ちょっと歴史から…
17世紀に入って、ヨーロッパ人たちによる陣地取り合戦が世界中で始まると、レユニオンもフランスが所有を宣言します。フランスはすでに南マダガスカル(フォール・ドルファン)を領有していました。そこで起こった暴動事件の指導者たち12人をレユニオンへ島流しの刑として送ります。受刑者たちはサン・ポールに着き、これがレユニオン初めの住人だったのです。1646年 か1647年。
1649年、レユニオンはフランスの島として、『サン・ポール』を都に置きました。アフリカ大陸、マダガスカル、インドなどから多くの奴隷が連れてこられ、植民地としての本格的な開拓を始めます。やがてコーヒーの栽培のおかげで島は栄えていきました。
この時、レユニオン島は『ブルボン島』と呼ばれていました。
1790年、都は『サン・ポール』から『サン・ドゥニ』と移り、現在に至ります。この後、1974年に今の『レユニオン島』と改名されました。
マスカラン → ブルボン → レユニオン
何度も名前が変わって、ややこやしいです...。
サン・ポールの海岸には、フォール・ドルファン(南マダガスカル)とレユニオン島の共同追悼記念の『奴隷ルート』の像があります。
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