徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Vampire and Exorcist 9

2014年10月03日 23時49分43秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「ほらよ」
 軽く手を振る池上に、アルカードは小さくうなずいた。
 曙ブレーキのメーカーロゴが印刷されたボール紙の箱がふたつ、手渡されたホームセンターのポリ袋の中に突っ込まれている――純正品ではなく鉄板バックプレートを再利用して摩擦材を貼り替えた再生リビルト品だ。
 ずっしりと重い袋を受け取って、アルカードは一礼した。
「ありがとうございます――いくらですか?」
 ポーチの中から財布を取り出そうとすると、池上が軽く手を挙げて制した。
「いい、いい――おめえにゃ親父の代からよく世話になってる。どうしてもってんなら、今度ポン酒でも下げてきな」
 その言葉にくすりと小さく笑って、アルカードは財布を出そうとした手を引っ込めた。
「わかりました」
「ところでおめえ、いいのかい?」 内緒話でもする様に顔を近づけて、池上がささやいてくる。
「なにがですか?」 わかってはいたが、アルカードはそう尋ね返した。池上はこちらの肩越しに、アルカードの背後に視線を向けている。
「あれよ、あれ。あのフィオとかいう女の子。さっきからずっと外で待ってるがよ」
 その言葉に、アルカードは表情には出さずに溜め息をついた――あれは待ってるっていうのか?
「いいんです、彼女は」
 フィオレンティーナはよほどこちらを信用していないらしい――アルカードが夜な夜な市街を徘徊しては手当たり次第に人の血を吸っているとでも思っているのか、彼が出歩くとストーカーよろしくあとをつけ回してくる。
 とりあえず隠れるものが無いからといって、よそ様の家の正面の電柱の陰に隠れるのはどうかと思う――なまじ外見が美少女なだけに怪しさ爆発だ。
 職質される前に帰らないとな――胸中でつぶやいて、アルカードは天を仰いだ。実際に視界に入ってきたのは、池上の家の玄関のひさしだったが。
「近所じゃおまえさんに彼女が出来たって評判だが――違うのか?」
 その言葉に、アルカードは再び胸中でだけ盛大に溜め息をついた。池上の工場はアルカードの店から徒歩十分の近場な上、この近所の家は大体が昔からこの近くに定住している人々だ。
 したがって、なにかあると非常に目立つのだ――近所に大学があるから若者は多いし、海外からの交換留学生も多く受け入れていて、彼らを当て込んだアパートも多い。なので若い外国人の女の子など珍しくもない。珍しくもないが――
 その女の子がストーカーよろしく、電柱の陰にこそこそ隠れてこちらの様子を窺っている様な女の子なら話は別だ。
 アルカードはこの町に居着いた数少ない外国人で、長身に金髪という目につきやすいいでたちなせいで人目を引く。アルカードが女の子を連れて歩いていれば――連れて歩いている様に見えれば――そりゃあ目立つに違い無い。もちろん、ストーカーにつきまとわれている様に見える光景というのも非常に目立つだろう。
 コンビニに雑誌を買いに行くだけで、いちいちそんな心配をしなければならないというのは実に面倒だ。
 この短時間に三度目になる溜め息をついたとき、池上が残念そうに笑った。
「なんでぇ、違うのかよ。つまんねぇなぁ」
 その言葉に苦笑して、アルカードは軽く一礼した。
「それじゃ、今日はこれで帰ります」
「ん? 一杯飲んでいかねぇか?」
「否――彼女をあのまま放っておいたら、巡回の警官に職質されそうですから。また今度にします」
「……なんつぅか、おめえも大変だな」
 不憫そうな眼差しを投げてくる池上に苦笑して、アルカードは彼の向こうでこちらの様子を窺っている美由紀に向かって手を振った。
「じゃあね、美由紀ちゃん。おやすみ」
 隠れてしまった少女に小さく笑ってから、アルカードは池上に視線を向けた。
「それじゃ、今日はこれで。おやすみなさい」
「おう、またな」
 軽く同意してくる池上に一礼して、アルカードは踵を返した。池上の一軒家の門の外に出てから門を閉め、電柱の陰でこちらの様子を窺っているフィオレンティーナに歩み寄っていく。
「待たせたな。帰るか」
 怪しさ満開のその光景にもめげずに、アルカードはそう声をかけた。フィオレンティーナが電柱の陰から出てくる。
「どうやら今夜は食事を我慢した様ですね」
 あからさまにこちらを疑っている眼差しを向けているフィオレンティーナに、アルカードは溜め息をついた。
「信用出来ないのはわかるけどな、俺は本当に吸血に興味は無いんだ」
「信用出来るものですか! 人畜無害そうな顔をして、誰も見ていないところでいったいどんな真似をしてるか――」
 少女があげた大声に、アルカードは口元に人差し指を当ててみせた。
「声が大きい」
 その言葉に、フィオレンティーナが口を噤む。それを確認して、アルカードは溜め息をついた。
「誰も見ていないところでいったいなにをしてるか――か? 君がなにを期待してるか知らないが、君が見たことのある程度のことしかしてないぜ――なにかしようってんなら、わざわざ出歩かなくても格好の獲物が目の前にいるだろう。なにしろ君は美人だからな」
 その言葉に一体なにを想像したのか、少女の顔が真っ赤に染まる。その反応に目を細めて、アルカードは歩き始めた。
「突然だが――」 歩みを止めずに、アルカードは唐突に話題を変えた。
「隣町の教会には何人か子供がいるそうだな」
 一度足を止めて振り返り、いぶかしげに眉根を寄せている少女に向かって、
「その子供たちとは親しいか?」
「なにを――」 言ってるのか、と聞き返そうとフィオレンティーナが口を開きかけるより早く、アルカードはイタリア語に切り替えて先を続けた。
「帰ったら、俺に抱かれろ――拒否したらそうだな、教会の子供をひとり攫ってきて、君の目の前で殺す」
 その要求に、フィオレンティーナが一歩飛び退った。
「貴方――」
「それでも拒否したら、もうひとり――別に何人でもかまわない。教会の子供がいなくなったら、次はどこかそこらへんの家から攫ってこようか。どうせ君には、俺の行動を力ずくで阻止する力なんぞ無いんだからな。朝起きたら、君の横に死体が転がってるだけだ」
 唇を噛むフィオレンティーナに、アルカードは適当に首をすくめた。
「残念ながら、カーミラに血を吸われた今の状態で俺が血を吸っても意味は無いけどな――吸血で従わせることは出来なくても、こんなふうに脅迫で従わせておもちゃにするのは簡単だ。違うか?」
 それがただの会話であって実際にその脅迫を実行する気が無いことに気づいたのか、フィオレンティーナが頭から抜き取ったヘアピンを髪に戻す。
「俺にそのつもりがあったら、さっきの脅迫を実行したっていいんだ。そもそも、こうして君を五体満足で歩き回らせておく必要だって無いわけだしな。衰弱した状態に保っておけば、君をおもちゃにするのは簡単だ。それをしないっていうのは、要するにするつもりが無いからだよ」
 自分で言ってから、脅迫に屈して身を任せるフィオレンティーナを組み敷いて凌辱する自分を想像して、アルカードはかぶりを振った。
 くだらない・・・・・――実に馬鹿馬鹿しい・・・・・・・・
 指先に引っ掛けたホームセンターの白いビニール袋をくるくると回しながら、街灯に照らし出された夜の街を歩いていく。繁華街は駅の反対側なので、この時間帯になってしまうと近隣の界隈にはあまり人影は無い。
 ただそれでも、この近辺を外国人の若者が歩いているという心配はしなければならなかった――もしもその中にイタリア語を理解する者がいたら、今の会話の内容を聞かれた場合少々厄介なことになる。
 今の会話を事情を知らずに聞いた者がいた場合、最悪強姦魔の科白みたいに受け取られかねない。
 まあいいや、と彼は胸中でつぶやいた――フィオレンティーナがついてきているのを確認して、若干足を速める。
 そろそろ愛犬たちが、夜の散歩を心待ちにしているに違い無い。つい最近飼うことになった三頭の小さな柴犬のことを考えて、アルカードは口元を緩めた。
「さあ、行こうぜ。俺のいとしい仔犬たちが、退屈してきゅんきゅん鳴いてる頃合だろうからな」
 
   *
 
 山中の製材所で正体不明の闇の眷族ミディアンを取り逃がしてから、三日後――
 柳田は鼻歌を歌いながら教会の前庭までぶらぶらと歩いていくと、玄関脇の水道の蛇口をひねって、いつもの様に教会の生垣に水を撒き始めた。
 空模様はお世辞にもいいとは言い難いし、天気予報が当たっていればじきに雨になるだろう――水やりなど無意味な作業なのだが、柳田は特に気にしていなかった。子供たちが学校に行ってもろもろの雑務が終わったあと、ひとりでのんびり考え事をするのに必要な時間なのだ。
 近隣の街に吸血鬼ヴァンパイアが巣食っているかもしれないというときに暢気なことを――ライル・エルウッドがこの場にいれば、そんなことを言って天を仰ぐに違い無い。まあ、いない人間のことを言っても仕方が無いが――今頃病院に監禁されて死んだ魚の様な目つきをしながら、差し入れたプレイステーション2で格闘ゲームでもやっているに違い無い。
 子供たちが学校に行ってしまうと、平日の教会は実に静かになる。
 舞に言わせると静かすぎて寂しいそうだが、柳田はこの雰囲気が嫌いではなかった。にぎやかで騒がしいのはいいことだが、子供たちがいる間は彼らにかかりきりにならなければならない。
 ひとりでのんびりと過ごす時間が好きな柳田は、子供たちが出かけたあとの静かな時間も悪くないと思っていた――どのみち連休に入って学校が休みになってしまえば、子供たちは教会中で遊び回ることになるのだ。
 もうすぐ数日間ぶっ続けで騒がしくなるのだから、今くらいはこの静かな時間を楽しんでいても悪くないだろう――胸中でつぶやいて目を細めたとき、その思考を遮る様に横合いから声がかかった。
「ヤナギダ司祭様」 この数日の間にかなり日本語が上達したフィオレンティーナの、もはや見慣れた黒い修道衣が視界に入ってくる。
「どうされましたか、騎士フィオレンティーナ」
 柳田の返答に、フィオレンティーナは一瞬口ごもってから、
「その、買い物に行きたいんですけど、車を出していただけませんか?」
 柳田は軽く首をかしげた――この町には大きなスーパーの類が無いから、週に一度食料品の買出しに行く。子供たちが食べ盛りなために食料はたくさん必要だし、まとまった買い物をするなら隣町の大型スーパーに行ったほうが手っ取り早い。この町は都会と田舎が中途半端に混じった様な土地なので、場合によってはそのほうがいいのだ。
「買い物でしたら、よければ私があとで行ってきますが」
 そう言うと、フィオレンティーナは軽く首を振った。
「ありがとうございます。でも、男性の方には頼みにくいものもありますから」
「ああ」 柳田は納得してうなずくと、
「ではシスター舞に話をしてください――今日は隣街に出かける用事があるはずですので」
 舞が出かける話をしていたのを思い出しながら、柳田はそう言った――フィオレンティーナがうなずいてみせる。
「そうしてみます、ありがとう」
 日本式に軽く頭を下げて去っていくフィオレンティーナを見送ってから、柳田は生垣に視線を戻した。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Vampire and Exorcist 8 | トップ | Vampire and Exorcist 10 »

コメントを投稿

Nosferatu Blood」カテゴリの最新記事