国鉄があった時代blog版 鉄道ジャーナリスト加藤好啓

 国鉄当時を知る方に是非思い出話など教えていただければと思っています。
 国会審議議事録を掲載中です。

第093回国会 衆議院運輸委員会 第7号 第三九話

2016-04-21 11:53:41 | 国鉄関連_国会審議
みなさまこんにちは、気が付けば10日以上も空けてしまいました。
しばしお付き合いの程、お願いいたします。
今回も、久保議員の質問が続くのですが、そこで今後は地方のローカル鉄道については国鉄では建設しないが第3セクターや民鉄事業者で作らせる方向で動いていくのかという質問がなされています。
「第三セクターとか民鉄業者とか、そういうものにつくらせるということについてははっきりしているようでありますが、国鉄で引き続いてやらせないという御答弁はないのですが、重ねてお伺いしますが、国鉄新線というのはAB線についてはつくらせない、つくりませんということでありますか、それともその第三セクターでやるのかどうか、いかがですか。」
この質問に対して、塩川運輸大臣が「国鉄としての新線建設は原則的に行わない」と明言しています。

「これが建設を完了したといたしましても特定地方交通線とみなされる線区につきましては、工事を続行するわけにはまいりません。」

当時のシステムでは、鉄建公団(鉄道建設公団 以下鉄建公団と略す)が建設するAB線(地方開発線(A線)、地方幹線(B線))に関しては、鉄建公団が建設後は無償譲渡とされていました。

鉄建公団が出来た経緯というのも詳しく書くとこれだけで1ページ使ってしまうのですが簡単に言えば国鉄としては明治に出来た鉄道敷設法(その後改定が続けられていましたが国鉄が廃止になるまで有効でした。)に基づき路線を建設することとなっていましたが国鉄としては儲かる路線(新幹線など)は積極的に建設するが、儲からないローカル線は建設したがらないわけで、そこで鉄建公団という建設専門の部隊を作ってそこで線路を建設させることにしたのです。

特にAB線は最初から儲からない路線ですので受け取った国鉄とすれば貰ったはいいけど動かせば動かすほど赤字が増えるというジレンマを抱えることとなっていました。

実際、それ以前の赤字83線時代に国鉄としては、今回の1次指定にも指定され路線などを廃止しようとしましたが、それと同じ程度の輸送量しかない新規路線を押し付けられたりした、さらに国鉄が施工した路線と異なり、高架線等を使って建設してあるので維持コストがかかる構造だったりして非常に高コストの状態になっていました。

画像Wikipedia 三江線宇津井駅 地上20mのところに駅があるがエレベータ等の設置は無く、高齢者にしてみれば利用したくとも利用しにくい駅の代表のようになっています。

さて、ここで再び国会答弁に戻りますが、鈴木内閣総理大臣が塩川大臣の答弁を受けて答えているのですが、あくまでも今後第3セクターなどで建設を予定しているのは、現在国鉄線として建設中の路線で地元がその導入を望む路線等であると明言しており、この発言は三陸鉄道を建設するための意思表示とも受け取れます。
実際、鈴木善幸首相は、古い地元利益誘導タイプの政治家でしたので、この発言はそうしたことを踏まえた発言であったのではないかと推測しています。

画像 wikipediaから引用

>「全然いま着手もしていない、用地買収もできてない路線、ただ鉄道敷設法に予定線として載っておる、そういうようなもの、現実に形も全然できてないというようなものを、民間業者がこれを経営したいから、そういう要請に基づいて新線建設をする、そういうようなことであればまさに久保さんがおっしゃる政治路線というようなそしりを免れない、批判を受けるかもしれません。しかし、ただいま運輸大臣も申し上げましたように、鉄建公団で現に建設を進めておる、工事半ばである、もう少しでこれが完成をする、そういう路線であって、そして国鉄としては、直接それが、この完成を見、運営をするということになりますと、特定地方交通線になりかねない。そういうようなものを第三セクターなり地方住民の要望にこたえて地元が受け入れ体制をつくってその運営に当たろう、こういう場合におきましては、私は決してそれは政治路線ではない、地域住民の足の確保の上から当然なすべきことである、このように考えております。」

ということで、ここで一つの整理が図れたと思うのですが、現在建設中の未成線のうち地元が望むものは第3セクターもしくは民間事業者に譲渡させることを目的に建設するという方針が固まったと言えましょう。

これにより、三陸鉄道の他にも北越急行や智頭急行と言った路線が開業することになりました。
最も、智頭急行も北越急行も元々は最高速度95km/h程度の路線でしたが建設に際しては分岐器の一線スルー化など高速対応を行うことで130km/h(ほくほく線は160km/h)の高速鉄道として誕生することになったわけですが、少なくとも国鉄としてこの2線が開業していたら単なるローカル線として誕生していたかもしれませんので、その辺は歴史のいたずらとでも言えましょうか。


画像 wikipediaから引用

画像 wikipediaから引用

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以下は、当時の国会答弁の内容です。

○久保(三)委員 どうも総理も運輸大臣の御答弁も、第三セクターとか民鉄業者とか、そういうものにつくらせるということについてははっきりしているようでありますが、国鉄で引き続いてやらせないという御答弁はないのですが、重ねてお伺いしますが、国鉄新線というのはAB線についてはつくらせない、つくりませんということでありますか、それともその第三セクターでやるのかどうか、いかがですか。

○塩川国務大臣 この法案の中に流れております精神をくんでいただければ御理解していただけると思うのでございますが、これが建設を完了したといたしましても特定地方交通線とみなされる線区につきましては、工事を続行するわけにはまいりません。

○久保(三)委員 わかりました。私もそうだろうと思うのですね。片方ではめくろうというのに、その先は建設していこうというのは、どうも理屈に合いませんからね。だから、結局、国鉄ではなくて民間あるいは第三セクターでやらせるというふうになりますね。わかりました。
 だから、これは形を変えた政治路線を今後も引き続き敷設していくということに相なりはしないかというのが巷間伝えられるうわさであります。いかがでしょうか。

○鈴木内閣総理大臣 久保さんの御質問の御趣旨が、あるいは私、間違った理解をするかもしれませんが、全然いま着手もしていない、用地買収もできてない路線、ただ鉄道敷設法に予定線として載っておる、そういうようなもの、現実に形も全然できてないというようなものを、民間業者がこれを経営したいから、そういう要請に基づいて新線建設をする、そういうようなことであればまさに久保さんがおっしゃる政治路線というようなそしりを免れない、批判を受けるかもしれません。しかし、ただいま運輸大臣も申し上げましたように、鉄建公団で現に建設を進めておる、工事半ばである、もう少しでこれが完成をする、そういう路線であって、そして国鉄としては、直接それが、この完成を見、運営をするということになりますと、特定地方交通線になりかねない。そういうようなものを第三セクターなり地方住民の要望にこたえて地元が受け入れ体制をつくってその運営に当たろう、こういう場合におきましては、私は決してそれは政治路線ではない、地域住民の足の確保の上から当然なすべきことである、このように考えております。

○久保(三)委員 四十線ほどございますね。これはいまの総理の御答弁だというと、全部そういう形を変えてやろうじゃないか、こういうお話にも受け取れますが、いかがですか。

○鈴木内閣総理大臣 私は、バスあるいは第三セクター、地方と民間業者、そういうような形で、この特定地方交通線を廃止した後、足が確保されるということは望ましい、こう考えております。しかし、なかなか厳しい諸条件があろうかと思いますので、四十線全部そういう体制で受け入れられるかどうかということにつきましては非常に頭を痛めておるところでございます。どうしてもそういうことができない場合は、バスでもってこの足は確保してやらなければいけない。私どもの考えておりますのは、まずこの後の交通、足というものを必ず何らかの形で確保するということが必要である。それに向かって最善を尽くす考えでございます。


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