徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Nothing Helps 5

2014年09月23日 15時15分38秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
 油断していたのか、男の拘束は意外と簡単に振りほどけた。そのまま床を這いずる様にして若干距離を取り、上体を起こして背後を振り返ると、純一は棒立ちになっている男に向かって右腕を振るった。
 男は隙だらけだ――殺れる。
 その確信を胸に、男の喉を目がけて右手を振るい――次の瞬間には男が左手で繰り出した不可視の一撃に斬り飛ばされ、右腕が高々と宙を舞っていた。
 斬り飛ばされた腕がくるくると回転しながら床に落下し、それより早く塵に変わって失せて消える。
 傷口から襲ってきた凄まじい激痛に、純一は凄絶な絶叫をあげた。純一の一撃は、男の頭を叩き潰す寸前だった――にもかかわらず、男の一撃のほうが先に入った。激痛に脂汗が噴き出すのを感じながら、純一は涙でぼやける視界に金髪の男を捉えた――速さの桁が違う。
「残念だったな」 別に残念そうでもない口調でそんな言葉を口にして、男が酷薄な冷笑を浮かべながら一歩踏み出す。
「生憎おまえごときがどう頑張っても、俺を殺すのは到底無理だ」
 男の発したその言葉を、純一は聞いていたが理解はしていなかった――肉体の痛みのみならず、まるで心そのものを浸蝕するかの様な凄まじい激痛にのたうち回っていたからだ。
 先ほど肩を貫かれたときと同じだ――普通の怪我で感じるものとはまったく違う、異様な痛み。
「な、なんなんだ、おまえ――」
 純一の言葉に、男がかすかに目を細める。
「わからないのか?」
 男の両目が薄暗がりの中で光っている――鮮血の様に紅く、紅く。それを目にして、純一は息を呑んだ。
「おまえ、おまえも――」
 おまえも僕と同じ――
 
   †
 
「おまえ、おまえも――」
 その言葉に深々と溜め息をついて、彼は左手で保持した霊体武装の鋒を噛まれ者ダンパイアの脇腹にずぶりと押し込んだ。
 バターに熱したナイフを入れたときの様に、不可視の鋒が易々と皮膚を破り筋肉を引き裂き――肋骨の隙間をくぐり抜けて、肺を貫きながら心臓に達する。
「――ああああッ!」
 それで完全に霊体構造ストラクチャを破壊され、断末魔の絶叫とともに塵となって消滅する男にはそれ以上目も呉れず、彼は再び深い深い溜め息を吐いて立ち上がった。
「――まあそうは言っても、貴様らの様な下等生物と並べられるのも迷惑だがな」 そう毒づいて、彼は背後の屍の山へと視線を投げた。
 屍の山のまだ上のほうに積まれた屍はまだ死んでからそれほど時間がたっていないからだろう、綺麗なものだが、下のほうの死体は先ほどまでの綺麗な死に姿が嘘の様に死斑が浮き上がり、皮膚がガサガサに乾燥して、死体によっては腐敗も始まっている。
 上位個体であったあの日本人の男が消滅したことで、奥のほうに山積みにされていた喰屍鬼グール予備軍の屍の山もその呪力から解き放たれたのだろう――それまでは綺麗なままだった屍の山が、時間経過相応に腐敗し始めたのだ。
 強烈な腐臭に顔を顰めながら、彼は右手で持ったままだった九ミリ口径の自動拳銃を据銃した。
 血を吸われたまま床の上に投げ出された、女性の死体――つい先ほど殺されたばかりの、ベージュ色のスーツを着たOL風の若い女性。
 おそらくは彼女と一緒に連れてこられたのだろう、彼女も含めて合計七人の女性の遺体が床の上に転がっている。
 そして深刻な脅威たりうるのが死体の山の中ほど、急速に腐り始めた遺体が山積みになった中でまるで傷んでいない数体の死体だった。
 先ほど殺されたばかりでまだ血糊も乾いていない七人の遺体は、わからない――だが腐乱死体の中に埋もれた数人ぶんの屍は、間違い無く変わる・・・
 陰鬱な溜息をついてから、彼は右手で保持した自動拳銃を据銃した。死体の山の中ほどにいくつか埋もれた綺麗なままの状態を保った遺体のうちの一体に銃口を向ける。
 明るい茶色に長い髪を染めたその女性の遺体は山の上にあおむけに乗せられて頭がこちら側に突き出しており、首が反り返って顔がこちらに向いていた。まったく腐敗の進行していない綺麗な面貌を断末魔の恐怖で悲痛にゆがめ、すでになにも見ていない虚ろな視線を彼に投げかけている。
 わずかでも傷み始めている死体はいい――なんの問題も無い。だが傷んでいない遺体は、可能性ありと判断して処分しなくてはならない。
 床に転がった死体は個別に確認する必要があるが、腐乱死体の下敷きになっているということは、それらと同程度の時間が経過しているということだ――彼女たちは適性あり・・・・だ。
「……すまんな」 聞く者もいない謝罪の言葉を口にして九ミリ口径のトリガーを引くと、小気味いい反動が肩を突き抜けた――腐乱死体の山の中ほどから顔を出していた女の屍の頭蓋が眉間に銃弾を受けて粉砕され、砕け散った頭蓋骨の中から撒き散らされた脳髄が周りの腐乱死体に飛び散った。
 死体の山の中ほどに埋もれたいくつかの綺麗なままの遺体すべての頭に銃弾を送り込んでから、彼は続けて床の上に倒れたままになっている合計七人の女性の亡骸を検分した。
「……」 彼は無言のまま、床の上に横倒しに倒れているOL風の女性の遺体の眉間に屍に銃口を向けた。
 ロイヤルクラシックに備わった並はずれた夜間視力は、彼女の首筋に残ったふたつの牙が喰い込んだ痕をはっきりと捉えている――噛み痕が消えていない。
 彼女は死体に戻っていない・・・・・・・・・・・・
 ベージュ色のスーツを着た女性の遺体のこめかみに自動拳銃の銃口を軽くあてがい、そのままトリガーを引く――スライドが復座する衝撃とともに頭蓋を粉砕され、女性の体が反射でびくりと痙攣した。
 細かな骨片と脳漿が床に飛び散り、綺麗だった顔が膨れ上がって皮膚がずたずたに裂ける。
 三人の女性は、よかった――首筋の噛み痕が消えている。死体に戻っている・・・・・・・・
 だが残る三人は、OLと同様に首筋に噛み痕が残ったままになっていた――彼女たちもOL風の女性や、腐乱死体の中ほどに埋もれた屍と同様に死体に戻っていない。あるいは、最初から屍のままであったのか。
 死体に戻っていないのか、それとも元々死体だったのか。いずれにせよ、この場でそれを判別するすべは無い。
 小さく溜め息をついて、彼は手にした自動拳銃の銃口をうつぶせに倒れたままの女子中学生の後頭部に向けた。
 この距離でははずし様がない。無造作に据銃してトリガーを引き、撃ち込んだ銃弾が女子中学生の頭蓋を粉砕する。
 同じ様に残ったふたりの女性の頭蓋に銃弾を撃ち込み、彼は踵を返した――もはやここには用は無い。近くにろくに民家も無い辺鄙な場所なので、警察がすぐにやってくるということはないだろうが――それでもさっさと立ち去るに限る。
 胸中でそうつぶやいて、彼は早足で倉庫から出た。
 腰元に取りつけた軍用の超小型無線機の送信ボタンを押し込んで、
神田セバ――アルカードだ。受信してるか?」
 山梨県と東京都の県境に近い山の中で電波状態があまり良くないからだろう、空電雑音が一瞬混じってから、
「ええ、聞こえています、我が師よ。そちらの状況は?」 涼やかな声が耳に捩じ込んだイヤフォンから聞こえてくる。
「ターゲットは始末した――俺はこれから帰還する。現場には大量の一般人の遺体がある。腐乱死体も混じってるから、後始末に来る連中には注意しておいてくれ。損壊の見られない死体や真新しい遺体はこっちで処理した――あとは頼む」
「了解しました、ドラゴス師――その様に手配いたします。師は出来るだけ早く現場を離れてください」
 彼――アルカードは駐車場の片隅に止めておいたS2Rのそばに歩み寄ると、メインスイッチにキーを差し込みながら、
「ああ、そうするよ」 S2Rの左側に寄り添う様にしながら空いた手でクラッチを切り、爪先でシフトレバーを操作してギアをニュートラルに切り替える。ニュートラルランプが点燈したのを確認して、アルカードはスターターボタンを押した。
 短いクランキング音とともに、エンジンが息を吹き返す。まだエンジンブロックに熱が残っていたために、空冷エンジンの始動はすこぶるスムーズだった。
「ドラゴス師、お急ぎを――現在別な聖堂騎士が、現場に接近しているはずです」
「了解――やっぱり横の連携が取れないってのは不便だな。これで現場を離れる。あとは任せた」
「はい」
 彼はそれで通信を打ち切ると、ヘルメットを手に取った。エンジン各部にオイルと熱が行き渡るまでの数分間の間に頭部に巻きつけたヘッドバンド状の機材――耳小骨に振動を伝えてそこから鼓膜に音を伝播させる、骨伝導式スピーカーの一種だ――をはずしてからヘルメットをかぶり、ストラップを締め上げる。
 ぐずぐずしている暇は無い――教会から派遣された後処理専門のスタッフが、すぐにここにやってくるはずだ。神田がいうところの別な聖堂騎士と鉢合わせになるかどうかは、タイミング次第というところだが――
 彼らがあの腐乱死体の山を目にしても動じない精神力と、死者たちを手厚く弔ってやってくれるだけの思い遣りを持ち合わせていることを祈ろう。
 彼はすぐに愛車に跨ると、スタンドを跳ね上げてギアを一速に入れ、クラッチをつないだ。
 両脚を鎧う装甲のせいで多少窮屈ではあるものの、それで車体が損傷することは無いしシフト操作にも支障は無い。
 白い閃光に照らし出された視界が回り、車体がするすると動き出す。丁寧にスロットルを開くと、S2Rが猛然と加速した。
 
   †
 
 一分と経たないうちに空冷エンジンの爆音が周囲に轟き、すぐに遠ざかって聞こえなくなった。
 それから数分後、倉庫の入り口前に再び人影が姿を現す――今度の人影はさっきの男ではない。かといって神田なる人物が派遣した、『後始末』係でもない様だ――小柄な背格好の、おそらくは女性であろう。右手で保持した刃渡り一メートルほどの長剣が、どうにも不釣り合いではある。
 ところどころに十字架があしらわれた黒い修道女の衣裳を身に纏い、さほど豊かではないものの服の上からでもはっきりとわかる胸のふくらみと細くくびれた腰つき、丸みを帯びたシルエットは、紛れも無い女性のそれであった。
 彼女はしばらくの間その場にたたずんでいたが、やがて倉庫の中に足を踏み入れた。
 
 倉庫の中には人間の気配は無い。あるのは噎せ返る様な死臭を放つ、腐敗した人間の部品と――その奥で山積みにされた、大半は腐敗した屍の山だった。
 ここでいったいどれだけの殺戮が行われたのか、真新しい死体もいくつかある。
 酸鼻を極める光景に顔を顰めながら、彼女は周囲を見回した。ところどころに塵の山がある――その中に服が混じっているのは、ここにいた魔物たちが霊体を破壊されて斃されたことを示唆している。
 霊体を破壊された吸血鬼ヴァンパイア喰屍鬼グールは塵に変わるが、服は身体の一部ではないのでそのまま残る――そのために塵が吹き散らされずにその場に残ると、塵の中に服が埋もれている様な状態になるのだ。
 周囲の床にくすんだ金色をした、金属で出来た筒状の物体がいくつか落ちている――拾ってみると、発射ガスで薄汚れた真鍮製の薬莢だと知れた。
「ここにいた吸血鬼を――銃で殺した?」 小さな唇から疑問の言葉を紡ぎ出し――彼女はさらに歩を進めた。
 奥のほうに積み上げられた死体の山に歩み寄り――漂う死臭に顔を顰めながら、彼女はさらに眉根を寄せた。
 山積みにされた死体のほとんどは死亡から時間が経っているためか死斑が浮かび、腐り落ちている。
 その手前の床の上には合計七人の女性の死体が倒れていて、まだ血糊も乾いていなかった。
 床の上に倒れた亡骸のそばに歩み寄って、彼女は顔を顰めた――横倒しに床の上に投げ出されたベージュ色のスーツを着た女性の遺体の頭部が、ぐしゃぐしゃに破壊されている。頭蓋骨が粉々になり、皮膚が細かく裂けて、床の上に脳漿が飛び散っている。その直前に頭蓋骨の内部の圧力が急激に上がったかの様に、その頭部は醜く膨れ上がっていた。
 残る遺体に視線を向けると、三体の遺体は頭部に損傷が見られない。残る三人の遺体は足元の女性同様頭蓋を粉砕され、脳を完全に破壊されていた。
 遺体を辱める?
 ふと思いついて、彼女は足元の遺体の首元に手を伸ばした。べっとりとこびりついて首筋を濡らす血を気にも留めずに首元を探り、続いて頭部を損壊させられていない別の遺体に歩み寄って、同様にその首元を探る。
「いいえ――」 それで得心が行って、彼女はそんなつぶやきを漏らした。
「蘇生を――止めようとした?」
 そして――
 視線を転じて山積みにされた死体の山のほうを見遣ると、ほとんどの死体はすでに傷み始めていた――おそらく彼女たちを噛んだ吸血鬼が死んだか殺されたかして、魔力供給が途絶えたのだ。だがその中にいくつか、明らかにまったく傷んでいない遺体が混じっている――そしてそれらの遺体すべての頭部に、足元の四人の女性の遺体同様銃弾が撃ち込まれていた。
 これをやったのが何者かはまだわからないが――
「専門家の手管です、ね――」 そうつぶやいて踵を返したところで、彼女は爪先でなにかを蹴飛ばして足元を見下ろした。
 喰屍鬼グールに喰い散らかされたのだろう、小さな小さな掌が床の上に無造作に転がっている。それを目にして手にしていた長剣を思わず取り落とし、彼女は胸の谷間で揺れる銀十字を強く握りしめた。
「ひどい――」
 唇を噛み締めて、彼女は手しか残っていないその屍に触れ、冥福を祈る祈りの言葉をささやいた。
「ごめん、ごめんね。ごめんなさい――」
 どこか泣き出しそうな小さな声でそうささやいて、彼女は拾い上げた小さな掌をそっと抱きしめた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい――きっと、きっと貴女たちの敵は討つから」
 そうささやいてから、復讐を誓う様な決然とした眼差しで周囲を見回す――その光景を網膜に焼きつけようとするかの様に。
 それから、彼女はもう一度祈りの言葉をつぶやき、神の名を唱えて十字を切った。
 そして衣裳の裾を翻して踵を返し、彼女はその場を立ち去った。

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