション用途に開発されたために本来特殊作戦用ではないX-FIVEには、特殊作戦用のP220シリーズの様なサプレッサーが無い――わざわざ特注したサプレッサーの減音効果は極めて高かった。弾頭の風斬り音が発生しない今回の様な零距離射撃ゼロ・レンジだと、スライドの復座するメカニカルノイズのほうが大きく感じられたくらいだ――それもラジカセの発生する騒音に飲み込まれて、上の階では識別出来なかっただろう。
 弾き出された空薬莢が、廊下の上で跳ね回る――どのみち戦闘が終わればこの建物は警察の掌握下に置かれることになるので、薬莢の回収を考える必要は無い。
 発砲の直前に男が顔を横に向けたために、射出された銃弾は男の頭蓋を粉砕するのではなく右耳の下あたりから頭部に入り込んで下顎の下顎枝――顎を構成する下顎体の両端から垂直に接合された、耳の下まで届く骨片のことだ――を粉砕しながら延髄に達していた。着弾の衝撃で皮膚が細かく裂け、頭蓋が砕けて頭部が瞬間的に膨張する。
 中枢神経系に――物理的にも霊的にも――重大な損傷を受けて階段に横倒しに倒れ込んだ男を見下ろしながら、アルカードは塗料の剥がれ落ちた手摺を廻り込んで階段に足をかけた。
 足元で痙攣している男を見下ろして、軽く口笛を吹く。そこらの低級妖魔なら今の一撃で即座に消滅するほどの魔力を込めたというのに、まだ消滅していない。無論心臓や脳に着弾すれば死を免れ得ないだろうが、致命傷となる急所をはずしたとはいえまだ生きているとは、思ったよりタフな様だ。
 だがどうでもいい――そんなことはどうでもいい。生きていようが、死んでいようが関係無い。続く一弾でこの男の人生は終わる。
 死に瀕した犬の様に手足を細かく痙攣させている男を見下ろして――アルカードはその頭部に銃口を押し当てた。
 再度トリガーを引くと同時に撃ち込まれた銃弾で今度こそ完全に頭蓋を粉砕され、男の体が海老の様にのけぞった。そのまま力無くくずおれて、衣服だけを残して消滅する。
 頭蓋骨の内部で粉砕された弾頭の弾殻だけが頭蓋骨の反対側から飛び出した際に飛び散った血と脳漿もやがて痕跡ひとつ残さずに塵と化して消えて失せ、男の存在の痕跡を示すものは急速に温度の失われつつある衣装と、倒れた拍子にポケットから転がり落ちた幾度使い回されたかも定かではない注射針、ゴム紐だけになってしまっていた。
 愚か者が――
 足元に転がった注射器を見下ろして、アルカードは嫌悪を隠さずに顔を顰めた。
 胸中で鼻を鳴らし、足元にわだかまった衣装を蹴散らし、階段に足をかける。アルカードはそこで一度背後を振り返り――相変わらずの酷い音割れで――年寄りの濁声の様な騒音を撒き散らしているラジカセを見遣った。
 今度はCelld WellerのOwn Little Worldらしい騒音をがなりたてているラジカセに視線を向け――耳障りだったので蹴り壊そうかどうか少しだけ迷ってから、しかしそのまま放っておくことにしてアルカードは階段を昇り始めた。
 あのやかましいラジカセががなりたてている間は、こちらの足音もそれに紛れてそうそう気づかれないだろう。
 Own Little Worldは好きな曲だ――が、正直この大音量とスピーカーの質の悪さは不愉快だ。アルカードはどんなに好きな曲でもちょうどいい音量でないと耳障りに感じるタイプなので、正直このラジカセの酷さは目に余る。
 だが、そこに利用価値があるのなら、それを優先するべきだろう――蹴り壊す前に使い道があるのなら、そちらを優先すべきだ。
 ポンコツラジカセはまるでパチンコ玉をいくつか入れたペットボトルを振り回しているかの様な、やかましい騒音を立てている――だがそれを黙らせるために、脚甲の爪先でヤクザ蹴りを入れるのはいつでも出来る。
 自動拳銃の安全装置をかけサプレッサーを分離してから腰元のホルスターにしまいこみ、代わりにヘッケラー・アンド・コッホMP5サブマシンガンを懐から引き抜く。コッキングレバーを少し引いて排莢口から薬室を覗き込み、金色の弾薬が装填されていることを確認して、アルカードはゆっくりと笑った。

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