徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Flames of the Purgatory 49

2014年11月23日 01時05分59秒 | Nosferatu Blood LDK
「恭介」 と聞き慣れた声で名前を呼ばれて、彼は背後を振り返った――武道場から直接グラウンドに出られる鉄扉がいくつかあるのだが、開け放された鉄扉のうちのひとつからトレーニングウェア姿の雪村香苗が顔を出している。
 部活の駆け足が終わったところなのだろう、息を弾ませた女の子が数人一緒にいる。部活仲間だろう、学年が違うのか知らない子もいたがクラスの違う同級生もいた。部室に戻る最中にたまたま武道場を覗いて、場内の様子に気づいたらしい――香苗は額の汗を拭き取りながら、鉄扉のところまで近づいていった恭介に声をかけてきた。
「どうしたの、あれ?」
 あれというのはもちろん、道場の中央で対峙しているアルカードと薫のことだろう。どう説明したものか迷いながら、恭介は口を開いた。
「薫先生がドラゴス先生に果たし合いを申し込んだ」 自分で言っておいてなんだが、いろいろ間違っている気がしないでもない――だが面倒だったので訂正はせずに、恭介はふたりに視線を戻した。香苗はそれを聞いて眉をひそめ、
「えぇ? 薫先生と勝負するって、無茶じゃない? 薫先生、滅茶苦茶強いのに」 と反応する香苗の気持ちはわからないでもない――薫はあのぽーっとした外見に似合わず、学生時代に道内の薙刀の公式戦を総なめにした猛者だ。
 が――
「大丈夫なんじゃないか? 昨日今日とみて判断する限り、ドラゴス先生は相当出来るぜ」 恭介がそう言うと、香苗はそう?と胡乱そうな表情を見せた――まあ、香苗はアルカードの動きを見てもなにも判断出来ないのだから仕方無い。
「だって、槍に勝つには三倍の力量がいるんでしょ?」
 槍ではなく薙刀だ――が、まあたいして変わり無い。ひとつ言えるなら、剣で槍や薙刀に勝つのが難しいのは、攻撃を届かせるのが難しいからだ。有効な間合いを作る、正確には間合いを維持し続けるのが難しいのだとも言える――薙刀や槍は攻撃範囲が広いぶん遠くから攻撃出来、したがって技量の不足を先制攻撃と攻撃範囲で補うことが出来る。
 ただ逆に言えば、剣を持っているほうが間合いの作り方が巧ければ、その不利はいくらでも覆すことが出来る――極論してしまえば、薙刀よりも短い武器で薙刀に対してもっとも有利なのは、素手での戦闘か短刀の様な短い刃物だ。
 ナイフの間合いに接近してしまえば、薙刀など邪魔にしかならない。
 だが説明している間にふたりが動き出しそうだったので、恭介はなにも言わずにふたりに視線を戻した。
 林原が翳した左手を振り下ろしながら号令をかける。
「――始め!」
 アルカードは動かない――アルカードの構えでは先の先をとらないとどうしても不利になるのだが、当の本人は気にした様子も無い。
 十秒ほどそのまま時間が流れ――
 動かないアルカードに業を煮やしたのか、手の内を探ろうと思ったのか、薫が半歩ほど前に出て――次の瞬間には、最高速度で振り下ろされた薙刀の刃とアルカードが床を磨り上げる様にして逆袈裟の軌道で繰り出した木刀の物撃ちが衝突していた。
 いかんせん、打撃部位の大部分が竹で出来た稽古用の薙刀の一撃は軽い――重い木刀の一撃で、薫の打撃は易々と弾き飛ばされていた。
 次の瞬間、弾き飛ばされた勢いをそのまま使って持ち手を支点に薙刀を振り回し、薫がアルカードのこめかみに石突の掃打を送り込む。
 それも織り込み済みだったのか、アルカードがいったん後方に跳躍して間合いを離し、石突の掃打を遣り過ごしてから床を蹴った。胴のあたりを狙った水平の薙ぎ払いを、薫が後方に跳躍して逃れる――次の瞬間には、アルカードが振り抜いた剣を右脇に引き戻してそのまま繰り出した刺突が薫の顔を狙っていた。
 薫の反応も素晴らしいものだった――咄嗟に頭を傾けて、その鋒を躱している。もともと狙いが甘かったのか、あるいは最初から躱し易い様に意図的に甘くしていたのかもしれない。
 だとすると、最初から薫に回避させるのが目的だったのだろう――狙った方向に追い込むために。
 シィッ――歯の間から息を吐き出す鋭い音とともに刺突からそのまま続いて繰り出された横薙ぎの一撃を、薫は体を沈めて躱した。そのまま鋒で床を軽くこする様な低い軌道で足を刈りにいく。
 明らかに脛を撃ったであろう一撃は、しかしどういうことか空振りしていた――まるで目標にした脛をすり抜けたかの様に。薫自身も入ったと確信していたのだろう、驚愕に目を見開いている。
 おそらくは刃が衝突する瞬間、バックステップしてその一撃を躱したのだ。
 ふっ――呼気を吐き出す音とともにアルカードがそのまま踏み込んで、姿勢を沈めた薫の肩口を狙って手にした木刀の鋒を振り下ろす。
 ヴオッ――丸みを帯びた木刀の刃筋に押しのけられて、空気がまるで爆音の様なうなりをあげた。剣速がとんでもなく速いのだ――木刀や竹刀を振っても、普通の選手ではあんな音はまず出ない。
 薫は弾かれた様に後方へ跳躍し、数歩下がって距離を開けた。もともと遠間だったからだろうが、アルカードの撃ち下ろした木刀の剣先は彼女の鼻先をかすめただけだった。だが恐ろしいことに、その剣風だけで薫の前髪がふわりと舞い上がった。
「うわ」 さすがにこれには驚いたのか、背後で香苗が声をあげる――その視線の先で、アルカードがさらに前に出た。
 重い風斬り音とともに、アルカードが返す刀で角度の浅い袈裟掛けの一撃を繰り出す。金属製の鈍器で殴りつけたときの様な重い音とともに、薙刀の柄で受け止めた薫の軽い体が吹き飛んだ。
 なすすべも無く吹き飛ばされた薫の細身の体が、閉ざされたままになっていた外に面する鉄扉に背中から衝突する。
「っ……!」 薫のあげた小さなうめき声に続いて、
Iyyyyyyyyyraaaaaaaaaaaイィィィィィィィラァァァァァァァァァァッ!」
 ひゃっ――アルカードの咆哮のあまりのすさまじさに薙刀部の女子の間からそんな悲鳴があがり、続いてアルカードが手にした木刀を真直に振り下ろした。ヴオンという重い風斬り音とともに振り下ろした一撃がとっさに身体を開いて身を躱した薫をはずし、背後の鉄扉を撃ち据えてガァンと音を立てる。
「……あの人ほんとに木刀で戦ってるのか?」
 という虎斗の口にした疑問も無理は無い――身を躱した薫の背後に合った鉄扉の鉄板が、アルカードの一撃で変形しているのだ。
 フゥゥゥゥゥ――先ほどまでとは明らかに違う爬虫類の様な感情の感じられない眼差しを薫に据えて、アルカードが間合いを取り直した彼女のほうへと向き直る。彼はそのまま先ほどと同じ様に鋒を下げて身構えた。
 アルカードのほうはもともとルールなど気にしていないだろうし、薫もこの立ち合いに関してルールを気にするつもりは無いらしい。
 アルカードは鋒を下げたまま右足を引き、薫に対して体を横に向けている――構えなど必要無いということか、それとも大仰に構えても意味は無いと判断したのか。あるいはただ単に、もともとそれが彼の構えなだけなのかもしれない――いずれにせよ、相手に対して体を横に向けてさえいれば攻撃は繰り出せる。
 油断無く身構えた薫の頬を、つうっと冷や汗が伝う――少しだけ口元に笑みを浮かべ、薫が再び床を蹴った。真直の一撃がバックステップして回避したアルカードの眼前で再び跳ね上がり、もう一度顔に向かって振り下ろされる。
 軸足をサイドステップして身体を開き、アルカードがその撃ち下ろしを躱す――剣で受けるつもりは無いらしい。彼はそのまま後方に――つまり薫にとっては斜め前方へと跳躍して距離をとると、そのまま千段巻のあたりに向けて手にした木刀を振り下ろした。
 脆い竹の刃を叩き折ろうとしたのだろう――だが薫が空振りに終わった撃ち下ろしをそのまま低い軌道の脛撃ちに切り替えたために、木刀の物撃ちはむなしく床を鳴らしただけだった。
 残った前足を刈ろうと撃ち込まれた低い軌道の脛撃ちを、アルカードがバックステップして躱す――おそらくあんな近い間合いから、それもあれだけの速さで撃ち込まれた脛撃ちを、恭輔では到底躱せないだろう。否、全国トップレベルの選手でも何人いるか。
 おそらくあれだけの反射神経なら、撃ち込まれてきた薙刀を足で迎え撃ち、千段巻きのあたりを踏みつけて、踏み足を支点に刃を踏み砕くことも出来ただろう。
 そうしなかったのは、それをしたら薫が納得しないと思ったからかもしれない――薫はああ見えて男らしい性格なので、勝負事には勝っても負けてもかまわないが、その決着が明確に実力によってつく勝負がしたいのだ。
 追撃は仕掛けずに、アルカードがいったん間合いを離す。彼は少しだけ口元をゆがめ、薫に向かっていったん中止という様に左手を翳してから、
「ところで、組討ちはありですか?」 その質問は鏡花に向けたものなのだろう――先に答えたのは薫だったが。
「どうぞ」
「セクハラにならない範囲でお願いします」 緊張感をぶち壊しにする鏡花の補足に気の抜けた様な笑みを浮かべてから、アルカードが手にした木刀の鋒を下げる。そうやって総合を崩すと、先ほどまでの爬虫類の様な感情の感じられない雰囲気が嘘の様に消えた。
 それは薫に向けたものなのだろう、再開の合図を示すかの様に、アルカードは小さな笑みを浮かべてみせた。
 それを見て、薫も小さく笑う。姿勢を沈めて下段に構え、薫はハァッという掛け声とともに床を蹴った。
 同時にアルカードが一歩踏み出す。コンパクトな動きで撃ち込まれてきた一撃を、アルカードは刺突で迎え撃つつもりらしい。前足にした左足を踏み出しながら、右手で保持した剣を右脇に引きつけて――
 次の瞬間、アルカードの突き出した木刀が軽い音とともに弾き飛ばされていた――薙刀の鋒が小さな円を描く様な動きで木刀に絡みつき・・・・、そのまま弾き飛ばす。
 捲きと払いを複合した様な動きだが――動態視力が追いつかなかったのでいささか判断が難しい。
 アルカードは心底感心した様子ではっ、と声をあげ、いったん間合いを離し――薫がその後退を追って踏み込みながら、追撃の真直の一撃を繰り出す。
 無論、薫としてはぎりぎりのところで止めるつもりでいたのだろう。だがその攻撃を、アルカードは蹴りで迎え撃った――薙刀を保持した右手と左手の中間あたりを狙って横蹴りで迎撃し、そして次の瞬間にはその蹴りが変化した。後ろ廻し蹴りに似た動きで、足で押しのける様にして薙刀の軌道を変えている。
 そのまま軸足と蹴り足を入れ替えて廻し蹴りで追撃することも出来たのだろうが、アルカードはそうしなかった――代わりに右手を翳し、先ほど弾き飛ばされて落下してきた木刀の柄を空中で掴み止め、一歩引いて間合いを作りながら、床に衝突した薙刀の千段巻めがけて木刀を振り下ろす。
 こぉん、という意外なほどに軽い音とともに、千段巻のあたりから切断された薙刀の刃が床に跳ねて宙を舞った。叩き折られたのではない――まるで鏡の様に鋭利な切り口を見せる刃がカラカラと音を立てて恭介の足元まで滑ってきて、床に置いた面に当たって止まる。
「な――」 アルカードが薙刀の柄の上を滑らせる様にして繰り出した一撃から逃れた薫が、驚愕の声をあげながら後方に跳躍する――刃が斬り飛ばされても、棍としてなら柄がまだ手元に残っている。
 先ほどアルカードが組討ちが有効であることを確認した時点で、すでに薙刀と木刀以外に攻撃手段が無いという前提は崩れている。どちらかが負けを認めるか、実戦であれば戦闘の継続が不可能な状態に追い込むまで試合は続く――薫は当然そう考えているだろう。
 アルカードのほうは、武器の破壊が勝利条件だとはまるで考えていないらしい――薫が後退動作を始めるより早く、アルカードは一瞬の躊躇も無く追撃を仕掛けた。
Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに振るった一撃が、薫が咄嗟に翳した薙刀の柄を半ばから叩き折る――その気になれば先ほどの千段巻同様切断することも可能なのだろうが、そうしなかったのは衝撃で薫の体勢を崩すためだろう。
 軽い悲鳴とともに尻餅をついた薫の喉元に、翻って肉薄した木刀の鋒が突きつけられる――あと一歩踏み込んでいれば喉を貫通されている間合いだ。それを悟ったのだろう、薫は二本に分割された薙刀の柄を足元に落として両手を挙げた。
「まいりました、先生」 それを聞いて、アルカードが剣を引く。
「お見事でした、鳥柴先生」 アルカードの静かな讃辞に、薫は少しだけ微笑んだ。アルカードが差し出した左手を握り返して立ち上がり、
「先生こそ」
「少しは楽しめましたか?」
「ええ、とても」 微笑む薫にかすかに笑みを返してから、アルカードは足元に転がっているまっぷたつに折られた――正確には彼が折ったのだが――薙刀の柄を見下ろした。彼は視線を転じて先ほどの木刀の一撃で変形させた鉄扉を見遣ると、
「すみません、備品と設備を壊してしまいましたね。あとで弁償を――」
「結構ですよ、練習中の損傷です。つきあっていただいたのはこちらですしね」 それにそんなに高いものでもないですし、と薫が続ける。
「竹製の刃の部分はすぐに折れちゃいますし」
 そう言って、薫はそばに歩いてきた女子部員に折れた柄を手渡した。
「否、でも扉は――」
「かまいません。こちらで修理しますから」 鏡花がそう言葉をはさんでくる。
「お願いしたのはこちらですしね」
「助かります」 アルカードはそう返事をしてからそこであわてて周囲を見回し、
「と――刃で思い出したけど、さっき斬り飛ばした刃、誰かに当たらなかった? 誰も怪我無い?」
「大丈夫です」 虎斗がそう答えて、足元から拾い上げた刃を振ってみせる。 アルカードは安心した様に微笑んで、
「ならよかった」
「すごいですね、先生――木刀でものを斬るなんてはじめて見ました」
 通用口の外から興奮冷めやらぬといった様子で香苗が声をかけると、アルカードはかぶりを振った。
「あれはそれほど褒められたもんじゃない。技術としては高度だけど、競技剣術で試合に遣う技としては邪道もいいところだよ」 そう言って、アルカードは木刀を虎斗に返した。それを倉庫にしまいに行った虎斗を見送ってから、鏡花のほうへと踵を返す。
「あんなもんでいかがでしょう、学園長?」
「ええ、十分ですわ」 
「それはよかった――ところで学園長、このあと少し時間を割いていただけませんか?」
「ええ、結構です」 鏡花がそう答えてうなずくと、アルカードは林原のほうを振り返って、
「すみません、先生。用事が出来ましたのでこれで失礼します」 林原が軽く同意するのを確認して、アルカードは壁際の自分の上着のほうへと歩き出した。

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