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治安対策を最優先 香港・重慶大廈(チュンキン・マンション)5

2005年10月07日 | アジアの街角(朝日新聞)

(重慶のマンションの警備室にはエレべーター内や廊下の様子が映し出されている=香港・尖沙咀で、吉本美奈子撮影)

 管理組合にあたる家主会は5年ほど前からビルの環境改善に取り組む。重視するのは治安対策。208台のモニターカメラを設置し、24時間チェック。警察出身のガードマンを雇い、売春やマフィアの争いを追放した。床や下水管を更新、違法看板も撤去した。

 2、3階の南側に、若者向けの小さな専門店が並び始めた。94年のウォン・カーウァイ監督の映画「恋する惑星」の英語題名にちなみ「チュンキン・エクスプレス」と名付けた。若い警官がこのビルで出会った女の麻薬売人と恋に落ちる展開。「イメージを損ねる、とロケを断ったら、盗み撮りされた。今は映画の名で商売させてもらっている」と家主会主席。

 それでも「怪しいビル」の印象はぬけず、テナント申し込みはまだ低調。「香港随一の個性的で国際的な一角。安全と分かれば、再びランドマークになる」。

2005年10月07日

自由獲得を手助け 香港・重慶大廈(チュンキン・マンション)4

2005年10月06日 | アジアの街角(朝日新聞)

(重慶マンションの中の外国語教室=香港・尖沙咀で、吉本美奈子撮影)

 16階にNGO「クリスチャン・アクション」の事務所がある。政情不安や民族、宗教対立の激しい国々を逃れ、香港で難民申請中の人々に朝食や簡単な医療を提供、相談に応じる。子供に勉強を、大人には英語を教える。

 自由港・香港は多くの国々の人々に空港や港で短期ビザを出してきた。現在、約1000人が政治保護を求めているという。申請者の出身国はアジアではネパール、ミャンマー(ビルマ)、アフリカではリベリアやカメルーンが目立つ。ほとんどの人は所持金を使い果たし、法律上就労もできない。「神経を失調し、体調を崩す人もいる」と人道サービス担当のデビ・ノビアンティさん。

 ネパール人の元商店主ケシャブさん(仮名、32)は、政府軍と反政府ゲリラの双方から嫌がらせを受け、単身出国したという。香港での暮らしは1年半。「母国の情勢がよくなって帰れるのが一番いいのだけど」とため息をついた。

2005年10月06日

印パも親しい隣人 香港・重慶大廈(チュンキン・マンション)3

2005年10月05日 | アジアの街角(朝日新聞)

(重慶マンションの中の人気カレー店「タージマハール」=香港・尖沙咀で、吉本美奈子撮影)

 3階のカレー店「タージマハール」はインド人ジャスビル・シンさん(51)が30年前に開いた。客は当初、南アジア系商人や英軍関係者ばかりだったが、今は地元香港人客が7割という。

 ビル内の商店主はインド人とパキスタン人が多い。香港とは旧英植民地同士という歴史的なつながりがあり、空港行きバスがビル前から発着する便利さゆえだ。香港で家電や衣料品などを安く仕入れて本国へ輸出したり、本国からの観光客へ売ったりした。

 オープンカフェや総菜店からスパイスの香りが漂い、理髪店は大音響でインド音楽のビデオを流す。ここでは印パは親しい隣同士。敵味方に分かれるのはテレビ中継でクリケットの印パ戦を見るときぐらいという。

 民族衣装のアフリカ人とターバンを巻いたインド人シーク教徒が狭い廊下をすれ違う。欧米人が行き交う香港島の中環(セントラル)とは随分雰囲気が違う。

2005年10月05日

魅力つきぬ「安宿」 香港・重慶大廈(チュンキン・マンション)2

2005年10月04日 | アジアの街角(朝日新聞)
(狭い部屋がびっしり並ぶ重慶マンションの中のゲストハウス=香港・尖沙咀で、吉本美奈子撮影)

 エレベーターホールには安宿の看板がびっしり並ぶ。沢木耕太郎氏が旅行記「深夜特急」で「まがまがしく、いかがわしげな宿」と形容しながら「胸をときめかせる何かがある」と紹介した。80~90年代には、日本人バックパッカーが押し寄せた。

 15階の百楽賓館(パークゲストハウス)は19室。金劉鳳雲さん(60)=写真=の夫の両親が60年代末に始め、80年に引き継いだ。ビジネスホテルでも1泊700香港ドル(約1万400円)はする香港で、シャワーつき個室が140香港ドル(約2100円)。「オーシャンビュー」の部屋もある。

 客は欧米人、日本人から90年代末には衣料や時計を買い付けに来るパキスタン人、インド人に変わり、最近はアフリカ勢が増えた。宿泊客から英語、日本語を学んだ。今、フランス語を特訓中だ。「主食持参の人もいるの」とソマリア人が持ってきた巨大なヤムイモを見せてくれた。

(朝日新聞)2005年10月04日

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