この本を図書館で偶然発見。今年の4月10日に第1刷を発行。著者のエマニュエル・ド・ヴァレスキエルは、1957年パリ生まれ。フランス19世紀が専門で、数多くの伝記を書いている。
本書はコンシェルジェリーに収監されてからの、アントワネットに焦点を当てている。しかし上巻はアントワネット本人のことより、彼女の裁判に関わった人々に関する細々とした記述が多く、なかなか本論に行き着かないうちに終わってしまった。劇画「ベルばら」では、ロザリーがコンシェルジェリーでアントワネットの身の回りの世話を担当する。実在したロザリー・ラ・モリエールはこの時14歳。彼女は王妃が「ものすごく高そうな」黒い紐のついたメダイヨン(肖像画や髪の毛などを入れて、身につける小型容器)を、衣服に隠して持ち込んでいたと言っている。王妃が着ていた服はタンプル塔幽閉時代に作らせたものだが、ひどい状態で継ぎをあてなければならなかった。
しかし靴だけはかつてのエレガンスの名残りをとどめていた。それは「スモモの濃紫色をしたきれいなパンプス」でかかとの高い靴だったとロザリーが証言している。この靴を履き、背筋を伸ばし姿勢を正して証言台に立った。
コンシェルジェリーにいる間、アントワネットは出血に悩まされた。これは劇画でも描かれている。
いったいどんな病を患っていたのか?この本によると、おそらくがん性の線維腫の症状だろうとされている。またアントワネットはだいぶ前から近視だったが、暗くて湿気が多く通気不足の牢獄生活を送る中、右目の機能がほぼ失われていた。独房に戻る途中、「歩く先がよく見えません。」と漏らしたこともある。裁判で彼女がまず感じたのはそこにいる人々の顔でなく、ムッとするような熱気と轟くようなざわめきと騒音だった。
上巻ではフェルゼンのことは、ほとんど触れられていない。また劇画でロザリーの腹違いの姉として登場するジャンヌは、1789年にロンドンへ逃亡し、自己弁護的な回想録を出版。しかしジャンヌはロンドンで、おそらくはみじめさと絶望のせいで窓から飛び降りて自殺する。こんなことがなければジャンヌはフランスに帰国し、アントワネットの裁判に証人として立ったかもしれない。そしてあることないことをでっちあげ、王妃の名誉を傷つける不利な証言をしたことだろう。
のんびり下巻を読もうと思う。
読んでくださり、本当にありがとうございます。
>私は今、吉川トリコさんの『マリー・アントワネットの日記 Rose』を読んでいます
私はまだこの方の本を読んでいないのです。今度書店で手に取って見てみますね。RoseとBlueの2冊があるんですね。いろんなアントワネット解釈があって、面白いです。アントワネットは時代を超えたスーパースターだなぁと思います。
来週はアントワネットとフェルゼンの間でやり取りされた、手紙の内容を載せた新刊書が発売されます。まだまだアントワネット関連の話題は尽きません。
アンドレ氏の断じてが近くなってきたので、またいろんなことを考えてしまいます。