加藤秀俊さんの『独学のすすめ』(ちくま文庫)には、「学校というものは、『独学』では勉強することのできない人たちを収容する場所なのだ」とあるようです。わたしは、先生とか教授とか、肩書きなどつけないで、いつも「さん」と紹介しています。
そのような場所から、はなれてきたし、いくらかでもわたしに知恵があるとしたら、それは独学でといいたいからです。このごろは、足で野を歩いて、まわりの自然に目をむけ耳をかたむけて、そこからなにか読みとろう、などと。
そして、また、無学暦で無職歴でなどというようにしているのは、そうではない教員とか党員とかいう人たちが、なんともおバカさんだと思えるからです。わたしの娘の母親、つまりわたしが別れた女性は、小学校の先生で共産党員でした、はい。
そのような場所から、はなれてきたし、いくらかでもわたしに知恵があるとしたら、それは独学でといいたいからです。このごろは、足で野を歩いて、まわりの自然に目をむけ耳をかたむけて、そこからなにか読みとろう、などと。
そして、また、無学暦で無職歴でなどというようにしているのは、そうではない教員とか党員とかいう人たちが、なんともおバカさんだと思えるからです。わたしの娘の母親、つまりわたしが別れた女性は、小学校の先生で共産党員でした、はい。
別れるにしても、生んだ以上せめて子供が10歳くらい、父親の印象が残る時期まで忍耐して、育てて上げられなかったものでしょうか。幼児期だと子供は選択不可能で育てた人のコピーになるしかない。
似た境遇で9歳から長らく苦しんだものですから、お嬢さんのことを思い、幼児期に置かれてしまってはどうしようもない、と涙します。