20年まえといったら、1991年で、湾岸戦争の起こった年。前年の8月に、イラクが、おとなりの石油大国クウェートに侵攻、そして91年1月に国連が多国籍軍を派遣した、というものでした。
わたしは、それをテレビで見ていて、パチパチと花火のような夜間の戦闘場面を。ところが、そのテレビがパチバチと鳴りだし、こげくさいにおいがしてきました。ぱっと画面が消えて、背面から薄い煙が。20年も使っていた屋内アンテナの受像器でしたが、それが壊れてしまい、それからノー・テレビということになったのです。
その年の夏でしたか、数年後だったか、ノルウェーにでかけたとき、平和学のヨハン・ガルトゥングをたずねました。教授は、あの戦争は石油の争いだった、これからは水の争いになるだろう、と。
さて、これは、どうなのでしょう。どちらも、地下から湧くもの、掘りだすもの、それをがぶがぶと使って、奪いあって。オイルは、水を汚し、土も空気も荒らし、枯渇するオイルの代わりにとウランを掘りだして、それで生けるものすべては息の根をとめられるか、ああ。
わたしは、それをテレビで見ていて、パチパチと花火のような夜間の戦闘場面を。ところが、そのテレビがパチバチと鳴りだし、こげくさいにおいがしてきました。ぱっと画面が消えて、背面から薄い煙が。20年も使っていた屋内アンテナの受像器でしたが、それが壊れてしまい、それからノー・テレビということになったのです。
その年の夏でしたか、数年後だったか、ノルウェーにでかけたとき、平和学のヨハン・ガルトゥングをたずねました。教授は、あの戦争は石油の争いだった、これからは水の争いになるだろう、と。
さて、これは、どうなのでしょう。どちらも、地下から湧くもの、掘りだすもの、それをがぶがぶと使って、奪いあって。オイルは、水を汚し、土も空気も荒らし、枯渇するオイルの代わりにとウランを掘りだして、それで生けるものすべては息の根をとめられるか、ああ。
表向き、明瞭には決して語られない現在の原発に関しての、絶望に近い真実を知れば知るほど、言いようのない未曾有の空しさに襲われます。
石油で争う、水で争う。
争って得られる何かがある時代はまだ良かった?
今や、争ってでも奪いたい命綱の天然そのものが、地球そのものが汚染され、失われかけている。
3、11以後、もはやこの汚してしまった地球上で人間争ってみても、一体、生存存続のための何が得られるというのでしょうか?