徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 3

2015年01月20日 23時31分37秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「ただいまー」 玄関の引き戸を開けて、そう声をかける――その声を発した途端、にわかに家の中が騒がしくなった。
「マリツィカ!」 こちらの声に気づいて襖を開けっぱなしのリビングから姿を見せたデルチャが、靴を脱いで家に上がったマリツィカの体を引き寄せる――彼女は妹の体をぺたぺた触りながら、
「大丈夫? 怪我は? さっきニュースで羆が射殺されたって――」
「あ、うん、知ってる。わたしたち、現場にいたから――」 その言葉に、デルチャがぎょっとした様に目を剥いた――まあラジオで聞く限り三十五人が殺傷された現場に居合わせたなどと聞かされたら、反応はそんなものだろう。
「アルカードが羆を、その、やっつけてくれたの」
「やっつけた? まさか、さっきのニュースでやってた羆を射殺したのって――」
 アレを射殺といっていいのかは、正直判然としないが――デルチャがこちらから視線をはずし、アルカードに視線を向ける。彼はちょうどマリツィカに続いて中に入り、土間で玄関の引き戸を閉めているところだった。
「うん。彼」
 彼を横目で見遣ってそう答えると、デルチャが驚愕に眼を見開いた。
 猟友会のメンバーが羆を斃しに出ていたのは姉も知っていただろうし、まさかアルカードが自分で羆を仕留めて帰ってくるというのは予想の範疇外だったのだろう。
 こちらの会話には関心が無いのか、アルカードは腰をかがめて靴紐を解きにかかった。
「ドラゴスさん――大丈夫だった?」 姉がそう声をかけると、アルカードはデルチャのほうに視線を向けて小さくうなずいた。
「ああ――多少の面倒はあったが」
 それで片づけてしまうあたり、今の会話には注意を向けていなかったらしい。
「そう――ありがとう」
「別に――今のところ俺は本来の役目を果たしてないからな。ただ飯ばかり喰ってるわけにもいかないし、少しは役に立たんとな」
 アルカードはそう返事をしてから、土間に視線を向けた。
「来客か」 見慣れない靴が置いてあったからだろう、アルカードがそんな質問を発する。
「あ、うちの旦那と義理の弟がね。帰ってきてるの」 姉がそう返事をしたとき、今から若い男性と十歳くらいの少年が顔を出した。
「あ、マリちゃんお帰り。そちらが例の親戚さん?」
 少年の言葉に、マリツィカは小さくうなずいた。
「うん。アルカードよ」
「はじめまして。神城陽輔です」
「兄でデルチャの夫の恭輔です」
 それぞれ一礼する少年と義兄に、アルカードがこちらも立ち上がって一礼する。
「アルカード・ドラゴスという」 そう名乗ってから、アルカードはブーツを脱いで家に上がった。
 マリツィカが本条兵衛の質問をごまかすために咄嗟に用意した設定をそのまま使う気でいるのか、
「この家の主人の親戚だ。所用で日本に来て、今彼を頼っている」 そう言ってから、アルカードはデルチャに視線を向けた。
「両親はまだ仕事中か」
「ええ、どうして?」
「一応無事に戻ったことを、どちらかに報告しておくべきかと思ったんだが――まあいいか。君が伝えておいてくれ」 アルカードはそう言ってから、恭輔と陽輔のほうに視線を向けた。
「すまない、電話をしないといけないのでこれで失礼する」 
 そう告げてふたりの前を通り過ぎ、そのまま部屋に戻ろうとしたアルカードが足を止める。
「どうしたの?」 声をかけるが、返事が無い――視線を追うと、ちょうど今のテレビで例の羆に関するニュースを流しているところだった。
「――周囲には防犯用等のカメラが無かったために、現場の状況を録画した映像は残っていません」
 羆の死体はすでに撤去されたらしく、潰れたクラウンの車体と道路の血痕が映し出されている。
「警察の発表と目撃者の情報によると、羆を射殺した人物は身元不明の外国人で――」 アナウンサーのレポートを聞き流しながら――アルカードが唇の端をゆがめて背筋の寒くなる様な笑みを浮かべる。
 彼はすぐに興味を失ったのか、再び歩き出して廊下の奥へと姿を消した。
 
   *
 
 現時点で実用化されていないヘッドライトを除く、すべての電装燈火部品は白熱電球やハロゲン球からLEDに置き換えることが出来る。
 置き換えることが出来るのだが――面倒臭いのが、リレーを使うウィンカーだった。
 自動車用のリレーは電磁継電器とかソレノイドリレーと呼ばれるもので、電磁石に通電することでスイッチを接続、もしくは切断してスイッチのオンオフを切り替えるものだ。
 このリレーが通電することで接点を接続するブレイク型と接点を切断するメイク型、どちらなのかはわからないが――
 まあどちらにせよもう用は無い。アルカードはリレーをひっくり返して、端子の形状だけ簡単にチェックした。忠信がトミーカイラの配線図を持っているので、チェックするのはリレー自体の接続端子の形状と配線の色だけだ。
「なにしてるんですか?」 かたわらにかがみこんで興味深げにその作業を眺めながら、千里がそんな質問を投げてくる。とうにMRワゴンのオイル交換は終わっているのだが、ほかに用事があるわけでもないのかもともとこういうのに興味があるのか、彼女は物珍しげにこちらの手元を覗き込んでいた。
「リレーを交換する準備ですよ」
 アルカードがそう返事をすると、千里が走っているときの様に両腕を振り始めた。
「そのリレーじゃないです」 アルカードはそう返事をして、どう説明したものかちょっと考え込んだ。
「ウィンカーを操作すると、ランプが点滅するでしょう?」
「ええ」
「そのままつなぎっぱなしにしただけだと点滅しないから、接続と切断を断続的に繰り返す必要があるんですが、その接続と切断を繰り返すのがリレーです」
 そう言いながら、アルカードは自前の工具箱の中からボールペンとメモ用紙を取り出して、簡単な概念図を描いてみせた。
 中央部分が切れた二本の線を引き、その一方には切れた線の間に巻きばねの様な線を描き足し、もう一方は切れた線と平行に、もう一本の短い線を書き加える。
「この巻きばねみたいなのは、電磁石のコイルです。このコイルに通電されると、電磁石の磁石で――この場合は――この、あとから書き加えた線、接点が引きつけられてこっちの線、配線の端子にくっついて、電流が流れます。で、通電が止まると磁力が切れて、接点が離れ、電流が止まります。電磁石が作動したときに電流が流れるものと切れるものと、二種類あります。これがどっちなのかは、知りませんが――」 そう言ってから、アルカードはトミーカイラのリレーを脇に置いた。
「それで、そのリレーをどうして交換するんですか?」 軽く首をかしげて、千里がそう尋ねてくる。
「ウィンカーをLEDに交換しようとするとね、このタイプのリレーは役に立たないんですよ」
 ウィンカーをLEDに交換する場合、通常のソレノイド式リレーでは正常に動作しない――よくウィンカーの電球が切れている車の場合、残るウィンカーの電球の点滅速度が通常の倍程度に早くなる。
 これの理由は、電気を水の流れ、ウィンカーの電球を鹿威の一種・添水に喩えるとわかりやすい――水の流れる勢いを電圧、水の流量を電流量だとして、ひとつの水源からふたつの添水に均等に水を注いでいるとした場合に、両方の水路の太さや流量が同じであれば、添水の竹の中にたまった水はどちらも同じ間隔で排出されるはずだ。
 そのことをこれも図に書いて説明してから、アルカードはいったん言葉を切った。
「なにかの理由で片方の水路が詰まって一方の竹に水が流れなくなれば、もう一方の竹のほうに流れる水は増えるでしょう? 電球が切れるともう一方の点滅速度が早くなるのは、それが理由です」
 という様なことを説明すると、説明の内容を飲み込む為か千里は黙り込んでから、
「でもそれは、電球が切れた場合ですよね? その説明とウィンカーをLEDにしたときに、なんの関係があるんですか?」
 その質問は、千里がアルカードの説明を正確に理解したことを示している――彼女の言う通り、その説明はLEDとはまったくつながりが無い。
「LEDはね、消費電力が小さくて動作に必要な電圧も低いんです。この図で言うなら、竹筒が腕くらいの太さから指くらいまで細くなったと言えばわかりやすいかな? それなのに流れる水の量が変わらなかったら、竹が水を排出する間隔が早くなるでしょう?」
 ああ、とうなずいて、千里はアルカードが置いたソレノイドリレーを取り上げた。
「LEDの電球に交換しただけだと、電球が切れてなくても点滅の間隔が早くなるってことですか?」
「そうです。ごく短時間のことなんですが、電球は電流が流れ始めてから一定以上の電圧になるまでは点燈しません。LEDに交換すると動作に必要な電圧が白熱電球の最低限必要な電圧を下回るから、点滅の間隔が早くなるんです」 その説明に千里が手を伸ばしてリレーを手に取り、
「それじゃ、このリレーはもう使えないんですか?」
「そうですね。リレーは通電間隔を電子制御する、ソリッドステートリレー――ICリレーに交換するんですよ。電球の動作電圧に関係無く、一定の間隔で点滅する様に電圧を出力するんです」
 へぇ、とうなずいて、千里は物珍しげにICリレーのパッケージを手に取った。
「これが無かったら使えないんですか?」
「方法はあるにはありますよ。ウィンカーとリレーの間に電気抵抗体レジスターを入れて、消費電力や動作電圧が白熱電球と同じになる様に調整するんです。消費電力を減らしたくてLEDにする場合には、意味無いですけどね――ただLED電球が壊れたときに白熱電球を一時的にでも組み込むと、そこだけで点滅速度が遅くなる可能性がありますね。電気抵抗値が白熱電球の抵抗値プラス電気抵抗体レジスターになるから」
 そう答えてから、アルカードは工場の在庫から借りた盤陀はんだ鏝と盤陀、それに廃車予定の車から取りはずしたハーネスが山ほど入っているペール缶を手元に引き寄せた。
「これは?」
「変換ハーネスを作るんですよ――車体側をバラしてもいいけど、そのままのほうがわかりやすいですから」 そう答えて、ウィンカーリレーにつながる配線のカプラーと対になるカプラーを探して配線をひっくり返す。
「おいおい、なにちーちゃんと話し込んでるんだよ。ちゃんと作業しろ作業」
「えー? もうちょっとで電話番号教えてもらえそうだったのに」
 池上の言葉をそう混ぜっ返し、明るく笑う千里を横目に作業を進める――目的のものを見つけたので、アルカードは配線ごとそのカプラーをニッパーでハーネスから切り取った。
 一瞥した限り在庫に適合する端子が無い様だったので、アルカードは配線だけそのまま流用することに決めた。切断した端子の反対側の切れ端に別な圧着端子をつけ、それとリレーの配線を接続するしかないだろう。
 壁に巻いてかけてあった延長コードを引っ張ってきて、盤陀鏝のプラグをコンセントに挿し込む――圧着端子をただかしめただけではたまに配線が抜けてはずれることがあるので、盤陀を溶かし込んで固めるつもりなのだ。
 盤陀鏝が十分加熱されるまでには時間がかかる――周りに鏝に触れそうなものが無いことだけ確認してから、アルカードは工具箱の抽斗を開けて電工ペンチを手に取った。
 配線の被覆を剥き取ってスリーブをかぶせ、取りつける端子をプラスティックのケースの中から探し出す。興味深そうにその作業を見守っている千里に見やすい様に少しだけ角度を変えて、アルカードは圧着端子を電工ペンチで掴んでそこに線を挿し込んだ。
 軽く開いた電工ペンチを握り込んで圧着端子のかしめ部分を固め、次の配線に移る――圧着端子をすべてかしめてから、アルカードは盤陀鏝を手に取った。
「それは?」
「本当はあまりよくないんですけどね――抵抗値がちょっと上がるから。この手の端子は配線とサイズが合ってないとスポッと抜けたりするから、念のために盤陀づけして固めるんです」
 千里の質問にそう返事をして、アルカードは作業台代わりの空のペール缶を手元に引き寄せた。

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