吟遊詩人の唄

嵯峨信之を中心に好きな詩を気ままに綴ります。

足跡帳

2008-11-27 17:57:01 | Weblog
自己紹介を兼ねた足跡帳です。
よかったらコメント残していってくださいね。

中学時代、転校したおりにはずみで入ってしまった文芸部。今では普通に教科書に入っている吉野弘の「夕焼け」を鑑賞していました。顧問の先生は結婚した後に娘に「奈々子」「万奈」とつけるほど吉野弘に傾倒していて、中学生だった私も強く影響を受けました。

そして吉野弘を通じて、嵯峨信之、茨木のり子、黒田三郎、岸田衿子なども読むようになり、かれこれ数十年。自分の好きな詩を集めたくなってこんなブログを始めました。

なお、「吟遊詩人の唄」は甲斐バンドの曲で「マリウス」は栗本薫によるヒロイックファンタジー「グインサーガ」の登場人物の一人である吟遊詩人です。

もっと強く/茨木のり子

2008-11-26 11:41:36 | 茨木のり子


もっと強く願っていいのだ
わたしたちは 明石の鯛が食べたいと

もっと強く願っていいのだ
わたしたちは 幾種類ものジャムが
いつも食卓にあるようにと

もっと強く願っていいのだ
わたしたちは 朝日の射す明るい
台所がほしいと

すりきれた靴は あっさりと捨て
キュッと鳴る新しい靴の感触を
もっとしばし味わいたいと

秋 旅に出たひとがあれば
ウィンクで 送ってやればいいのだ

なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
思い込んでしまった村と町
家々のひさしは 上目づかいのまぶた

おーい 小さな時計屋さん
猫背を伸ばし あなたは叫んでいいのだ
今年もついに 土用の鰻と会わなかったと

おーい 小さな釣り道具屋さん
あなたは叫んでいいのだ
俺はまだ 伊勢の海も見ていないと

女が欲しければ奪うのもいいのだ
男が欲しければ奪うのもいいのだ

ああ わたしたちが
もっともっと貪欲にならないかぎり
なにごとも始まりはしないのだ

アランブラ宮の壁の/岸田衿子

2008-11-26 10:54:38 | 岸田衿子
アランブラ宮の壁の

いりくんだつるくさのように

私は迷うことが好きだ

出口から入って入り口を探すことも


声/嵯峨信之

2008-11-25 16:34:49 | 嵯峨信之


大凪の海で出会ったのだから
ふたりは
どこの海よりも遠い

櫂は
心の中にしまっておいても
夜中になるとひとりでに水面をぴちゃぴちゃたたいている

ふたりは話し合うのに
はじめて自分の声をつかった
生まれたときの真裸の声を

やがてふたりは港にはいるのだろう
あれほどの深い時をありふれた幸福にかえるために
ふたたびめぐり合うことのない自分を海の上に残して

野火/嵯峨信之

2008-11-25 16:02:27 | 嵯峨信之




孤独
それはたしかにみごとな吊橋だ
あらゆるひとの心のなかにむなしくかかっていて
死と生との遠い国境へみちびいてゆく
そしてこの橋を渡って行ったものがふたたび帰ってくる日はない
それは新しい時空の世界へたち去るのだろう

一本の蝋燭がふるえながら燭台のうえで消える
もし孤独のうえでとぼしい光を放って死ぬのが人間のさだめなら
その光はだれを照らしているのだろう
あの遠い野火のように
ひとしれぬ野のはてで燃え
そしていつとなく消えてしまう火
時はどこにもそれを記していない
時もまた一つの大きな孤独だ
たれに記されることもなく燃えさかり
そして消えてしまうものは尊い

僕はまるでちがって/黒田三郎

2008-11-25 15:42:03 | 黒田三郎


僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じネクタイをして
昨日と同じように貧乏で
昨日と同じように何にも取柄がない
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じ服を着て
昨日と同じように飲んだくれで
昨日と同じように不器用にこの世に生きている
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
ああ
薄笑いやニヤニヤ笑い
口を歪めた笑いや馬鹿笑いのなかで
僕はじっと眼をつぶる
すると
僕のなかを明日の方へとぶ
白い美しい蝶がいるのだ

旅情/嵯峨信之

2008-11-25 09:53:34 | 嵯峨信之


ぼくにはゆるされないことだった
かりそめの愛でしばしの時をみたすことは
それは椅子を少しそのひとに近づけるだけでいいのに
ほんとうにそんな他愛もないことなのに
二人が越えてきたところにゆるやかな残雪の峰々があった
そこから山かげのしずかな水車小屋の横へ下りてきた
小屋よりも大きな水車が山桜の枝をはじきはじき
時のなかにひそかに何か充実させていた

ぼくたちは大きく廻る水車をいつまでもあきずに見あげた
いわば一つの不安が整然とめぐり実るのを
落ちこんだ自らのなかからまた頂きにのぼりつめるのを

あのひとは爽やかな重さで腰かけている
ぼくは聞くともなく遠い雲雀のさえずりに耳をかたむけている
いつのまにか旅の終りはまた新しい旅の始めだと考えはじめている

雪の日に/吉野弘

2008-11-24 10:12:19 | 吉野弘


━━誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手にいれた。

それは すでに
欺くことでしかないのに。

それが突然わかってしまった雪の
かなしみの上に 新しい雪が ひたひたと
かさなっている。

雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降りつづけねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。

誠実が 誠実を
どうしたら欺かないでいることが出来るか
それが もはや
誠実の手には負えなくなってしまったかの
ように
雪は今日も降っている。

雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。

ある日ある時/黒田三郎

2008-11-24 09:57:03 | 黒田三郎


秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢(こずえ)をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが

ほぐす/吉野弘

2008-11-23 03:30:09 | 吉野弘


小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
ーー結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費やすように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで絶つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
ーーその確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして

GAZA