今年の第91回アカデミー賞で見事作品賞に選ばれた映画、『グリーンブック』。前評判通りの受賞であったと言えるが、先日のロンドン出張時にJALの機内で早速観賞することが出来たのはラッキーであった。
『グリーンブック』は実話に基づいた興味深い物語だ。
ジャマイカ系アメリカ人のクラシック&ジャズピアニストであるドン“ドクター”シャーリーと、シャーリーの運転手兼ボディーガードを務めたイタリア系アメリカ人の警備員トニー・ヴァレロンガによって、実際に1962年に行われたアメリカ南部を周るコンサートツアーをテーマにしているロードムービーである。当時のアメリカ南部と言えば、黒人に対する差別が最も激しい時代である。そんな時代に、敢えて南部で果敢にジャマイカ系黒人ピアニストがコンサートに周るというのは何ともチャレンジングな行動である。
映画のタイトルとなっている“グリーンブック”とは、当時ビクター・グリーンという人物によって作られた、黒人ドライバーの為のガイドブックの名前がグリーンブックと呼ばれていることから来ている。このグリーンブックには、黒人が泊れる宿や、入店出来るレストランなどが記載されているもので、まさに人種差別の象徴とも言える忌まわしきガイドであるが、もめごとを避けるため、当時黒人はこのガイドに頼らざるを得なかったのは、何とも悲しいことである。
この映画で描かれるのは、裕福で、知的で、教養・品格のあるピアニストであるにも関わらず、ただ黒人というだけで理不尽な差別的な待遇を受けてしまうシャーリーと、一方で妻を愛する心優しい男ながら、喧嘩っ早い気質で、教養や品格にはかけるイタリア系白人ドライバーの男、トニーの二人の主人公。そんな全く性格も育ちも違う二人が、南部を車で一緒に旅しながら、様々な事件や出来事を経験して行く中で、二人の心が通い合って行く模様が何とも微笑ましく描写されていく。
教養のあるシャーリーに色々と教えて貰い、次第にシャーリーをリスペクトするようになって行くトニー。一方、シャーリーも最初はがさつで無知だが、腕っ節だけは強いと思っていたトニーに、人間としての大切なものを色々と教わりながら、まさに人間味のある男に変わっていき、トニーをリスペクトするようになって行くのだ。この旅が二人の人生にとってかけがえのないものになって行き、二人は友人として、強い絆で結ばれて行く様が、観ているものの心を打つ。特に、トニーが旅の途中で妻に書く手紙を、シャーリーのアドバイスによってどんどん美しく、ロマンチックな文体になって行くくだりはとても微笑ましかった。
この映画は、『メリーに首ったけ』、『愛しのローズマリー』など、ヒットコメディー映画の監督として有名であったピーター・ファレリーが監督しており、これまでの彼の作品を考えると、『グリーンブック』はかなり“らしくない”という、意外な作品という印象を受ける。確かに今回はこれまでの彼の作品とは違い、重いテーマとシリアスなタッチの映画となっている点が決定的に違うが、良く観て行くと、二人が車内でケンタッキーフライドチキンを食べるシーン(シャーリーは人生初のケンタを食べることになるのだ)など、随所に彼らしいコメディータッチを上手くピンャCントで活かしている点で、作品に何とも言えない味わいをもたらしていると感じた。
主演のシャーリーはマハーシャラ・アリが演じている。アリは、先日ブログで紹介した『アリータ』にも出演していた。またトニーに扮するのは、ヴィゴ・モーテンセン。ヴィゴと言えば、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が一番印象に残っている俳優だ。二人ともかなりの名演技を見せており、アリは2016年の『ムーンライト』に続き、今年のアカデミー賞で、見事2回目のアカデミー助演男優賞を受賞した。トニーの妻ドロレス・バレロンガを演じているリンダ・カーデリーニという女優もなかなか可愛い。
この映画は、現在でもアメリカで色濃く残る人種差別問題をテーマに据えながら、必要以上に、救いの無い重苦しいトーンとせず、映画はハッピーエンドで、未来への希望を残した後味の良い仕上がりが何とも爽やかだ。また大きなテーマとしては、人間はどんなに性格や生い立ちが違っても、お互いにわかり合おうとすることでお互いの良さを理解し、リスペクトし合えるのだということを、我々にメッセージとして伝えてくれる作品という点で、単なる人種差別映画では無く、よりスケールの大きな映画に仕上がっている点で秀逸な作品となっている。また前述の通り、ファレリー監督ならではのコメディータッチを上手く織り交ぜている点で、作品全体のエンターテインメント性が増していて、見やすい映画になっていると感じた。
まだ今年も始まったばかりだが、今のところ今年観た中では一番優れた良い映画であると感じた。アカデミー作品賞を獲得したのも納得である。