ぽよ熊さんのテレビ観戦記

活字好きはどうぞ!「昭和後期」(新命名)にTVと蜜月期を送った元女の子(笑)で、かつてのバブル世代が死語満載で送ります

花より男子2 第3話

2007年01月21日 | 花より男子2
なんだか1週間前からずいぶん時間がたったように思える。
オープニングを見ながら、ああやっぱり若い時代っていいな!とすがすがしく深呼吸したい気持ち。
井上真央も、松本潤らF4の男の子も、見ていてはつらつとして、自分自身が若い頃もちょっと思い出して。
と、開き直りの懐古的感想を抱くのでした。悪いかよっ。

高校時代って特別だよね。それ言うなら大学時代もそうなんだけど。
でも高校生って、まだ「規則正しく学校に登下校」って毎日だし、しっかり未成年なので、大人との境界線もはっきりしている。
いったん高校を出てしまうと、まもなく成人だし、なんでもありになってくる。行動半径も考えの幅もガッと広がる。就活もあるし、社会との関わりが意識の中でもずっと大きくなる。

でも、高校生の世界はまだ学校中心。同級生、先輩、先生、両親。そういう人たちが生活の中の重要な登場人物になっている。
オルゴールのふたを開けて音楽を聴き、メロディと共に回る人形を見ているような感じで世の中をながめているし、自分もまだそういう世界の中にいる。
社会の荒波にもまれる前の、夢の中にいるような最後の箱入り娘時代。

今回、この「花より男子2」の牧野つくしの日常を見てて、改めてそう思った。
それは、F4も基本的に同じ。
大学に進学しても、なぜかしょっちゅう高校に現れるし、花沢類なんて相変わらず非常階段で本、読んでるし。いつも高校時代のおなじみの仲間とつるんでる。
つくしの世界と並行したまま、高校時代と根本的に変化のないままでいる。

この辺の設定が、成功なのか失敗なのか。
道明寺司はビジネス社会の厳しさを少し知ったようで、つくしも夜間のバイトを始め、来週はとうとう両親が出稼ぎに行き、弟と二人下宿生活を始めるようだけど。
でも精神的には高校生のままで、この半ば大学生を先取りしたような設定になるのは、どうなのか。
行動・思考パターンも、つまり本人の世界観も変わらないまま、ちょっとしたエピソードを入れ環境を変えて、それでどれだけ説得力を出せるのか。注目したいところだ。

一方で、F4が卒業してしまった今、本来の学園ものという部分でのつくしとの絡みはなくなり、つまり見せ場もなくなってしまった。
せいぜいF4のメンバーとつくしが、一緒にお昼を食べるシーンぐらいしか出て来ない。
第1話が面白かったのは、この学園ものという部分がまだ生きていて、つくしに憧れる後輩役の男の子が出てきて、その子絡みの騒動があったからだった。

でも第2話は、ハチャメチャな財閥令嬢、大河原滋がつくしのライバルとして本格的に登場するというだけで、学園ものからはほとんど離れ、他のラインの話も特にない、単調なプロット。
進行する司と滋の婚約話、感情的に行き違う司とつくし。それだけの道具立てで、この第3話もほとんど基本的に発展のないまま。
まさかたったこれだけのネタで、今後もずーっと話を引っ張るつもりだろうか・・・と途中、もうどうしようかと思ったけど。

どうも、つくしの行動を見てると(司もそうだけど)、いかにも子供のままで、まだるっこしい。
どうして、あんな逃げちゃうのかな。ちゃんと司の話を聞こうともしないで。
司も、どうして無理やりでも、つくしに自分の気持ちを伝えようとしないのか。

展開がたるくて、登場人物の動きがとろいように感じられるのは、脚本のミスなのか。
原作から離れ、ドラマのオリジナルの展開になって、とたんにつまらなくなったのか。
それともあたしが原作を読んでいないからか。シリーズ1を最初の2回までしか見ていないからか。
それで、登場人物にどうも感情移入ができないでいるのか。

でも、今回途中でちらりと思ったのは、やっぱりあたし自身もう、高校生の時のような目でドラマを見ることができないからかもしれない。
高校生ぐらいだったら、これぐらいでちょうどいい、ありがちな話の展開・進行として受け止めるのかも。
もともと大金持ちの御曹司との恋、という豪華な設定ではあるけれど、それは単なるアレンジの部分で、本質的にはハイティーンの女の子たちの恋物語のオハナシだからなー・・・。

と、ついていけない自分に限界を感じたところで、最後に突然、司の母の秘書の西田が「正義の味方」に変身。
救急車でつくしが運ばれたと聞いて、病院に向かって全力疾走する司を演じる松本潤の横顔を見ているうち、突然あたしの頭の中のサイレンもピーポーピーポー、と鳴り出した。
こ・れ・が・青春だー。
あんな風に何も考えず、女の子のもとに一途に走っていく姿を見ると、ああ十代の男の子ってこういう感じだよなー、と懐かしく思う。
大学生や社会人とはかなり違うんだよね。
この年頃の男の子じゃないと、出せない味ってあるんです。
あれって、どういうんだろー。

運動会で、全力疾走する憧れの人をドキドキしながら見ている女の子の目に映る姿、って感じかな。
くらもちふさこの「おしゃべり階段」で、バスケの試合中の中山手線を見て、くらっとしていた加南の気持ちのようなものかも。
そういえば、加南も自分から何もはっきり言えない子だったな。
リアルタイムでそれを読んでいた時の自分は、別にまだるっこしいとか、じれったい、とは思わなかった。
性格が違うから、同じように振舞ったかどうかはわからないけれど、加南を自分の友達の一人のように見立てていたような。

でもこのマンガ、なんで「おしゃべり階段」なのか、タイトルの意味が物語の最後になるまでよくわからなかった(笑)。
ラスト・シーン。階段を上っていく途中で、一瞬後ろを振り返る加南。
中学・高校の友達や先生の顔が、走馬灯のように一度に浮かんでくる。
でも、上から「加南」と呼ぶ声が聞こえてきて、そこには、出入り口から差し込む外の明るい日差しを背に受けて、線が待っている。
線の呼ぶ声に答えようとする加南の笑顔で、マンガが終わる。

このラスト・シーンの意味するところが、本当に実感できるようになったのは、むしろ最近のことかな。
この階段を上って上にたどりついた時、長いトンネルを抜けるように、中学・高校と過ごして来た十代の長ーい「学生時代」が終わりを迎える。
限られた範囲の人たちと濃密な時間を過ごしてきた時期は終わって、もっと幅広い世界の人たちとふれあう時代がやって来る。
そして大人になっていく。

「花より男子2」はあたしに言わせれば、まさにその端境期、閉ざされた最後の濃密な時期を取り上げている。
高校卒業も間近、というそのちょうど微妙な時期、まだ高校生の心のままのつくしを、大学生に近づけたような環境に置いて、今後どれだけうまく描けるのか。
ちょっとこれまでワンパターンで、うーん、いまいちついていけない・・・と思っていたけど、来週は花沢類もつくしに接近、藤堂静も帰国するようだし、もう少し筋が複雑になってきそうで、楽しみ。

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